癒し手の殴り拳 作:熾天使チュリン
評価・感想のおかげでちょっと執筆速度が上がった。
「《死屍累々》……恐ろしい手練だった…」
恐るべき竜人の襲撃から一日が経った。暗闇。そこは華の大都市にある闇が隠れる一軒家。都市の中でも縁側にあり、都市の警備隊が最も通らない都市門から最も遠く離れた通りにそこはあった。
ほとんど光の通らない地下室でそう口にするのは一人の男である。苦い顔をして生の実感を取り戻している。
彼は犯罪者だった。それもA級首の犯罪組織《ヒノアラス》の構成メンバーであるかなりの大物。修羅場という修羅場を超え、裏を駆け巡り、殺しも渡りも、あらゆる悪事に手を染めた男だった。
秘密組織『ヒノアラス』
主な活動範囲はゼブルディア帝国の辺境であり、組織力に恵まれた犯罪組織である。表に名が出ることは少なく、裏に出回るのは硬派な印象ばかりの噂のみ。
多くの構成メンバーを抱えながらも、誰もが組織のボスの方針を信奉している練度の高い組織性、裏社会で最も信用でき、信頼はするなと度々話題に上がる何でも屋である。
「《
男は《ヒノアラス》の中でも高い地位に属する幹部でもあった。当然、彼は騎士団、警備隊、ハンターの動向には細心の注意を払っていたつもりだ。
血潮の髪に、額の角。
ゾクリッと背筋に冷たいものが走る。あの日、闇市場に襲撃をかけたその存在。それが鮮明に思い出されて身体の震えが止まらない。
恐ろしい存在だった。その身から放たれたオーラは、殺意は、辺り一面を歪めているのではないかと錯覚したものだ。
誰もがその髪、角、そして側頭部につける笑う骸骨の仮面を見て恐怖したことだろう。
事実、今生きていることは奇跡なのだ。偶々その日、ボスがいて、何も知らない《死屍累々》を引き止めることに成功したからこそ、あのアカシャの爆撃は効いたのだ。
「ふ、ふふふ…」
地下室に凛とした笑い声が響く。その声がボスのものだと彼は知っていた。
地下室の暗い闇の中、ボスは笑っていた。
「殺したッ! 殺せたッ! あのレベル7ハンターを!! 帝都最悪の《死屍累々》をッ!! ふふふ……アカシャめ、なんという爆弾を作ってしまったんだ」
ギラリと狂気に輝く眼光が闇の中で蠢いていた。
かれこれずっと、ボスは《死屍累々》の死に興奮しっぱなしだった。地下室の部下たちは何も言葉を発しない。己らをいつも導いていたボスの憔悴ともとれるような、あるいは狂乱ともとれるような、そんな不気味な雰囲気に押されていたのだ。
部下の男が言う。
「ボス、これから俺たちはどうしやしょう。《死屍累々》は殺した。でも拠点は跡形もない。武器物資貯蓄を全て失ったに等しいですぜ」
「………だが仲間はまだ全員失っていない。私達『ヒノアラス』は滅びていない。私のツテを使えば再起など簡単だ」
ボスはそう言って懐からあるものを取り出す。
「逆に考えれば、私達の名は裏社会に轟く。《死屍累々》は億超えの賞金首。コレで資金問題は解決だ。ツテに怪しい金の流れを作ることもない」
ボスが取り出したのは"右腕"だった。ところどころ焼けた跡がある腕。《死屍累々》ロキス・ロングウィットン、その残骸。
ボスは優しくその残骸を撫でる。壊れ物を扱うかのように慎重に。部下の男は不安だった。これまで一度たりとも本拠点が襲撃を受けたことはなかった。完全に破壊されるなどもっての外だったのだ。
それは陰りだ。今まで神に導かれるようにボスの方針で組織はでかくなってきた。だが今回の件は初めて直面した導きの陰り。部下の男は一刻も早くこの都市から逃げ出したかった。
「それは素晴らしいです、ボス。しかし今回は分が悪すぎる。他の結社は既にこの都市から撤退し、あの《千変万化》も動いているという情報がありやす。ここは一旦我々も撤退するのが良いのでは」
「《千変万化》、レベル8ハンター、か……」
「はい、奴はあの《死屍累々》の飼い主。英雄を超えた英雄だ。それも知略に長けるタイプ、今の我々とは相性が悪い」
「…ふふ、いや………これはチャンスだ」
「!?」
ボスはゾッとするほどの笑みを浮かべる。部下の男はその笑みを見て縮こまる。ボスは冷静ではない。異常事態だ。今……組織の命運を左右するほどの岐路に己は立っている。
ボスは言う。
「今や《千変万化》の神算鬼謀も崩れ去った。流石の彼とて、己のパーティメンバーの死を作戦に組み立てるはずがない。《千変万化》は今……焦っている」
「!?…確かに、考えてみれば…!」
「考えてみなさいバザル。《千変万化》には未来が見えているとされている。そんな彼が自分の大事な猟犬を墓場に送り出すと? あり得ない。考えれば分かることだ…今戦況を押しているのは《千変万化》じゃなく、私達だということにね」
「…ぉ…ォオ!!」
確かにそうだ。この状況は明らかに《千変万化》のミス。真の神算鬼謀でならば《
奴は見誤ったのだ。A級首の犯罪組織を、そのシンジゲートを。
興奮は伝播する。暗い顔をしていた部下たちは顔を上げ、静かに呼応する。意気揚々と獲物を鳴らす。その顔には獰猛な笑みが浮かんでいた、
「奴の手の内は割れた。そして私たちにはまだアカシャの爆弾がある…………さあ、叛逆の時だ! 私たち『ヒノアラス』が帝国の不敗神話たる《千変万化》をこの手にかけ………裏社会の支配者になるのだ!」
「「「デッド! デッド! デッド! デッド!」」」
そうだ。我々は負けていない。悪逆を見せつけろ。無辜を殺せ。最強を殺して今一度の繁栄を。そうして段々とボルテージは高まりーーー『ヒノアラス』はその活動を再開した。
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「『
真っ赤な腕輪は何も言わない。当たり前である。いやー、ロキスってば犯罪者を追うのが楽しくて腕からすっぽ抜けたのに気づかなかったのかな?
いやー、本当にうっかりだなぁ………。僕の顔色は色素を失うことに関して留まるところを知らない。ゲロ吐きそう。
「あの、ますたぁ……これからどうするんでしょうか…」
「ん? ああ、美味しい?」
「ますたぁ……はい、美味しいです…」
僕たちはあの後、色々とあって甘味巡りを再開した。街中で騒ぐのも悪いし、何よりももう本当にキャパオーバーである。甘いもの食べたい。
いやー、ティノがいて本当に良かった。僕は普段から硬派を気取っている手前、甘いものが好きだとエヴァあたりの前では言えないのだ。
ストレス改善のための甘味を取れないなんて酷いものである。もちろん、基本的にいつもくっついてくる幼馴染がいるときはいけないし、依頼を受けさせられている間なんかも自重はしている。
でもティノがいれば全て解決なのだ。何故ならティノは甘いものが好きである。幼馴染達は基本的に苦手なので、これだけでもティノには助けられているのだ。
ティノと一緒に甘味巡りをすれば、普段一人でいけないようなお店にだって行ける。おまけに強いし、問題を起こさない。なんて気楽で心地のいいことだろう。
「ふふふ…」
「ひッ…!」
なんか無性に帝都に帰りたくなってきた。甘いもの食べて落ち着いたせいで焦燥感が刻々と浮かび上がってくる。
僕の頭の中はさっきからずっと腕輪のことでいっばいになっていた。実を言うと、僕はあまりロキスが死んだのではないかとは思っていない。さっきは…というか今も取り乱しているが、冷静に考えれば分かることだ。レベル7ハンターを殺せるだけの爆弾なんてそうそうないのだ。
そもそもロキスは
……と、シトリーが言っていた。僕がもう探索について行かなくなってから、一度実験してみたらしい。動物も人間も、頭さえ残っていれば死の直後から治せるそうだ。
ちなみにどうやって実験したかは怖くて聞けなかった。
「まあ、大丈夫だよ。ロキスは生きてる」
「! 何か知って…いえ、ますたぁはいつも完璧でした!」
途端に元気を取り戻すティノ。やっぱりますたぁは神!と連呼しながらパフェを掬っている。ティノはネガティブになりやすいけど、ポジティブにもなりやすいのだ。その元気を分けて欲しいくらいだ。
まあ、なんだかんだロキス探しに一歩前進だ。捜査が進んだことを祝して、僕も何か甘いものをたべようかな。
そうして僕が注文しようと店の奥側を見ると、明らかに店員ではない風貌の40代くらいのおじさんがこちらに歩いてくるのが見えた。
おじさんが口を開く。
「私には……分かる。貴方が只者ではないということが……」
なんか語り出した。怖い。
「えっと…?」
「私の店に…まさかあの《千変万化》がやってくるとは、まさに僥倖の至りだ」
「!? 貴様!」
瞬間、ティノが椅子から飛び上がり宙でナイフを抜いて構える。どうやら初見で僕のことを《千変万化》だと気づいたことに驚いたようだ。
だがティノの構えが鈍る。
「マナ・マテリアルを全然吸っていない…? 血の気配がない。囮…だが敵の気配もしないのは…」
「ティノ、多分だけどこの人はこの店のオーナーだよ。悪い人じゃないよ」
「へ?」
大体、店のオーナーというのは制服は着ないし、他とは違う様相をしている。それに、僕を襲うつもりなら奇襲をかけるだろうし、多人数で襲ってくるだろう。そうじゃないと分かれば大体の確率で敵対してくる人じゃないことは分かるのだ。襲われ続けたがために身についた経験則である。
それにしても全く、血の気が多いな…。たしかに僕のことを初見でハンターだと見抜く人は見たことがないけど、それだけで警戒するなんて……師匠譲りだな。すっかり戦闘脳になっちゃって……。
でも本当に、なぜ僕が《千変万化》だと気づいたんだろう。こう言ってはなんだが、僕にはハンターだと見抜かれる要素が皆無なのだ。マナ・マテリアルなんてもうすっからかんだ。
すっかり場が落ち着いたところでおじさんが言う。
「……死ぬかと思った」
「ティノ」
「ご、ごめんなさい…」
只者ではないオーラがすごいおじさんだが、出た言葉は随分と市民らしかった。なんだがすごく親近感が湧く。次命の危機に遭った時は是非ともその言葉は使わせてもらおう。
連れが失礼した手前、あまりニコニコするのもあれだがニコッとしてしまった。
「それで、僕らに何か用事でも…?」
「ああ…なに、幻みたいに扱われてる《千変万化》を見かけたからな。つい話しかけてしまった」
おじさんは真面目な顔をしながらとても真面目ではないことを言う。その顔とのギャップがすごくて笑ってしまいそうだ。
すぐに警戒を解いた僕とは裏腹に、ティノはまだチラチラと店の奥側を見ながら警戒を続けていた。さすがに構えは解いているが不安な顔が明け透けとしていた。
そんなティノが言う。
「その、オーナーさんはどうしてますたぁのことが分かったんですか?」
ふむ…とおじさんはティノの問いかけに少し間を空けて、またもや真剣そうな顔をして言った。
「飲み仲間に聞いた」
「飲み仲間…?」
「あぁ、ヴェルヌって小僧だ」
「!? ヴェルヌって、あの…?」
おじさんからヴェルヌという単語が出てきた時、僕の身体がまるで拒否反応を起こすかのように固まった。何故ならそれは最近聞いた名前だったからである。僕の記憶に間違いがなければ、その名前はシェーン商会長のものだったはずなんだが…。
引き攣った笑みを浮かべる僕を見て、オーナーのおじさんはさらに言う。
「昨日、慰めてやろうと晩酌に行ったんだ。そこで聞いた。シェーン商会は終わりかもな」
「! 僕は、クライ・アンドリヒです。どうぞよろしく?」
まずい。このオーナー、完璧にシェーン商会の関係者だ。今の僕は顔が割られ、事情も知られ、そして彼の店に客として来ている。分が悪いなんてものじゃない。例えれば、装備なしで宝物殿に行くようなものだ(違う)。
席を立ってティノの手を取る。だが店の奥から来たはずのオーナーは、何故か店の入り口側に立っていた。
「おお、これは丁寧にどうも。私の名はキャストル・シェーンだ」
「ま、ますたぁ!?」
入り口を抑えられた…。僕は内心挙動不審だ。
先ほどまで険しい顔をしていたキャストルさんはようやくニコニコとした笑顔を向けてくれる。商会長と仲が良いっぽいから警戒したが、どうやら商会を物理的に破壊したパーティメンバーのリーダーに思うところは無いらしい。無いと思いたいからそうしておく。
というかこの人、苗字シェーンなのか。ヴェルヌさんよりもシェーン商会っぽいな。
僕は場を紛らわせるために軽口を叩く。
「ははは…シェーンが苗字だなんて、すごい偶然だね。何かシェーン商会と関わりがあるの?」
「ああ、私は前シェーン商会長の弟だ」
「………」
それ、先に言ってよ……。
どうやら本当に関係者だったらしい。急激に緊張して心臓がバクバクと鳴り始める。商人がスイーツ店なんて経営してると思わないじゃん。完全に不意を突かれた気分である。
商会長の名前ってヴェルヌ・ラザクテだよね?商会名と苗字が違うからそういうものなのかと思っていたが……やっぱりいるじゃんこういうの…。
僕は目の前の彼を刺激しないように慎重に言葉を選ぶ。
「えっと……一番好きなスイーツは何か教えて?」
「む、急だな……だが、うーむ、私は冷たいものが好きでな。単純だがアイス全般が好きだ」
「ますたぁ…?」
こう言う時は、相手が好きな話題を挙げれば気分を害することはない。常識である。スイーツ店を経営しているということはスイーツが好きなんだろう。切り上げ方が分からないが、とりあえず話題は振っておいて損は無い。
目的の無い会話ほど切り上げづらいものである。目的がない会話は常日頃からしているが、よく知らない相手とするのは正直、落ち着かないのだ。打ち切るためには目的を作るのが良い。
プリムス魔導科学院ではよく使われる手法だとか。人と話すのを時間の無駄だとする人も多い中で、院の中では『お話』がよく発生するそうだ。シトリーはポーションを多用すると言っていた。なんのことか分からないが、多分ポーションの話題で盛り上がるのだ。
「ははは。すまないな。実は私はあまりスイーツを知らなくてな。妻がスイーツ好きだから最高のスイーツを用意するためにとこの店を開いたんだ」
「へぇー、奥さんのことが大好きなんだ?」
「ああ、愛してるよ。世界で一番」
僕の言葉にキャストルさんはまた真面目な顔になって言う。首からかけたペンダントを握りしめるところを見るに、そのペンダントは思い出の品か何かなのだろう。
そうして握った手を放したあと、キャストルさんは何かを思い出したかのように口を開いた。
「ああ。ところで、姪探しをしていると聞いたが順調か?」
「…姪…? あ、ぁあね!? それのことなら、順調かと言われればあまり進展は無いけど、解決の見込みはあるよ!」
「そう…か。それは良かった」
僕の言葉を聞いてそう言うキャストルさん。だがどこかぎこちない態度に見えた。やはり自分の一族が行方不明というのは気になる話題なのだろう。
ぎこちないと言えば、キャストルさんが出てきてからのティノもどこかぎこちない様子だった。ふと横を見ると、ティノはやはり何かを警戒したように店の奥側を注視していた。ティノは少し思い詰めすぎだな。
ちょっと心配になって声をかける。
「ティノ? どうかした?」
「いえ……強い気配を奥から感じるんです。ますたぁに比べれば塵芥ですが、もしかしたら私よりも……」
まじで?それってかなり強いじゃん。どうやらティノはハンター特有らしいその感知能力をもって、店の奥に相当な実力者がいることを察知したようだ。
盗賊というのはパーティ内では罠の察知・解除・偵察を主な役割としている。であるから、普通のハンターよりも五感に優れる必要があるし、そしてティノはそういった才能を持った子なのだ。
たまに忘れそうになるけど、普通の
ティノの言葉を聞いていたキャストルさんは一瞬怯んだ様子を見せたものの、すぐに冷静な顔に戻って口を開く。
「ああ、すまんな。なんだかんだ商会を出た身ではあるものの、シェーンというだけで色んな輩に絡まれてしまうから護衛を雇ってるんだ。おーい、バザル! 少しこちらに来なさい」
その言葉のあと、店の奥側からキャストルさんと同年代くらいの男が歩いてきた。流石に武器防具は持っていないが、その身から放たれるオーラはなかなかのものではないだろうか。
僕は見たまんまでしか分からないが、ティノを見ると外見上はポツンと立っているように見えるが、まだ警戒は解いていない様子だ。
そんなことは露知らず、キャストルさんは口を開く。
「紹介しよう。彼はこの店の用心棒のバザルだ。どうやら連れを警戒させてしまったようだからな。それに関しては申し訳ない」
「あー、俺はバザル。ちょっと昔は傭兵やら賞金稼ぎをやっとりました。今はこの店で用心棒をやらせてもらっていやす」
用心棒はけっこう崩れた口調をしていた。なるほど、キャストルさんは礼儀は気にしないタイプらしい。ちょっと安心する。
そしてバザルと名乗ったその用心棒の男は、挨拶をしてにっこりと笑って最後に言った。
「どうぞよろしく」