癒し手の殴り拳 作:熾天使チュリン
先ほどの戦闘のあと、僕達は急遽、本社跡から離れて宿に帰ってきていた。僕に助けを求めてきた少女は安心したかのようにへたり込む。どうやら極限まで気を張っていたようだった。
とりあえず僕は彼女に聞いた。
「それで、とりあえずなんだけど……さっきのゴロツキ達とはどんな関係?」
「彼らは……悪党です。そして私を殺そうとする犯罪組織の一員でもあります」
「組織?」
また物騒な言葉が出てきた。どうやらこの事件は根が深そうである。僕としては早くアリエスお嬢様を見つけるためにここには長居したく無いんだけどな……どうしよ。
チラッとティノに目を向ける。僕からは言いにくいから、どうにかティノにまとめて欲しいな。ティノは変に察しては行動したがるから、こうして視線を投げかければ良い感じになるだろう。
そしてティノはその視線に気づく。すると意気揚々に頷いて窓から身を投げてしまった。えぇ……どこに行くの…?
どうやら致命的に何かを勘違いしたらしい。視線で相手の心が分かれば宝具など要らないのである。僕は愚かだった…。シトリー辺りに視線を向けると大体なんとかしてくれるから癖になっていた。自制しよう。うん。
何か勘違いをしたらしいティノがどこかに行くのを見守って今更ながらに少女に向き合う。
「組織は定かではありませんが、この都市で最も影響力のある商会、シェーン商会と強い関連があるのは間違いありません」
「そ、そうなんだ。……そうだ。ガークさんに丸投げしよう」
「彼らは非常に狡猾にこの都市に潜んでいます。この騒動を機に私を暗殺しようとしているのでしょう」
「そうなんだ」
まずい、何を言っているのか全然分からない。何故この子は命を狙われているのだろうか。僕に話しても何も解決しないよ…。
「君は…その、何故命を狙われてるの?」
「それは……あぁ、そういえば変装を解いていませんでした」
そう言うと、少女は自身の顔を掴む。そして顔を剥がすかのように力を込め始める。何をしているのか意味不明だが、不思議と既視感がある。そう、これはーーー
「ふぅ、すみません。これが私の本当の姿です」
そう言う彼女の栗色の髪は金色に変色し、瞳の色も青く染まる。僕はこれを知っている。つい最近幼馴染に破壊され、失意に沈んでいたあれを!
『
間違いない。僕が持っていたものと少し形は違うが性能が同じだ。僕が間違えるはずがない。長年(?)愛用し、僕の宝具たちの中でも群を抜いて汎用性が高かった宝具だ。まさかこんなところでまた出会うことになるとは!! あぁ…欲しい!何故僕の手にはそれが無いんだ!
あぁ…比べっこしたかった。僕の『
そもそも壊されたから今はもう持ってないのと同じだ。くそ、欲しすぎる。いくらで売ってくれるかな。というか、お嬢様を見つけ出す報酬あれが良い。
『
というか、一般人が持つのはグレーだったはずだ!! 僕は……そう僕は! 犯罪に問われるかも知れない可哀想な一般市民から危険な宝具を回収する。あぁ、それだけだ。ってダメだ。そんなことしたらまず僕が捕まってしまう。
あれがあるだけで一人で甘味巡りができる!あれがあれば賞金稼ぎや魔杖の使者に怯えなくて済むのに!!あぁくそ!欲しい欲しい今年のオークションを無視してでも欲しい!誰か僕を止めてくれ!
仮面を取ってから変化した僕の異質な空気に目の前の少女が右往左往する。そこで僕は正気に戻った。ような気がした。
「ああ。売ーーじゃない、ごめんね。それで、君は…そう、見たことがあるぞ……リバースじゃなくて、うん、商会の……お嬢様だ、よね?」
「…はい。あの…大丈夫ですか?」
「大丈夫…」
どうやら未だに冷静ではない僕は改めて彼女を見て気づいた。最近写真で見ていた顔だったと。宝具の衝撃が強すぎて逆に冷静であるが、彼女こそ僕の探していたターゲットであるアリエス・シェーンその人なのだった。
あれ?全て解決では?
彼女を連れて帰れば依頼達成、その報酬として『
ロキス探しは一旦保留として、とりあえず先にこのお嬢様をヴェルヌさんのところに送っていこう。
そうと決まれば善は動けだ。僕はどこか引いている彼女に向けて口を開く。
「僕はクライ・アンドリヒ。一応、レベル8ハンターをやってる者だ。実は僕は君のところの商会長から直々に君の捜索を依頼されててね。見つかってよかったよ。さあ行こう。ヴェルヌさんが君のことを心配していたよ」
「え? あ、いや…」
「大丈夫。実はその『
「あ、あのッ! 待ってください。実は私、ヴェルヌから逃げてるんです!」
「へ?」
アリエス嬢の言葉にしばらく僕の脳は混乱した。何故犯罪組織から追われてるアリエス嬢が保護を目的とする商会から逃げるのだろうか。
頭が痛くなってきた。興奮と平静の落差で心臓がバクバクと音を鳴らす。そういえばロキスが襲ったのはシェーン商会だ。ならこの子の言うことにも一理はあるだろう。
アリエス嬢は混乱している僕の前で話し始めた。
「私が狙われているのは、きっとキャストルが裏で手を回してるからなんです。キャストルは私の叔父で……シェーン商会の筆頭後継者でもありました」
「キャストルって……あのスイーツ店の人が? でもじゃあなんでヴェルヌさんが商会長なの?」
僕の言葉にアリエス嬢は一瞬苦い顔をしたが、ポツポツと話し始めた。
「父が…ヴィンター・シェーンが毒で倒れた日、彼は朧げな意識の中で言ったのです。『次の商会の担い手はヴェルヌである』と…」
その日のことを思い出したのか、アリエス嬢は顔を苦渋に染め、疲れたような顔をした。
どうやらシェーン商会にも大きな問題があるようだ。あれだけ自信満々なヴェルヌさんと、優しいキャストルさんを見ているからか、僕には到底信じることができない内容でもあった。
「その時の混乱ぶりは凄まじかったです。誰もがキャストルが次代の商会長だと疑っていませんでしたから…」
「…そうなんだ。どうやら複雑な事情があるみたいだね。……うん? でもキャストルさんがそれで君を害そうと考えてるのは分かったけど、なんでヴェルヌさんから逃げる必要があるの?」
アリエス嬢の話を聞いてみて僕なりに理解はしたが、今の話の中からヴェルヌさんを避ける理由が見つからないのだ。
ヴェルヌさんに保護してもらって事の顛末を話せば、それだけで十分に解決ができることではないだろうか。
「それは……彼がシェーンの一族に絶対服従している点にあります。彼はシェーンには逆らわない。そして私たちが後継者争いをすることを心から望んでいる。どちらかが死ぬことまでは望んではいないでしょうけど、死んでも生き残った方に忠誠を誓うでしょうね。もし私がヴェルヌのところに行けば、キャストルにも情報が届く。私はヴェルヌに足止めされて、死神が来ることを待つことになるでしょう」
「…うんうん、そうだね」
うんうん、理屈がよく理解できないけど、まあヴェルヌさんのところは避けた方が良いのは分かった。一歩前進である。ヴェルヌさんには悪いが、アリエス嬢との感動の再会は引き伸ばさせてもらおう。
…じゃあ何をすれば良いのだろうか?
僕の依頼はアリエス嬢を探してヴェルヌさんのところにお届けすることで、でもそれはダメ。僕の本来の目的って何だったっけな…。
ああ、そうだ。ロキスの無実を証明する、もしくはロキスを連れて逃亡するだったな。ロキス探ししないと…。いや、先にガークさんに報告か…?
流石に僕だけがアリエス嬢の居場所を知ってるだなんて重大な情報を得ているのは不安しかない。その点、ガークさんは優秀だ。見た目は筋肉ダルマなのに頭が良い。よし、ガークさんには伝えよう。
「じゃあ、僕はちょっと知り合いに会う約束があるから出てくるよ。この部屋は今日ずっと使ってて良いからね」
「え、ぇえ!? ま、待ってください!」
「あ、そうだったね。僕の『
「違います!!」
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交渉は長く続いた。《千変万化》に信を問う方向から一転、目の前のガーク支部長はシェーン商会を疑い、ヴェルヌは胃が痛くなる思いだった。
彼は元々このような交渉は不向きなのだ。今は商会の代表をしているものの、得意分野は事務仕事なのである。
「ほう、シェーンの相続問題か…」
「ええまあ、といってもキャストル様は商会を継ぐことを辞退なされてますし、順当に行けば次代の商会長はお嬢様になるでしょう」
「ふーむ、参ったな…」
ガークは長年の経験からこの問題は今回の騒動に関わっているとみている。しかし情報が限られている手前、安易に考察もできない。目下一番怪しいのはキャストル・シェーンだが、彼はシェーン商会を継ぐことを辞退しているという。
もちろんブラフの可能性もあるが、他に目を映させるにはその事実は大きすぎた。そこでガークが考えるべきなのは一つの事実のみである。
それは『シェーン商会に犯罪組織と繋がりのある輩がいる』ということだ。それもかなり権力を持った人材がだ。
商会長のヴェルヌ・ラザクテか、もしくはその幹部……もしかすれば今は亡き先代商会長ヴィンター・シェーンがその権力者かもしれないのだ。
ガークの考えでは、帝国の上層部に近い者しか知らないという犯罪組織たちの闇のシンジゲートがここにあったのではと推測している。だが証拠は塵となってしまった。
これでは詰めることも難しい…。
今の事態を静かに惜しむガーク。その元に一人の来訪者が現れる。
「ガーク支部長…やっと見つけた」
「! ティノじゃねえか! どうした、クライから何か伝言か!?」
果たしてそれはティノだった。彼女はどこか疲れた様子ながら、部屋に押し入ってくる。
それに眉を顰めたのはヴェルヌだ。初めて見るハンターに警戒しながらも、この部屋に無許可で入ってきたことに怒りを抱いていた。
「なんだお前は。《千変万化》の使いだとしても、まずこの部屋に入る許可を取りたまえ。お前があの鬱陶しい男の関係者だとしてもな」
「…貴様。ますたぁの愚弄は私の愚弄と同じ! 取り消してください!」
「まあまあ! 落ち着けティノ。遊んでる暇はねぇぞ。要件はなんだ」
怒るティノを抑えるようにガークが言葉を遮る。事実、何一つ進展していない現状では無為に時間を消費するのは避けるのが賢明だ。
ガークの内心の焦りを感じたのか、ティノも冷静さを取り戻す。そして一言言う。
「ますたぁが犯罪組織の尻尾を掴んだ」
「そうか! 今回は早えな!」
「何…?」
ガークはその言葉を聞き、安堵する。ゼブルディア支部が誇る若き英雄、クライ・アンドリヒの本領発揮を耳にして闘志が沸る。
対してヴェルヌは何を言われたか理解していないような顔をしていた。だが無理もない。誰もが初めに通る道なのである。
「馬鹿な……私と支部長が犯罪組織の存在を議論している最中に、《千変万化》は既にその手がかりを見つけていたというのか……」
早すぎる。それが彼の内心に秘めた言葉である。驚愕と同時に湧き上がるこの不気味さ、運とかの次元ではない。確かな実力の差がそこにはあった。
相手の実力を見誤った。否、見失ったのだ。レベル8。その称号に重みが増してくる。彼はあらゆる面において、あのふざけた男に負けていると思った。思わずソファにへたり込む。
「それで! クライは何か指示をよこしたか!?」
「………えっと」
「…馬鹿な! アイツ一人で解決するつもりか!?」
「ぁ、それは…私のせいというか……」
何か居心地が悪そうに目をそむけるティノ。だが興奮しているガークは気づかない。
「アイツはどこにいる!」
「ますたぁは東街の宿にいます…」
「よし! さっさと行くぞ!!」
唸るガーク。目を逸らすティノ。項垂れるヴェルヌ。場が混沌とする中で、ようやくこの騒動は一歩解決へと進展した。
そろそろ終わりが近づいてまいりました。