癒し手の殴り拳 作:熾天使チュリン
「うーん、いないのか…」
「クライさんの知り合いというのはハンターの方なのですか?」
「うん、そうだよ」
あれから色々あって、僕はアリエス嬢保護をガークさんに報告するために探索者協会を訪ねていた。その間、アリエス嬢が一人では不安だと言ってきたため、仕方なく僕達は行動を共にしていた。
懸念点である追われている身のアリエス嬢は、僕の『
それにしてもガークさんはいないのか…。何故いつも求めてない時には押しかけてくるのに求める時にいないのか。求める時にほとんどいないアークと同じだぞ。名前が似ているからかな。
まあ何を言おうがいないのはしょうがない。とりあえず受付の人に聞くと、どうやらヴェルヌさんのところへと向かったらしいので放置だ。
僕としてはガークさんが帰ってくるまでここにいても良いが、流石にロキスが消息不明なのも気になってくる。
《嘆きの亡霊》で一番生存力が高いとシトリーから大小判を押されているロキスが未だに行方不明なのも何か良からぬことに巻き込まれているからなのかもしれないし…。
「やっぱりロキスを探すか」
「ロキス……というのは、クライさんのパーティメンバーの方ですか?」
「あぁ、聞こえてた? そうだよ。僕のパーティの治癒術師なんだ」
「治癒術師!?」
「? ど、どうしたの…?」
「い、いえ………《嘆きの亡霊》の中にそんな人いたかなと思いまして…」
アリエス嬢は困惑した声を漏らす。まあ確かに僕達のパーティは名前も名前であるし、勇名より悪名高いパーティとして名を馳せているからその反応も当然である。
帝都でも昔、よくアンセムの所属パーティがウチだと知った人がこんな反応をしてたなぁ……懐かしい気持ちになった。あの頃は怠けたいがためにクラン創設などと忙しくしていた時期であるため、僕の中でもかなりまともな時期であった。
あの辺りか少し前だったかな。ロキスをパーティに加入させたのは。あの後なんか変な組織がロキスを攫ったり、それを幼馴染達が吹き飛ばしたりしたのは今となっては良い思い出だ。
久しぶりにロキスに会いたくなってきたな。
「よし、アマンダさん。僕はロキスを探すためにこの都市をぶらぶらするけど、今なら探協に保護してもらえるよ?」
「はい、でも私はクライさんに着いて行きます! レベル8ハンターの側ほど安全な場所はありませんから!」
過大評価が過ぎる…。僕はそっとため息をつく。ちなみにアマンダというのはアリエス嬢の偽名である。普段だらしのない僕だとしても流石にそこら辺は弁えてるのだ。
ということで僕達は探索者協会を離れてこの都市をぶらぶらとすることに決めた。とりあえず…北辺りに行こうかな。
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「クライッ!! くそ! 居やがらねぇ…ッ!」
「ますたぁ…」
その頃、ガーク一行はクライがいた宿に辿り着いていた。だがもちろん中は間抜けの殻となっていた。クライにはそんなつもりは無いが、彼を神算鬼謀のレベル8ハンターとして見ている彼らにとってはある一つの意味が生まれる。
君たちは必要ないよ。
ガークとしても内心穏やかではない。だがこれはいつものことだった。クライ・アンドリヒは協力を知らない。いつもこちらを使い倒しては悪びれもなく去っていくのだ。
あのパーティにしてこのリーダーあり。だからこそのレベル8とも言えるだろう。彼からしてみればガークが肝を冷やすようなことも大したことではないのである。
だがガークは元ハンターとしての血が騒ぐ。今回も追いかける気しかなかった。
「ティノ……探すぞ。お前んところのマスターを…!」
「は、はい!」
「ちょっと待てぇ!!」
だがそこに待ったをかける者がいた。商会長ヴェルヌだ。彼は息を切らし、目を血走らせながらも宿の部屋に入り、口を開く。
「ガーク支部長!! 恐れ入るがっ!! こちらとしても擦り合わせたいことがあるっ! 雑務はそこのに任せたら良いっだろう!!」
「……だが…いや、支部長が迂闊に行動し過ぎるというのも良くねえか。よしティノ。お前だけで探せ。
「分かりました」
ティノはそう言ってクライを探しに行こうと扉に向かう。そこで扉の手前にいるヴェルヌが言う。
「私はシェーン商会長のヴェルヌ・ラザクテだ。使いよ。お前の名前は何という?」
「…私はティノ・シェイド」
「そうか……ティノ・シェイド。この都市の問題が解決できたなら、お前にも報酬を用意する。よろしく頼んだ」
「! 言われなくとも…?」
さっきの今で態度が急変したヴェルヌを訝しく思いながらもティノは部屋を出た。
ティノはとりあえずエヴァのところへと向かうことにした。彼女の元にクライが行った可能性が高いのもあるが、エヴァならクライの居所を掴んでいてもおかしくないように思えたからだ。
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そうして時間が経ち、今や日が落ちようかという頃になった。僕はロキスをいざ探そうとして最初に入ったスイーツ店で寛いでいた。
考えてみれば、僕は基本的に自堕落で、優柔不断で、不真面目で、そんな僕が真面目に人探しなんてできるわけなかったのである。
ロキスが行方不明なのは心配だけど、アリエス嬢を見つけることができた手前、緊張感は全くないし、そもそも化け物一軍のロキスを僕が心配するだなんて烏滸がましいにも程があると言うべきではないだろうか。
なんかもう全部面倒くさくなってきたな…。だらだらしたい。
「そ、その…こんな時間になるまで指摘しなかった私が言うのもなんですが……ロキスさんを探すのは大丈夫なんですか…?」
「ああ、大丈夫だと思うよ。なんかもう、ロキスってこの都市にいないんじゃないかなーって思い始めてきた。多分どこか別の場所で元気に犯罪者狩りしてるよ」
「ふふ…そうですね」
僕の言葉に笑みを返すアリエス嬢。姿形は違えど、余裕を取り戻してきたアリエス嬢には確かな高貴さというものが滲み出ていた。
こうしてちゃんと考えてみると、アリエス嬢はまだ子供ながらに中々ハードな人生送ってるなぁ。彼女の頃の僕は多分ハンターになるんだと青臭い願望に溢れていた。なんか恥ずかしくなっちゃうな。
「さすがにティノが心配するな。アマンダさん、帰ろうか一旦」
「…あ、私は」
「うん、まあ一旦、一旦ね? ティノの部屋で過ごせば良いよ」
何も考えてなかった僕は咄嗟にそう言う。アリエス嬢は僕の帰ろうかという発言に困ったような反応をしたらしい。どうも気を使わせている。
どれくらいの間、部屋に匿うのか、夜は越すのかどうなのか。そこらへんのことを全然考えていなかった。しかし同時に気づいたこともある。
「そういえば、君をいつまで匿えば良いのかな。期限はあったりする?」
「いえ……この変装があれば逃げることは容易ですので…。長く迷惑をかけることは致しません」
「そう?」
まずい、このままだとどっか行く。早くガークさんにアリエス嬢のこと伝えて巻き込まないと依頼達成の証人が作れなくなる…!
そうなればヴェルヌさんが全力で僕を打首にしようと色々してくるに違いない。ただでさえ僕は恐れる者が多いのに、ここからさらに増えるのは許容し得ないことだった。
焦る僕は咄嗟に言う。
「でもまあ、焦ることは無いさ。とりあえず今夜はティノを護衛につけるよ」
「…ありがとうございます。優しいのですね」
依頼を達成するための時間稼ぎだと言えば、彼女はどんな顔をするのだろうか。まだ彼女は成人前の子供なのにね………僕は下衆な男だよ…。
僕は若干の罪悪感と共に店を出る。外はすでに薄暗く橙色に染まっていたが、まだまだ人が若干歩いている時間帯だ。
僕とアリエス嬢はとりあえず歩き出した。住宅が建ち並ぶ中、紅い日差しに照らされる。今日はすごく働いた気がする。朝早くの尋問から始まり、お嬢様捜索のために都市中を歩き回った。
まあ結果としてアリエス嬢は見つかったから良かった。これでヴェルヌさんに色々される心配は無くなる。あとは本社の弁償なんだけど……これはシトリーになんとかしてもらおう。彼女はすごいお金持ちなのでなんとかなるだろう。
こうして考えてみれば、かなり展望は明るいのではないだろうか。犯罪組織とか不安なこともあるが、一先ずアリエス嬢を探索者協会で保護してもらおう。そうすればアリエス嬢の要望とヴェルヌさんの依頼には応えたことになるだろうしね。
「あの、クライさん…。最後に少し寄って行きたい場所があるんです」
「へぇ、どこに行きたいの?」
「その……お墓です」
「あ、あぁ…良いよ。行こうか」
アリエス嬢が控えめに僕にそう言う。どうやら彼女にも行きたい場所というのがあるらしい。だが場所を聞いて納得した。彼女は毒によって亡くなった父の墓に行きたいのだ。
アリエス嬢曰く、彼女が6つの時に前商会長ヴィンター・シェーンは毒によって倒れたらしい。貴族にはそういった闇の深い話はあるのだろうが、僕としては商家にもそのような話があることに驚いた。
アリエス嬢はお参りは毎日のようにするそうだ。記憶にすらもはや残らない父の残影を今も変わらず大切に思っているのが分かる。
でもこうした話題にどう対応して良いのか分からないから気まずいと思っているのは僕がわるいのでしょうか。
「あっ! ますたぁ!!」
「お、ティノじゃん」
そうして少し辛気づらく歩いているとばったりティノと出会った。どうやら随分と僕を探していたらしい。疑問に思うと同時にちょっとホッとした。
ティノは息を切らしながら言う。
「ますたぁッ! 一体今までどこにいたんですか!? ガーク支部長がすごい怒ってます!」
「えー…僕何もしてないし…」
意味が分からない。僕が今日やったことといえば、捜索くらいだ。たしかにちょっと甘味巡りをしたりしたが、支障はきたしていないはずだ。
普段の僕ならまだしも、今日の僕は一味違う。仕事は終えたし、健全なのだ。だが…ガークさん怒ってるのかぁ…。あとで探索者協会に行こうと思っていたが、時間を置こう。
人の怒りというのは長いこと続かないものだ。僕は散々ルシアに迷惑をかけて怒らせているが、それでも縁を切られていないのがその証拠だろう。
僕の変わらない様子に何かを感じ取ったのか、ティノは咄嗟に僕の腕を縋るように掴む。
「私は、ガーク支部長とエヴァさんにますたぁを連れて来いと言われています!!」
え、エヴァもいるの? それは……まずいな。
僕は議論で彼女に勝てた試しがない。いつもは僕の味方な彼女であるが、たまにガークさんと共謀して僕を諭そうとしてくる時がある。おそらくそれだ。
僕は今日、疲れたのだ。さすがに今からあの二人に囲まれるのは嫌だ。どうしよう。…いや、ティノなら問題ないか。
僕はニコッと笑顔を作ってティノに言う。
「ティノ。忙しいのは分かるんだけど……一つお願い事があるんだ」
「な、なんですか…」
「この……これ! このロケットをキャストルさんに届けて欲しいんだ。なんというか……もう必要ないからね」
「え…っと?」
こんなこと言うと事件性があるが、ティノは僕の言うことは断れない。最近は嫌だなんだと駄々を捏ねることもあるが、基本的に僕のお願いは却下されたことはないのである。
とりあえずこれで撒こう。
「ますたぁ…でも……ますたぁ、の言うことは絶対。ますたぁは、神だから…」
「うんうん、そうだね。でもね、ティノ。このお願いは今回の事件とすごい関連性があるんだ。だからティノにはロケットを届ける際に、キャストルさんを注意深く観察してほしい」
もしかして今日の僕は、冴えてる? 完璧な理由付けである。リィズちゃんになんかすごい教育をされているティノはこれを断れないだろう。
ティノはウンウンと悩んでいる。そんな中ティノが口を開く。
「それは…キャストルさんが怪しい、ということですか? ますたぁ」
「そうかもしれないって話。まあ…着けば分かるよ」
この言葉が出てくる時点で僕の勝ちは確定している。だから僕はあとにそれっぽいことを言う。
そんな僕の言葉がトドメになったのか、ティノは訝しげにしながらも最後ははいと首を縦に振った。
僕はティノにロケットを渡して走り去る彼女を見送る。ごめんねティノ。これでティノが二人に怒られたらお詫びにケーキ買ってくるから…!
僕はそう心に思いながら背後を振り返る。僕は後ろにいた少し挙動不審なアリエス嬢に向かって言った。
「じゃあ、行こうか」
「え、えぇ…」
そうして障害の無くなった僕たちは歩みを再開した。