灰は龍炎に惹かれて   作:ジルバ

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私は龍と切っても切れない縁があるらしい

火の時代で数多の竜と出会い、制してきた。



そしてこの世界(テラ)でも二度、私は龍に出会った。

一度目は……まさに運命というべきだろう。彼女との出会いが全ての始まりなのだから。


そして二度目は──


第21話:The worst encounter

 

私は面倒が嫌いだ。いや、誰だってそうではあるだろう

 

しかし、世の中というのは中々どうして面倒ごとが勝手に目の前に転がり込んでくるようになっている。

 

場所は龍門の都市部、開発が進みショッピングモールやスーパーに役目を取って代わられてことによりすっかり寂れた、シャッター街と化した商店街の通りの真ん中でアッシュは一人佇んでいた。

 

 

「おい、そこのお前!車道を塞ぐんじゃない!……聞こえているのか!?」

しかし彼は目的も無くそこにいるわけでは無く、道を塞ぐ彼によって数台の車両がその場で立ち往生を強いられていた。

 

 

時は彼が貧民街からの戦略的撤退を成功して間もない頃に遡る……

 

 

「ふぅ……とんでもない場所だったな」

「……ただのスラムじゃなかったのか?」

出くわした灰尾との逃走劇を制したアッシュはサーシャと廃ビルの屋上で携帯食料を貪っていた。

 

チェルノボーグから出撃した彼等の表向きの標的はここ、龍門だ。

 

先行してこの都市に難無く潜入したアッシュ達はチェルノボーグにしたように篝火を都市中に灯した。

 

「……まぁ、一難あったが、布陣は引き切った。そっちは?」

「抜かりなく」

「よし、後はヤツが来る前にこの都市を掌握するだけ……」

 

 

「──あら、ヤツって誰のことかしら?」

「「っ…!?」」

凪いでいた二人の精神に焦燥がどっと押し寄せ、声のした方に振り返る

辺りを忙しなく見渡せども屋上に人の姿は無い。だが、屋上に出るために上った階段のある扉が僅かに空いていることに気が付いた。

 

「そこ、何者か!?」

「アハハ!揃いも揃って小心者ねぇ。この程度でビビってたら幹部の威厳が台無しよ?」

ほぼ同時に二人は得物を構える二人を嘲り、声の主が扉を蹴り破りその姿を現す

 

「……Wか」

「ハァーイ、調子はどうかしら?」

──W。

深紅の触角のようなメッシュの混じった銀髪をしたサルカズの傭兵。

タルラに成り代わったコシチェイがレユニオンに引き入れたサルカズの傭兵団の中に彼女はいた。

今のアッシュの反応から分かるが、第一印象は最悪だった。

 

対面早々に爆弾に擬したビックリ箱を投げつけられたら誰だってそうだろう。

 

傭兵団を率いていた壮年の男とその傍に侍っていた女はともかく、彼は常に軽薄な笑みを張り付けるこの狂人が苦手だった。

 

 

「ねx、ヤツって誰のことかしら?悪巧みなら私にも力になれると思うのだけど!」

「……何のことかさっぱりだ。聞き間違いじゃないかね。そもそも何故貴様がここにいる。貴様の任務はどうした?」

「ツレないわねぇ……まぁいいわ。実はちょっと面倒なことになったのよねぇ……」

 

何度も言われているがレユニオンの第二の目標は龍門の占拠だ。

だが、それと並行してコシチェイはWとスカルシュレッダーを使って別のターゲットを追わせていた。

それがミーシャなるウルサスの少女の捕縛である。

 

……正直、あの怨霊が何を企んでいるのかが分からない。

何故、幹部を使ってまで少女をつけ狙うのか。

 

レユニオンを操り、何をしようとしているのか。

 

 

閑話休題

 

「ターゲットを捕らえるのに難儀している…と?」

「あのクソガキ……目の前まで近づけた癖に取り逃しやがったのよ!しかも私に押し付けて、ロドスの奴らにまんまと引っ掛かって…!」

「ロドス……」

あの娘達が龍門に来ている…?

 

(…フッ…人の縁とはつくづく……)

少なくとも、彼等は自分たちが生還するために生まれた犠牲に挫けてはいないようだ

 

「ちょっと、聞いてるの?」

「……ハッ!それで?失敗するわけにはいかないから我々に泣きついてきたわけか?」

「……あんまり調子に乗らないで。これは依頼なの。今あの娘には近衛局のお偉いさんが直々に護衛に居る。成功の確率を少しでも上げるために丁度良い駒が暇そうにしているのを見かけたから声をかけたまでよ」

依頼をこなし、報酬を貰うのが生業である傭兵だからか、この女は面子などより大事なことをよく理解している。

 

事情はよく分かった。

 

「成程な……で、報酬は?」

「おい、本当に受けるのか…?」

「安心しろサーシャ……悪いが、生憎と今の我々は金など不要でな。これから起こる血戦に万全で挑むためにも消耗したくないんだ。貴重な戦力を消費してでも欲しいと思える報酬はあるのかね?」

だが、そんな些事などどうだっていい。関係無い。

そもそもそのウルサスを捕まえたとして、その娘が暴君の元に送られたらどうなるのか想像に難くない。

 

これ以上あの黒蛇の思い通りにはさせん。ここでヤツの企みを終わらせてやる…!

 

「──あるわよ……これでどうかしら?」

Wの口が三日月に裂け、悪魔のごとき邪悪さの滲みでたものにすげ変わる

そんな彼女がパーカーのポケットから取り出したのは四角い鉄の箱だった。

 

「それは…?」

 

カチッ!

 

『ザザッ…アンデッド隊長…これはどう………です!?』

『イキ…良いなぁ…食べて良いカ?』

『こ、こいつら……感染者じゃ……』

 

『……よく…てくれた。残念だが、はじめから……騙して悪いが…なんでな。死んで貰おう』

 

『やはり……お前はタルラを……レユニオンの裏切者だったのか!?』

 

『裏切る…?…クハハ!……私はハナから行き場のない憎悪を世界にまき散らすテロ集団に身を置いてなどいない』

『貴様…!』

 

 

『……もはやお前たちはタルラの救おうとしていた無辜の人々ではない。やり過ぎたんだ、貴様らはッ!』

 

『ギャァァァァー!?』

 

──ソレは録音機だった。

 

「アハハ!驚いたかしら!?ねぇその窮屈そうな兜を外して顔を見せなさいよ!」

あまりにも想定外なイレギュラー、驚きのあまり「お前…!」……とでも言いたげに睨んでくるサーシャにすら気づけていなかった。

 

「貴様……あの場にいたのか…?」

「私達龍門行く前に中継拠点に使ったあのチェルノボーグの残骸があるじゃない?あそこでアンタが妙な動きしてたのを見つけてぇ、暇だからつけたの。そしたら……ビンゴォ!」

……あの機械から聞こえた一幕は事実だ。黒蛇の手を離れた後に、私は部隊に潜り込んでいた“蛇の眼”を処分した。

 

これで自分達の行動が相手に筒抜けになることはない……この時は一難去ったと安堵していたがよもや近くに隠滅するべき敵が潜んでいたとは思わなんだ。

 

「貴様は随分と暇人で……モノ好きなんだな。私などよりも有意な時間を過ごせる人間はいくらでもいるだろうに」

「アンタほど叩くといい音なりそうなヤツ幹部にいないわよ。……さぁ、答えを聞かせてもらいましょうか」

「………」

 

ここまで来れば馬鹿でも分かる。

私は幹部としての定時報告で“タルラ”に龍門の潜入の敢行中に間者だった構成員が全員死亡したと伝えた。

あまりにも露骨で、バレバレな噓だ。それでもヤツは無関心に「そうか」言うだけだった。

 

……貴様の眼に私は取るに足らない矮小な存在にしか見えていないのだろう

実際、貴様に隷属されてから誰にも頼れず、私は何もできないでいた。

 

 

──だが、今は違う

 

 

コシチェイに同胞たちの存在を……そして我々の計画を気取られる訳にはいかない

 

 

 

 

 

 

 

そして現在(イマ)に至る。

 

(……始めようか)

 

「……出番だ、起きろ──」

アッシュが右手を掲げ、指を鳴らす。

 

バコォンッ!!!

 

それと同時に最前の車両の停まっていた道が隆起し大爆発が起こった。

衝撃で弾け飛び、重力に従って落下する車両。その真下で煙の中から巨大な人影が浮かび上がる。

煙を切り裂き稲妻を纏う大斧が中に乗る近衛局員諸共車両を両断した。

 

その者……否、ソレの名は──

 

「───“竜狩りの鎧”」

 

主を喪い、深淵に堕ち、灰の英雄に二度も敗れたソレは

 

「■■■■――ッ!!」

このテラにて三度目の狩りを開始した。

 

 

声にならぬ金属質な咆哮を合図に左右の建造物の屋上からWお手製の爆弾が投げ込まれ、後続の車両を襲った

 

 

「……手早く済ませよう」

作戦通り、奇襲に乗じてアッシュが道路を蹴る。

 

 

「何としても護衛対象を死守しろ、レユニオンの手に渡すな!」

「「「「了解!」」」」

 

爆煙の奥から聞こえた気丈そうな女の指示を受けて近衛局の隊員達がアッシュを迎え撃つ

 

数は4人程度。護衛対象を護送していることを悟らせぬ為に少数で護衛していたのだろうが……裏目に出たな

 

 

“逃亡騎士の兜”の内でしたり顔でほくそ笑んだアッシュの手に精巧な銀の彫刻の施された一対の黒刃を有した両刃剣が現れる。

 

ソレはアッシュがついぞ持ち得なかった両刃剣だ。未知の武器種に心躍らせながらも対価なしにせびるのは申し訳ない。()()()大量に持っていた銀騎士の装備か“カーサスの大曲剣”と交換してもらおうか……そう思案していた彼にフィアレスが──

 

 

「……悪いがこの“サンティの槍”は譲れんぞ。……あぁ待て、これならタダでやる。いや、寧ろ引き取ってくれ……どうせ使わんしなそんな産廃

 

と言って快く託してくれたものだ。ねだってみるものだとアッシュはここ最近他人に見せていなかった珍しい満面の笑みを作る。

 

(クク……貴様らにはこの剣の錆となってもらおう!)

アッシュは黒の両刃剣──“魔術の両刃剣”を頭上に掲げる。

 

……フィアレスが言っていたように、この武器は産廃である。

“魔術の両刃剣”は名に違わず両刃剣でありながらも魔術を行使することができる世に珍しい武器触媒の一つだ。

 

しかし、その実ソレが産廃だと知るドラングレイグを旅した不死人は声高く罵るだろう

 

使用に求められるそれなりの筋力と技量が全く反映されない上に主な魔法の攻撃力も大して伸びず何と個性である武器触媒として使う魔術の威力が未教化の“魔術師の杖”にすら届かぬ始末。

もう一度言う。原盤で強化したとしても未教化の初期杖に魔術の威力が負けている

 

Lv.4 体力10 持久力9 筋力10 技術9 血質7 神秘9

 

故にその見た目に魅了された者でも無い限り、手に取られることは無かった。

 

 

しかし、そんな前情報を何も知らぬアッシュは違う!

 

 

「“ソウルの大剣”!」

彼の頭上に掲げられた双刃が蒼き大剣を成し、リーチが伸びた二連の回転斬りが眼前の敵を切り刻んだ。

 

魔術を撃つだけなら杖だけで十分だ。武器触媒は武器である以上魔術で武器による攻撃を強化すればよい。彼はそう考える

 

「な……ぐわぁー!?」

そのまま跳躍したアッシュ最後の一人の脳天を貫き、それを踏み台に先へ進む。

 

 

半壊した車に飛び乗り、戦場を俯瞰する。

 

(……アレがこちらを襲う前にさっさと済ませねばな)

Wの手下、そして己が躯体と得物を取り戻した竜狩りの鎧によって近衛局は蹂躙されている。敵勢の相手は任せて、ターゲットを捜す。

 

───見つけた

 

廃車確定な車を踏み砕いて、横転したもう一台の車の傍でへたり込んでいたウルサスの少女の目の前に着地する。

 

「……キミがミーシャだな?」

「こ、来ないで…!」

ウルサスの少女は後退り、アッシュを拒むが元より、有無を言わせる気はない。

 

強引に連れ去ろうと、怯える彼女に手を伸ばし……

 

 

「私の傍から離れるな!」

あと少しのところで邪魔が入った。

ミーシャを庇うようにヴィーヴルらしき女が立ちふさがったのだ。

 

(やれやれ……また女か。…?)

立ちふさがる女を目にした瞬間、

 

──違和感。

 

「……無駄だとは思うが、その娘を渡してもらおうか」

「断る!」

……気のせいだ。今は依頼に専念しろ。

 

「邪魔立てするか……ならば殺すまで!」

周囲の戦闘音をBGMに両者が剣をぶつけ合う。

 

 

「ソラソラソラソラァッ!」

「くっ…!」

双刃をフルに活かした怒涛の連続の斬撃をヴィーヴルの卓越した剣技が拮抗する。

しかし、単純な手数の差による暴力を前に女は少しずつだが押されている

返す刀も、斬撃の嵐に弾かれ、アッシュに届き得ない

 

(…まただ……)

 

───違和感

 

何故だ…?

 

何故、私は初見のはずのこの女の剣を余さず見切れている…?

剣とは人間の振るう模範的な武器の一つ。その技は多様といえど、所詮は斬撃。余程変則的なモノでない限り対応することは可能だ。

この女の剣筋はどこまでも愚直。しかし、その剣に込められた力は尋常ではない。下手すれば受け止めた剣が粉々に砕かれ、この身を両断されると思わせるほどに

だというのに一撃の軽い両刃剣で往なし、弾き、対応できている。

 

まるでその剣の重さを知っていたかのように動けている。

 

私はこの女の剣を知っている…?

 

「せいっ!」

「っと…!」

やられっぱなしで終わらず、絶え間ない斬撃の隙間、刃を彼女の剣が受け止めた瞬間に万力を込め弾き返し、ハイキックで逆に押し返した。

 

背中から倒れ込んだアッシュだが両腕を使い、宙に跳び、“魔術の両刃剣”をまるで弓をつがえるように構えた。

 

 

「“ソウルの奔流”」

極限まで練り上げられた4本のソウルの槍が解き放たれ、チェンに群がる。

 

「っ!……ミーシャ!私に掴まれ!!」

「えっ…!?は、はい!」

 

ドォーン!

 

ソウルの槍が炸裂・着弾しソウル特有の蒼白い爆発が起こる

ドラングレイグ産の“ソウルの奔流”は彼の知るそれとは異なる性能だが、その威力は負けず劣らず。決まれば必殺を誇る。

 

にも拘らず、アッシュの顔は険しく、ヴィーヴルがいた場所を包む魔術の残影に目もくれず、立ち並ぶ閉め切られたシャッターの中で唯一ぼっかりと穴のあいた一つを睨む

 

 

そこに“ハイデのグレートランス”を差し向ければ、案の定そこから飛び出した女剣士が突撃槍を切り裂いた。

 

「おのれ…!」

「分かるぞ、護るモノがあるのは大変だろう……全霊で臨まねば、護り切れぬぞ」

そう言ってアッシュは女の腰に備えられた朱色の鞘に収まるもう一振りを指差す。

私程度の上を容易く超える腕力で二刀であれば先の両刃剣の連撃を捌き、押し勝てていたはずだ。

 

 

「……コイツはしかるべき時にしか抜けてくれなくてな。少なくとも貴様などその程度の相手ということ、この一本で十分だ!」

「……あくまで出し惜しむか。であるならば」

あからさまに失望を隠さず、左腕を掲げると彼の後方に彼と同胞たちの武器が顕現する。

 

 

「なっ…!?」

何れも極限まで鍛え上げられた歴戦の武器だ。その身に受ければ致命傷は不可避、故に避けねばならない。

だが、あの小娘を後ろに隠したのだろう?避ければ彼女は死ぬ。かといってこの弾幕の悉くを剣一本で落とすことなど不可能だ。

 

 

「──分かるか?……詰みだ」

死の弾丸に標的を指し示そうと手を女へと向け───

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

「ぬっ…?」

猛き雄叫びに思わず攻撃の手を止め、振り向く。

 

見れば相手をしていたレユニオンか竜狩りの鎧から逃れたらしき近衛局の男がへし折れたサーベル片手に特攻してきていたではないか。

 

(チッ!役立たず共が…!)

「ガハッ…!」

顕現させた武器の一部が矛先をその男へと向き直り、彼を三本の剣が貫いた。

 

しかし、それでも割れたヘルメット越しに男は笑って、

 

 

「…今です!チェン隊長ォ!!!」

 

──チェ…ン?

女の真名を耳にした瞬間、アッシュの思考が止まる

 

「ハァァーッ!!!」

その時点で形勢は逆転した。

 

背後から迫り来るヴィーヴル───否、龍の剣をアッシュは咄嗟に無意識で柄で受け止め両刃を手で支えるが、そのような用途を想定されていない両刃剣と彼の足が剣の重さに耐えきれず悲鳴を上げ、刃の食い込んだ手甲から血が地に滴り落ちる。

 

一転して劣勢に追い込まれたアッシュ。

 

「……お前……名前は?」

「聞こえなかったのか?──私は近衛局局長、チェン・フェイゼだ!!」

 

しかし、そんな彼を更に現実は追い詰める

 

「────」

あぁ……

 

 

───これはな……私の妹へ宛てた手紙だ

───名はチェンという。…今どこにいるのかは分からない。それ故これを含めた今までに書いてきた手紙は自分の気持ちの整理の為のものだ。順調に育っていれば……背は私と同じくらいかな

 

 

 

道理で、

 

似ている……タルラに。

 

容姿も言われてみれば面影がある。

 

剣技も、多少荒々しいが……覚えがある。タルラと明け暮れた修練の日々、何度も見てきたアイツと似ていたのだ。

 

だから、見切れていたのか……

 

そして彼女の(ソウル)を視てしまった以上、間違えようもない

 

 

「……そうか。こんなところにいたのか」

「…?何を言って……」

タルラと生き別れた後、ここで過ごし、育っていたのか

よりによってこの龍門で……

 

───そうか、そうだったのか。

 

「……これも計画の内だったというのか…コシチェイィッ!!

「!?」

突如、気が狂ったかのように激昂し、アッシュは天に吠える

 

よくも…よくも!

 

「タルラを奪っただけでは飽き足らず、この私に彼女の妹を手にかけさせようとするとは!殺してやる……殺してやるぞ!」

「タルラ…!?おい!お前は私達の何を知っている!?」

 

 

「───はーい、そこまで」

ここで、今に至るまで静観を決め込んでいたサルカズが動いた。

 

 

「っしまった…!」

「時間稼ぎご苦労様、この娘は頂いていくわ」

「待て!」

 

───谷より遣われし、冷たき尖兵よ

 

天を仰いで動きを止めていた兜の奥でアッシュの双眸が蒼く輝き、甲冑の隙間から氷霧が漏れ始め、瞬く間にその場にいる者たちの姿を覆い隠す。

 

「クソ!前が…!」

「あら、援護ありがと。それじゃ、バァーイ!」

冷気の煙幕に乗じまんまとミーシャを連れ去られ、歯嚙みするチェン。

 

 

「……最悪の出会い方だったが…チェン、キミに会えてよかった」

いつの間にか背後に控えていた竜狩りの鎧にアッシュは抱えられていた。

恐らく彼も逃げるつもりだ。

この視界不良ではWも、そして彼の追跡も不可能、ここは逃走を図る敵を諦めて、負傷者の処置に向かうべき、

それが最善だ。

 

……それでも

 

「私の質問にも答えろ!お前はアイツの何なんだ!?何が目的だッ!」

それでも彼女は我慢できず、幼き日に永別したと思っていた姉の手がかりを求めた。

 

「……私はタルラの…親友だ。そして私は彼女を助けるためにここにいる。その為ならば私は……」

 

──私は君の故郷の破壊者となるだろう……

 

実質犯行予告を残してアッシュを抱え高く跳躍し、冷気のスモークを脱出した熔鉄の巨人は両側のビルを三角飛びし、戦線を離脱した。

 

 

 

 

────────

 

 

「お疲れ様、お陰様でガキの尻ぬぐいができたわ。アイツじゃなくてアンタと組んだほうが作戦が捗りそう」

「……さっさとあの機械を渡せ」

「チッ……ハイハイ。どーぞ!」

受け取った録音機を念の為に再生してみれば己の不祥事が流れたので即座にソウルに収める。

これで取引は完了だ

 

「便利なアーツねぇ」

「これでお互いに用は済んだ。さっさとその娘を連れて帰るんだな」

「言われなくともそうするわ……あぁそうそう。最後に一つ良いかしら」

「しつこいな貴様……何だ」

 

 

「アンタ、あの龍女……いいえ、貴方の“親友”について教えてくれない?」

その質問は私の知るWするようなものとは程遠いもので大きく意表を突かれが、感情を出すまでではない。

既に頭はボルドの冷気で冷えている。

 

「……レユニオンの頭目以上の何者でもない。貴様も知っているだろう」

「誤魔化さなくてもいいわ。告げ口は絶対しないって誓ってあげる。」

「貴様を信じろというのか。私を黙って追跡し、弱みを握った前科がある貴様を?できるわけがなかろう」

 

「……それもそうね。……どうせ答えは同じなんだから、辿り着くまでの面倒が増えるだけ……あぁそうだ……コレ、あげるわ!」

「これは…?」

中々の速球で投げつけられた飛来物の正体は小さな小包だ。カラフルな色で彩られたその中からころころと何かが転がる音が聞こえる。

 

「前金よ。アンタのここでの任務のいざってときに役立つ……かもしれないものが入っているわ。それがアンタの助けになって、仕事が成功したら……私がこれから手を借りたいときに手を借して頂戴……それじゃあね~」

(成功したら…か。残念ながらそれはできんかもな)

 

「……龍の影には悪しき蛇が潜み、騙っている」

「はぁ?」

「前金が払えないかもしれんのでな。貴様───貴公が暴君の傀儡でなく、疑念を抱く勇者であることを祈るよ」

 

「……何ソレ、意味わかんな…」

 

───タルラには「二つの影」がある……

 

Wの旧知から伝えられた遺言もどきとアッシュの意味深な発言の間に細い線が繋がる

 

(……成程ね?)

 

「……ちょっとした前金に相応しいちょっとしたアドバイスね。ありがと」

ぶっきらぼうな礼を最後に背を向けて闇に消えたWを見送った後、彼も潜伏用の拠点へと帰投する為に近場の篝火へと歩き始める。

 

あのいけ好かないサルカズの前ではとても言えないが、依頼を受けてよかったと思う。

 

……でなければ、彼女との再戦を覚悟することも、予知することすらできなかった

 

 

(……チェン)

 

 

本当に、人の縁とはつくづく恨めしいものだ

 




びっくり箱
サルカズの傭兵Wから渡されたプレゼント
中には彼女お手製の癪に障る笑みをした爆弾が入っている

刹那的な快楽主義の狂人のように振舞いながらも、
強く、固い意志の宿っていた彼女の眼は一体どこを見つめていたのだろうか







……次回、異聞「絶望を焚べたその先で」



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