咲き誇る鉄の華   作:ハトンビー

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プロローグ
島を出たら


 

 ──次は、どうすればいい?

 

 

 ミレニアム島。

 太平洋のど真ん中に浮かび、地球で最も早く朝を迎えるという絶海の孤島は、その夜、普段の長閑さとは打って変わった緊張と喧騒に包まれていた。

 満天の星空を望む陸地では、火星からはるばる地球まで降り立った民兵組織、鉄華団の少年兵たちが、作戦に従って敵を迎え撃つ準備を着々と進めている。

 黒々とした海に目をやれば、水平線を小さく切り取って浮かぶ複数の艦影。これまでの旅の道のりで、何度となく戦火を交えた地球の治安維持組織、ギャラルホルンの水上艦だ。

 夜明けとともに、戦いの火蓋は切って落とされる。優しい潮風が吹く南の楽園は、モビルスーツとモビルワーカーが跳梁する、血と硝煙に塗れた戦場へと姿を変えるだろう。

 

 やることは今までと変わらない。

 邪魔をする奴は叩き潰す。降りかかる火の粉は払いのける。これまでの道のりでも、そうやって活路を切り拓いてきた。

 それが、戦うことしか知らない鉄華団の少年たち、そしてそれを率いる団長、オルガ・イツカの在り方だった。

 

 だというのに今、オルガは揺らぎ、迷っていた。

 先刻、信頼する仲間からぶつけられた言葉が、頭の中で繰り返し反響する。

 

「ビスケット、俺は……」

 

 

 

 

 

 

 始まりは一つの依頼だった。

 火星の自治区、クリュセ。地球の四大経済圏の一角、アーブラウを宗主とする、事実上の植民地。

 その独立運動の中心的人物である『革命の乙女』ことクーデリア・藍那・バーンスタインを、アーブラウとの交渉のために地球まで護送する。

 それが鉄華団──当時はまだ、民間警備会社CGSの参番組であった──の少年たちに課せられた任務だった。

 だがそれは、クーデリアの影響力を危険視したギャラルホルンによる実力行使を招いた。

 参番組の少年たちは生き延びるため、長らく彼らを虐げてきた大人たちに反旗を翻した。鉄華団と名を改めた彼らは、己の未来を勝ち取るために、必ずや初仕事を完遂すると決意して火星を発ったのである。

 

 そこからは綱渡りの連続だった。木星の巨大複合企業テイワズ、並びにその下部組織タービンズとの交渉。宇宙海賊との討伐に、コロニーでの抗議運動。そして、度重なるギャラルホルンの攻撃。

 それら全てを乗り越え進み続けた鉄華団は、決して少なくない犠牲を出しながらも、遂に地球の土を踏んだ。

 クーデリアを無事に地球まで送り届けたことで、鉄華団は見事、依頼を達成したはずだった。

 

 しかし、クーデリアの交渉相手である蒔苗東護ノ介は、現在アーブラウの代表から退き亡命中の身。曰く、交渉を成功させるためには、蒔苗をエドモントンのアーブラウ議会まで連れていき、代表に再選させる必要があるという。

 言うまでもなく地球はギャラルホルンの本拠地だ。その足元を進軍するとなれば、今までよりも遥かに険しく、危うい道のりとなることは明白だった。

 かといって火星に帰ろうにも、こちらの動きはギャラルホルンに捕捉されているから、ほぼ間違いなく圏外圏まで追いかけ回される羽目になる。あるいは運良く火星に帰れたとしても、鉄華団の名声は一時のもので終わるだろう。そうなればまた、いいように使われる日々に逆戻りだ。

 

 どの道、進んでも退いても、相応のリスクは避けられない。

 ならば、見返りが大きい方を取る。

 前に進もう。決断したオルガは、蒔苗の誘いに乗ることにしたのだが──。

 

 

 ──だったら! だったら僕は……。

 

 ──僕は鉄華団を降りる。

 

 

 ビスケット・グリフォン。鉄華団の中でも教養が深く、信頼の置ける参謀役である彼は、オルガの方針に強硬に反対した。

 実際、これまでも意見の相違が無かったと言えば嘘になる。だがビスケットは、最後にはオルガの言うことを認めてついて来てくれた──少なくともオルガはそう思っている。だから今回もきっとそうだろうと、内心では高を括っていた。

 まさか、あれほど激しく、真正面から拒絶されるとは。

 思ってもみなかったことだったから、ついオルガも感情的になって声を荒げてしまった。結果、口論の末、ビスケットは鉄華団を降りるとまで言い出したのである。

 先日コロニーで再会するまで生き別れになっていたという、ビスケットの兄の訃報を知ったのは、物別れになった後のことだった。

 

 その後、もう一度腹を割って話そうと決意したものの、折悪くギャラルホルンによる襲撃の報が入り、結局まともに話す時間も取れないまま今に至る。

 

 

 

 

 

 

「鉄華団を降りる、か……」

 

 一人真っ暗な会議室で、机に広げた地図を睨みながらオルガは呟く。

 

 本音を言えば──もちろん辞めてほしくはない。ビスケットの優秀な頭脳を手放したくない、という鉄華団団長としての立場を抜きにしても、ずっと共に戦ってきた仲間と離れたくはなかった。

 一方で、それがビスケットの望みなら、彼の意志を尊重してやりたいのも事実だ。

 思考は巡れど結論は出ず。

 とにかく、一度ビスケットと話をしよう。と、何度目かわからない決意をしたときだった。

 

「オルガ」

 

 声がした方を振り向けば──部屋に入ってくる、いつも被っている鉄華団の帽子がトレードマークの、恰幅の良い少年。

 

「ビスケット……」

「気になることでもあった?」

 

 オルガの傍に立つビスケットは、普段通りの穏やかな雰囲気で、その表情に先刻の激情は見られない。別れた後に、他の誰かとも話をしたのだろうか。

 

「いや……そうじゃねえ。これから鉄華団をどうするか考えてた」

 

 ビスケットが視線を逸らす。

 数秒の沈黙が流れ──先に口を開いたのは、ビスケットだった。

 

「……そのことでオルガに話があるんだ。俺は──」

「待ってくれ」

 

 何か言おうとしたビスケットをオルガは遮る。

 

「俺もお前とはゆっくり話したいと思ってた。だが今はこの状況だ。島を出てからにしてくれねえか?」

「……うん……」

 

 ビスケットが言葉を呑んでくれたことに、オルガは内心安堵する。

 その先の答えによっては、間違いなく自分は動揺してしまう。そうなったら、後の作戦にも支障が出るだろうから。

 そう、己に言い訳をして。

 

「……ガキの頃からだよな。お前は俺の無茶に、文句も言わねえで付き合ってくれて」

「文句は言ってたよ。オルガが聞いてなかっただけだ」

「つまり俺は成長してねえってことか。それが原因でお前が降りるなんて言い出したんじゃ、笑い話にもなんねえな」

 

 自嘲するオルガに対し、ビスケットは苦笑した。

 

「……島を出たら、話をしよう。俺たちのこれからのことを」

「ああ……約束だ」

 

 ビスケットが去った後、オルガの心は少しだけ凪いでいた。

 結局、鉄華団に残ってくれと言うことはできなかったが、戦いが終わればいくらでも話す時間はある。

 大丈夫だ、今回もうまくいくさ──そう自分に言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

 MWの駆動系が悲鳴を上げる。

 突き上げる振動。耳を裂くスラスターの爆音。

 迫り来る巨大な影は、手に持った剣を振り下ろし──。

 

『──オルガ、()()()()!!!』

 

 

 金属のぶつかり合う耳障りな音が、オルガの意識を呼び戻す。

 

(ここ、は……)

 

 ゆっくりと目を開けたオルガは、頭だけを動かして、自分と周りの様子を確認した。

 どうやら自分は、地面にうつ伏せに倒れているらしい。起こした顔のすぐ先では、一台のMWが横倒しになっている。

 

(何が……あった……?)

 

 朦朧とする意識の中で、オルガは記憶を手繰り寄せる。

 敵を島に誘い込んで罠に嵌め、揚陸艇を奪取したところまではよかった。だが、生き残った敵のMSに、オルガたちの乗ったMWの居場所がばれて──。

 

 ──それから、どうなった?

 

 追いかけられ、もう駄目だと思ったときに、操縦していたビスケットの声がして、直後に視界がひっくり返って──。

 

「──ビスケット!?」

 

 一気に覚醒したオルガは、あちこち痛む体を無理矢理起こし、よろめきながらMWの元へと向かう。

 外にビスケットの姿は無い。ということは、まだ中に乗っているのか。

 

「クソッ、冗談じゃねえ! 俺はまだ──!」

 

 MWとの距離は大して離れていないのに、辿り着くまでひどく長く感じる。

 外から見る限り、横転したMWに目立った損傷は無いようだが、中がどうなっているかまではわからなかった。

 

「俺はまだ、約束を果たしてねえんだ!」

 

 叫びながら、ようやくMWに辿り着いたオルガは、コクピットに繋がるハッチに手をかける。

 転倒の衝撃でフレームが歪んだのか、ハッチは普段ほど簡単に動いてくれない。歯を食いしばり、力任せにハッチをこじ開けると、オルガは声を張り上げた。

 

「ビスケット、無事か!?」

 

 覗き込んだ先に、ビスケットはいた。

 MWの狭く暗いコクピットの中で、操縦するときとほとんど同じ体勢で横たわっている。

 意識は──ない。

 最悪の考えが脳裏をよぎった。

 

「ビスケット! おい!? 返事をしろ、ビスケット!!」

 

 気絶しているだけか? 頭を打ったのか? どこか出血しているのか?

 まずはここから出してやらなければ、と、オルガが身を乗り出したときだった。

 

「……う……」

 

 ビスケットが小さく、だが確かに、呻いた。

 

「……あれ……? 俺、は……」

「ビスケット、しっかりしろ!」

 

 意識を取り戻したビスケットは、オルガの呼びかけに応えるように、緩慢な動きでこちらに首を向けた。

 

「オルガ……? そうか、俺……」

「ビスケット! 待ってろ、今こっから出してやるからな!」

「……俺は、大丈夫。それより敵は……?」

 

 オルガが慌てて周りを見回したそのとき、一機のMSがオルガたちの近くに着地した。

 〈ガンダム・バルバトス〉。白を基調とし、赤、青、黄のアクセントが施された装甲。ハイヒールのように底上げされた踵に、悪魔の角を思わせるV字のアンテナ。右手には頭部が顎のように開く、巨大なレンチメイスを携える。

 三百年前の厄祭戦の遺物にして、鉄華団の切り札たる〈バルバトス〉は、その緑の双眸をオルガたちに向け、外部スピーカーから声を響かせた。

 

『二人とも、大丈夫?』

 

 声の主は、三日月・オーガス。〈バルバトス〉の専属パイロットにして、オルガの懐刀と言うべき少年。

 そうか。三日月(ミカ)が、助けてくれたのか。

 

「ああ、俺は大丈夫だ! ビスケットは──」

『俺もどうにか無事だよ。まあ、無傷とはいかなかったけどね』

 

 ビスケットが通信を入れると、三日月の安心した様子が、機体越しにオルガにも伝わってきた。

 オルガと三日月は幼い頃からずっと一緒にいたから、互いに気心は知れている。あるいは三日月の感情が、阿頼耶識システムを介して文字通り人機一体となっている〈バルバトス〉の仕草に現れていたのかもしれない。

 何より、オルガ自身が安堵しているのが、一番大きな理由だろう。

 

『そっか……ごめんオルガ、俺のミスだ。接触通信でバレたみたい』

「なあに、生きてりゃ構わねえさ! それより状況は!?」

『MSはあらかた潰したけど、オルガたちを襲った奴は──』

『悪い、三機逃しちまった!』

『追わなくていい! 追い払うのが目的だからね!』

 

 MSに乗る仲間たちから矢継ぎ早に通信が入る。

 敵の一部は取り逃してしまったようだが、戦果としては十分だ。

 オルガは不敵に笑う。

 

「みんな、よくやってくれた! 作戦は成功だ! だがまだ終わりじゃねえ。MS隊は揚陸艇に移動してくれ! 見張り組は伏兵に気をつけろ! 他は大急ぎで荷物の積み込みだ! 奴らが出直してくる前に島を出るぞ!」

 

 応と返る声を聞き届けて通信を切ると、ちょうどビスケットがMWから這い出ようとしていた。

 オルガがビスケットに笑いかけると、ビスケットもまた笑顔を返す。

 オルガの差し伸べた手を、ビスケットは力強く握った。

 

「やったね、オルガ」

「ああ……危ないとこだった。正直、生きてんのが不思議なくらいだ」

「俺もまだ、死にたくないからね」

 

 両足でしっかりと大地を踏み締めるビスケットは、トレードマークの帽子を被り直す。

 

「ギリギリまで引きつけて急旋回すれば、上手いこと躱せるかもって思ったんだ。まあ、ほぼ神頼みだったけどね」

「……それ、下手すりゃ二人とも死んでた奴じゃねえか?」

「実際助かったんだから、結果オーライ、だろ?」

 

 ビスケットは茶化してみせた後、少し伏目がちに言った。

 

「……おやっさんが言ってたんだ。鉄華団はただのラッキーだけでここまで来たんじゃない、って。俺もそれを、信じてみたくなったんだ」

 

 顔を上げたビスケットの視線に釣られて、オルガは空に目を向ける。

 彼らがやってきた空は、今は灰色の雲に覆われて、その向こう側は見えないけれど。

 

「……なあビスケット。約束、覚えてるか?」

 

 曇り空を見上げたまま、オルガは呟くように言う。

 隣に立つビスケットは、苦笑したようだった。

 

「忘れるわけないだろ、オルガ」

 

 音の聞こえなくなった戦場で。

 汗と泥を洗い流すように、優しく雨が降り始めた。

 




「ビスケットの戦死は、物語の大きなターニングポイントだったよね」という考えから想像を膨らませて書きました。
アニメ1話放映から来年で10周年らしいですね。マジかよ。
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