咲き誇る鉄の華   作:ハトンビー

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栄光と挫折と

 

 私は、クーデリア・藍那・バーンスタイン。

 私は火星から、前代表である蒔苗氏との交渉のためにやって来ました。

 その蒔苗氏に時間をいただき、今、この場にいます。

 

 ここに来るまでの間、私は幾度となく、ギャラルホルンからの妨害を受けました。

 今もまさに、私の仲間たちが、その妨害と戦っています。

 

 火星と地球の歪んだ関係を、少しでも正そうと始めたこの旅で、私は、世界中に広がる、より大きな歪みを知りました。

 そして、歪みを正そうと訪れたこの地もまた、その歪みに呑まれようとしています。

 

 しかし、ここにいるあなた方は、その歪みと対峙し、それを正す力を持っているはずです。

 

 選んでください。誇れる選択を。

 希望となる未来を──。

 

 

 

 

 

 

『この映像は、アーブラウ議会にて行われた、クーデリア・藍那・バーンスタイン氏による演説の様子です。議事堂では現在、蒔苗代表とバーンスタイン氏による、火星のハーフメタル採掘事業に関する交渉が行われているとみられ──』

 

 エドモントンでの戦いから数日後、鉄華団が拠点としている駅舎の一室。

 テーブルに置かれたタブレット端末のニュース映像を見ながら、頭と体に包帯を巻いたシノは、感嘆の声を上げた。

 

「すげえよな。ずーっとクーデリアのニュースばっかりだ。こういうの、えーと、何つうか──」

「時の人?」

「それだ!」

 

 シノの言葉を代弁したのは、隣に座るヤマギ・ギルマトン。年少組の一人で、主にMSやMWの整備を担当している少年だ。

 

「正直、最初に顔合わせたときは、綺麗なお嬢さんだなとしか思ってなかったけどよ。それがマジで、世界を動かしちまうんだもんなあ」

「その手助けをしたんだよね、俺たち」

「信じらんねえよな──おっ!」

 

 映像が切り替わり、あの黒いMSと〈バルバトス〉の戦いが画面に映し出される。

 映像は二機の戦闘を望遠カメラで捉えたものらしく、〈バルバトス〉が黒いMSの腕を太刀で斬り落とす様子が、小さい画面にばっちりと映っていた。

 

「ヒューッ! オルガじゃねえが、やっぱすげえよ三日月は! 俺もあんときヘマしなけりゃ、大活躍で一躍有名になってたかもな!」

 

 興奮するシノに、呆れたようなヤマギの視線が向けられる。

 

「あんまり無茶しないでよ。生きてるのが不思議なぐらいなんだから」

「なあに心配すんな! 俺は死ぬ気は無えからよ!」

 

 一連の戦闘で、少なくない数の団員たちが犠牲になってしまったが──不幸中の幸いか、MS隊は全員が生還した。

 シノはあちこち負傷したものの命に別状は無く、今はこうして問題なく動けている。アジーも怪我を負ったが傷はそれほど深くなく、ラフタに至っては、なんとほとんど擦り傷で済んだ。

 ラフタに関しては元気が良すぎて、あのときの絶叫は一体何だったんだと言いたくもなるが──本人曰く、あの瞬間は本気で、迫り来る死の恐怖を感じたのだとか。

 

(……まあ俺も、アイツがもうちょっと強かったら、マジで危なかったかもなあ)

 

 あの黒いMSは反応速度こそ化け物じみていたが、()()()()()自体は、実はそこまで高くなかったのではないか──というのが、ラフタとアジーの見立てである。何故そう思ったのかと聞けば、MS乗りの勘、という奴だそうだ。

 ちなみにシノは、綺麗な幸運の女神様が、鉄華団に味方してくれたおかげだと思っている。昭弘にそれを言ったら、即座に鼻で笑わられたが。

 

「てか、昭弘もすげえよな。あいつ、一人で〈グレイズ〉を千切っては投げ、千切っては投げだったんだろ?」

「俺も聞いてびっくりしたよ。流石にキツかったって言ってたけど……」

「いや、そんだけ暴れ回ってキツかったで済ませんのか。薄々思っちゃいたが、昭弘もまあまあバケモンだな。三日月も大概だけどよ……」

 

 そこまで言ったところで、三日月の身に起こったことを思い出し、二人の間にやや気まずい沈黙が流れる。

 黒いMSを倒すために、阿頼耶識のリミッターを解除した反動か──〈バルバトス〉から降りた後、三日月は右目が見えなくなり、右腕も動かなくなってしまった。この戦いにおける一番の英雄(ヒーロー)は、MS隊で一番の重傷者でもあった。

 一応、〈バルバトス〉に繋がっている間は右目も見えるし右腕も動くから、これからも仕事は続けられる──と、本人はあまり気にしていない風だったが。

 あと、無事な左腕は、アトラに貰ったお守りが守ってくれたとも言っていた。ちくしょう惚気やがって、などと、野暮なことはこの際言うまい。

 

「……そうだよな。いつまでもアイツらに頼りっぱなしって訳にもいかねえし、俺ももっと強くならねえとな……!」

 

 沈んだ空気を吹き飛ばすように、シノは拳を掌に打ちつける。

 

「おっし! そうと決まりゃあ、火星に戻るまでの間に特訓だ! あ痛てて」

「……まずは怪我を治すところからだね」

 

 ヤマギに生暖かい眼差しを向けられ、シノは頭を掻いた。

 

 

 

 

 

 

 蒼穹にエンジン音を響かせながら、一機のプライベートジェットが飛び去っていく。

 ヴィーンゴールヴに造成された人工の大地の片隅で、マクギリスは水平線の向こうへと消えてゆく、小さな機影を眺めた。

 

(もう二度と、ここに戻ることは叶うまい。あなたは罪を重ねすぎたのだ。義父上……いや、イズナリオ)

 

 アーブラウ代表選への介入と、代表候補であったアンリ議員との癒着。それらの罪が暴かれた結果、イズナリオはセブンスターズの座を追われ、同時にファリド家の当主からも退くことが決まった。

 座る者がいなくなった二つの席は、いずれも間を置かずして、彼の養子であるマクギリスが継ぐことになる。

 イズナリオの汚職によって、ファリド家全体の立場も少なからず悪くなるだろうが、それも一時的なものとなるだろう。

 何故ならば、糾弾する立場にあるギャラルホルン自身が、それどころではない状況だからだ。

 

(鉄華団……期待はしていたが、それ以上の仕事をしてくれた。彼らの働きには、感謝せねばな)

 

 鉄華団とクーデリアを利用してイズナリオを追い落とし、ギャラルホルンの腐敗と弱体化を白日の下に晒す。

 途中いくらかの軌道修正はあったものの、概ねマクギリスの計画通りに事は運んでいる。

 敗北と不祥事によって威信が地に堕ちたギャラルホルンは、当面は組織の立て直しと、信頼回復に努めなければならないだろう。

 そこにマクギリスの付け入る隙がある。味方を増やし、敵の勢いを削ぎ、そして力を蓄えるのだ。

 

(やるべきことは多くある。これからが始まりだ)

 

 全ては、来るべき時のために。

 ジェットの音は、もう聞こえない。波打つ水面に目を遣れば、潮風の中を一羽の水鳥が旋回している。

 イズナリオに亡命を促した際、去り際に彼が放った言葉がふと、マクギリスの脳裏に蘇った。

 

 

 

 ──わかっているのだろうな。寄る辺なきお前を、絶望から救い上げてやったのは私だと。

 ──その恩義を忘れたお前の先にも、また絶望しか待っていないぞ……!

 

 

 

(……救い上げてやったなどと、よく言う)

 

 心の奥に仄暗い感情を沸き立たせ、マクギリスは嗤う。

 イズナリオが小姓として囲っていた少年たち──その誰もがマクギリスと同じ、金髪碧眼の──には、当面食うに困らない額の金を渡し、暇を出した。

 年端もいかぬ華奢な身体に、権力者の歪んだ欲望を刻まれた少年たち。

 願わくば、彼らの行く先にもまた、より良い未来が在らんことを。

 

「せいぜい指を咥えて見ているがいい。ギャラルホルンの──世界の、変革を」

 

 聞こえないと知りながら声に出し、マクギリスは海に背を向ける。

 今日は、大事な約束があるのだ。

 

 

 

 ヴィーンゴールヴは、それ自体が一つの都市として機能する巨大人工浮島(メガフロート)である。特に、上層区画には貴族たちの住まう屋敷が文字通り建ち並び、海上の高級住宅街と言うべき様相を呈している。

 その中でもひときわ一等地に建つ、セブンスターズの一家門たるボードウィン家の邸宅を、マクギリスは制服姿のままで訪れていた。

 

「いらっしゃい、マッキー!」

 

 屋敷の使用人が両開きの玄関扉を開けると、親友とよく似た顔立ちの、可憐な少女がマクギリスを出迎えた。

 アルミリア・ボードウィン。ガエリオの、歳の離れた妹だ。

 

「お仕事、お疲れ様。とっても大変だったでしょう?」

「君の笑顔を見れば、多少の疲れなんて吹き飛ぶさ」

「もうマッキーったら。そんなこと言ったって、お顔が疲れてるわ──ほら!」

 

 満面の笑みで、両手を広げるアルミリア。

 マクギリスは片膝をついて、アルミリアと抱擁を交わす。

 アルミリアはまだ九歳の乙女であるが──驚くなかれ、彼女とマクギリスは、正式な婚約者同士である。いわゆる政略結婚というものだが、二人を繋ぐ愛情は、誰が何と言おうと本物であった。

 

「よく来てくれた、マクギリス」

 

 威厳を湛えた声を掛けられ、マクギリスは抱擁を優しく解いて立ち上がる。

 立派な髭を貯えた、体格の良い中年の男。ガエリオの父にしてボードウィン家現当主、ガルス・ボードウィンだ。

 

「ガルス様。この度は、ファリド家が多大なるご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ありません」

「君が謝ることではない。心ないことを言う者もいるだろうが、君は君の為すべきことを、しっかりとやりなさい」

 

 自分の腹の内を知ったら、二人目の義父であるこの男は、果たしてどんな顔をするだろうか──と、マクギリスは心の中で自嘲した。

 

「ありがとうございます、ガルス様」

「私はこれから出なければならんが、今日はゆっくりしていくといい。良ければ、息子の話し相手にでもなってやってくれ──と、噂をすればだな」

 

 ガルスが振り向いた方に顔を向けると、広い廊下の奥から、私服姿のガエリオが歩いてくるところだった。

 

「マクギリス……」

 

 目が合ったガエリオが、口を少し開けて立ち止まる。

 一瞬だけ見つめ合った後、マクギリスはアルミリアに、柔らかく微笑んで言った。

 

「アルミリア。また紅茶を淹れてくれるかな。出来上がるまでの間、私はお兄様と話をしているよ」

 

 

 

「ここのところ働き詰めだった分、急にすることが無くなると退屈で敵わん。お前が来てくれたおかげで、少しは気も紛れそうだ」

 

 アルミリアが紅茶を淹れるのを待つ間、マクギリスとガエリオは広間のソファに隣り合って腰掛け、互いの近況について言葉を交わしていた。

 

「今回の件で、上の方は大騒ぎになっていると聞いた。お前も親父の後始末で、色々と大変なんだろう?」

「ちょうどその辺りが一段落ついて、少しばかり時間が取れたところだ。もっとも、これからまた、代替わりのあれこれで忙しくなるだろうがな」

「跡継ぎってのも楽じゃないな。俺の方はしばらく暇になる。ワインを持ってきたら、愚痴くらいは付き合ってやるぞ」

 

 軍人といえども休息は必要だ。鉄華団追討任務に出突っ張りだったガエリオは、当分の間、実家で休養することになった。

 おそらくは、熱りが冷めるまで大人しくしておく──任務の失敗と、MSの市街地侵入に対する責任として──という意味も込めてのことだろう。

 

「カルタはどうしている? 怪我は良くなったと聞いているが」

「彼女は艦隊司令からの解任と、謹慎処分を自ら申し出たよ。階級も、降格は免れんだろう」

「……あいつは強い女だ。ここで終わるような奴じゃないだろうさ──しかし、連絡の一つも寄越さないと思ったらそういうことか。くそ真面目なのは、あいつらしいが」

 

 ソファの背もたれに腕を回して、ガエリオが天井を仰ぎ見る。

 ガラス張りの広間に差し込む、昼下がりの陽光。端の方では、アルミリアがメイドに見守られながら、覚束ない手つきで紅茶を淹れている。

 ティーセットの立てる音だけが、小さく室内に響く中、マクギリスはおもむろに、親友の名を呼んだ。

 

「ガエリオ」

 

 ガエリオが顔を向ける。

 正面のテーブルに目線を落として、マクギリスは言った。

 

 

 

「アインの件──すまなかった」

 

 

 

 言葉は、返ってこない。

 マクギリスは目を伏せたまま、謝罪の弁を述べていく。

 

「君とアインの望みを叶えるために、私なりに善意を尽くしたつもりだったが──その結果、全てが裏目に出てしまった。阿頼耶識に頼ろうなどと思った、私が浅はかだったよ」

 

 我ながら心にもないことを、よく言えたものだと思う。マクギリスは端から二人を利用するつもりだったし、今回の顛末は全て、マクギリスの意図した通りであるのだから。

 口ばかりの謝罪は、この先を見据えての判断に基づいた、どうしようもなく打算的なものだ。

 謝罪を聞いたガエリオは、激昂するかもしれない。マクギリスはそう思っていたが──返ってきたのは、意外な言葉だった。

 

「……いや、これで良かったんだ」

 

 今度はマクギリスが、ガエリオに顔を向ける番だった。

 アインに阿頼耶識の施術を行うことを提案したとき、ガエリオは己の価値観と、部下に対する思いの板挟みに、激しく苦悩していた。

 だが、マクギリスの目に映るガエリオは、そのときとは対照的に、まるで憑き物が落ちたかのような顔をしていた。

 

「今になって思えば、あいつのためと言いながら──本当は、俺の手前勝手な願望を、叶えたかっただけだったのかもしれない。そのために俺は、アインの運命を歪め、人としての尊厳さえ傷つけてしまった……これはその報いだろう」

 

 天井を見上げて、静かに言葉を紡ぐガエリオ。

 その瞳は、屋根の向こうに広がる空を──もうこの世にいない彼を、見ているかのようで。

 

「たとえ仇を取るためだろうと、忌むべき機械の力になど、頼るべきではない。あいつはそれを、身を以て教えてくれた……俺はそう思っている」

「……阿頼耶識の研究機関は解体し、アインの亡骸は、名誉の戦死として丁重に葬るよう命じた。もう二度と、彼が利用されることは無いだろう」

「……もしできるなら、火星に墓を建ててやってくれないか。あいつの、故郷(ふるさと)だからな」

「ああ。そのように取り計らおう」

 

 マクギリスの言葉に嘘はない。ただ、真実を明かしていないだけで。

 この件に関する諸々の責任は、全てイズナリオに擦り付ける形で事後処理を進めている。アインやガエリオは、軍人として命令に従っただけ──それが、裏切りを知らない親友に対する、マクギリスなりのささやかな贖罪であった。

 

「ありがとう……さて、と。そうこうしているうちに、紅茶ができたみたいだ」

 

 メイドに付き添われながら、ティーセットを乗せたワゴンを押して、アルミリアがこちらに歩いてくる。

 視線に気づいて隣を向くと、ガエリオがこちらを見て笑っていた。

 

「今回の件で、ギャラルホルンの改革は急務だとわかった──よろしく頼むぞ。マクギリス」

「ああ。こちらこそ、ガエリオ」

 

 己の野望を隠したまま、マクギリスは笑い返す。

 今は、午後のひとときを楽しもう。

 

 

 

 

 

「うん、いい香りだ──美味しいよ、アルミリア」

「本当? 練習したかいがあったわ!」

 

 親友と妹。夫婦と言うには歳の離れた二人の、微笑ましくも仲睦まじいやり取り。

 その様子を横目に眺めながら、ガエリオは一人、あの日の戦いを思い起こす。

 

(本当にお前なのか? マクギリス)

 

 エドモントンでの戦いで、ガエリオの前に立ちはだかった赤いMS。

 二本の剣を得物とする〈グリムゲルデ〉の太刀筋は──過去に模擬戦で刃を交えた、マクギリスのそれと同じだった。

 

(あの日、あの機体に乗っていたのなら……お前は、ギャラルホルンを……)

 

 ガエリオの視線に気づいたのか、マクギリスがこちらに顔を向ける。

 

「どうした? 私の顔に、茶菓子の欠片でも付いているか?」

 

 マクギリスに笑いかけられ、ガエリオは慌てて目線を逸らした。

 

「何でもない。ちょっと考え事をしていた」

「人の顔をじろじろ見るなんて失礼ですよ、お兄様」

「いつも誰かさんの顔を見てニヤけてるお前には言われたくないな」

「んもう! お兄様ったら!」

 

 顔を赤くして怒るアルミリアを、笑いながら宥めるマクギリス。

 鼻腔をくすぐる紅茶の香りが、ガエリオの心を落ち着かせる。

 

(……まさか、な)

 

 戦場の熱気が、おかしな想像を抱かせることもある。

 湧き上がる疑念を鎮めるように、ガエリオはティーカップに口をつけた。

 

 

 

 

 

 

「「だあああんちょおおおおお!!」」

 

 青い空の下に、二つの大きな声が響く。

 負傷者を連れて離脱していた年少組が、駅舎に戻ってきたと聞きつけて、様子を見に行くや否や、オルガは泣きじゃくるタカキとライドに両側から抱きつかれた。

 

「おいおい、そんなに泣くなよ。俺はこうやって生きてるし、手や足もちゃんと付いてるだろ?」

 

 少し前に見かけた名瀬も、似たような状況になっていたのを思い出し、オルガは苦笑する。

 

「ぐすっ、俺たち、何度も何度も、みんなのところに戻ろうってえ」

「ひぐっ、でも、命令だから、勝手に戻るのはだめだってえ」

「そうか……お前ら、よく頑張ったな」

「「団長おおおおお!」」

 

 離脱組を率いるのは、相当なプレッシャーだったに違いない。大役を見事に成し遂げた二人は、涙と鼻水で顔をべとべとに濡らしていた。汚れてしまったツナギは、まあ、後で洗えばいい。

 傍では、同じく負傷者とともに離脱していたメリビットが、ビスケットと二人で、こちらに目を向けながら言葉を交わしていた。

 

「あの子たち、ずっと団長さんのことを心配してたのよ」

「ああ、そりゃあ、心配にもなりますよねえ」

 

 こいつら、俺に聞こえるように言ってやがるな──と、オルガは頬をひくつかせる。

 視線を反対側に移すと、右腕を三角巾で吊った三日月が、アトラとクーデリアに両サイドから頭を撫でられていた──いや、それは一体、どういう状況なんだ。

 

「あーお前ら、そろそろ兄貴と話がしたいから離してくれ、な?」

「うう、泣くなよライドお!」

「お前だって泣いてるじゃんかよお!」

「ほらほら喧嘩すんな!」

 

 オルガは二人をどうにか宥めて、遠くからこちらを見ていた、名瀬の元に向かう。

 

 

 

「ガキどもにあんな風に泣かれるなんて、お前も俺に似てきたんじゃねえか?」

「よしてください、兄貴」

 

 先程の状況を名瀬に茶化され、オルガは気恥ずかしさに頬を掻く。

 屋根に覆われ陰になった、かつては多くの客で賑わっていたのだろう発着ホーム。

 二人しかいないその場所で、オルガは名瀬から、火星への帰路について説明を受けていた。

 

「この先はアーブラウの宇宙港から宇宙(そら)に上がり、オセアニア連邦のコロニーを経由して火星に帰る。行きに比べりゃ、帰りは楽な道のりだ」

「けど……これだけデカいことをして、ギャラルホルンが易々と帰してくれますかね」

「それについては、どうやら心配なさそうだ」

 

 オルガが目を瞬かせると、名瀬はコンクリートの柱にもたれ掛かり、線路の向こうに広がる青空を眺めながら言った。

 

「どうもギャラルホルンは、上の方がゴタゴタしてるみてえでな。裏が取れてねえ情報も多いが、少なくとも当分の間は、手を出す余裕も無えだろう」

 

 名瀬はそこで一度言葉を区切り、再びオルガの方に顔を向けた。

 

「それに、もしお前らに手を出そうってんなら、四大経済圏が黙っちゃいない。何たってお前らは、忌々しい『ヴィーンゴールヴの貴族ども』の鼻を明かしてやった、英雄だからな」

「英雄、ですか……正直、実感が湧きません」

 

 自分たちが生きていくため、半ばなし崩しで引き受けた、地球行きの仕事。

 火星を旅立つ前も後も、ずっと生き延びるために必死で──英雄になろうなどと、思ってもいなかった。

 もしも、運命というものがあるのなら──あの日、〈バルバトス〉を蘇らせたときの決断が、オルガたちの運命を、大きく変えたように思う。

 

「まあ、そういうもんだろうさ。お前らは、お前らが自分で思ってる以上に、デカいことを成し遂げたんだ。胸を張れよ」

「……けど」

 

 結果こそ勝利に終わったが──今のオルガに、胸を張ることなどできない。

 前に進み続けるため、旅の途中で支払った代償。

 それは決して、小さなものではなかった。

 

「ここに来るまでの間に、仲間を……家族を、たくさん亡くしちまった……! それに……ミカも、片目と片腕を、〈バルバトス〉に持ってかれちまって……!」

 

 堰を切ったように後悔の念が溢れ出し、オルガは拳をきつく握り締める。

 名瀬は、柱から背中を離し──ただ一言、オルガに問いかけた。

 

「お前、いつか俺に言ったことは、嘘だったのか?」

「……!」

 

 その言葉で、オルガは思い出す。

 まだ名瀬と兄弟分になる前に、交渉の席で切った啖呵。

 訳のわからない命令で、仲間が無駄死にさせられるのは御免だ。

 仲間の死に場所は、鉄華団の団長として。

 

「……俺が作る……」

「あいつらはお前のために戦い、お前が作った場所で散っていった」

 

 俯くオルガに、名瀬はゆっくりと歩み寄り。

 右の拳を、オルガの胸に当てた。

 

「張れよ、胸を。生きている奴らのためにも、死んじまった奴らのためにも。てめえが口にしたことは、てめえが信じ抜かなきゃならねえ。お前があいつらの死に場所を──いいや」

 

 名瀬は当てた拳を解き、その手をオルガの肩に置いて。

 

()()()()()を、作ってやれ。それが団長としての、覚悟ってもんだろ?」

「…………はい…………!」

 

 胸の奥底から、熱いものが込み上げる。

 傷ついた家族を、死んでいった家族を思い、オルガは泣いた。

 

 

 

 後に『エドモントン事変』と呼ばれることになる、鉄華団とギャラルホルンの武力衝突。

 オルガたちの長い長い初仕事は、こうして、幕を下ろしたのだった。

 




・「ヴィーンゴールヴの貴族ども」
ギャラルホルン上層部、特にその頂点に君臨する、セブンスターズを揶揄するスラング。
末尾に「ども」と付ける点から推察される通り、もっぱら侮蔑・反発などのニュアンスを含む。
主に地球に住む人々の間で用いられ、圏外圏ではあまり一般的ではない。

・「エドモントン事変」
鉄華団が蒔苗東護ノ介とクーデリア・藍那・バーンスタインを伴い、アーブラウ最高議会が置かれているエドモントンに侵攻した事件。
狭義にはエドモントン周辺における鉄華団とギャラルホルンの戦闘を、広義にはそれによって引き起こされた世界情勢の変化を指す。また、火星から地球に至るまでの間に繰り返された、鉄華団とギャラルホルンによる一連の武力衝突も、事変の一部として捉える見方もある。
この出来事を経て、蒔苗がアーブラウ代表に再選し、ギャラルホルン地球本部司令イズナリオ・ファリドが失脚。火星はハーフメタル利権を手にした一方で、ギャラルホルンの権威は失墜することとなる。


アーブラウ編はこれにて完結。
次回より新章に移ります。
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