たまには寄り道でも
旅とは大抵の場合、行きよりも帰りの方が退屈なものである。
「ふあ〜あ……まだ着かねえのかよ……」
「うーん、もうすぐじゃないか? ……欠伸って、なんでうつるんだろうなあ……」
真空の宇宙を音もなく航行する、鉄華団の強襲装甲艦〈イサリビ〉。
そのブリッジで、操縦席に座るダンテとチャドが、欠伸混じりに言葉を交わす。
「こら、お前ら気い抜くな。ここはまだギャラルホルンの縄張りなんだぞ」
艦長席の横に立つユージンが二人を嗜めるが、彼もまた欠伸を噛み殺しているのが声でわかる。
オルガはその様子を横目に見ながら、ブリッジ後方の会議スペースで、ビスケットと共に卓上の航海図──机そのものが大きなディスプレイになっていて、船や星の位置がリアルタイムに反映されている──と睨めっこをしていた。
「俺たちが今ここだから──予定よりちょっと早いか」
「だね。入港できるまで、少し待つことになるかも」
エドモントン戦の後始末を終え、宇宙に上がった鉄華団は、オセアニア連邦のスペースコロニーから〈イサリビ〉を引き取った後、同連邦が保有する別のコロニーへと艦の針路を向けていた。
地球の四大経済圏の一つ、オセアニア連邦。オルガたちが地球に降りていた際、ユージンら宇宙残留組と、案内役であるタービンズを匿ってくれた勢力だ。
その見返りとして、鉄華団は火星に帰る道すがら、同連邦が運用するコロニー間の物資輸送を買って出た。ついでに自分たちの物資補給と、このところ働き詰めだった団員たちの、ささやかな息抜きも兼ねての寄り道。無論、タービンズの母艦にして『家』である強襲装甲艦〈ハンマーヘッド〉も一緒だ。
しかし、南の島から雪の大地、草原から郊外、大都市まで、変化に富んだ地球の風景を目にした後となっては、星の光と暗闇ばかりが延々と続く宇宙の景色は、酷く単調に映るのも仕方ないだろう。退屈凌ぎに盛り上がった武勇伝もやがて話の種が尽き、激務の日々の反動もあってか、艦内全体に薄らと、倦怠感に似た空気が漂っていた。
(つっても、ちゃんと自主トレとかやってる奴も多いし、仕事さえキッチリやってくれりゃ構わねえが……どっかのタイミングで、一回バシッと言っといた方が良いかもな)
地球圏を離れる前に今一度、団内の引き締めを図るべきかと、オルガが思案していたときのことである。
「団長さん。艦の進路上にコロニーを捉えました」
オペレーター席に座る、メリビットからの報告だ。
「最大望遠で映してくれ」
メリビットがコンソールを操作すると、船窓となっているブリッジ前方の大型モニターに、望遠カメラの捉えた映像が別ウィンドウで表示された。
「……あれか?」
ユージンが指差した先には、黒々とした宇宙を背景に、ひっそりと浮かぶ円筒形の構造物。
今はまだ豆粒にしか見えないそれは、実際には直径六・四キロメートル、長さ三十二キロメートルにも及ぶ、巨大なシリンダー型のスペースコロニー。空気で満たされた筒の内側に数百万の人々が暮らす、人が
「『ネオヤマト』。あれが俺たちの行き先だ」
「ネオヤマト?」
聞き慣れない名前に、チャドが聞き返す。
「
「「「へえ〜……」」」
メリビットの解説に、皆が呆けた声を漏らす。
「やけに詳しいな」
「オセアニア連邦は、テイワズとも関わりが深いの。でも私も、ネオヤマトに行くのは初めてよ?」
メリビットから妙に暖かい笑顔を向けられ、オルガは軽く咳払いをした。
少し、また少しと、姿が大きくなっていくネオヤマトを眺めながら、ブリッジにいる者たちが、めいめいに喋り出す。
「ああ〜、美味いもんいっぱい食いてえなあ」
「あれ売ってるといいな、カンノーリ」
「日程には余裕があるから、お土産を探す時間もあると思うよ」
「お前ら、食欲の前に仕事だ、仕事」
目的地が見えれば、俄然やる気も出てくるもの。
オルガは不敵に笑って、掌に拳を打ちつける。
「よし。メリビットさん、管制に連絡を取ってくれ──さあお前ら、気合い入れてけよ!」
◆
さて、一か八かの決戦に勝利しても、整備班の仕事は終わらない。むしろ、機体とパイロットが無事に帰還した後こそ、彼らの戦いの始まりと言える。
戦闘で傷つき損耗した機体を、来たるべき次の戦いに備えて、いつでも出撃できるよう万全な状態に整えておく。それが、整備班に属する団員たちの、最も大事な使命だ。
「おやっさん、調子はどう?」
三日月は相棒である〈バルバトス〉の整備状況を確認するため、〈イサリビ〉船内のMS格納庫を訪れた。
エイハブ・リアクターによって人工重力を発生させている他の区画と違い、巨大なMSの整備がしやすいように、敢えて無重力に保たれている格納庫。中に入るや否や、工具の立てる音や団員たちの声が、あちらこちらから聞こえてくる。鉄華団の頼みの綱であるMSの整備は、〈イサリビ〉がネオヤマトの宇宙港に入港した後も続けられていた。
タブレット端末を片手に、整備の指揮を取っていた雪之丞が、三日月に気づいて振り向いた。
「おう三日月。体の方は大丈夫か?」
「うん。ちょっと距離が掴みにくいけど。あと、右手が使えないのって、思ったより不便だね」
「そりゃそうだ……お前も散々働いてきたんだから、ちったあ、ぐうたらしてても良いんだぞ?」
気を回してくれる雪之丞に、三日月は苦笑を返す。
右目と右手が不自由になってからというものの、三日月は何人もの団員たち──とりわけ、自分を慕ってくれている年少組の──から、何かと気遣いを受けていた。
その気持ちはありがたいものの、色々と構われすぎて、正直少しうんざりし始めていたところなのだ。
「動いてる方が元気出るから。それより、修理の方はどう?」
「それよりって、お前なあ……」
雪之丞は呆れたように呟きつつ、彼の向こうに佇む〈バルバトス〉を見上げて言った。
「とりあえず〈グシオン〉の整備はじきに終わる。〈バルバトス〉の方も、手持ちの部品で何とかなりそうだ」
そこで雪之丞は、手元のタブレット端末に目を落として、眉間に皺を寄せた。
「だが、二機とも無茶させまくったせいで、色んなとこにガタが来てやがる。元が三百年前の骨董品だから無理もねえが……いっぺん『歳星』に持ってって、
雪之丞の言う『歳星』とは、木星圏にあるテイワズの本拠地で、そこにはこの格納庫よりも、ずっと大規模なMS工房がある。なるほど、あそこにいるやたら機械好きな技師長なら、喜んでオーバーホールに手を貸すだろう。
「敵が来たら戦えそう?」
「騙し騙し、ってとこだな。まあ、そこいらのチンケな海賊追っ払うぐらいなら、どうにかなるだろうさ。問題は──」
雪之丞の視線を追って、三日月は格納庫の奥の方を見る。
二人が顔を向けた先には、派手なピンク色に塗られた〈流星号〉が──右腕が根元からもげ、ひしゃげた頭部には
「……直せるの、あれ?」
三日月の素朴な問いに、雪之丞は大きなため息をつきながら、両手を上げる仕草をした。
「今んとこお手上げだ。どっちにしろ、この船の設備じゃ手に負えねえ。いっそ、
雪之丞が視線を動かした先には、無重力の中に浮いている、二人の人影。
タブレット端末を持ったヤマギと、その隣にいるのはシノ。二人で端末の画面を覗き込みながら、何事かを話しているようだ。
「──ま、愛着がある奴らもいるからな。火星に帰るまでは保留ってとこだ」
そう話す雪之丞の目は、どこか優しく、彼らを見守っているように思えた。
◆
結論から言えば、貨物の荷卸しはつつがなく終わった。
地球行きの途上において、鉄華団は寄港地であったドルトコロニーへと、同じように物資を運んだことがある。だがその時は、コンテナを開けたら中に武器が入っていて、それを切っ掛けにコロニー中を巻き込んだ武力衝突へと発展してしまった。その結果として、クーデリアは従者であったフミタンを、ビスケットは実の兄を、それぞれ喪っている。
初めて請け負った仕事でこれだから、あるいは今回も同じようなことが起こるのではないかと、オルガは内心かなり身構えていた。
それだけに、何事もなく作業を終えられたことに対しては安堵した反面、些か拍子抜けするのを禁じ得なかった。むしろ、ネオヤマトの港湾作業員は仕事がスムーズで、予定していたよりも早く荷卸しが完了したぐらいだ。
こうして、依頼を受けた全ての貨物が運び出されたところで、オルガは別の用事を済ませてきた名瀬から、唐突に声を掛けられた。
『服を買いに行くぞ』
オルガはその呼びかけに困惑しつつも、世話になった兄貴分の誘いを断るわけにもいかず、残る仕事をひとまず他の団員たちに任せて、ネオヤマトの街中へと繰り出すことになったのである。
「どうしたオルガ? 折角の外出だってのに浮かねえ顔だな」
「まあその……良かったんですかね? 俺が仕事ほっぽって来ちゃって」
「大丈夫だよ。あの子たちならきっと上手くやってるさ」
不安を口にしたオルガを宥めたのは、名瀬の第一夫人であるアミダ・アルカである。
彼女と並んで先頭を行く名瀬が、オルガの顔を見て苦笑した。
「気が引けんのはわかるが、大将が率先して休まねえと、部下はいつまで経っても休めねえぞ?」
「はあ、すんません……」
オルガ自身はむしろ、自分ができることは全部やってしまった方が団員たちに楽をさせられると思っているのだが、名瀬が言うならそういうものなのか、と自分を納得させる。
オルガたちが歩いている道は、巨大な円筒の内側に築かれた街の中を、筒の軸に沿って延びている大通りだ。右に目を遣れば、街が空に向かって巻き取られるように傾斜していき、宙返りして左側から元の場所へと戻って来る。建物の合間からは大きな柱が、コロニーの回転軸に対して百二十度の間隔で列をなし、その先はオルガ達の真上を貫く、蛍光灯の化け物のようなメインシャフトへと繋がっている。
ドルトコロニーでは終始騒動を乗り切るのに精一杯で、街を落ち着いて眺める余裕など無かった。コロニーの中に入ること自体は初めてではないが、自分の頭の上に上下逆さまの街があるというのは、改めて意識するとやはり不思議な気分だ。
「買い物なんて久しぶり」
「地球じゃそんな暇無かったもんねえ」
オルガたちの後ろでは、ラフタとエーコがお喋りに花を咲かせている。
連れ立って歩いている面子は、先頭を行く名瀬とアミダ、続くオルガ、その後ろにラフタとアジーとエーコ、そして折角の機会だからと、一緒に付いてきたアトラの計七人だ。
なお、後ろを歩くタービンズの三人は、普段の服装とはまた印象が異なる、思い思いの私服姿である。三人とも、ファッションに疎いオルガが見てもお洒落だと思える格好で、特にアジーはいつも赤いツナギを着ている分、少し、いやかなり新鮮だ。
「クーデリアさんも来れたら良かったんですけど……」
「仕方ないよ。あの子は大事な交渉の真っ最中なんだ」
残念がるアトラをアジーが慰める。
地球行きの依頼人であったクーデリアは、鉄華団が帰路に就いた後も、火星のハーフメタル利権を巡る交渉が一段落するまで、地球に残ることとなった。
交渉の途中経過についてはオルガたちも報告を受けていて、アーブラウ議会での審議は概ね順調に進んでいるという。どちらかと言えば、権益を手放すことに反対している強硬派の市民を、どうやって納得させるかが目下の課題であるそうだ。
「じゃあダーリン、私たちはこっちだから」
ラフタ、アジー、エーコ、そしてアトラ。彼女らの目的地は、オルガたちとは別の方向にあるらしい。
一方、アミダは他の女性陣には同行せず、オルガや名瀬と一緒に来るようだ。
「おう、気をつけてな」
「アトラを頼みます」
「任しといて!」
交差点で三人と四人に分かれて、それぞれ別の道を行く。
「ふっふっふ〜。さあて、アトラにはどんなコーデが似合うかな〜?」
「ら、ラフタさん? 目がちょっと怖いです……」
どうやら、アトラはお姉様方の着せ替え人形にされることが決定した模様である。
賑やかな話し声を背中越しに聞きながら、オルガは心の中で、そっとアトラに同情した。
◆
オルガたちが訪れたのは、名瀬の馴染みだという、紳士服の専門店であった。
「ビジネスで肝心なのは、第一印象だ」
先頭を歩く名瀬が、オルガに得意げな表情で話しかける。
「人は見た目より中身で勝負、とは言うが、最初の印象ってのはそう簡単に変わるもんじゃねえ。取引が上手くいくか、それだけで決まっちまうこともある。なら、第一印象を良くするために必要なもんは何か、わかるかオルガ?」
いきなり質問を投げかけられ、オルガは咄嗟に答えを捻り出す。
「やっぱり、服とかですか?」
「そうだ。他に姿勢とか匂いなんかもあるが、まずは見た目がほぼ全てだと思っていい。組織の看板背負って立つなら、身だしなみってもんにも気を遣わなくちゃならねえ。これから大人と対等に商売しようってんなら、尚更な」
大人たちと対等に商売をする。そう言われると、オルガとしても身が引き締まる思いである。
名瀬はそこで足を止めると、オルガの方に向き直って、言葉を続けた。
「お前ら、スーツなんて持ってねえだろ? なら初仕事の成功祝いに、俺がお前のを見繕ってやろうと思ってな」
「それであたしは、女目線でのアドバイスが欲しいって言われてね」
「男だけだと、わからねえこともあるからな」
名瀬は再び、オルガに背を向けて歩き出す。
オルガがついて行こうとすると、アミダがそっとオルガに顔を寄せ、片目を閉じて耳打ちした。
「名瀬もたまには、可愛い弟に格好付けたいんだよ」
「聞こえてるぞ」
前を向いたまま言う名瀬に、アミダは苦笑しながら肩をすくめる。
広い店内は独特な匂いに包まれて、売り場には真新しいジャケットやシャツ、ネクタイなどが所狭しと並んでいる。品揃えは街中でも見かけたようなオーソドックスなものから、オルガの目からしてもかなり派手なものまで様々だ。
三人は売り場の一角で、オルガのスーツ選びを始める。
「スーツっていうと、やっぱり黒とかですか?」
「そうだな。黒は正装として持っといた方がいい。問題は普段使いの方だな。そっちも黒とかにしとけば、まあ間違いはねえが──」
名瀬の話が終わる前に、アミダが顎に手を当てて、オルガを頭の上からつま先までじっくりと見る。
こうやって女性にまじまじと見られた経験がないオルガにとっては、気まずいようなむず痒いような、複雑な気分である。ましてやその女性が、目の前にいる兄貴分の妻となれば尚更だ。
「あんたは背が高くて色男だから、地味なのだと釣り合わないかもしれないね」
「確かに、少し遊んでも良いかもな。トレードマークとしちゃ弱い」
夫婦二人で考え込む名瀬とアミダ。二人とも目つきが真剣だ。
「何が良いだろうねえ」
「そうだな……好きな色はあるか?」
名瀬に問いかけられたオルガは、この店に来る以前から、密かに考えていたことを口に出した。
「俺は白が良いです。その、兄貴と同じ色なんで……」
言っている途中で小恥ずかしくなって、オルガは思わず視線を逸らす。
名瀬のトレードマークと言える白いスーツ姿は、彼と義兄弟の盃を交わしたときから、オルガにとってある種の憧れであった。
だが、そんなオルガの心中とは裏腹に、言われた名瀬の反応は微妙だ。
「白か……センスは悪くねえが、白は着こなすのが難しいからなあ。まず汚れが目立つ」
やんわりと「お前にはまだ早い」と言われているのだとわかり、オルガは肩を落とした。
「きっと似合うようになるさ。他に気になる色はあるかい?」
アミダに慰められ、仕方がないので、別の色を答えることにした。
「他だと……赤、ですかね」
「赤か。良い色だね。火星の色だし、ぴったりじゃないかい?」
「そうだな。赤いのは──あの辺か」
アミダの推薦を得て、オルガたちは赤系統のスーツが陳列されている場所へと移動する。
名瀬の馴染みというだけあって、どうやらこの店は本当に、豊富な種類の品を取り扱っているらしい。移動した先には、色の濃いものから薄いもの、明るいものから暗いもの、あるいはオレンジや紫に近いものまで、多種多様な赤いスーツが並んでいた。
一口に赤と言っても様々な色が存在するのだと、オルガはこの日、改めて認識した。
「これなんかどうだ?」
「ちょっと明るすぎないかい?」
「うーん、それなら──」
名瀬とアミダが、早速幾つかのスーツを前に議論を始める。
オルガはその声を聞きながら、何気なく周りを見渡して──ふと、ある色が目に留まった。
「これは──」
オルガが見つめる先には、上下がセットになってハンガーにかけられた、
濃く深みのある紫がかった赤色は、流されて混じり合い、鉄のように固まった血を思わせる風合いで。
他のどれとも違う、唯一無二のその色に、無性に心が惹きつけられる。
「なるほど……どれ、試してみるか」
ちょうど近くにいた店員に名瀬が声をかけて、オルガは手近な試着室へと移動する。
馴染み深い鉄華団のツナギを脱いで、店員の助けを借りながら、慣れないスーツに袖を通す。丈は少し合わなかったものの、それでも体の線に沿うスーツに身を包むと、自然と心までも引き締められるように感じられた。
「ええと……どうですか?」
試着室のカーテンを開けると、外で待っていた名瀬とアミダが、オルガを一目見て、小さく感嘆の声を漏らした。
「ほう、中々いい形じゃねえか」
「見違えるもんだねえ。その色、あんたにぴったりだよ」
二人に賞賛され、オルガはこそばゆい気持ちになる。ついでに店員からも──世辞かもしれないが「よく似合っておられますよ」とのお墨付きを得た。
「これに合わせるなら、シャツは黒の方が良いかもねえ」
「そうするとネクタイは──」
そんな調子でシャツやネクタイ、さらには靴やハンカチなども選び、オルガの体格にぴったり合うよう採寸をして。
同じ丈で黒いスーツも注文し、五日後に受け取りの約束を取り付けて、オルガたちは店を後にしたのだった。
◆
「ここもよく来るんですか?」
「ああ、俺のオススメだ」
紳士服店を出たところで折よく昼時となり、オルガたちは昼食を取るため、近場にある飲食店へと移動した。
幸いにして、目当ての店は空いており、オルガたち三人は待つことなく席につくことができた。店内に流れる小気味良い音楽が、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「にしてもこのコロニー……なんか空気っていうか、雰囲気がちょっと歳星に似てますね」
「歳星
曰く、テイワズの独特な慣習の多くは、オセアニア連邦、特に極東地域のマフィアから受け継がれたものであるという。さらには名瀬や三日月、昭弘などの名前も、元を辿ればオセアニア連邦系の血筋に由来する──少なくともそう推測できるらしい。
事も無げに答える名瀬に、オルガは敬服と少しの羨望、そして僅かな隔絶の念を覚える。
オルガは自分の血筋どころか、親の顔すらも碌に覚えていない。物心ついたときには毎日を生き延びるのに精一杯で、己のルーツなど考えたこともなかった──おそらくは、他の多くの団員たちも同様だろう。
鉄華団のルーツに関しては、正に自らが当事者だ。だが、その前身であるCGSについては、調べようと思ったこともない。
こんな風に、自分や自分の属する組織の成り立ちを知れるのは、きっと贅沢なことなのだろう。ギャラルホルンが何故血統に拘るのか、その理由がほんの少しだけ、わかったような気がしなくもない。
「午後の予定だが、昼を食い終わったら、このまま菓子折りを買いに行く」
「菓子、ですか? うちの分なら──」
「違う違う、
オルガが目を瞬かせると、名瀬は特に気を悪くした風もなく、どことなくオルガを見守るような眼差しで続けた。
「お前ら、挨拶回りもまだ済ませてねえだろ? 本当は盃交わしたときにやっとくべきだったが、あんときは色々と余裕が無かったからなあ」
言われてオルガは気づく。
行きの道のりでは多少のいざこざこそあったものの、何だかんだで上手いことテイワズの後ろ盾を得ることができた。だが、テイワズと接触してから傘下に入るまでの早さを考えれば、かなり無理を押し通したのだろうということは想像がつく。
古参の幹部たちからすれば、
「火星に戻って諸々片付いたら、菓子折り持って挨拶回りに行くぞ。地球圏の土産を貰って悪く思う奴はいねえ。ついでに、今日買った一張羅のお披露目といきゃあ、幹部連中の覚えもぐっと良くなるはずだ」
「そこまで考えて……」
「面倒臭いって思うだろう? でもね。そういう面倒なこともやらないと、大人の駆け引きは上手くいかないのさ」
アミダの言葉に名瀬が頷いたところで、注文した料理が運ばれてくる。
食欲をそそるスパイスの香り。白い
この店のカレーは、元はユーラシア大陸の南方を起源とし、西方の島国を経て極東の島国へと持ち込まれ、そこで独自に発展した料理である──という説明がメニューに書いてあった。
湯気を立てるライスとルウをスプーンで一緒に掬い、軽く冷ますように息を吹きかけて、一口。
「うんめえ〜〜〜」
「だろ?」
程よい辛さに、口の中に広がる旨味。名瀬が勧めるのも頷ける。
名瀬とアミダも、同じくカレーライスに舌鼓を打つ。
ふと名瀬が、満足げな笑顔をオルガに向けた。
「なに、そう肩肘張るほどのもんでもねえさ。こういう言い方は何だが、幹部の奴らだって、お前らがまだ物を知らねえガキだってのはわかってる──良くも悪くも、な。ま、慣れねえうちは、俺がフォローしてやるよ」
◆
そして、テイワズの幹部に渡す菓子折りを選び、その量の多さ故に、後日〈イサリビ〉まで届けてもらうよう手配をした、帰り道のこと。
「あれ、
「おや、奇遇だね」
偶然にも、店に向かう途中で別れた四人──すなわちラフタ、アジー、エーコ、そしてアトラと、互いに再会することとなった。
「こりゃまた、随分買い込んだなあ」
「だって、服なんて全然買えてなかったんだもん。次がいつになるかわかんないしね」
そう言うラフタをはじめ、別行動していたメンバーが持つ大量の紙袋。
名瀬は半ば呆れた様子ながらも、ごく自然な所作で幾つかの荷物を代わりに持つ。こういうところは流石、ハーレムの主と言うべきか。
オルガもそれに倣って、紙袋を何個か引き受ける。流石に女性陣に荷物を持たせて、自分は手ぶらというのは忍びない。
「アトラ、持つか?」
小さな体で大きな紙袋を抱えて持つアトラにも、オルガは声をかけたが。
「だ、大丈夫です! これは自分で持つので!」
申し出を断ったアトラは、やけに意思が固い様子であった。心なしか、顔が少し赤い気がする。
「そうか? なら良いが」
「みんなで選んだ服だもんねえ」
「……なるほどね。大事な
エーコが横から茶々を入れ、アミダが何かに納得した様子で頷く。
首を傾げるオルガをよそに、アトラは紙袋を大事そうに抱えて、何やら自信ありげな笑顔を見せるのだった。
・「ネオヤマト」
地球の四大経済圏の一つ、オセアニア連邦が保有する公営スペースコロニー。
名称はオセアニア連邦の古い地名に由来し、内部には連邦構成国である、日本の西暦二十一世紀頃の街並みが再現されている。治安は比較的安定しており、その独特な景色と文化を活かして、コロニー自体が一種の観光地となっている。
テイワズの支部が存在しており、構成員が頻繁に利用する店舗も多い。
「帰路編」は日常メインで、話数は短めの予定です。
タービンズ三人娘の私服はご想像にお任せします。
(2025/11/2追記)
幕間の楔をご覧になった方なら、お察し頂けるかと思いますが……。
原作とは別時空の話ということでご容赦願います(公開前に書いといて良かった……)。