咲き誇る鉄の華   作:ハトンビー

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三日月のペンダント(前編)

 

 鉄華団が滞在している、ネオヤマト・コロニーの宇宙港。埠頭の片隅に係留された彼らの母艦〈イサリビ〉は、無数の傷が刻まれた赤い巨体を休めつつ、穏やかな朝のひとときを迎えている。

 今、その船内では一人の少女が、世界全体で見ればごくありふれた、しかし彼女にとっては大きな勝負に挑もうとしていた。

 

 

 

「あっ、タグ付いてる!」

 

 素っ頓狂な声が上がったのは、〈イサリビ〉に乗船している女性陣に対し、一人一部屋ずつ当てがわれている鍵付きの個室。

 その内の一室にて、アトラは小さな体を目一杯捩りながら、服の裾を引っ張って、どうにか鋏でタグの紐を切る。

 

「危なかったあ。恥ずかしすぎだよ、もう……うん。これで大丈夫、だよね?」

 

 自室に備え付けの鏡の前で、アトラは身体を捻ったり傾けたりしながら、どこか変なところが無いか、いつも以上に入念にチェックする。

 ここまで身だしなみに気を配るのには、もちろん理由がある。

 

(三日月と、二人っきりでデートだもん。絶対、絶対成功させないと!)

 

 火星を発つ以前から、三日月に想いを寄せていたアトラであったが──この度、一大決心をして、二人で外出する約束を取り付けることに成功した。

 その決戦の日こそ、まさに今日である。

 服装のチェックを終えると、今度は数日前に買ったばかりの肩掛け鞄を開けて、中身を一つ一つ確認する。

 

「お金に、リップに、()()も入れた──よし!」

 

 忘れ物無し。気合い十分。出撃準備、完了である。

 ただ一つだけ、気がかりがあるとすれば。

 

(クーデリアさん、ごめんなさい。本当は一緒がよかったけど……)

 

 アトラが三日月を好いているのと同様に、クーデリアもまた三日月を好いていることを、アトラは知っている。いわば二人は、恋のライバル──なのだが、アトラはあれこれ考えた末に「三人仲良く一緒になれば全てが丸く収まる」という()()()()解決策を見出した。名瀬を中心としたハーレムである、タービンズの影響を受けた結果であることは言うまでもない。

 なお、この将来計画は三日月には話していない。クーデリアには話したのだが、今のところちょっぴり引き攣った、困惑したような笑顔を返されたままだ。

 ともあれ、アトラは三日月の愛を、クーデリアと自分の二人で分かち合おうと決意した。

 けれども、今日のアトラはその決意を、敢えて自ら破るのだ。何故なら。

 

(三日月を、繋ぎ止めるためだから)

 

 三日月の右目が見えなくなり、右腕が動かなくなったと、彼自身の口から聞かされたとき──あっけらかんとしていた本人とは裏腹に、アトラの胸は張り裂けそうなほど激しく痛んだ。

 そして、実感した。

 このままではいつか、三日月はアトラの側から離れて、どこか遠いところに行ってしまうかもしれない。あるいは、敵との戦いには勝てても、〈バルバトス〉に連れていかれてしまうかもしれない。

 だから、繋ぎ止めなくてはいけない。

 離れてしまわないように。帰りたい、帰らなければならないと思えるように。

 三日月がいなくなるのは、きっと、自分が傷つくよりも、怖いから。

 

(だから……だからごめんなさい! ()()()()させてもらいますっ!)

 

 いざ、約束の地──待ち合わせの場所へ。

 鞄を肩にかけたアトラは、部屋の時計を一瞥し──顔色を変えるや否や、扉を開けて一目散に走り出した。

 

 

 

 

 

 

『オセアニア宇宙運送、グラナダ行き定期便、まもなく乗船を開始いたします。保安検査がお済みでないお客様は、至急、保安検査場までお越しください──』

 

 人のざわめきにかき消されそうになる、澄んだ声のアナウンス。何処かから来た人々と、何処かへ行く人々が交錯する、宇宙港のロビー。

 待ち合わせ場所に指定された、大きな時計のオブジェの前で、三日月は一人、来るべき人の影を探す。

 

「…………まだかな」

 

 約束の時刻を少し過ぎたところだが、アトラの姿は見えない。もしかして場所を間違えただろうか、と、三日月は少し不安になる。

 二人で一緒に出かけないかと、アトラに誘われたのは一昨日のこと。丁度暇を持て余していたこともあり、三日月はその場で快諾した。噂を聞きつけた団員には軽く茶化されもしたが、かく言う三日月自身、アトラと共に外出できるのはかなり楽しみだったりする。

 大きな声が聞こえ、三日月は反射的に顔を向ける。旅行客と思しき、沢山の荷物を持った親子連れ。子供の歳は、幼年組のエンビやエルガーよりも少し下ぐらいだろうか。何やら駄々をこねる子供に、両親が手を焼かされているようだ。

 自分にもし、親がいたら──と、三日月は思いを馳せつつ、名も知らぬ家族を遠巻きに眺める。

 

「三日月いー!」

 

 耳に届く、聞き慣れた声。

 

「ごめーん! お待たせー!」

 

 こちらに向かって手を振る人影は、待ちわびたアトラその人。人混みを器用に躱しながら、息を切らしてこちらに駆け寄ってくる。

 白の長袖ブラウスはいつか見た雪のように眩く、丈の長い茶色(ブラウン)のジャンパースカートが、風を受けて軽やかに靡く。全体的に落ち着いた色合いながらも、少女らしい可憐さを前面に押し出した服装。

 三日月は思わず、目が釘付けになる。

 

「はあ、はあ……ごめんね。待ったでしょ?」

「ううん、俺もさっき来たとこ」

 

 オブジェの前に辿り着き、息を整えるアトラを気遣いつつも、三日月はつい、その姿に見入ってしまう。

 アトラは普段、動きやすいショートパンツを好んで着用しており、記憶にある彼女の服装もまた、殆どがズボン姿である。そんな彼女がスカートを履いているというだけで、三日月の目にはとても新鮮に映るのだ。

 

「えっと……三日月?」

 

 どことなく不安げな声色のアトラに尋ねられて、三日月は我に返る。

 

「ああ、ちょっとびっくりしてた」

「え?」

「その服、可愛いね」

「……ふえっ!?」

 

 アトラの頬が、一瞬で朱に染まる。

 

「ど……どうかな? 似合ってる?」

「すごく似合ってる」

 

 追撃を受けたアトラの顔は、いよいよ林檎のように真っ赤である。

 親しい人への賞賛は素直に伝えるのが、三日月という男なのだ。

 

「ああ、その、きょ、今日はよろしくね三日月!」

「うん、よろしく」

 

 動きも表情も豊かなアトラと一緒にいると、それだけで今日は良い一日になりそうな予感がしてくる。

 何を思っているかわかりにくい──そう言われがちな三日月にだって、心が躍るときはあるのだ。

 

 

 

 楽しげに言葉を交わす二人を、物陰から見つめる影が三つ。

 

「ふうーッ。一時はどうなるかと思ったが、どうにか上手くいきそうだな」

 

 実況を務めるシノ。

 

「本当は二十分前から待機してたが、気を遣わせねえよう敢えて『さっき来た』と言う……常套手段だな」

 

 解説役のユージン。

 

「なあ、帰って良いか?」

 

 そして、いつも通り日課の筋力トレーニングに励んでいたはずが、気がついたら何故か巻き込まれていた昭弘である。

 

「バッカお前、今帰ったら任務完了できねえだろうが!」

「いや、任務っつうか、覗き見だろ……」

 

 トレーニングの邪魔をされたことはまだ許すとして、仮にも仲間──しかもデート中の──をつけ回すことには今一つ気分が乗らない。というより、なんとなく、やっては駄目なことをやっているような気がする。

 だが、そんな昭弘の心境とは裏腹に、語気を強めるシノの眼差しは、真剣そのものであった。

 

「いいや、これは真っ当な護衛任務だ。対象(ターゲット)に気づかれねえよう尾行しつつ警戒監視。なんかあったら状況に応じて戦場に介入する──今の三日月は片腕で、アトラは女だ。いくらデートだからって、知らねえ場所を二人で出歩かせんのは危ねえだろ」

「いや、けどよ……」

 

 戦闘と女に関すること以外でここまで気合いの入ったシノを、未だかつて見たことがあっただろうか。

 食い下がろうとする昭弘に対し、シノはさらに衝撃的な一言を放った。

 

「この作戦には、オルガやビスケットの許可だって出てんだ」

「……嘘だろ……?」

 

 てっきりシノが勝手にやり始めたものと思っていたが、まさか年長組の中でも真面目な側に属する、鉄華団のツートップと言える二人も一枚噛んでいるとは。

 流石の昭弘も、これは予想外である。

 

「嘘じゃねえ。大マジだ。後でアイツらのイチャつきっぷりを報告するっつう条件付きでな」

「マジかよ……」

「シッ! お前ら、ターゲットが移動するぞ」

 

 ユージンの言葉通り、仲良く並んで何処ぞへと動き始める男女二人。

 少し離れてその後を、悟られないよう身を隠しながら追う、三人の男たち。

 今日は変な一日になりそうだと、昭弘は大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 綿密な都市計画に従って、コロニー内部に建設された街の一角。

 今日はどうやら休日らしく、種々様々な店舗が立ち並ぶアーケード商店街は、多くの客で賑わっている。

 

「あれ美味そうだな……」

「あ、じゃあ買って食べる?」

「良いの?」

「うん! 私も気になるから」

 

 小さな行列ができている店のカウンターにて、アトラは暫し悩み、三日月は即決で、一緒に買ったソフトクリーム。少し行儀は悪いけれど、二人並んで歩を進めながら口に運ぶ。

 柔らかく口当たりの良い冷たさが、歩き回って火照った体を、心地よく冷ましてくれる。

 

「この辺、変わった服の奴が多いな」

仮装(コスプレ)、だっけ? そういうイベントでもやってるのかな──あっ、見て三日月! あの服、すっごく可愛い!」

「可愛いけど、動きにくそうじゃない?」

「んもー、夢がないんだから……」

 

 などと呆れられつつも、三日月は隣でほっぺたを膨らませるアトラに、先ほど目にした服を想像の中で着せてみる。

 頭には大きなピンクのリボン。各所に小さなリボンをあしらった、白とピンクのフリルのワンピース。背中には小さな羽をつけ、手には白いクマのぬいぐるみを抱えて。

 ──大人っぽい雰囲気の服も良いが、これはこれで。

 

「……もう、何考えてるの」

「別に」

 

 最後に残ったコーンの先端を口に放り込み、包み紙(コーンスリーブ)を左手で丸める。

 両手で持ったコーンに齧り付くアトラを横目に収めつつ、三日月はゴミを捨てる場所を探して、周囲を見渡す。

 

「……?」

 

 そのとき、三日月が背後に顔を向けたのは、確かな気配を感じたからではない。

 例えるなら、戦いの日々の中で磨き抜かれた勘というべきものが、たまたま三日月に後ろを振り向かせたのだ。

 

「三日月?」

「……何でもない。行こうか」

 

 とはいえ、勘とは常に当たるようなものでもない。

 屑かごが見つからなかったので、ゴミは上着のポケットに入れることにした。

 

 

 

「……あっっぶねええ。見つかったかと思ったぜ」

 

 一方、こちらは脇道の影から様子を伺う、シノ、ユージン、そして昭弘。

 この三人は普段着ている鉄華団のツナギではなく、白地の半袖Tシャツに下はジャージ、そして申し訳程度のサングラスという出で立ちだ。流石にいつもの格好だと目立ち過ぎるということで、シノが前日にその辺の店で適当に見繕ったものらしい──本当に何も考えずに選んだようで、それぞれ微妙にサイズが合っておらず、ひときわ筋肉質な昭弘に至ってはTシャツがパツパツになってしまっている。

 なお、各々のTシャツの背中には、やたらと力強い筆さばきで『敢えて言わせてもらおう!』『阿修羅すら凌駕する!』『まさしく愛だッ!』と書かれていたりする。

 

「なあシノ……俺たち、本当に大丈夫なのか?」

 

 昭弘に尋ねられたシノが、右手の甲で額を拭う。

 三日月がいきなりこちらを振り向いたときには、さしもの昭弘も冷や汗が噴き出したのだが。

 

「ああ。三日月にバレたら命は無えだろうな……!」

「やっぱり帰って良いか?」

 

 言うが早いか、昭弘は踵を返そうとするが、抵抗虚しくシノに羽交い締めにされた。

 

「馬鹿野郎! 敵前逃亡は重罪だぞ!」

「放せ! 俺は帰る!」

「お前ら声抑えろ! アイツらに気づかれるだろうが!」

 

 仲間割れを起こしつつも、三人の奇妙な()()は続く。

 

 

 

 

 

 

 三日月とアトラが訪れたのは、商店街のすぐ隣に建つ映画館であった。

 火星の街にも寂れた映画館はあるが、こちらはそれよりもずっと洒落た建物で、通りに面して大きく張り出されたポスターが、道ゆく人々の目を引きつける。

 そしてもちろん、後ろをつけていた三人も同じ場所だ。

 

「映画かあ。デートの定番つったらだな」

「まあ、ここには遊園地なんて無えからな」

 

 三人の視線の先には、インパクトに溢れるポスターを指差しながら、何やら楽しげに話している三日月とアトラ。

 昭弘たちは気づかれないよう慎重に距離を保ちつつ、二人の仕草から、目当ての映画を割り出そうと試みる。

 

「映画で思い出したけどよ。帰りにまたどっかでホラー上映会やろうぜ、ユージン」

「またやんのかよ。夜中にトイレの付き添いで起こされんのはもう嫌だぜ?」

 

 昭弘はあまり映画を嗜まない方だが、まだ家族が生きていた頃、父親と一緒に映画を見に行った記憶が、朧げながら自らの中に残っている。

 〈イサリビ〉のデータアーカイブには、長期航海時の気晴らしのため、何種類かの娯楽映画も記録されている。あるいはその中に、あの日の思い出と同じ映画も、存在しているのだろうか。

 

「ん、どしたんだユージン? 思い出してチビったか?」

「んな訳あるかアホ。そうじゃなくて、アイツらのことがな……」

 

 シノに声をかけられたユージンは、奥の券売機へと向かう二人を、何やら浮かない顔で見つめている。

 

「前にタービンズの人らが言ってたんだが……デートで映画ってのは、簡単なようで実は難しいんだとよ」

「選ぶ奴のセンスが、ってことか?」

「それもあるが、好みの合う合わないが一発でわかっちまうからな。誰がどう見たってクソな映画ならまだネタにできるが、感想が割れちまったときが最悪だ。下手すりゃそれで、一気に冷めちまうこともあるらしいぜ?」

 

 まあアイツらに限って、滅多なことは無えと思うが──と述べつつも、晴れやかでない面持ちのユージン。

 そんな彼の懸念を他所に、券売機でチケットを買おうとしている三日月とアトラ。

 それを観察していたシノが、二人に目を向けたままで。

 

「──よし、俺らも乗り込むぞ!」

「シノ!?」

 

 首が捩じ切れんばかりの早さで昭弘は振り向いた。

 

「正気か!? いくらなんでも流石に見つかんだろ!」

 

 ユージンも今度ばかりは慌てた様子で、声を抑えつつも食ってかかる。

 だがシノは反対意見にも動じることなく、むしろ自信ありげな表情だ。

 

「たまたま見るもんが被ったふりして、堂々としてりゃ大丈夫だ。出先で知ってる奴とばったり会ったって、別におかしくはねえだろ?」

 

 シノの作戦を受けて、顎に手を当てるユージン。

 昭弘が三日月とアトラに目を遣れば、二人して券売機の画面に向き合いながら、同じ方向に首を傾げている。

 どうやら、チケットを購入するのに、少しばかり苦戦しているようだ。

 

「……そうだな。どの道このままじゃ気になって眠れねえ。わかった。乗るぜ」

 

 ユージンは覚悟を決めたらしく、さながら戦いに赴くときのような、緊張感を漂わせた笑みを見せる。

 昭弘は──正直まだ気は進まないが、ここでこのまま帰るのも、それはそれで心残りである。三日月とアトラが見る映画に──二人の趣味ではなく、あくまで映画そのものに対して──興味が湧いてきたのも事実だ。

 故に、昭弘はシノの視線に、無言で頷きを返す。

 

「決まりだな──っと、終わったみてえだ」

 

 無事に目当てのチケットを手に入れられたらしく、三日月とアトラが券売機から離れていく。

 二人が物販コーナーに気を取られている隙に、券売機の前へと移動する昭弘たち。

 

「……どうするんだ……?」

「あー……ユージン先生」

「ったく、しょうがねえな……えーと、タイトルは何だっけか……」

 

 慣れない画面に戸惑いながら、どうにかチケットを買うことができたのは、上映が開始される七分前のことだった。

 

(後編に続く)

 




某名言Tシャツの組み合わせは以下の通りです。
・敢えて言わせてもらおう!:ユージン
・阿修羅すら凌駕する!:昭弘
・まさしく愛だッ!:シノ
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