咲き誇る鉄の華   作:ハトンビー

13 / 16

(前回のあらすじ)
 三日月をデートに連れ出すことに成功したアトラ。だがその後を、シノ、ユージン、昭弘が密かに追っていることには気づいていない。
 果たして、デートの行く末や如何に──。



三日月のペンダント(後編)

 

 三日月とアトラ、ついでにシノとユージンと昭弘が映画館に入ってから、二時間と少し経って。

 

 

 

 映画館の傍らにあるカフェのテラス席で、三日月とアトラが昼食を摂りながら、お喋りに花を咲かせている。

 和やかな空気に包まれている二人を、通りの反対側から見守るのは。

 

「いやー、凄かったな!」

「金払った甲斐があったぜ」

「ああ。良かった」

 

 劇場の興奮冷めやらぬまま、片手でホットドッグを立ち食いしながら感想を語り合う、シノ、ユージン、昭弘である。

 未来世界を舞台に、実写ドラマとCGによるメカ描写を組み合わせた、SFアクション超大作『ロマンティクス・フリーダム』。大雑把に表せば、平和のために戦うヒロインが世界征服を企む悪の組織に囚われ、主人公とその仲間たちが、彼女と世界を救うためMSで大立ち回りを繰り広げる──という筋書きだ。

 評価を付けるなら──控えめに言って最高だった。映画の冒頭、主人公が出撃するシーンをバックにオープニングテーマが流れ始めたと同時に、チケット代の元を取ったと確信したほどだ。

 繊細な人間模様を丁寧に描きつつ、希望と爽快感に満ちた王道のストーリー。強さと格好良さに溢れたメカがスクリーンいっぱいに躍動する、手に汗握るド派手な戦闘シーン。俳優の演技や台詞、劇伴、クライマックスでの挿入歌等、どれを取っても文句なしの傑作であった。

 

「クウーッ! 俺も隣で一緒に戦ってくれる彼女が欲しーッ!」

「俺は敵のあの()に惚れたぜ。叶わねえ恋だって、あるもんだよな……」

 

 シノとユージンはヒロイン談義で盛り上がっているようだが、昭弘はむしろ、主人公を含めた三人の青年たちの友情に注目していた。

 特に映画の中盤、追い詰められ弱音を吐く主人公に親友が喝を入れるシーンでは、見ていたこちらも、なぜだか胸のつっかえが取れたような気がしたものだ。

 ああ自分も、死んでしまった昌弘(おとうと)と、あんな風に喧嘩をしてみたかったのだ──そう思い至ったのは、劇場を出た後のことである。

 

「ん……何だ、あれは」

 

 テラス席に運ばれてきたのは、大きな苺が乗った、華やかなパフェ。

 三日月の表情が変わらないのはいつも通りとして、アトラが煌びやかなスイーツに目を輝かせている様子が、道を挟んだこちら側にもありありと伝わってくる。

 

「うおーっ! 美味そーっ!」

「アイツら、良いもん食いやがって!」

 

 相変わらず騒がしいシノとユージンは、歩道から飛び出さんばかりの勢いで身を乗り出している。

 ──食い気の張った彼らに半ば呆れつつ、昭弘もこっそり涎を飲み込んだのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 パフェが綺麗に無くなった後も、三日月とアトラのデートは続く。

 気の向くままに商店街を歩いて、訪れた先はシックな土産物店。不思議な姿をした、しかし妙な可愛げのある動物のストラップを、クーデリアの分も合わせて三個買った。

 続いて立ち寄ったゲームセンターでは、ぬいぐるみのクレーンゲームに挑戦してみた。五回ほどチャレンジして、結局景品は一個も取れなかったけれど。

 それから、二人で『プリクラ』なるものも撮った。一緒にポーズを決めて、画面の中に思い思いの落書きをして。出来上がった写真は、きっと宝物になるだろう。

 

 

 

「もう四時過ぎか」

「結構時間経っちゃったね」

 

 楽しい時間ほど過ぎ去るのは早く、時刻はもう昼から夕方に差し掛かりつつある。

 午前に来たときよりも幾分か、人が減った気がする商店街。

 こうやって二人並んで、ただのんびりぶらぶらと散策するのも、存外面白いものだ。

 

(うーん、いつ言おう……)

 

 しかし、アトラの頭の中は今、出発する前に鞄の中に入れた、小さな箱のことで一杯である。

 

(やっぱりカフェで言った方が……いやでも、流石に早過ぎだったし……)

 

 アトラが立てたデートプランの、最後に残された仕上げの一手。これを実行するためには、商店街の道端では些か騒がしすぎる。

 ムードの良い、静かな場所。邪魔が入らず、できれば三日月と二人だけの──。

 

(二人だけの、場所……)

 

 不意に思い起こされる、三日月と見た映画のラストシーン。

 アトラの豊かな想像力が、脳裏に幻を映し出す。

 

 

 

 例えば、そう──地球に着いて、最初に降り立ったあの島で。

 誰もいない砂浜。水平線に沈みゆく太陽。片膝をついたMSに見守られ、波打ち際で手を繋ぐ男と女。

 言葉は無くとも心は通じ、ただ静かに見つめ合う二人の顔が、どちらともなく、ゆっくりと近づき、そして──。

 

 

 

(無理無理無理無理! できる気がしないよ!)

 

 つい抱いてしまった妄想を払い落とすように、アトラは何度も首を左右に振った。

 

「アトラ、どうしたの?」

「へっ!? な、何でもないよ!」

 

 アトラの心臓が飛び跳ねたのに、気づいているのかいないのか。

 三日月は小腹が空いたらしく、火星ヤシ──火星でよく採れる、子供のおやつにもなる植物の実──をもぐもぐと食べている。

 

「食べる?」

「あ、ありがと! いただきます!」

 

 誤魔化すように火星ヤシを一粒口に入れると、素朴な甘味が舌の上に広がる。

 優しい味わいのおかげで、少しだけ落ち着きを取り戻した。

 

「次はどこ行く?」

「! えっと、そしたら──」

 

 チャンス到来、と思ったその矢先。

 

 

 

「あっさーせん! ちょっと良いっすか?」

 

 

 

 突然割り込んだ無遠慮な声に、アトラと三日月は同時に振り向いた。

 

「あ、どうもー。"エンジェルコールCH(チャンネル)"のコーシーとジョッシュっす」

 

 三日月がすぐに冷たい雰囲気を纏い、アトラを隠すように半歩前に出る。

 ラフな服装の、どこか軽薄な印象を受ける二人組の男。呼びかけてきたのはその片割れで、もう一人は携帯端末のカメラをアトラたちに向けていた。

 

「そのマーク、鉄華団の人っすよね? いやーマジ本物がいると思ってなかったわ! あ、俺たち配信やってんだけど、次の動画のネタが欲しいんで、色々話とか聞かせてほしいんすよ。ほら、武勇伝とか、そういうの!」

 

 この男たちは察するに、三日月の着ているジャケットを目にして、インタビューしようと突撃してきたのだろう。

 それにしても、まさかこんな所にまで、鉄華団の噂が広まっているとは。

 

「聞いてどうすんの? あとその撮るの、やめてくれない?」

 

 三日月はあからさまに不機嫌な態度で、二人組の男を睨めつけている。

 が、男たちはまるで意に介した素振りもなく。

 

「顔はちゃんと隠すんで! やっぱ鉄華団つったら今チョー有名っしよ? 俺らもそれに乗っかって再生数マシマシの──ン゛ン! まあ要は宣伝っみたいなもんつーことで! あ、もしかしてギャラルホルンの回しモンだと思ってる? 大丈夫っす! 俺らもギャラホ嫌いだし、チクったりとかはしないんで! つーことで色々聞いてくんすけど、やっぱその腕とか、戦士の勲章的な奴?」

 

 アトラは眉間に皺を寄せた。

 三日月の事情も知らずに、勝手なことを言われるのは不愉快だ。

 

「俺たち急いでるんだけど」

「時間取らないんで! あ、もしかして、そっちは彼女さん?」

 

 急に話題が自分に向けられ、アトラは反射的に体をこわばらせた。

 

「あっ、もしかしてデート中!? いやホント申し訳ない! 彼女さんめっちゃ可愛いっすね! いやー、俺だったらもうソッコーお持ち帰りからの──」

 

 刹那、三日月が殺気立ったのを感じて、アトラは咄嗟にジャケットの裾を掴む。

 

「三日月、だめ……!」

 

 折角の楽しい一日だ。こんな街中で、騒ぎを起こしたくはない。

 流石に男たちにも三日月の敵意が伝わったようで、携帯端末を持った男が見るからに震え上がっていた。

 

「……い、今のは冗談つーことで。ン゛ン! まあ気を取り直して、ヤバかった戦いとか、戦場の思い出的な奴とか、何なら彼女との馴れ初めとかでも──」

 

 しかし、最初に絡んできた男はかなりしつこい。

 いい加減きっぱり断ってやろうと、アトラが口を開きかけた、そのとき。

 

 

 

「「あ」」

「え?」

 

 

 

 アトラと三日月が気の抜けた声を発したのと、ずっと喋っていた男が振り向いたのが同時。

 二人組の男らは、Tシャツにジャージ姿の、サングラスをかけた二人の少年たちに、がっちりと肩を掴まれていた。

 

 

 

「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて何とやら──ってな」

「話が聞きたいなら……たっぷり聞かせてやる」

 

 

 

「え、ちょ、何すかアンタら、いやあのホント悪気は無かったんす、あのすいませんマジ勘弁してくださいお願い誰か助けてえぇ……」

 

 いつの間にか背後に立っていた少年たちに、男らは成す術もなく連行されていった。

 

「ユージンさんに、昭弘さん……?」

 

 呆気に取られるアトラたちの前に、先の二人と同じ格好をした、三人目の少年が現れた。

 

「ミ……少年! 邪魔者は成敗した! 彼女を連れて、行きたまえ!」

「シノ? 喋り方変だよ」

「名乗るほどの者ではない! 行きたまえ!」

「……まあいいや、ありがとう」

 

 気がつけば、周囲に緩やかな人だかりができている。

 三日月に手を引かれるようにして、アトラは商店街を後にした。

 

 

 

「──離すんじゃねえぞ」

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば良いかな」

 

 三日月に促され、アトラは疲れた足を休めようと、水色のベンチに腰掛けた。

 商店街から少し離れた、大きな広場のある公園。二人の他に人影はなく、広場の中心にある噴水からは、絶え間なく水が噴き出している。

 

「ごめん。俺がこの服着てたから……」

「いいの三日月! シノさんたちが助けてくれたし!」

 

 いつからか、コロニーの内部を照らす光が、夕暮れ時のような赤い色へと変わっている。

 地球で見た夕日は格別だったが、円筒の中を満たす人工の夕焼けも、また美しく。

 

「でもシノさんたち、なんであそこに……遊びに来てたのかな?」

 

 アトラが首を傾げると、隣に座った三日月は、噴き上がる水を眺めながら言った。

 

「ずっといたよ」

「…………エ゛ッ!?」

 

 驚いた拍子に、喉から変な声が出てしまった。

 

「い、いつから……?」

 

 聞きたいような、聞きたくないような。

 

「うーん、アイス食べた辺りから? 邪魔はしなさそうだったから、とりあえず放っといたけど」

「えええええ……」

 

 じゃあアレとかコレとかその辺とかも全部見られていたのかと、アトラは熱を帯びる頬を両手で抑えた。

 

「……やっぱり後でシメとくか……」

「み、三日月! 大丈夫、大丈夫だから!」

 

 目つきが鋭くなった三日月を、アトラは両手を振って宥めた。

 茜に染まったコロニーの街。都会の喧騒から切り離された空間に、噴水の音だけが響く。

 もう、誰にも邪魔はされない。

 アトラと三日月だけの、穏やかなひととき──。

 

 

 

(というか、これって大チャンスなのでは!?)

 

 

 

「三日月!」

 

 呼びかけに反応した三日月の瞳を、アトラは真っ直ぐに見据えた。

 

「今日は、ありがとう! とっても楽しかったよ! それでね、えっと、お願いがあって──」

 

 肩掛け鞄から取り出したのは、上品な質感の小さな箱だ。

 アトラは持ち上げ式の蓋を開けて、中に収められているものを三日月に見せた。

 

「これ、買ったんだけと……」

 

 ケースの中には、光を受けて銀色に輝く、小さな三日月形(クレッセント)のペンダント。

 タービンズの人たちと服を買いに行った際に、彼女らとあれこれ議論しながら選んだものだ。

 そのときに貰った、ラフタからのアドバイス。

 

 ──買ってもらうのが嫌なら、自分で買っても良いんじゃない?

 ──で、それを使って、こう言うの!

 

 

 

「これを──私につけてほしいの!」

 

 

 

「えっと……俺がこれを、アトラにつければいいの?」

 

 やや困惑した様子の三日月に、アトラは頷き返した。

 

「……やっぱり、自分でつけた方がいい?」

「いや、別にいいけど……なんで?」

 

 自分で買ったアクセサリーを自ら着用するのに、わざわざ他人の手を借りるのだ。不思議に思うのも、無理はないだろう。

 アトラだって、別に自力でつけられない、なんてことはない。

 このペンダントを、誰かの手で自分につけてもらう。その行為にこそ、意味があるのだ。

 これは、アトラにとって、ある種の『おまじない』なのだ。

 

「わ、私は──三日月のものだから! だから、悪い虫が付かないように、()()()をつけて、ほしい、なんて…………」

 

 言い終わらないうちに、声がどんどん尻すぼみになっていく。

 冷静になってみると、ものすごく恥ずかしいことを言っている気がする。

 

「だ……駄目……?」

 

 俯き加減に、ちょっぴり上目遣いで尋ねてみる。

 三日月は少しの間、瞬きもせずにアトラを見つめて。

 

「いいよ。わかった」

「──! ありが──」

「でもどうしようかな。俺、片手だし……」

「あ──」

 

 ──浮かれていた。

 破顔したのも束の間、いきなり横から殴られたかのように、アトラは何も考えられなくなる。

 両手でペンダントを掛けようにも、今の三日月は、右腕が動かせない。

 そんなこと、今更思い出すまでもなく、すぐに気がついたはずなのに。

 

「三日月、ごめ──」

「そうだ。アトラ、半分手伝ってよ」

「──えっ?」

 

 アトラが呆然としたまま聞き返すと、三日月は左手でペンダントのチェーンを掴み、アトラの前に掲げた。

 

「俺がこうやって、こっちをアトラが持てば、半分は俺がつけたことになるだろ?」

「……! 三日月……!」

 

 得意げな三日月を前に、アトラは目を潤ませながら笑顔になった。

 

 

 

 掲げられたペンダントの、反対側のチェーンを左手で摘み。

 

(なんだか、共同作業、みたい……)

 

 二人がかりでペンダントをつけるのはやはり少し難しく、互いの体が自然と近づく。

 耳元をかすかに撫でる指。首筋に感じる左手の温度。

 ジャケットに染み込んだ汗の匂いも、何故だか今は、癖になるようで。

 

「──これで、いいかな」

 

 三日月の左手が、ゆっくりと離れた。

 胸元で小さく揺れる、銀色のペンダント。

 

「うん。これでアトラは、俺のもの」

 

 満足げに頷く三日月を見て、アトラの顔が綻んだ。

 

「えへへ……三日月のものに、なっちゃった」

 

 

 

 三日月は、何故か硬直(フリーズ)したまま、何度も目を瞬かせている。

 

「……あれ? 三日月?」

 

 アトラが名前を呼んだとき、コロニーの街全体に、どこからともなく音楽が流れ始めた。

 時計を見ると、夕方の五時。聞いたことが無い曲なのに、どこか懐かしさを感じるメロディ。

 その音が聞こえて、やっと三日月は解凍されたようで。

 

「なんだろう、この感じ……」

 

 電灯が灯る街並みの向こう。緩やかな曲線を描いて、巻き上げられていく人工の大地。

 空を見上げるその横顔が、どうしようもなく、愛おしくて。

 

 

 

 

 

 左の頬に、唇がそっと触れた。

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 三日月が振り向いたのと同時に、音楽が鳴り止んだ。

 その青い瞳を、アトラはうっかり直視してしまって。

 

「う、う、うへへへへ……」

 

 やってしまった、と自覚したときには既に遅く。

 狂ったように早鐘を打つ心臓。

 顔というよりも首から上全部が、蒸気を噴き出しそうなほど熱い。

 

「……も、もう、夜になるから!」

 

 弾かれたようにアトラは立ち上がり、空へと続く街を見上げた。

 混乱した頭と心を、深呼吸して落ち着けて。

 

「みんな心配するし、そろそろ、帰らないと! だから──」

 

 アトラは三日月を見かえり、穏やかに微笑んだ。

 

「帰ろう。三日月」

「──うん」

 

 

 

 隣同士、並んで歩く帰り道。

 三日月の左手とアトラの右手。

 二人の小指の先と先が、どちらともなく、軽く当たり。

 

 いつしか二人は、固く手を繋いでいた。

 

 

 

 

 

 

 なお、翌朝になって帰還したシノ、ユージン、昭弘の三人は、戻ってきて早々、三日月による()()をたっぷり二時間ほど受ける羽目になったのだが、それはまた別の話──。

 




劇中劇の元ネタは、言うまでもなくあの映画です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。