(前回のあらすじ)
三日月をデートに連れ出すことに成功したアトラ。だがその後を、シノ、ユージン、昭弘が密かに追っていることには気づいていない。
果たして、デートの行く末や如何に──。
三日月とアトラ、ついでにシノとユージンと昭弘が映画館に入ってから、二時間と少し経って。
映画館の傍らにあるカフェのテラス席で、三日月とアトラが昼食を摂りながら、お喋りに花を咲かせている。
和やかな空気に包まれている二人を、通りの反対側から見守るのは。
「いやー、凄かったな!」
「金払った甲斐があったぜ」
「ああ。良かった」
劇場の興奮冷めやらぬまま、片手でホットドッグを立ち食いしながら感想を語り合う、シノ、ユージン、昭弘である。
未来世界を舞台に、実写ドラマとCGによるメカ描写を組み合わせた、SFアクション超大作『ロマンティクス・フリーダム』。大雑把に表せば、平和のために戦うヒロインが世界征服を企む悪の組織に囚われ、主人公とその仲間たちが、彼女と世界を救うためMSで大立ち回りを繰り広げる──という筋書きだ。
評価を付けるなら──控えめに言って最高だった。映画の冒頭、主人公が出撃するシーンをバックにオープニングテーマが流れ始めたと同時に、チケット代の元を取ったと確信したほどだ。
繊細な人間模様を丁寧に描きつつ、希望と爽快感に満ちた王道のストーリー。強さと格好良さに溢れたメカがスクリーンいっぱいに躍動する、手に汗握るド派手な戦闘シーン。俳優の演技や台詞、劇伴、クライマックスでの挿入歌等、どれを取っても文句なしの傑作であった。
「クウーッ! 俺も隣で一緒に戦ってくれる彼女が欲しーッ!」
「俺は敵のあの
シノとユージンはヒロイン談義で盛り上がっているようだが、昭弘はむしろ、主人公を含めた三人の青年たちの友情に注目していた。
特に映画の中盤、追い詰められ弱音を吐く主人公に親友が喝を入れるシーンでは、見ていたこちらも、なぜだか胸のつっかえが取れたような気がしたものだ。
ああ自分も、死んでしまった
「ん……何だ、あれは」
テラス席に運ばれてきたのは、大きな苺が乗った、華やかなパフェ。
三日月の表情が変わらないのはいつも通りとして、アトラが煌びやかなスイーツに目を輝かせている様子が、道を挟んだこちら側にもありありと伝わってくる。
「うおーっ! 美味そーっ!」
「アイツら、良いもん食いやがって!」
相変わらず騒がしいシノとユージンは、歩道から飛び出さんばかりの勢いで身を乗り出している。
──食い気の張った彼らに半ば呆れつつ、昭弘もこっそり涎を飲み込んだのは内緒だ。
◆
パフェが綺麗に無くなった後も、三日月とアトラのデートは続く。
気の向くままに商店街を歩いて、訪れた先はシックな土産物店。不思議な姿をした、しかし妙な可愛げのある動物のストラップを、クーデリアの分も合わせて三個買った。
続いて立ち寄ったゲームセンターでは、ぬいぐるみのクレーンゲームに挑戦してみた。五回ほどチャレンジして、結局景品は一個も取れなかったけれど。
それから、二人で『プリクラ』なるものも撮った。一緒にポーズを決めて、画面の中に思い思いの落書きをして。出来上がった写真は、きっと宝物になるだろう。
「もう四時過ぎか」
「結構時間経っちゃったね」
楽しい時間ほど過ぎ去るのは早く、時刻はもう昼から夕方に差し掛かりつつある。
午前に来たときよりも幾分か、人が減った気がする商店街。
こうやって二人並んで、ただのんびりぶらぶらと散策するのも、存外面白いものだ。
(うーん、いつ言おう……)
しかし、アトラの頭の中は今、出発する前に鞄の中に入れた、小さな箱のことで一杯である。
(やっぱりカフェで言った方が……いやでも、流石に早過ぎだったし……)
アトラが立てたデートプランの、最後に残された仕上げの一手。これを実行するためには、商店街の道端では些か騒がしすぎる。
ムードの良い、静かな場所。邪魔が入らず、できれば三日月と二人だけの──。
(二人だけの、場所……)
不意に思い起こされる、三日月と見た映画のラストシーン。
アトラの豊かな想像力が、脳裏に幻を映し出す。
例えば、そう──地球に着いて、最初に降り立ったあの島で。
誰もいない砂浜。水平線に沈みゆく太陽。片膝をついたMSに見守られ、波打ち際で手を繋ぐ男と女。
言葉は無くとも心は通じ、ただ静かに見つめ合う二人の顔が、どちらともなく、ゆっくりと近づき、そして──。
(無理無理無理無理! できる気がしないよ!)
つい抱いてしまった妄想を払い落とすように、アトラは何度も首を左右に振った。
「アトラ、どうしたの?」
「へっ!? な、何でもないよ!」
アトラの心臓が飛び跳ねたのに、気づいているのかいないのか。
三日月は小腹が空いたらしく、火星ヤシ──火星でよく採れる、子供のおやつにもなる植物の実──をもぐもぐと食べている。
「食べる?」
「あ、ありがと! いただきます!」
誤魔化すように火星ヤシを一粒口に入れると、素朴な甘味が舌の上に広がる。
優しい味わいのおかげで、少しだけ落ち着きを取り戻した。
「次はどこ行く?」
「! えっと、そしたら──」
チャンス到来、と思ったその矢先。
「あっさーせん! ちょっと良いっすか?」
突然割り込んだ無遠慮な声に、アトラと三日月は同時に振り向いた。
「あ、どうもー。"エンジェルコール
三日月がすぐに冷たい雰囲気を纏い、アトラを隠すように半歩前に出る。
ラフな服装の、どこか軽薄な印象を受ける二人組の男。呼びかけてきたのはその片割れで、もう一人は携帯端末のカメラをアトラたちに向けていた。
「そのマーク、鉄華団の人っすよね? いやーマジ本物がいると思ってなかったわ! あ、俺たち配信やってんだけど、次の動画のネタが欲しいんで、色々話とか聞かせてほしいんすよ。ほら、武勇伝とか、そういうの!」
この男たちは察するに、三日月の着ているジャケットを目にして、インタビューしようと突撃してきたのだろう。
それにしても、まさかこんな所にまで、鉄華団の噂が広まっているとは。
「聞いてどうすんの? あとその撮るの、やめてくれない?」
三日月はあからさまに不機嫌な態度で、二人組の男を睨めつけている。
が、男たちはまるで意に介した素振りもなく。
「顔はちゃんと隠すんで! やっぱ鉄華団つったら今チョー有名っしよ? 俺らもそれに乗っかって再生数マシマシの──ン゛ン! まあ要は宣伝っみたいなもんつーことで! あ、もしかしてギャラルホルンの回しモンだと思ってる? 大丈夫っす! 俺らもギャラホ嫌いだし、チクったりとかはしないんで! つーことで色々聞いてくんすけど、やっぱその腕とか、戦士の勲章的な奴?」
アトラは眉間に皺を寄せた。
三日月の事情も知らずに、勝手なことを言われるのは不愉快だ。
「俺たち急いでるんだけど」
「時間取らないんで! あ、もしかして、そっちは彼女さん?」
急に話題が自分に向けられ、アトラは反射的に体をこわばらせた。
「あっ、もしかしてデート中!? いやホント申し訳ない! 彼女さんめっちゃ可愛いっすね! いやー、俺だったらもうソッコーお持ち帰りからの──」
刹那、三日月が殺気立ったのを感じて、アトラは咄嗟にジャケットの裾を掴む。
「三日月、だめ……!」
折角の楽しい一日だ。こんな街中で、騒ぎを起こしたくはない。
流石に男たちにも三日月の敵意が伝わったようで、携帯端末を持った男が見るからに震え上がっていた。
「……い、今のは冗談つーことで。ン゛ン! まあ気を取り直して、ヤバかった戦いとか、戦場の思い出的な奴とか、何なら彼女との馴れ初めとかでも──」
しかし、最初に絡んできた男はかなりしつこい。
いい加減きっぱり断ってやろうと、アトラが口を開きかけた、そのとき。
「「あ」」
「え?」
アトラと三日月が気の抜けた声を発したのと、ずっと喋っていた男が振り向いたのが同時。
二人組の男らは、Tシャツにジャージ姿の、サングラスをかけた二人の少年たちに、がっちりと肩を掴まれていた。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて何とやら──ってな」
「話が聞きたいなら……たっぷり聞かせてやる」
「え、ちょ、何すかアンタら、いやあのホント悪気は無かったんす、あのすいませんマジ勘弁してくださいお願い誰か助けてえぇ……」
いつの間にか背後に立っていた少年たちに、男らは成す術もなく連行されていった。
「ユージンさんに、昭弘さん……?」
呆気に取られるアトラたちの前に、先の二人と同じ格好をした、三人目の少年が現れた。
「ミ……少年! 邪魔者は成敗した! 彼女を連れて、行きたまえ!」
「シノ? 喋り方変だよ」
「名乗るほどの者ではない! 行きたまえ!」
「……まあいいや、ありがとう」
気がつけば、周囲に緩やかな人だかりができている。
三日月に手を引かれるようにして、アトラは商店街を後にした。
「──離すんじゃねえぞ」
◆
「ここまで来れば良いかな」
三日月に促され、アトラは疲れた足を休めようと、水色のベンチに腰掛けた。
商店街から少し離れた、大きな広場のある公園。二人の他に人影はなく、広場の中心にある噴水からは、絶え間なく水が噴き出している。
「ごめん。俺がこの服着てたから……」
「いいの三日月! シノさんたちが助けてくれたし!」
いつからか、コロニーの内部を照らす光が、夕暮れ時のような赤い色へと変わっている。
地球で見た夕日は格別だったが、円筒の中を満たす人工の夕焼けも、また美しく。
「でもシノさんたち、なんであそこに……遊びに来てたのかな?」
アトラが首を傾げると、隣に座った三日月は、噴き上がる水を眺めながら言った。
「ずっといたよ」
「…………エ゛ッ!?」
驚いた拍子に、喉から変な声が出てしまった。
「い、いつから……?」
聞きたいような、聞きたくないような。
「うーん、アイス食べた辺りから? 邪魔はしなさそうだったから、とりあえず放っといたけど」
「えええええ……」
じゃあアレとかコレとかその辺とかも全部見られていたのかと、アトラは熱を帯びる頬を両手で抑えた。
「……やっぱり後でシメとくか……」
「み、三日月! 大丈夫、大丈夫だから!」
目つきが鋭くなった三日月を、アトラは両手を振って宥めた。
茜に染まったコロニーの街。都会の喧騒から切り離された空間に、噴水の音だけが響く。
もう、誰にも邪魔はされない。
アトラと三日月だけの、穏やかなひととき──。
(というか、これって大チャンスなのでは!?)
「三日月!」
呼びかけに反応した三日月の瞳を、アトラは真っ直ぐに見据えた。
「今日は、ありがとう! とっても楽しかったよ! それでね、えっと、お願いがあって──」
肩掛け鞄から取り出したのは、上品な質感の小さな箱だ。
アトラは持ち上げ式の蓋を開けて、中に収められているものを三日月に見せた。
「これ、買ったんだけと……」
ケースの中には、光を受けて銀色に輝く、小さな
タービンズの人たちと服を買いに行った際に、彼女らとあれこれ議論しながら選んだものだ。
そのときに貰った、ラフタからのアドバイス。
──買ってもらうのが嫌なら、自分で買っても良いんじゃない?
──で、それを使って、こう言うの!
「これを──私につけてほしいの!」
「えっと……俺がこれを、アトラにつければいいの?」
やや困惑した様子の三日月に、アトラは頷き返した。
「……やっぱり、自分でつけた方がいい?」
「いや、別にいいけど……なんで?」
自分で買ったアクセサリーを自ら着用するのに、わざわざ他人の手を借りるのだ。不思議に思うのも、無理はないだろう。
アトラだって、別に自力でつけられない、なんてことはない。
このペンダントを、誰かの手で自分につけてもらう。その行為にこそ、意味があるのだ。
これは、アトラにとって、ある種の『おまじない』なのだ。
「わ、私は──三日月のものだから! だから、悪い虫が付かないように、
言い終わらないうちに、声がどんどん尻すぼみになっていく。
冷静になってみると、ものすごく恥ずかしいことを言っている気がする。
「だ……駄目……?」
俯き加減に、ちょっぴり上目遣いで尋ねてみる。
三日月は少しの間、瞬きもせずにアトラを見つめて。
「いいよ。わかった」
「──! ありが──」
「でもどうしようかな。俺、片手だし……」
「あ──」
──浮かれていた。
破顔したのも束の間、いきなり横から殴られたかのように、アトラは何も考えられなくなる。
両手でペンダントを掛けようにも、今の三日月は、右腕が動かせない。
そんなこと、今更思い出すまでもなく、すぐに気がついたはずなのに。
「三日月、ごめ──」
「そうだ。アトラ、半分手伝ってよ」
「──えっ?」
アトラが呆然としたまま聞き返すと、三日月は左手でペンダントのチェーンを掴み、アトラの前に掲げた。
「俺がこうやって、こっちをアトラが持てば、半分は俺がつけたことになるだろ?」
「……! 三日月……!」
得意げな三日月を前に、アトラは目を潤ませながら笑顔になった。
掲げられたペンダントの、反対側のチェーンを左手で摘み。
(なんだか、共同作業、みたい……)
二人がかりでペンダントをつけるのはやはり少し難しく、互いの体が自然と近づく。
耳元をかすかに撫でる指。首筋に感じる左手の温度。
ジャケットに染み込んだ汗の匂いも、何故だか今は、癖になるようで。
「──これで、いいかな」
三日月の左手が、ゆっくりと離れた。
胸元で小さく揺れる、銀色のペンダント。
「うん。これでアトラは、俺のもの」
満足げに頷く三日月を見て、アトラの顔が綻んだ。
「えへへ……三日月のものに、なっちゃった」
三日月は、何故か
「……あれ? 三日月?」
アトラが名前を呼んだとき、コロニーの街全体に、どこからともなく音楽が流れ始めた。
時計を見ると、夕方の五時。聞いたことが無い曲なのに、どこか懐かしさを感じるメロディ。
その音が聞こえて、やっと三日月は解凍されたようで。
「なんだろう、この感じ……」
電灯が灯る街並みの向こう。緩やかな曲線を描いて、巻き上げられていく人工の大地。
空を見上げるその横顔が、どうしようもなく、愛おしくて。
左の頬に、唇がそっと触れた。
「…………え?」
三日月が振り向いたのと同時に、音楽が鳴り止んだ。
その青い瞳を、アトラはうっかり直視してしまって。
「う、う、うへへへへ……」
やってしまった、と自覚したときには既に遅く。
狂ったように早鐘を打つ心臓。
顔というよりも首から上全部が、蒸気を噴き出しそうなほど熱い。
「……も、もう、夜になるから!」
弾かれたようにアトラは立ち上がり、空へと続く街を見上げた。
混乱した頭と心を、深呼吸して落ち着けて。
「みんな心配するし、そろそろ、帰らないと! だから──」
アトラは三日月を見かえり、穏やかに微笑んだ。
「帰ろう。三日月」
「──うん」
隣同士、並んで歩く帰り道。
三日月の左手とアトラの右手。
二人の小指の先と先が、どちらともなく、軽く当たり。
いつしか二人は、固く手を繋いでいた。
なお、翌朝になって帰還したシノ、ユージン、昭弘の三人は、戻ってきて早々、三日月による
劇中劇の元ネタは、言うまでもなくあの映画です。