戦場に舞い降りた三日月と〈バルバトス〉の暴れぶりは、まさしく鬼神の名に相応しいものであった。
三日月の帰還に沸き立った鉄華団は劣勢から一転、戦線を立て直した一方で、陣地に迫りつつあった〈ガルム・ロディ〉の挙動には、明らかな動揺の色が見て取れた。
それでも引き際を弁えるだけの理性は残っていたようで、〈バルバトス〉が〈ガルム・ロディ〉を三機ほどスクラップに変えたところで、夜明けの地平線団は撤退。
運が良いのか悪いのか、その直後に〈バルバトス〉が突然動かなくなり──深く考えるまでもなく、無茶な空中投下が祟ったのだろう──そのまま鉄華団側も追撃を断念した。
当然ながら最終日の視察は打ち切りとなり、第二波を警戒してクーデリアを鉄華団本部に保護し、今に至る。
「ひとまず事態が落ち着くまで、あんたは桜農園に避難してもらう。だがその前に、情報を擦り合わせておきたい」
オルガがクーデリアに目を向けると、彼女は小さく頷いた。
団長室の応接スペースでは、オルガ、ビスケット、ユージン、そして依頼人であるクーデリアの四人が、机を囲んで座っている。
テーブルの上には、何も口に入れないのは辛かろうと、温かい飲み物と来客用の菓子類。加えて、資料を展開するための情報端末が置かれている。
「まず今回の襲撃──手引きをしたのはコイツだな?」
オルガが指し示した情報端末の画面には、眼鏡をかけた男の画像が映されている。
一見柔和な顔立ちの、どこにでもいそうな中年の男だ。名前を、アリウム・ギョウジャンという。
「だね。テイワズの調査でも、まずクロで間違いないって」
ビスケットの返答に対し、オルガは首肯すると、次いでクーデリアに尋ねた。
「送ってもらった資料にもあったが……あんたとは知り合いか?」
クーデリアの前に置かれたカップには、アトラお手製のホットレモネード。
彼女はそれに軽く口をつけ、一つ息をつくと、カップを両手で持ったまま語り始めた。
「彼は『テラ・リベリオニス』という団体の代表で、活動家の間では名の知れた人物です。私も『ノアキスの七月会議』の際、お世話になりました」
『ノアキスの七月会議』とは、まだ鉄華団がCGS参番組だった頃、火星の独立を訴え、クーデリアが名声を得る切っ掛けとなった大規模な集会である。
会議に参集した、火星の独立運動家たちの中には、アリウムと彼の組織も含まれていた。
「それからお会いする機会は無かったのですが、ひと月ほど前、彼からアドモス商会の事務所を訪ねてきました」
「ちょうど、あんたから依頼があった頃だな」
「はい。話の内容は、テラ・リベリオニスが主催するという集会への登壇依頼でした。今はそういった場での発言を控えていますから、お断りしたのですが──」
テーブルの上に置かれたカップが、僅かに音を立てた。
「そこで彼から、視察への関与を持ちかけられました。予定自体、公表していなかったのに……おそらく、何処かから情報が漏れたのだと思います。そのときはお引き取りいただきましたが、万が一を思って、依頼を出させていただきました」
「結果、悪い読みが当たったってことだな。アリウムがあんたを狙ったのは、追い返された腹いせか……」
「あるいは、思い通りにならなければ、いっそいない方がいい、と考えたのかもしれません」
「小せえ野郎だな、そのアリウムってのは」
吐き捨てるようにユージンは言って、それからオルガの方を見た。
「で、どうするんだよ? 夜明けの地平線団相手に、やらかすか?」
当然。
──と言いたいところだが、オルガの表情は暗い。
「……可能だと思うか?」
「だよなあ……」
質問に質問で返すと、ユージンとビスケットは一様に天を仰いだ。
「夜明けの地平線団といやあ、艦艇十隻の巨大集団だ。MSもわんさと持ってやがる」
「それに引き換え、うちは二隻。戦力の拡充も追い付いてないし……」
将来のためを思い、幅広い事業に手を伸ばした鉄華団だが、その代償で台所事情は厳しく、皺寄せは民兵部門に少なからず回っている。元々
「いっそ、ギャラルホルンが動いてくれたら良いんだけど……」
「そのギャラルホルンを、ぶん殴っちまったのは俺たちだぜ? それよりここは、テイワズに頭下げてだな……」
「とは言っても、テイワズだって余裕は無いだろうし……」
「ったく、猫の手も借りてえってのに……」
腕を組んで唸る、ビスケットとユージン。
オルガが思案していると、二人の議論に耳を傾けていたクーデリアが、口を開いた。
「……手を借りる。それかもしれません」
三人の視線が、クーデリアに集まった。
彼女の眼差しが、いつか見たような力を帯びていることに、オルガは気づいた。
「ご存知の通り、火星には
「そいつは知ってるが……」
地球より小さな火星も、人類にとっては悠久の大地だ。他の植民地域はもとより、アーブラウ植民地域の中だけでも、鉄華団を含む大小の勢力がひしめき合っている。山賊同然の連中から、マフィア、傭兵、宗教団体、あるいは一種の軍閥や、自治組織に近いものまで。
鉄華団もこの二年間で幾度か、近隣の勢力と小競り合いになったことも、利害の一致で手を結んだこともある。
そこまで思い至ったところで、オルガはクーデリアの言わんとすることに気づいた。
「……てことは、そいつらと手を組もうってのか?」
「その通りです」
言い切ったクーデリアに、オルガは目を丸くした。
相変わらずこのお嬢様は、澄まし顔で大胆なことを言う。
きっと、二年前なら一顧だにされなかっただろう。共通の敵を討つために、経済圏の垣根さえ跨いだ共同戦線。それも、縄張りを接するご近所さんならともかく、火星全土から募るとなると前例が無い。
しかし、クーデリアのことである。全くの思いつきだとも思えない。あるいは以前から、そんな夢想に近い構想を抱いていたのだろうか。
──あり得るかもしれない。
何しろ彼女の願いは、
「彼らの協力を得られれば、戦力の積み増しはできるはずです。もちろん、何らかの見返りは要求されるでしょうが、こちらにはハーフメタル利権というカードがあります」
「渡りは付けられんのか?」
「ククビータさんなら顔が利きますから、私がいなくても上手く進めてくれるでしょう。ただ、詰めの交渉は、団長さんご自身に臨んでいただく必要がありますが……」
ククビータ・ウーグ。クーデリアの秘書を務める恰幅の良い女性で、互いに活動家時代からの知己だと聞いている。
なるほど、肝っ玉の据わった彼女であれば、頼りにして問題ないだろう。
詰めの交渉に関しても、命を張る以上は当然だし、むしろ望むところだ。
「……よし、あんたの案が気に入った。だがどっちにせよ、
親父、といっても、無論実父ではない。鉄華団の後ろ盾であるテイワズの
「つってもよオルガ。そいつらが乗るかはわかんねえだろ」
「それに、マクマードさんが駄目って言うかもしれない」
二人の副団長の懸念はもっともだが、それでも、道があるなら進むより他ない。
とりわけ、今回に限っては、もはや一戦交えることは避けられない。少なくとも、オルガはそう見ている。
何しろ相手は、悪名轟く大海賊だ。
土を付けられて、黙っている筈も無い。
「そうなりゃ最悪、俺たちだけで何とかするしかねえ。どうあろうと、向こうは必ずやり返しに来る。不可能を可能にできなきゃ、鉄華団は終了だ」
◆
地球、太平洋上。ギャラルホルン本拠、ヴィーンゴールヴ。
窓の外に広がる蒼穹と、壁際に揺蕩う透明な水面。色とりどりの
その中に、
「かねてから提案のあった地球外縁軌道統制統合艦隊の略称についてだが、この度、施行手続きが正式に完了した」
舅であるガルスことボードウィン公の発言と共に、簡素な文字列が手元のホロウィンドウに表示される。
エドモントン事変後、艦隊の新司令に任命されたマクギリスは、就任して早々に辣腕を振るった。元より硬直化していた上、一連の戦闘で少なくない損害を被った組織を、大規模に再編。足掛け二年の歳月をかけて、より実戦に即した部隊へと生まれ変わらせていた。
今回の略称制定はその仕上げとも呼べる施作であり、実務における利便性向上に加え、組織の刷新を内外に印象づける狙いもある。裏を返せば、従来はこの程度の改革すら、ままならなかったということでもあるが──。
ともあれ、これにより艦隊再編という大仕事にも、一応の区切りがついた形である。
マクギリスはこの場に集う一同へと、恭しく頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いやいや、艦隊を二年で立て直した手腕には、舌を巻くばかりです」
賞賛の弁を述べたのはファルク公だ。
「ファリド公が艦隊司令となってから、練度が見違えたと評判で。いやはや、もうお飾りの艦隊などとは──」
「ファルク公」
「あいや……失敬。口が過ぎましたな」
対面のバクラザン公に嗜められ、わざとらしく咳払いをするファルク公。どうやら嫌味というより、単純に口が滑っただけのようだ。
気まずげな視線の向かう先──セブンスターズ第一席、当代イシュー公にしてEOCIF
エドモントン事変後、失態の責任を取る形で艦隊司令の座を降り、階級も二佐に降格。それから程なくして、長らく病を患っていた先代イシュー公が逝去し、名実共にその地位を継ぐこととなった彼女。
現在、カルタはEOCIF副司令として、マクギリスを補佐する立場だ。
この人事、当初カルタは辞退を申し出たのだが、マクギリスの
建前としては、曲がりなりにも前指揮官であった経験値を欲して。実際には、組織よりもむしろ彼女個人への忠誠心が篤い、艦隊内部のカルタ派閥に首輪を着けるためだ。
「此度の改革が円滑に成し遂げられたのは、イシュー公の協力と、彼女とその御父君の築かれた礎あってこそです。それに、私もまた、過去に問題を抱えています」
マクギリスは口先でカルタへのフォローを述べながら、議題を自らの望む方へ誘導する。
「私は監査局時代、火星支部を査察し、膨大な量の汚職を摘発しました。しかし、その結果として火星支部は弱体化し、火星圏は現在、無法地帯と化しています。正義の代償とはいえ、これは私の蒔いた種……」
やむを得ずとはいえ、もう少し上手い方策は無かったものか──と、さも過去を悔いているような雰囲気を醸し出し。
いよいよ、本命の要求を口にする。
「……私に、その清算をさせていただきたいのです。我がEOCIFが、火星区域へ干渉することを許可いただければ──」
「それは!」
机を叩いて立ち上がったのは、クジャン公イオク・クジャン。偉大な先代であった父親を早くに亡くし、若くしてクジャン家当主となった青年だ。
セブンスターズの中でも特に年若い彼は、怒りを露わに、マクギリスへと身を乗り出した。
「それは
「クジャン公、少し落ち着いて……」
ガルスが宥めるが、イオクの怒りは収まりそうにない。
このイオクという男、良く言えば生真面目な好青年であり、直属の部下からの信望も篤いと聞く。だが、若年故に沸騰しやすい上、どうにも意気ばかり先行しがちで、実力が伴っていないきらいがある──と、マクギリスは評していた。
ただし今回に限れば、横紙破りはむしろマクギリスの側で、イオクの抗議自体は真っ当ではある。
マクギリスはイオクを言いくるめようと、口を開きかけたが──。
「いやあ、良いではありませんか。若者らが血気盛んなのは」
それよりも早く、別の声が割り込んだ。
「ラスタルさ……エリオン公」
イオクの苛立ちを押し殺した声を聞きながら、マクギリスは誰にも気取られぬように、小さく目を眇めた。
ラスタル・エリオン。イオクの後見人であり、ギャラルホルン最大の戦力を誇る、月外縁軌道統合艦隊『アリアンロッド』の司令。豪放磊落でありながら、
「我らは世界の秩序を守るためにある。そのためなら『誰が』など些細な問題に過ぎない」
そのラスタルが真っ向から対峙するのではなく、むしろ場を宥めるような発言をしたことに、マクギリスは少々驚きを覚えた。もしくは、真意を測りかねた、と言うべきか。
そんなマクギリスの胸中を他所に、ラスタルは笑みさえ浮かべながら、悠然とした態度でカルタへと顔を向けた。
「敢えて問うなら、EOCIF副司令たる、イシュー公の意志は質しておきたいですがな」
「……艦隊副司令として、司令の意向に賛同します」
「ならば結構。アリアンロッド司令として、貴公らの火星圏進出を許可しよう」
「ご承諾いただき、ありがとうございます」
ラスタルが場を支配し、マクギリスが彼に辞儀をして、議論は決した。
イオクも第二の父というべき男には恭順せざるを得ないのだろう。マクギリスを睨め付けながらも、ゆっくりと着席する。
「では次に、各経済圏へのMS供給状況についてですが──」
新たな議題へと移る中、マクギリスは頭の中で、セブンスターズにおける自らの立場を整理する。
現状、イシュー、ボードウィン両公とは、友好的な関係を築けている。他方、クジャン公とは明確に対立状態だが、はっきり言って御するのは容易い。ファルク公とバクラザン公は風見鶏、風が吹けば靡くだろう。
問題はエリオン公だ。
恐ろしい男である。
個人としての能力、政治力、軍事力──どれを取っても抜け目ない、マクギリスの計画にとって最大の障壁。隙を見せ、襟首を掴まれたが最後、たちまち組み伏せられてしまうだろう。
事を急いてはならない。
慎重に、しかし着実に──。
◆
「おや? 珍しい御仁ですね」
頭上から声が届いて、ガエリオは怪訝な顔を向けた。
夕刻の海原を望む、ヴィーンゴールヴの屋外通路。その人物はどうやって登ったのか、壁を支えるコンクリートの梁に腰掛け、足をぶらぶらと遊ばせている。
短く切った金髪に、緑色の士官服。声質と体格からして女性──それも乙女と呼ぶべき年頃であろう。
「貴官は?」
「おっと、これは失礼しました」
彼女は梁から飛び降り、空中で華麗に一回転して着地。
そこそこの高低差だったにも関わらず、余裕綽々といった様子で立ち上がり、優雅に敬礼を捧げた。
「アリアンロッド所属、ジュリエッタ・ジュリスです。諸事情により正規の階級はありませんが、三尉相当の待遇を受けています。以後お見知り置きを、ガエリオ様」
「ジュリエッタ……ああ。エリオン公の懐刀か」
噂には聞いたことがある。
アリアンロッドに属する、名うてのMSパイロット。元はギャラルホルンの施設で養育された孤児であり、そこで将来の兵士となるべく教練を受けたという。家柄も階級も持たないながら、卓越した操縦技術をラスタルに見出され、彼の私兵として取り立てられた、人呼んで『エリオン公の懐刀』。
──可憐な乙女だという噂は誇張だと思っていたが、まさか本当だったとは。
「そう呼んでいただけるとは、光栄です。私もあなたのことは色々と伺っています。現代の
「おい、最後のはどういう意味だ!?」
リスといえばラタトスク、すなわちイシュー家の紋章。馬はスレイプニル、つまりボードウィン家の紋章である。
「冗談です。一介のMS乗りとして、あなたには強い興味を抱いています。厄祭戦を終結させた〈ガンダム〉の性能。それを操り、また渡り合った技量──機会があれば、是非ともお手合わせいただきたく」
「生憎だが〈キマリス〉は改装中でな。戻ってきたら、みっちり稽古をつけてやろう」
実力のあるMSパイロット同士、通じ合う空気というものがある。
見えない火花を散らせる二人であったが、その間に、一頭の蝶が割って入った。
「……」
気勢を削がれた二人分の視線を集めながら、オレンジ色の蝶はひらひらと舞う。
ジュリエッタがおもむろに人差し指を立てると、蝶はいかなる気まぐれか、彼女の指先に留まった。
「……」
絵になるな、とガエリオは思った。沈みゆく夕日が、いい味を出している。
ゆったりと羽を動かす蝶を、ジュリエッタは暫し、じっと見つめ。
「──あむっ」
食べた。
「ヴッ!?」
えずいた。
「なっ、おい!? 早く吐き出せ!」
「エホッ、エホッ!! うぉえっ、まっっっず!」
「何でも口に入れる赤ん坊かお前は!」
随分昔のアルミリアでもあるまいし。
呆れと妙な懐古を覚えながら、一応の礼儀としてハンカチを差し出したときのこと。
「──奴は自らの艦隊を、圏外圏に進出させる切っ掛けを探していた」
話し声のする方へガエリオが振り向くと、ラスタルとイオクが並んで歩いてくるところだった。
「大方、火星支部を拠点に、自らの権力基盤を拡大しようという魂胆だろう」
「ラスタル様、そこまで承知していながら、何故許可を!?」
「言った通りさ。世界の秩序を守るためなら『誰が』など些細な問題だ。その動機もな。我らとしても、アリアンロッドの負荷を軽減する良い契機になる──と」
ラスタルは足を止め、こちらに軽く手を挙げた。
「ラスタル様!」
破顔したジュリエッタを横目に見つつ、ガエリオはラスタルに敬礼した。
「おおジュリエッタ。すまんが今日は客を待たせている。明日は肉だ、予定を空けておけよ!」
「いつもああやって誘っているのですか?」
ガエリオは、ラスタルの執務室に隣接する、広々とした応接室に招かれていた。
窓の外は既に暗く、空には星が瞬いている。夜になって間もない、宵の口と呼ばれる時間帯だ。
「うむ。昔馴染みが店をやっていてな。看板メニューは最高級ワギューのサーロインステーキだ。赤身とサシのバランスが絶妙で、実に美味い」
「あなたが太鼓判を押すなら、行かない手はありませんね」
ラスタルには色々な肩書きがあるが、美食通の間では、ギャラルホルンきっての肉好きとしても有名である。グルメ専門誌にインタビュー記事が載ったこともあるし、政務や軍務の傍ら、私財を投じて牧場を経営しているほどだ。
「機会があれば、是非とも食ってみたまえ──さて」
ラスタルがテーブルの上で指を組んだ。
ほんの数秒前まで和やかだった空気が、にわかに張り詰める。
「そろそろ本題に移るとしよう。君が私との話を、それも内密に求めたのは、まさか肉の談義をするためではあるまい」
「……単刀直入に聞きますが」
ガエリオは、自身の体が強張るのを感じた。
ラスタルの生家であるエリオン家は、セブンスターズの中でも特に有力な家門だ。彼自身、現役の武官だけあって鍛えられた体躯を持ち、精悍な顔立ちと相まって非常に威圧感がある。
ガエリオはラスタルから目を逸らさないよう気を奮わせつつ、努めてはっきりと、その質問を発した。
「あなたはマクギリス──ファリド公のことを、どう考えていますか?」
「ふむ……」
いささか表現が抽象的すぎたかとガエリオは思ったが、特に聞き返されることもなく。
ラスタルはよく整えられた顎髭を撫でながら、落ち着いた声色で答えた。
「非常に優秀だと評価しているよ。才覚は申し分なく、沈着ながら野心もある。若さゆえ少々危うくもあるが、経験を積めば、次世代の良き指導者となるだろう」
思いの外、率直な称賛である。
目を瞬かせたガエリオの正面で、ラスタルは笑った。
「意外かな?」
「それは、まあ……
「ハッハッハ、言葉を選んだな。確かに奴とは対立することもあるが、彼なりの考えがあることも理解しているつもりだ。そういう君こそ、彼については私などより、よく知っているだろう?」
茶化すようなラスタルとは対照的に、ガエリオはそっと目を伏せた。
確かに、周囲から見ればそのように映るだろう。ガエリオとて、マクギリスとは今でも、無二の親友だと思っている。
だが。
「……俺は最近、あいつが、よくわからないのです」
「ほう。喧嘩でもしたか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが」
ガエリオは俯き加減になりながら、やや間を置いて口を開いた。
「……二年前、俺はエドモントン郊外で、あるMSと交戦しました」
「〈グリムゲルデ〉だな。覚えているとも。統制局でも、ちょっとした騒ぎになった」
「俺は……」
ガエリオは迷った。
続く言葉を発してしまえば、何か取り返しのつかないことになってしまうのではないか。
しかし、では、これを胸に押し留めておくことが、果たして正しいのだろうか──。
迷った末に。
「……俺は、その〈グリムゲルデ〉に、マクギリスが乗っていたと思っています」
ガエリオは話した。あの日以来、胸に秘めていた疑念を。
ラスタルが、小さく眉を動かした。
「ほう……何故?」
「……確証はありません。ですが、俺には奴の太刀筋が、マクギリスと似ている──いえ、同じであると感じました」
ガエリオの脳裏に、あの日の光景が、まじまじと思い起こされる。
翻る黄金の双剣。
己と対峙する、赤いMS。
「ただの誇大妄想かもしれません。戦場の熱狂が、俺におかしな想像をさせたのかもしれない。ですが、こうも思うのです。あの事件は、
マクギリスと、先代にして養父であるイズナリオの関係が、
二年前の代替わりは、マクギリスにとっては予期せぬ幸運であった反面、ある意味では養父の尻拭いを押し付けられたに等しい──と、ガエリオは考えていた。
だが、諸々の片が付き、改めて全体を俯瞰してみると、このようにも思えてくる。
最初からイズナリオの排除こそが目的で、そのために鉄華団を利用したのだとしたら──?
「あの時、本当にマクギリスが、あの場にいたのなら……あいつは、ギャラルホルンに弓を引いたことになります」
「……父君には話したのか?」
「妹のこともあります。余計な心労をかけたくはない……この件について明かすのは、あなたが最初です」
「……」
短い沈黙の後、ラスタルは静かに、しかし大きく息を吐いた。
「何故、それを私に?」
「……もしマクギリスが、ギャラルホルンを敵に回す気なら……対抗できるのは、あなたしかいません。大局的な視座を持つあなただからこそ、見えるものもあるかと」
「私とて、君が望むような、公正公明な人物ではないぞ」
自嘲するような口調のラスタルに対し、ガエリオもまた、自嘲気味に嗤った。
「それは、
暗に〈グレイズ・アイン〉の一件を、引き合いに出して。
暫しの無言。二人の視線が、互いの胸中を探るように交錯した後。
真顔だったラスタルの、口元が綻んだ。
「君の意見は承知した。だが君の言う通り、少なくとも今は何の確証も無い」
ガエリオが肩を落としかけたところで、ラスタルは続けた。
「しかし事実だとすれば、重大な案件になりうる。私も、それとなく探りを入れてみるとしよう」
「……! ありがとうございます!」
ガエリオが表情を明るくしたのには、もちろんラスタルの助力を得られたこともあるが、苦悩を吐き出すことができたという安堵感も大きい。
カルタが知ったら、何と言うだろうな──などとガエリオは思いつつも、二人は立ち上がり、握手を交わす。
ここに、ガエリオとラスタルの、秘密の協力関係が成立した。
「この後、飯にでも行くか?」
「いえ。仕事を片付けなければなりませんので──あと、最後にもう一つだけ」
ガエリオは、怪訝な目をラスタルに向けられながらも、これだけは言おうと思っていたことを口にした。
「あなたの『懐刀』について、とやかく言うつもりはありませんが……流石に生きた蝶を食べるのは、如何なものかと」
「…………うむ。ジュリエッタには後で言っておこう」
──ああ、これは、心当たりがある顔だな。
嘆息したラスタルを見て、ガエリオは密かな同情を覚えた。
・『EOCIF(エオシフ)』
地球外縁軌道統制統合艦隊(Earth Outer-orbit Control Integlated Fleet)の略称。
それ以前にも非公式な略称は存在していたものの、マクギリスの組織再編に伴って、正式な略称が制定された。
地球外縁軌道統制統合艦隊……長い!
ということで、勝手ながら略称を設定させていただきました。
昔食べた神戸牛のステーキが大変に美味でして。
またビフテキ食べたいなあ。
良い子の皆様は、蝶々を食べるのはやめましょう。