咲き誇る鉄の華   作:ハトンビー

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話をしよう

 

 鉄華団を乗せて海を征く、民間船に擬装した巨大な輸送船の船内で。

 

「いやはや、船の旅というのは実に良いものだ。お前さんも、そうは思わんか?」

 

 L字型のソファにゆったりと腰掛けてご機嫌そうな蒔苗に対し、その斜向かいに座るクーデリアは曖昧な笑みを返した。

 

「そ、そうですね……星が見えないのは、少し残念ですが」

 

 なお、船窓の外は現在、稲妻轟く大嵐である。

 この手の大型船はかなり頑丈に造られているから、そう簡単に転覆するようなことはないとわかっている。それでも、船体に叩きつける雨と風が、これからの旅の道のりを暗示しているように思えて、船が大きく揺れるたびに言い知れない不安を覚えてしまう。

 

「うむ。順風満帆な航海ほど素晴らしいものはないが、荒れ狂う海を乗り越えるのもそれはそれで浪漫というもの。気分はさながら、大航海時代の船乗りといったところかのう」

 

 ティーカップに口をつける蒔苗を見やりながら、クーデリアは古き世に思いを馳せる。

 飛行機どころか蒸気船さえも無かった時代、船乗りたちは水平線の向こうの新天地(フロンティア)を求めて、大海原に漕ぎ出していったという。

 それは人類の歴史にとって確かな進歩であった一方で、侵略と隷属、収奪を世界に拡散した。

 そして帆船が宇宙船となり、星の海をも渡ることができる現在に至っても、力無き人々は形を変えて搾取され続けている。

 

「とはいえ、この荒波では船に酔う者も出るだろう。通りですれ違った子が青い顔をしておったわい。その点、お前さんは平気なようだがな」

「実は私、地球の海は初めてですけれど、船は初めてじゃないんです」

「ほう、火星で船に乗ったことが?」

「ええ。小さい頃、家族旅行で。火星にも一応、海はありますから……」

 

 ふと、過去の思い出が蘇り、クーデリアは目を伏せる。

 

 今では心の隔たりが大きくなってしまったけれど、あの頃は父や母と過ごすのが純粋に楽しかった。

 家族揃っての休日に、クルージングに連れて行ってもらったときは、それはもう前日の夜から大はしゃぎしたものだ。

 地球の海に比べればずっと小さい、けれど見渡す限り、どこまでも広がる水面の青に夢中になって。

 海に棲む生き物を探したくて、船のデッキから身を乗り出すクーデリアを、落ちないように支えてくれた彼女。

 

 フミタン・アドモス。

 クーデリアの頼れる従者であり、火星にいた頃から活動を支えてくれた仲間であり、旅の途中で幾度となく相談に乗ってくれた友であり。

 

 そして、クーデリアの命を狙う、敵の手先でもあった。

 

 あのとき、フミタンが何を思っていたのか、クーデリアが知る術はもうない。

 ドルトコロニーでの暴動のさなか、放たれた一発の凶弾からクーデリアを庇って。

 旅の途中で、フミタンとお揃いにしたくて買ったペンダントは、結局、彼女の形見になってしまった。

 

「地球の海は火星よりも賑やかだ。そんな余裕は無いかもしれんが、少しでも楽しんでいくとよい……して、儂に相談とは?」

 

 そうだった、とクーデリアは、蒔苗と話す場を設けた目的を思い出す。

 感傷に浸っている暇はない。今の自分にできるのは、前に進むために、やれることを一つでも多くしておくことだ。

 

「それは、今後のルートについてのことです。この船は今、会議場のあるエドモントンを目指して進んでいます。ですが──」

 

 

 

 

 

 

「あの二人、大丈夫かしら……」

 

 船の食堂で、メリビット・ステープルトンが溢した声に反応したのは、鉄華団の整備士を務める『おやっさん』こと、ナディ・雪之丞・カッサパであった。

 

「オルガとビスケットのことか?」

 

 メリビットは首肯する。

 

「あの子たち二人の問題だから、口出しできないってわかってはいるんですけど……どうしても、心配になってしまって」

「ま、あいつらが喧嘩すんのは別に初めてってわけでもねえだろうが」

 

 嘆息する雪之丞。

 その両目は、つい最近テイワズから派遣されたばかりのメリビットよりもずっと長く、鉄華団の子供たちを見守り続けてきたのだろう。

 

「今回は事情が事情だかんな。お互いに色々、腹ん中に溜め込んでるモンもあるんだろうが……まあ、なるようになるだろうさ」

「そーそー。雨降って地固まる、って言うし」

「あの子たちなら、きっと自分たちで結論を出すよ」

 

 話に参加してきたのは、タービンズから出向中の二人のMSパイロット、ラフタ・フランクランドとアジー・グルミン。

 タービンズはテイワズの輸送部門を担う下部組織であり、メリビットにとってラフタやアジーはいわば子会社の社員に当たる。だがメリビットはこれまで、タービンズの幹部格はともかく、MSパイロットと直接関わる機会はほとんどなかった。このように打ち解けて話すようになったのも、旅の道中を共にするようになってからだ。

 

「……昨日の夜、ビスケットさんの件で、団長さんから相談を受けたんです。そのとき私、言う機会ならいくらでもある、って言ったんですけど」

 

 今日が駄目でも、明日がある。

 それはメリビットにとっては、ごく当たり前のことだけれど。

 

「先の戦闘で、本当に危なかったって話を聞いて……ぞっとしたんです」

 

 もしも何かが少し違えば──仲直りはおろか、再び話す機会も無いまま死に別れてしまっていたかもしれない。

 自分にとっての当たり前は、鉄華団の少年たちにとっては当たり前ではない。その単純な事実を、改めて突きつけられた。

 

「きっとこの先も、そういうことが続くんだと思うと……恐ろしくて」

「まあ、私ら女や、あの子たち子供がこういう仕事をするってのは、それだけで命懸けだからね」

 

 アジーの素っ気ないようで重みを含んだ言葉に、メリビットは視線を下に落とす。

 命懸けだと言うのなら、彼ら彼女らは何を思い、何を考え、何のために戦いに身を投じるのか。

 その一端だけでも知りたいと思い──それを口に出すべきか暫し迷ったのち、慎重に言葉を選びながら尋ねた。

 

「その、こういうことを聞くのは失礼かもしれないけれど……どうして貴女たちは、MSに乗って戦おうと?」

 

 それを咎めるつもりはない。ただ、望むなら他の選択肢もあったのでは、と言外に問いかけて。

 少しばかり間を置いて、答えたのはラフタだった。

 

「……私を拾ってくれたダーリンと姐さんに恩返しがしたくて、自分にできることがそれだったから、かな。そりゃあ、私だって死ぬのは怖いし、戦わないで済むならその方がいいと思う。でも、前に私がいたとこに比べたら百倍マシだし」

 

 俯き加減に、どこか遠い景色を眺めるように語るラフタと、そのラフタを静かに見つめるアジー。

 傍に立つ雪之丞は、ただ見守るように話を聞いている。

 

「他の子も、事情はそれぞれだけど、大体似たり寄ったりって感じ……タービンズってさ、実は他に行き場所がない女たちの避難場所だったりするんだよね。うちに拾ってもらえなかったら、どうなってたかわかんない子もいっぱいいる──ダーリンは『全員俺の女だ』なんて言っちゃってるけどねえ」

 

 ラフタが肩をすくめてみせる。

 タービンズは、リーダーである名瀬・タービンを中心とした、一夫多妻のハーレムという形式をとる組織だ。テイワズきっての武闘派として知られると同時に、何かと下世話な──その大半は根も葉もない──噂が語られがちな集団でもある。だがその在り方には、恵まれない境遇の女性たちの駆け込み寺という側面もあるのだと、今になってメリビットは気づかされた。

 

「そういう意味では、うちらもあの子たちと同じだから、あんまり偉そうに口出しとかできないんだよね」

「私たちにできるのは、あの子たちが死なないように、全力でフォローしてやることだけ」

 

 ラフタの言葉を継いでアジーが述べる。

 メリビットは、彼女らよりも鉄華団の子供たちとは歳が離れているせいか、ついあれこれと世話を焼きたくなってしまうけれど。

 あるいはラフタやアジーのように、一歩引いた距離感を保つのもまた、一つの向き合い方なのかもしれないと考えたところで。

 

「皆さん、スープの味見どうですか?」

 

 声の主は、アトラ・ミクスタ。鉄華団の炊事係として、団員たちの胃袋を一手に掴んでいる少女だ。

 厨房からは、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってくる。思えばこの子も大変だろうに、と、メリビットは密かに驚嘆を覚える。

 

「はい、どうぞ!」

「おっ、こいつを待ってたんだ」

 

 取り皿に少しだけ注がれたスープを、まずは雪之丞が一口。

 

「うんめえ〜! こいつはいけるな」

「よかった! はい、メリビットさんも!」

 

 差し出された取り皿を受け取って、メリビットはスープを口に運ぶ。

 

「うん、美味しい! 塩加減がちょうどいいわね」

「ああそうだ、塩といえば」

 

 同じくスープに舌鼓を打つラフタとアジーの方を見て、思い出したように雪之丞は言った。

 

「エーコの奴がなんか怒ってたぞ。『部品が錆びるから海水で濡らすなって言ったのに!』だとさ。まあ、後で整備でも手伝ってやってくんねえか」

「うげっ」

 

 顔をしかめて呻くラフタと、声には出さないが同じ表情のアジーを見やり、メリビットは苦笑した。

 なおその後、船内のMS格納庫には、黙々とパーツの洗浄作業をする二人の姿があったという。

 

 

 

 

 

 

「オルガ、いる?」

 

 オルガの居室の扉がノックされたのは、夕食が済んだ後のことだった。

 

「入ってくれ。鍵は開いてる」

 

 扉が開き、ビスケットが中に入ってくる。

 その表情は普段よく見せる、困ったような微笑み顔で、しかしその瞳にはどことなく、緊張の色が滲んでいるように見えた。

 

「……約束。俺たちのこれからについて、話がしたくて」

「ああ……まあ座ってくれ」

 

 オルガは備え付けの椅子を譲り、自分はベッドに腰掛けて、ビスケットと正面から向かい合った。

 

(さて……)

 

 伝えたいことは色々と考えていたが、いざ面と向かってみると、どう切り出して良いのかわからない。

 それはビスケットも同じだったようで、少しの間、気まずい沈黙が流れ──先に口を開いたのは、ビスケットだった。

 

「……兄さんが、死んだんだ」

「ああ……聞いたよ」

 

 ビスケットの兄、サヴァラン・カヌーレは、ドルトコロニーで企業と労働組合の調停役を担っていたという人物だ。聞くところによれば、サヴァランの目的は労働者とギャラルホルンの武力衝突──実質的には、ギャラルホルンによる一方的な蹂躙に等しい──を防ぐことだったらしい。その心中にはいささか同情するものの、目的のためにクーデリアをギャラルホルンに引き渡そうとした挙句、アトラをクーデリアと誤認して拉致、監禁したという時点で、オルガにとっては許すことのできない相手だ。

 

「やったことは許されることじゃないけど、兄さんは兄さんなりに、みんなのためを思って行動してた……でも、うまくいかなかった」

 

 結局、サヴァランの抱いた懸念は、暴徒化した労働者による武装蜂起と、それを()()()()()()()()()ギャラルホルンによる見せしめを兼ねた虐殺という、最悪の形で現実のものとなってしまった。

 サヴァランは無惨な結果を招いた責任を感じてか、ビスケットに宛てて遺書を書き残し、自らその命を絶ったという。

 

「兄さんの遺書に、書いてあったんだ。『自分の手に余るものを背負い、無理をしすぎたのかもしれない。逃げ出して、何か小さな幸せを見出すこともできたはずだ』って……それを読んだとき、怖くなったんだ。もしかしたら、今の僕たちも、同じなんじゃないかって」

「同じか……かも、しれねえな」

 

 オルガ自身、鉄華団を立ち上げた頃から、散々危ない橋を渡ってきた自覚はある。その過程で、団員たちに少なからず犠牲を出したことへの、自責の念も。

 先の島での戦闘だって、たまたま全てが上手く進んだから良かったものの──ボタンを一つ掛け違えていたら、誰が死んでいてもおかしくなかったのだ。

 

「俺は、お前らを幸せにすることを考えて、ここまで進んできたつもりだ……けど、前に進むために、仲間を──家族を、危ない目に遭わせちまってる」

 

 思い出す。兄貴分である名瀬から、兄弟の盃を交わす前に問われた言葉を。

 

 ──ガキどもがお前の命令一つで死ぬ。その責任は、誰にも押し付けられねえ。

 ──団長であるてめえが、一人で背負えんのか? それを。

 

「……俺、間違ってんのかな。お前の言う通り、どっかで立ち止まってたら、今だって、こんな状況には……」

「オルガ……」

「……俺たちのこれからについて、だったな。俺は、いつかは真っ当な仕事だけでやっていきたいと思ってる。CGSのころとは違う、心の底から帰りてえって思える場所を作ってやりたいってな」

 

 オルガは拳を強く握り締め、絞るように言葉を吐き出す。

 

「けど……そのためには、周りの奴らに潰されないだけの実績が必要だ。だからまずは、なんとしても、この仕事を成功させなくちゃいけねえ」

 

 もう二度と、命を使い潰されないために。

 たとえそれが、仲間の血で舗装された修羅の道だとしても。

 

「こんなこと言っちゃ団長失格だが、俺も正直、先のことがはっきりと見えてるわけじゃねえ。けど、それでも、俺に命を預けてくれるって言うなら」

 

 オルガは膝に両手をついて、ビスケットに深く頭を下げる。

 

「頼む。どうか今は、力を貸してくれ。今の俺には──鉄華団には、お前の頭脳が必要だ。この仕事が終わったら、その後は、どこへ行こうと好きにしてくれていい……頼む」

 

 目の前に座るビスケットがどんな顔をしているのか、顔を伏せたオルガにはわからない。

 返答を待つ時間が、永遠のように長く感じる。

 

「……オルガ」

 

 暫しの間を置いて。

 頭を下げたままのオルガに、ビスケットははっきりと告げた。

 

 

「俺は、鉄華団を降りないよ」

 

 

 オルガは目を見開く。

 咄嗟に顔を上げると、そこには、力強く微笑むビスケットがいた。

 

「僕たちがここまで来れたのは、オルガが強い力で引っ張ってきてくれたおかげだ。それは僕が……みんなが望んだことだ。だから僕は降りないよ」

 

 でも、とビスケットは言葉を区切って、諭すような声で続ける。

 

「前に進むにしても、進む道は一つじゃない、って思うんだ。行き着く先が同じなら、最短を突っ走るだけじゃなくて、回り道したっていいと思う──まあ、今はそんな悠長なことも言ってられないけどね」

「ビスケット……お前……」

「行き先がわからないなら、みんなで決めよう。俺だけじゃなくて、ユージンやシノや昭弘や、三日月たちとも話してさ。この仕事が終わったら──帰ったら、俺たちの目指す場所を、みんなで考えよう」

 

 呆気に取られるオルガに、ビスケットは頷く。

 その真っ直ぐな眼差しを前に、込み上げてくる熱いものを堪えながら、オルガは自嘲するように口の端を吊り上げた。

 

「……すまねえな。こんな不甲斐ない団長で」

「不甲斐ないなんてことないよ……正直、僕たちもオルガに頼りすぎてたと思う。だからさ、オルガが背負ってるもの、俺にも少し、分けてほしいんだ」

 

 俯くオルガに差し伸べられる、ビスケットの手。

 

「俺たちで鉄華団を、連れて行こう」

 

 その言葉に、オルガは不敵に笑って。

 

「……ああ!」

 

 差し出された手を、しっかりと握った。

 




・「火星の海」
 火星はかつて海の無い乾いた星だったが、テラフォーミングの際に氷が溶け出したことで海や川が形成されており、地球から持ち込まれた生物も定着している。ただし、惑星表面積に占める海の割合は地球と比べてずっと小さく、生物の多様性も地球の海には遠く及ばない。
 なお、食用となる魚や貝類などは陸上の養殖プラントで生産されており、それらは全て富裕層以外には手の届かない高級品として扱われる。海水浴ができるような砂浜も軒並み富裕層の管理下に置かれているため、特に内陸部の住民には、一生海とは縁がないまま生涯を閉じる者も多い。ましてやクルージングなど、庶民にとっては夢のまた夢である。


本作の火星には海がある設定。鉄華団のメンバーが初めての魚に面食らっていた一方、クーデリアは普通に食べていたのはこういう理由かな、と。

ビスケットの一人称の使い分けが難しい……。
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