咲き誇る鉄の華   作:ハトンビー

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アーブラウ編
雪の大地を駆け抜けて


 

「すげえな、真っ白だ」

「ああ……息も白くなる」

 

 冬晴れの空の下、見渡す限り広がる銀世界に、ノルバ・シノと昭弘・アルトランドは息を呑んだ。

 

 彼らがいるのは、四本平行に敷かれたレールの上を、さながら二頭立ての馬車のごとく二両の機関車に引かれて走る大型貨物列車のデッキだ。後方に連なる貨車には、MSやMWを筆頭に、それらの部品や燃料、弾薬、その他諸々の物資が満載されている。

 積荷を全部合わせれば相当な重量になるはずだが、しかし先頭の機関車たちは怯むことなく、遠くエドモントンを目指して雪上をひた走る。線路と車輪が刻む小気味良いリズムを楽しみながら、シノは感嘆を込めて呟いた。

 

「なんか、不思議だよな。ちょっと前に南の島で船に乗ったと思ったら、今度は雪ん中を列車で走ってる」

 

 現在、シノたちが列車に揺られているのは、彼らの依頼主であるクーデリアの発案によるものだ。

 鉄華団を乗せた船は当初、蒔苗をアーブラウ議会に送り届けるため、会議場のあるエドモントンの最寄り港に直行する予定だった。だが、ギャラルホルンとてその可能性は織り込み済み、途中に二重三重の罠を張って待ち構えているはずだ──そう予想するのは、決して難しいことではなかった。

 

 そこでクーデリアが提案したのは、一度アラスカ州アンカレッジの港へと船で迂回し、そこからテイワズの現地法人が保有する鉄道に乗り換えて、フェアバンクスを経由して陸路でエドモントンまで移動する、というルートだった。

 この路線では週に一度、アンカレッジからエドモントンまでの定期便が運行されているから、上手く積荷に紛れ込ませればギャラルホルンに怪しまれることはない。また、都市部を外れた路線であるため、MSの輸送にも支障をきたさない──MSの動力源であるエイハブ・リアクターは、エイハブ・ウェーブの放射によって周囲の機器に電磁波障害を起こす──という点でも好都合だった。

 

 そのようなルートを見出したのもさることながら、テイワズと話をつけ、さらには蒔苗を通じてアーブラウ内の有力議員に根回しをし、乗り換えが迅速かつ隠密裏に行えるよう手配したクーデリアの手腕は流石と言うほかない。しかも蒔苗が確実に代表に再選できるよう、蒔苗派の議員に対しロビー活動まで依頼したというのだから恐れ入る。提案を受けた蒔苗が、クーデリアの抜け目の無さに感心したのも頷けよう。

 

「なんつうか、俺たちも随分遠いとこまで来たもんだ」

 

 車窓の向こうを流れてゆく雪景色を眺めながら、ここに辿り着くまでの長い旅路を思い返すシノに、しかし昭弘はにべもなく返答する。

 

「まだ終わりじゃない。エドモントンに着いてからだ」

「そうだな。このまま何もなく抜けれりゃいいんだが……」

 

 言葉とは裏腹に、シノには確信があった。

 エドモントンに着くまでのどこかで、ギャラルホルンは絶対に仕掛けてくる。

 そこに明確な根拠は無い。言うなれば、幾度も死線を潜り抜けたが故に培われた戦士の勘とでも表現すべきものが、シノにそう予感させるのだ。

 

 こんな風に待つのは嫌いだ、とシノは思う。

 来るのなら、いっそのこと早く来れば良いものを。

 

「しっかし、寒いなあ。ここ暖房効いてねえのか?」

「……俺は中に戻る」

「俺もそうするぜ。コーヒーでも淹れて飲むか」

 

 せめて、熱く抱きしめてくれる女がいれば、この寒さも少しは和らぐのだが。

 繁華街の喧騒を懐かしく思いながら、シノは昭弘の後ろをついて行った。

 

 

 

 

 

 

 日が西に傾き、雪原が薄暗くなり始めた頃。

 オルガはMWの整備状況を確認するため、ビスケットとともに貨物列車の格納庫を訪れていた。

 

「おやっさん、どうだ?」

 

 オルガが声をかけると、見慣れた黄色いMWの影から、雪之丞が顔を覗かせた。

 

「おう、火星(うえ)から持ってきた五台のメンテは終わったぞ。あとは──」

「アンカレッジでテイワズを通して買い付けた二十台ですね」

 

 ちょうど通りすがったメリビットが、雪之丞の言葉を代弁する。

 オルガが視線を向けた先では、鉄華団が元から運用していたものよりも一回り小さい、ダークグリーンのMWが整然と並んで整備を受けていた。

 

「こいつらは型は新しいが、なんせ阿頼耶識が付いてねえからなあ。うちの戦力としちゃ心許ねえが」

 

 雪之丞のぼやきを聞いて、オルガは自身の背中に生えている、阿頼耶識の突起(ヒゲ)を意識する。

 搭乗者の脊髄に埋め込まれた『ピアス』と呼ばれる機器を介して、機体とパイロットを神経接続する阿頼耶識システム。MSやMWの直感的な操作を可能にし、鉄華団の孤児たちのような読み書きさえできない子供であっても、()()()()機動兵器のパイロットに仕立て上げられるデバイスだ。

 オルガもCGS参番組への入隊時に、麻酔無しで強制的に手術を受けさせられた非人道的なシステム。だが、正規の訓練を受けていない少年兵ばかりの鉄華団が、正規兵かつ物量に勝るギャラルホルンと曲がりなりにも渡り合えてきたのは、皮肉ながらこのシステムの恩恵に依るところが大きい。

 裏を返せば、阿頼耶識システムが使えなければ、()()()()()()が駆る機動兵器の戦闘能力は半減すると言ってよい。雪之丞の言う通り、狙って撃つぐらいならともかく、本格的な機動戦闘は難しいだろう──それでも。

 

「ああ。けど、無いよりはマシだ」

 

 隣に立つビスケットも、オルガの言葉に同意する。

 

「地球じゃ、エイハブ・リアクターの市街地への持ち込みが規制されてるからね」

 

 エイハブ・リアクター、およびそれを動力源とするMSは、周囲に電磁波を撒き散らすことで通信や電子機器の不調を引き起こし、結果として都市機能を麻痺させてしまう。そのため、MSの市街地への進入は、たとえギャラルホルンであっても特別な許可が無い限り禁じられているのだ。

 勿論、やろうと思えば強行突入もできなくはないが、クーデリアや蒔苗のこともある。依頼人の正当性に傷が付くような行為は避けたかった。

 

「MSが使えねえとなると、いざとなったらこいつでなんとか凌ぐしかねえ」

 

 だが口にした決意とは裏腹、オルガの頭は現状を冷ややかに分析する。

 無いよりマシとは言ったものの、所詮は数合わせだ。もとよりギャラルホルンが運用するMWは、火力も防御力もこちらより上。虎の子の阿頼耶識システムも限られた機体でしか使えない以上、鉄華団のお家芸である機動性を活かした戦法も難しい。

 ──損耗は、避けられないだろう。

 真新しい塗装のMWから目を逸らしたオルガに、追い討ちをかけるようにメリビットが小さく呟く。

 

「小さい子供たちも……これに乗って戦うんですか?」

 

 団員たちを──おそらくはオルガのことも含めて──案じるその声色は、針となってオルガの胸に突き刺さる。

 彼らの未来のためと言いながら、その未来のために彼らを犠牲にする矛盾。

 オルガ自身、ここに至るまでの旅路において、何度も自問したことだ。

 その答えは──まだ、見つかっていない。

 

「……言いたいことは、わかります」

 

 帽子を目深に被り直したビスケットも、やはり思うところはあるのだろう。

 二人から顔を逸らしたまま、オルガはただ一言。

 

「……丸腰のまま、敵に突っ込むよりはマシだろ」

 

 そう返すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 夜。一時は強まった雪も今は止み、雲間から顔を覗かせる半月に見守られながら、列車は一路エドモントンを目指して走り続ける。

 その一両、上部ハッチを開放した貨車から半身を乗り出した〈バルバトス〉のコクピットで、三日月は周囲の異変に目を光らせる。奇襲を受けた際にすぐさま飛び出せるよう、現在五人いるMSパイロット──昭弘、シノ、ラフタ、アジー、そして三日月──はローテーションを組み、交代で見張りについていた。

 少し前に最後の停車駅を出発したこの列車は、以後、終点のエドモントンに辿り着くまで一度も止まることはない。まるで俺たちみたいだ、と三日月は思う。

 〈バルバトス〉の高感度センサーが生体反応を捉え、背中の阿頼耶識を通じて三日月に伝達する。車外の通路(キャットウォーク)に出て、双眼鏡で辺りを見回す二つの人影。年少組のタカキ・ウノとライド・マッスだ。

 寒空の下で監視の任につく二人を見守りながら、三日月は先刻オルガと交わした言葉を思い出す。無論、その間も周囲への警戒は怠らない。

 

 

 

「なあミカ……」

 

 三日月がオルガに話しかけられたのは、窓の外で降りしきる雪を、デッキの壁に寄りかかって眺めていたときだった。

 

「お前は、俺についてきて良かった、って思ってるか?」

 

 一瞬、質問の意図が掴めず、三日月は困惑した。

 

「思ってるけど……なんで?」

 

 むしろ、今まで悪かったことなんてないのに、なぜわざわざそんなことを聞くのだろう。

 三日月の素朴な疑問に対し、反対側の壁に背を預けたオルガは、俯き加減になって答えた。

 

「島でビスケットと喧嘩したときに言われてな。俺は、自分から危険な道ばかり進もうとするんだってよ」

 

 どこか自分を嘲るように、オルガは言葉を吐き出していった。

 

「考えてみりゃ、確かにその通りだって思ってな。今だって、前に進むためなんて言って、お前らを危ねえ道に引きずり込んでる」

 

 窓の外に向けられたオルガの目には、雪ではない、別の何か──あるいは、誰か──の姿が、映っているように思えた。

 

「ここに着くまでに死んでった奴らだって、元を辿れば俺に殺されたようなもんだ……だからお前も、本当は降りたがってるんじゃないか、って思ってな」

 

 そのときのオルガは、もしかしたら迷っていたのかもしれない。鉄華団を率いるのは、それだけで大変な仕事だ。それは三日月もわかっている。オルガにだって、弱音を吐きたくなるときはあるのだろう。

 けれども、最後の一言は、三日月にとって聞き捨てならないものだ。

 三日月は、窓の外を流れていく雪を眺めながら、静かに、だが力を込めて、オルガに問うた。

 

「オルガ。ここはまだ、俺たちの場所じゃない。そうだろ?」

 

 息を呑んだオルガを真っ直ぐに見つめ、三日月ははっきりと告げた。

 己の覚悟を。その身に刻み込むように。

 

「そこに着くまで、俺は止まらない──オルガが喧嘩した日の夜、ビスケットが言ってたよ。帰るときは、みんなで一緒に帰るんだ、って」

 

 砂浜で一人佇むビスケットを呼びに行ったとき、ビスケットは怖くなったと言っていた。オルガの強い力に引っ張られて、ここまで来たことが怖くなったと。

 けれど三日月は、降りたいとも、怖いとも思わない。

 何故なら、そこには、オルガがいるのだから。

 

「そのためなら──オルガの目指す場所に辿り着くためなら、俺はなんだってやる。どんな地獄だって構わない。だから俺を──俺たちを連れてってくれ。オルガ」

 

 三日月の決意を聞き届けたオルガは、暫しの間瞑目したのち。

 ややあって、ふ、と口の端を緩めた。

 

「そうか……わかった。なら連れてってやる。俺が連れてってやるよ」

 

 笑うオルガに、三日月も笑い返し。

 それから、いつの間にか交代時間が迫っていることに気がついた。

 

「俺、見張り交代してくるね」

 

 そう言って三日月は、オルガを残してデッキを後にした。

 去り際に聞こえた、オルガの小さく呟く声。

 

「みんなで一緒に帰る、か……」

 

 消え入りそうなその声が、三日月の耳に、今も強く残っている。

 

 

 

『三日月ー。そろそろ交代の時間だよ』

 

 通信越しのラフタの声が、三日月の思考を引き戻す。

 

「わかった」

 

 時計を見れば、なるほど、確かにもう交代の時間だ。〈バルバトス〉に乗っていると、たまに時間の経過を忘れそうになる。

 三日月が〈バルバトス〉を、格納庫の中に戻そうとしたとき。

 

「……ん?」

 

 〈バルバトス〉の広域センサーが、前方に何かを感じ取る。

 その情報は、三日月が()()を視認するよりも早く、阿頼耶識を介して伝達され。

 

「あれは……」

 

 直後、コクピットにけたたましい警報音が鳴り響く。

 その存在に気づいたラフタが、通信機の向こうで叫び声を上げた。

 

『エイハブ・ウェーブの反応!?』

 

 

 

 

 

 

『団長、MSが三機です! 線路を塞いで立ってます!』

「クソッ!!」

 

 タカキからの報告を受け、オルガは思わず客室の壁を殴りつけた。

 ギャラルホルンのMSによる急襲。言うまでもなく、最悪の状況である。

 

「おいおい、ギャラルホルンの監視網をすり抜けられる安全なルートじゃなかったのか?」

「こんなに早く、敵に知られてしまうなんて……」

 

 蒔苗とクーデリアが、それぞれ疑問を口にする。

 クーデリアの言う通り、まだエドモントンまで距離がある中で、ギャラルホルンと接敵することは想定していなかった。

 演習か何かで、たまたま近くに展開していた部隊が居合わせたのか──それとも、どこかで情報が漏れていたのか。

 

「俺たちの情報を知っている奴といえば……」

「まさか……!?」

 

 心当たりに思い至り、オルガとビスケットは互いに顔を見合わせる。

 そもそも、地球低軌道から大気圏に突入し、海路を経て鉄道に乗り換えるまでの道程は、全てある男の手助けを得て成し遂げられたものだ。

 モンタークと名乗るその男が、鉄華団の情報をギャラルホルンに流したのだとしたら。

 

「──いや話は後だ。列車を止めろ!」

 

 疑念をひとまず脇に置き、オルガは運転台に指示を飛ばす。

 すぐさま回転を止めた車輪から火花が飛び散り、耳をつんざく金属音が雪上に響き渡る。

 慣性で激しく揺さぶられる中、列車が完全に停止するのも待たず、オルガは車外の通路(キャットウォーク)へと走り出た。

 

「団長、島でやった奴です!」

 

 見張りのライドが差し出した双眼鏡を受け取って、オルガは立ち塞がる機影を凝視する。

 数は三。ギャラルホルンの主力機〈グレイズ〉と同型ながら、一般機とは異なる空色の装甲。装飾が施された一振りの長剣(ナイトブレード)を腰に差し、鶏冠を想起させる頭部のブレードアンテナ。

 忘れるはずもない。地球低軌道上で初遭遇し、ミレニアム島の戦いでは宇宙(そら)から島に直接降下してきた、ギャラルホルンのMS部隊の生き残りだ。

 そして、隊列の中央に佇む、隊長機と思しき機体の右肩には。

 

「赤い布……!?」

 

 決闘の挑戦者であることを示す、真紅のマントがはためいていた。

 




本作の鉄華団は原作と違い、弔い合戦に滾っていません。
そのため、作中の台詞も、原作から少しずつ異なっています。
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