咲き誇る鉄の華   作:ハトンビー

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まだ終われない

 

「いいこと。もはや私たちに、退路はないと思いなさい」

『『はっ!』』

 

 三機で隊列を組む〈グレイズリッター〉、その隊長機のコクピットから、地球外縁軌道統制統合艦隊指令官カルタ・イシューは、僚機に搭乗する二人の部下に檄を飛ばす。

 二人。そう、たった二人だ。元々、カルタ直属の親衛隊には、八人の素晴らしいMSパイロットが属し、日夜研鑽に励んでいた。だが、カルタが指揮する地球外縁軌道統制統合艦隊は、ホームグラウンドであるはずの地球低軌道、並びにミレニアム島での戦闘において、火星の賊軍である鉄華団を二度も取り逃してしまった。挙句、その二回の戦闘で、親衛隊のMSパイロットのうち、実に六人が戦死してしまったのだ。

 ギャラルホルンの最高意思決定機関であるセブンスターズ、その第一席であるイシュー家当主の娘として、これは許されない失態だ。病床にある父と、散っていった部下たちのため、何としてもカルタは勝利を手にしなければならないのである。

 

「けど、この窮地が私を強くする。私は、どんなときでも誇りを忘れない──そうでしょう、マクギリス」

 

 この大舞台を整えてくれた、金髪の幼馴染の名をカルタは口にする。

 セブンスターズの一席ファリド家の子息にして、優秀なMSパイロットでもあるマクギリス。鉄華団に二度の敗北を喫したカルタを、敗戦したにも関わらず追討作戦に参加させるよう、彼の父であるファリド家当主イズナリオ──カルタの後見人でもある──に進言してくれたのだ。

 周りに迷惑をかけてばかりの自分が情けなくて、思わずやり場のない苛立ちと悔しさをぶつけてしまったとき、マクギリスはカルタを憐れむことも、馬鹿にすることもなく言ったのだ。

 

 ──君に屈辱は、似合わない。

 

 自分にとってカルタは、手の届かない憧れのような存在だった、とマクギリスは語った。

 それは、むしろカルタの方こそ、マクギリスに抱き続けていた想いであり。

 ああ、だから自分は、あのいけ好かないにやけ面に、いつも心を焦がされてしまうのだ。

 

『必ずや、勝利を我が手に!』

『この胸の誇りにかけて!』

 

 二番機と三番機に搭乗してカルタの両脇を固める、二人の部下たちも気合い十分だ。ミレニアム島での戦いで、カルタの乗機が破壊されたとき、彼らは自らの危険も顧みずにカルタを助け出してくれた。カルタが失態を重ねてもなお、ここまでついてきてくれたことには、感謝してもしきれない。

 

(絶対に勝ってみせる──そう、私に屈辱は似合わない。マクギリス、待っていなさい)

 

 一度目を閉じ、再び開いて──カルタは〈グレイズリッター〉のコクピットハッチを解放。そのままコクピットの外に出て〈グレイズリッター〉の肩に立つ。

 これから行われるのは、三百年の昔から受け継がれし文化に基づく、神聖なる戦いの儀。冬の夜の、肌を刺すような冷たい空気が、熱く煮えたぎるカルタの心を静かに研ぎ澄ませてゆく。

 夜空に瞬く星の下、〈グレイズリッター〉の外部スピーカーをオンにして、朗々とカルタは告げる。

 

 

「私は、ギャラルホルン地球本部所属、地球外縁軌道統制統合艦隊司令官、カルタ・イシュー。鉄華団に対し、MS三機同士による決闘を申し入れる!!」

 

 

 

 

 

 

「やっぱりそうくるか……!」

 

 カルタの宣言を聞き、オルガは歯噛みする。

 決闘。およそ三百年前、厄祭戦が終結するかしないかの時期に、対立する勢力同士の破滅的な全面衝突を避けるために成立したという文化。鉄華団では過去に一度、火星で旗を揚げたばかりの頃に、三日月が決闘を経験している。その結果については、敢えて述べるまでもない。

 

『私たちが勝利を収めた暁には、蒔苗東護ノ介、およびクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を引き渡してもらう。無論、鉄華団の諸君には大人しく投降していただく。我らが敗北した場合は、好きなようにここを通るといい』

 

 だが後から振り返ってみれば、先の決闘は鉄華団にとって、分捕ったMS以外に得るものの無い戦いだった、というのが実情だ。

 今回とて、わざわざ相手の土俵に乗ってまで、決闘を受ける旨みは薄い。

 ここで余計な時間を食うほど、鉄華団の状況は不利になる。第一、たとえ決闘に勝ったとしても、その先のギャラルホルンによる襲撃が無くなるとは、誰も何も言っていないのだ。

 

『セッティングにかかる時間を考慮し、我々は三十分待とう。三十分後に回答なき場合、我々は即座に攻撃を開始する。準備が整い次第、速やかに回答せよ。以上!』

 

 一方的に告げるだけ告げた後、カルタ以下二名のパイロットたちはコクピットに戻っていく。

 周りに目を向ければ、カルタが長々と喋っている間に、多くの団員たちが列車の外に出てきていた。

 

「外にいる奴は列車より前に出るな! MS隊、全機戦闘態勢だ! ──で、どうする? 敵さんは三十分くれるっつってるが」

 

 オルガは無線で団員たちに指示を飛ばしたのち、いつの間にか隣にいたビスケットを見る。

 ビスケットは帽子の鍔を撫でながら、オルガを見返して不敵な笑みを浮かべた。

 

「決闘なんてやってる場合じゃない、今は少しでも時間が惜しい……だろ?」

 

 その答えを聞いて、オルガもまた不敵に笑う。

 

「だな」

 

 どうやら、今回は意見が一致したようだ。

 

 

 

 

 

 

 カルタが〈グレイズリッター〉に戻った直後、貨物列車の外部スピーカーから音声が発せられる。

 

『カルタ・イシューとか言ったな。あんたの申し出に答えるぜ』

「ほう……よもや、既に準備を整えていたか」

 

 この声、間違いない。ミレニアム島で惜しくも仕留め損ねた、賊の頭目だ。

 あのときは、腕のいい操縦手に助けられたようだが、今度は同じようにいくものか。

 

 だが、そんなカルタの決意は、直後に衝撃をもって塗り替えられる。

 

 

 

『決闘は、拒否する──やっちまえミカァ!!』

 

 

 

「なっ──!?」

 

 カルタが息を呑んだ刹那。

 巨大なレンチメイスを振りかぶった〈バルバトス〉が貨物列車を飛び越えて、流星のような速さで隊列に突っ込んでくる。

 

『きっ、貴様! 不意打ちとは卑怯な!』

 

 左翼を担当する部下の〈グレイズリッター〉三番機が即座に反応。長剣(ナイトブレード)を抜いて〈バルバトス〉を迎え撃とうとする。

 だが、そのときには既に〈バルバトス〉は彼の目前に迫り、両手に持ったメイスを振り下ろしていた。

 〈グレイズリッター〉が装備するナイトブレードは、実戦での運用にも十分に耐える構造だ。とはいえ、その刀身は細く、もとよりメイスのような大質量の武器と打ち合うようにはできていない。

 咄嗟に攻撃を受け止めようとした刀身が、三番機の右腕ごと呆気なく粉砕される。

 

『馬鹿な──うわあああっ!?』

 

 間髪入れず、重量級の武器とは思えない速さで、メイスが横薙ぎに振り抜かれる。

 胴体をもろに殴りつけられ、雪上に倒れ伏す三番機。

 なおも起き上がろうとした三番機のカメラアイが捉えたものは、大きくメイスを振りかぶる〈バルバトス〉の姿。

 

『カルタ様、カルタ様あああああっ!!』

 

 断末魔の叫びも虚しく、無慈悲にもメイスを振り下ろす〈バルバトス〉。

 胴体を叩き潰された三番機は、中のパイロットもろとも沈黙した。

 

『クソッ! カルタ様、一度態勢を──!?』

 

 二番機の部下が言い終わる前に〈バルバトス〉がメイスを投擲する。

 放たれたメイスは矢のように飛び、二番機の胴体に真正面から直撃。

 凄まじい運動量をまともに受けた二番機が仰向けに倒れ、衝撃の拍子に手を離れた長剣が、宙を舞って雪原に突き刺さる。

 呆然とするカルタの視線の先で、〈バルバトス〉が跳躍する。

 

『せ、せめて、レールを──』

 

 二番機が伸ばした右手は〈バルバトス〉の着地と同時に踏み潰され。

 直後に〈バルバトス〉の右脚が、二番機の胸部を蹴り砕く。

 散り際の願いは叶うことなく、二番機に乗る部下は、鉄屑混じりのミンチと化した。

 長年カルタに連れ添ってくれた二人の部下は、ろくに戦闘らしい戦闘すらさせてもらえぬまま、あっという間に帰らぬ人となってしまったのだ。

 

「そんな……ランディ、ステュアート……ッ! おのれえ……!」

 

 もう返事もしてくれない、愛する部下たちの名を呼びながら、カルタは〈バルバトス〉を睨みつける。

 投擲したメイスを拾い、カルタに向き直る〈バルバトス〉。

 その右脚から滴るのは、踏み抜かれた〈グレイズリッター〉のオイルか、それとも潰された部下の血か。

 

「なんと……なんと卑劣な……! 誇り高き私の親衛隊を!!」

 

 カルタの叫びに呼応するかのごとく、〈バルバトス〉が突進してくる。

 振り下ろされるメイスを、カルタは〈グレイズリッター〉のスラスターを吹かし、機体を大きく飛び退かせて回避。

 空振ったメイスが雪原に叩きつけられ、周囲に雪煙が舞い上がる。

 

「こんな戦い、私は認めない!」

 

 着地したカルタの〈グレイズリッター〉に追撃を加えんと、なおも間合いを詰める〈バルバトス〉。

 その頭部の関節部を狙って、カルタの〈グレイズリッター〉は右手のナイトブレードを振るう。

 だがその一閃は、僅かに身を屈めた〈バルバトス〉にあっさりと躱され、反撃のメイスが横殴りに〈グレイズリッター〉を吹き飛ばす。

 

「ぐうううう!」

 

 激しい衝撃がコクピットを襲う中、カルタは空中で〈グレイズリッター〉のスラスターを噴射し姿勢制御。

 どうにか転倒を免れ着地すると、すかさず剣を構え直して〈バルバトス〉に向かっていく。

 〈バルバトス〉のメイスは一撃必殺の破壊力をもつ反面、その重量と大きさゆえ、攻撃は大振りになりやすい。その隙を狙っての反撃。

 しかし〈バルバトス〉はメイスを地面に突き立て、その柄を盾代わりにして、ナイトブレードの斬撃を防御。

 カルタは追撃を加えようとするが、〈バルバトス〉はポールダンスの要領で機体の位置を入れ替え、回転の勢いに任せて〈グレイズリッター〉を蹴り飛ばす。阿頼耶識システム搭載機に特有の、プログラムに囚われない機械離れした挙動。

 突き飛ばされた〈グレイズリッター〉が、雪上に膝をつく。

 

「私は戦いたかった……正々堂々と戦いたかった!」

 

 機体を起こしたカルタが雪煙の向こうに見たものは、こちらに向けてメイスを掲げる〈バルバトス〉。

 その巨大な打撃武器が"工具(レンチ)"の名を冠する所以──竜の顎を想起させる頭部が大きく開き、〈グレイズリッター〉の左肩に喰らいつく。

 フレームを挟み込んだまま、顎の内側に備え付けられたカッターが、文字通りの金切り音を立て高速回転。

 〈グレイズリッター〉の左腕が、肩関節から食い千切られる。

 

「そうでなければ、私らしくない!」

 

 咄嗟にカルタは〈グレイズリッター〉を跳躍させ、大きく間合いを取る。

 モニターに表示される"警告(CAUTION)"の文字。コクピットに鳴り響く警報音。

 それらをカルタは全て無視して、踏み込んでくる〈バルバトス〉を迎え撃つ。

 

「私は、カルタ・イシューだ!」

 

 攻撃の出だし、速度が乗っていない瞬間を狙ってナイトブレードを打ち込む。

 メイスと長剣による鍔迫り合い。

 だが均衡も束の間、パワーの差に〈グレイズリッター〉が徐々に押されていく。

 もとより隻腕と両腕の差。その上〈バルバトス〉は〈ガンダム・フレーム〉──通常のMSでは一基のみ搭載するエイハブ・リアクターを、二基搭載した上で並列稼働させる──を採用した機体だ。故に、三百年も前に設計された機体でありながら、その瞬間出力は最新鋭機の〈グレイズリッター〉をも凌駕する。

 カルタは押し負けそうになる〈グレイズリッター〉の出力を全開にして、ぎりぎりで持ち堪えさせる。

 どうにか均衡を維持しながら、逆転の糸口を探っていた、その刹那。

 

「ぐうあっ!?」

 

 頬をぶたれたような衝撃。

 いきなり予想外の方向から力を受けた〈グレイズリッター〉が、受け止めきれずに雪原を転がる。

 鍔迫り合いの最中に左手を離した〈バルバトス〉が、まさにその拳で〈グレイズリッター〉をぶん殴ったのだと、気づくのに数秒を要した。

 

「……私は、勝利するしかないの」

 

 朦朧とする意識を無理矢理引き戻し、カルタは〈グレイズリッター〉を立ち上がらせる。

 転倒した際にぶつけたのか、額からは血が流れ、唇も切れていた。

 

「立場を失い、家の名に傷をつけ──こんな惨めな私は、あいつの憧れていた私じゃないのよ!」

 

 激情のままに、ナイトブレードで我武者羅に斬りつける。

 防がれ、躱され、突き飛ばされ──それでもなお、剣を打ち込み続ける。

 

「ここで、負けるわけには、いかない……!」

 

 列車を攻撃すれば、線路を壊せば──そんなことは、最早どうでも良い。

 望むのはただ、目の前の仇敵(バルバトス)を倒すこと。

 己の誇りを、貫くことだけ。

 

「あの人の思いを、裏切ることなど! こんなところで終わるなど──ッ!?」

 

 突進しようとした〈グレイズリッター〉の右肩が、レンチメイスに捕えられる。

 そのまま押し倒され、踏みつけられる〈グレイズリッター〉。

 接触回線を通して、〈バルバトス〉のパイロットの声が届く。

 

 

 

『終われないのは、俺たちもだよ』

 

 恐ろしいほどに、静謐な声だった。

 

 

 

『俺たちの場所に辿り着くまで、俺は止まらない』

 

 その声に、見下ろす視線に、カルタは釘付けになる。

 

『決めたんだ』

 

 ぎりぎりと締め上げるレンチメイス。

 内蔵されたカッターが回転し、挟み込まれたフレームが、圧力と切削に悲鳴を上げる。

 

『あの日に──決まったんだ……!』

 

 金属の千切れる音がして。

 〈グレイズリッター〉の右腕が、その根元から切り落とされる。

 これで、カルタの〈グレイズリッター〉は、完全に戦闘能力を喪失してしまった。

 

『そのためなら俺は、何だって壊す』

 

 見上げた〈バルバトス〉の形相は、御伽話の悪魔そのもので。

 

『何人だって、殺してやる……!』

 

 静かなるその声は氷のように冷たく、炎のように熱い激情を秘めていた。

 

「あ──」

 

 逃げなければ。

 その判断が、一瞬遅れ。

 〈バルバトス〉が、必殺のメイスを振り上げる。

 

 

 

 そのとき、新たなエイハブ・ウェーブの反応が、レーダーに現れた。

 

 

 

 

 

 

『三日月!』

「──ッ!?」

 

 ラフタからの警告を受け、三日月は咄嗟に攻撃をやめ、〈バルバトス〉を飛び退かせる。

 直後、バルバトスがいた場所を薙ぎ払う機銃弾。遠距離なら直撃しても致命傷にはならないが、当たりどころによっては、センサーやスラスターを潰されることもある攻撃だ。

 三日月は〈バルバトス〉を着地させつつ、銃弾が飛んできた方を見やる。

 スラスターの青い炎を引き、雪煙を上げ疾走する()()()()M()S()。どことなく〈バルバトス〉に似た形状ながら、大きく張り出した頭頂部に紫の装甲。右手に携えた、機体の全長ほどもある巨大な(ランス)

 その姿に、三日月は見覚えがあった。

 

「あの機体は」

 

 多少形は変わっているが、間違いない。ドルトコロニー付近の宙域で一度、地球低軌道で一度交戦した、ギャラルホルンのガンダムだ。

 乱入してきたMSに〈バルバトス〉が反応し、機体のデータベースに記録された情報を検索。その結果は、脳裏に浮かぶ言葉となって三日月に伝達される。

 

 ──データベースより、最も一致する結果を提示。

 

 ──型式番号ASW-G-66、機体名〈ガンダム・キマリス〉と推定。

 

 槍に備え付けられた銃口から銃弾を連射しながら、こちらに急速接近する〈キマリス〉。

 勢いそのまま、とどめを刺し損ねた〈グレイズリッター〉を、すれ違い様に左腕で回収。スラスターの噴射でブレーキをかけ、横滑り(ドリフト)しながら前脚を折り畳み、雪上に直立する。どうやら、前脚のように見えた部分は、MS本来の脚部の一部だったらしい。

 破損した〈グレイズリッター〉を小脇に抱えたまま、〈キマリス〉が槍の穂先をこちらに向ける。

 

「新手か」

 

 三日月の〈バルバトス〉もまた、レンチメイスを脇に構える。

 対峙する、二機のガンダム 。

 双眸(ツインアイ)の視線が交錯する。

 

「お前は、どうする?」

 

 だが、〈キマリス〉はスラスターを後ろ向きに吹かせ、後退しながら機銃を連射。

 その狙いは〈バルバトス〉ではなく、二機の間の雪面。近づくな、と言わんばかりの牽制射撃だ。

 三日月が出遅れた隙に、〈キマリス〉は再び前脚を展開。方向転換しながら加速し、〈バルバトス〉から離れていく。

 去り際、リアスカートから機雷がばら撒かれ、雪上で炸裂。大量の雪が爆風で舞い上がり、即席の煙幕を作る。

 数秒後、雪の煙が晴れたころには、〈キマリス〉は脇に抱えた〈グレイズリッター〉とともに、大地の遥か彼方に遠ざかっていた。

 

「逃がすか!」

『待てミカ! ここまでだ!』

 

 追撃しようとする三日月を、オルガの声が引き止める。

 周りを見渡せば、いつの間にか、列車や線路からかなり離れた場所で戦っていたことに気がついた。

 

『無理に深追いする必要はねえ。とっとと先に進むぞ!』

『ったく、一人で全部狩っちまいやがって。俺たちの出番()えじゃねえかよ』

 

 シノのぼやきを聞き流しながら、三日月は〈キマリス〉が去っていった方を見て。

 誰にも聞こえない声で、一人、呟く。

 

「殺さないと……また俺たちの邪魔をしに来るんだろ?」

 

 どこまでも広がる雪の大地。

 地平線の向こうへと続く線路。

 

 敵陣は、もうすぐだ。

 

 

 

 

 

 

 夜空の星々に見守られながら、雪上を菫色の騎士(キマリス)が疾駆する。

 正式名称〈ガンダム ・キマリストルーパー〉。突進力と一撃離脱に特化した〈ガンダム・キマリス〉を、地上戦用の装備に換装した機体。脚部に収納されたサブレッグを展開し、鞍上の騎士を思わせる『トルーパー形態』に変形することで、特に平地において優れた機動性を発揮できるMSだ。

 

「カルタ、無事か!?」

 

 そのコクピットで、セブンスターズの一席たるボードウィン家の嫡男、ガエリオ・ボードウィンは、幼馴染の女に通信で呼びかける。

 元々、ガエリオは火星から地球まで鉄華団を追いかけ続けてきたのだが、地上での追討任務に参加するのは、本来ならもう少し先になるはずだった。だが、カルタが部下二人を連れて追討に赴いたという情報を耳にし、泡を食ったガエリオは〈キマリス〉の地上テストと言い訳をして、救援のために急遽出撃したのだ。

 そのとき抱いた、ただならざる焦燥。

 案の定、ガエリオが駆けつけたとき、二人の部下は既に戦死し、カルタ自身も討たれる寸前だった。もしも、ガエリオの到着があと少し遅れていたなら、カルタは確実に助からなかっただろう。

 ガエリオもまた鉄華団、特に〈バルバトス〉には、何度も辛酸を舐めさせられている。故に、その場で〈バルバトス〉と戦うことも考えたものの、イシュー家の跡継ぎであるカルタの生還を優先し、敢えて交戦せず撤退したのである。

 

「カルタ! 応答しろ、カルタ!」

 

 回収したカルタの〈グレイズリッター〉は見るも無惨な姿であったが、幸いにも、コクピット周辺に目立った損傷は無いように思えた。

 だが、ガエリオが呼びかけても、カルタは一向に返事をしない。

 メイスのような鈍器で殴られれば、たとえ機体が潰れなかったとしても、衝撃は少なからず中のパイロットにも伝わる。ガエリオが最悪の可能性を想起した、そのときであった。

 

『…………ガエリオ……?』

 

 微かに、だが確かに、通信の向こうの声が鼓膜を震わせた。

 

「カルタ! 大丈夫か! 怪我はないか!?」

 

 ガエリオの声が、一段と高くなる。

 興奮気味に呼びかけるガエリオに、カルタは放心していたのか、それとも何か思うところでもあったのか、随分と長く間を置いて。

 

『……万年みそっかすのアンタなんかに助けられるなんて、いよいよ私もおしまいね……』

 

 仮にも幼馴染に助けてもらって、出てくる言葉がこれである。

 そのあんまりな物言いに、ガエリオは思わず苦笑した。

 怪我の程度はわからないが、少なくとも、減らず口を叩ける程度の体力はあるようだ。

 

「相変わらずの言い草だな──とりあえず無事で良かったよ」

 

 いつもの調子で返した後、思わず口から本音が零れる。

 ──正直、かなり心配していた。

 

『……ガエリオ……笑って頂戴……』

「……カルタ?」

 

 カルタから発せられた言葉は、か細すぎて聞き取れず、ガエリオは反射的に聞き返す。

 カルタの声は、震えていた。

 

『……笑って……笑いなさい……ろくに任務も果たせなくて……お父様の顔に、何度も泥を塗って……部下たちを、たくさん、死なせて……! なのに自分はのうのうと生き恥晒してる惨めで無様な私を笑いなさいよ!!!』

 

 慟哭する、幼馴染の彼女。

 ガエリオは一瞬、呆然とし、ややあって顔を悲痛に歪ませる。

 誇り高い彼女のことだ。己の弱さに苛まれずにはいられないのだろうし、それが彼女の美しさでもあるけれど。

 それでも、身も心も傷ついた幼馴染が、更に言葉のナイフで己を傷つけるのを、黙って見ていられるほどガエリオは薄情ではない。

 

「惨めじゃない。無様なんかじゃない。君は、立派に戦った」

『慰めなんて……いらない……!! 私は……私は……!』

 

 言葉を詰まらせる彼女に、ガエリオはいよいよ、どう声をかけるべきかわからなくなってしまう。

 どんなに甘く優しい台詞も、今は、彼女の心の傷を、更に深く抉ってしまうだけだ。

 そう、気づいてしまったから。

 

「……生きていれば、挽回のチャンスもある。今は、ゆっくり休め」

 

 ただ一言、それだけを伝えて、ガエリオは口をつぐむ。

 返事はない。ただ、すすり上げる声だけが、接触通信の向こうから聞こえてくる。

 操縦桿を握りしめて、ガエリオは一人、瞑目する。

 

(カルタ。君は、誰よりも気高くて、誇り高い女だ)

 

 もしも、惨めで無様だというのなら──それは、()()()()()()()()だ。

 思い起こす。彼女と同じ、気高い心を持った、一人の戦士を。

 誇りに殉じた、部下のことを。

 

(今は、泣いたっていい。お前の雪辱は、必ず果たす。俺が──いや、()()()が!)

 

 

 誓いと決意を、胸に刻んで。

 抱えた女の涙とともに、菫の騎士は雪原を駆ける。

 




原作よりも戦闘開始が少し遅くなった結果、ガエリオの救援がギリギリ間に合いました。

カルタの部下の名前は、某オーバーフラ○グス隊の隊員から拝借しています(特にクロスオーバー要素等はありません)。
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