咲き誇る鉄の華   作:ハトンビー

5 / 16
アトラの決意

 

 ギャラルホルン地球本部『ヴィーンゴールヴ』。

 四大経済圏への干渉を避けるために海上に建設された、都市機能を有する巨大な人工の浮島(メガフロート)だ。

 

「そうか……了解した。何か変化があれば連絡してくれ」

 

 その一角にある執務室のデスクにて、マクギリス・ファリドは部下との通話を切り、深くため息をついた。

 

「カルタは命拾いしたか……全く、つくづく悪運が強い」

 

 そもそも、ギャラルホルンに鉄華団の情報を伝え、カルタを追討任務に赴くよう促したのは、他ならぬマクギリスである。

 カルタには、君に屈辱は似合わない、などと言ってはみせたが──率直に言って、彼女の実力で鉄華団に挑むのは無謀だとわかっていた。

 MS同士の真っ向勝負に敗北すれば、彼女自身もただでは済まない。それを承知の上で、敢えて推薦した。

 

 仮にも幼馴染、かつ同じセブンスターズの跡継ぎであるカルタの、ともすれば奇跡とも呼べる生還。

 だが、マクギリスの胸中は、それを素直に喜んでなどいなかった。

 

 己の理想を実現する、そのための踏み台として。

 マクギリスは本当に、カルタを殺すつもりで死地に送り出したのだから。

 

「しかし、あれだけ叩きのめされれば、カルタとて当分再起はできんだろう。父上は今頃、頭を抱えているだろうな」

「よろしいのですか、特務三佐?」

 

 前に立つ長髪の士官が、マクギリスに疑問を投げかける。

 彼はマクギリスにとって、同じギャラルホルン監査局に所属する部下であり、また自身の思想に共鳴する同志でもあった。

 ここでカルタを生かしておけば後々の障害になる、と彼は言いたいのだろう。

 

「なに、構わんさ。少々見通しの修正は必要だが、いくらでもやりようはある」

 

 無理に手を出して、こちらの首まで絞める必要はない。それに、生きているのならそれはそれで、彼女は使()()()人材だ。

 鷹揚に前髪を撫でるマクギリスのもとに、一本の通信が入る。

 

『特務三佐。()()()()について、エドモントンへの移送準備が整ったとのことです』

「了解した。報告ご苦労」

 

 マクギリスは椅子を回して、背後にある窓の外を眺める。

 硝子越しの水平線は波一つない穏やかさで、その上には澄み渡る蒼穹が遠く果てしなく広がっている。どこまでも続くあの空の向こうに飛び出したいと、最初に願ったのはいつの頃だっただろうか。

 

「これで、ギャラルホルンは変わる」

 

 背もたれに身を預けて、マクギリスは静かに呟く。

 カルタが死なずに済んだことに、安堵する気持ちが無いわけではない。実際、数日前にカルタに語った言葉は、全て本心からのものであった。

 しかし、それを自覚してなお、マクギリスの決意は揺るがない。

 だからこそ、セブンスターズの次代を担う一員でありながら、立場上は敵対者であるはずの鉄華団の行軍を、獅子身中の虫として陰ながらに支援してきたのだ。

 

「役者は揃った。あとは、舞台に少しばかり花を添えてやらねばな」

 

 仮面の商人、モンターク。

 それがマクギリスの、もう一つの名だ。

 

「私もエドモントンへ発つとしよう。石動、ここは任せたぞ」

 

 

 

 

 

 

 深夜。エドモントン近郊の廃駅。

 かつては多くの客で賑わっていたのだろうそこは、今やすっかり寂れ果て、訪れる人もなくなって久しい。

 静かに朽ちるはずだった駅に駄賃も払わず踏み込んだ自分たちは、この街にとっての英雄(ヒーロー)か、それとも招かれざる客か。

 いずれにせよ、向けられた大口径の砲塔から放たれる、砲弾の()()()()()を受けているのは確かだ。

 

「さっきの戦闘で、また一台やられた。これでMWは二十を割っちまった」

 

 元は駅員室だったと思しき部屋に設けた即席の指揮所にて、市街周辺の戦況図を睨みながらオルガは唸った。

 向かいに座るビスケットが、手に持つタブレット端末の画面を見つめて、眉尻を下げる。

 

「やっぱり、ここにきて被害が増えてきてるね……」

「もう三日だからな……流石に連戦はキツい」

 

 鉄華団が、エドモントン市内への進入を阻むギャラルホルンと会敵してから、明日の朝で四日目になる。

 この三日間、オルガたちは敵の防衛線を突破するため、断続的に攻撃を仕掛けていた。無謀な突撃は避け、なるべく戦力の温存に努めてきた甲斐あって、こちらの損耗は当初の想定よりも抑えられている。

 それでも、数では圧倒的に向こうが有利だ。どうやっても被害は出る。

 戦力が減れば、その分だけ残された者の負担は増す。敵の数は減る気配もなく、戦線は一向に進まないまま、時間だけが無為に過ぎていく。焦りと疲労でミスをする者が出て、さらに死傷者が積み重なる悪循環。

 幸いにして、オルガの指揮車を含む、阿頼耶識システムに対応した五台は全機健在であるが──阿頼耶識搭載・非搭載合わせて二十五台あったMWは、今や十九台にその数を減らしていた。

 一方で背後からは、ギャラルホルンのMS部隊が、こちらを挟み撃ちにしようと襲撃を繰り返している。そちらは三日月をはじめとするMS隊が踏ん張ってくれているが、彼らの疲労も相当に蓄積しているはずだ。

 

「人はもう限界だし、燃料や弾薬も底を突きかけてる。まともに戦えるのは、多分、次の攻勢が最後だ」

「どの道、明日の午後には代表選だ。もう後はねえ。蒔苗の爺さんを当選させたきゃ、次がラストチャンスってことだ」

 

 オルガは再び戦況図に目を落とす。

 駅舎とエドモントン市街の間には、一本の大きな河が流れている。河を渡って市内に繋がる橋は三つ。うち二つは会敵初日にギャラルホルンの手で爆破され、残る一つはMWがこれでもかとばかりに展開して道を塞いでいる。

 橋を三つとも落としてしまわないのは、おそらく復旧の手間を惜しんでのことだろうが──いずれにせよ、対岸からの砲撃に行手を阻まれ、この三日間は一メートルたりとも前進できていないのが現状だ。

 

「けど、良いニュースもある」

 

 オルガは残っている橋の横、両岸を隔てる河を指差す。

 そこは河の中でも水深が比較的浅く、車両でも登り降りしやすい地形の場所だった。

 

「ライドに偵察に行かせたが、河の水は確実に少なくなってた。上流で雨が降らなきゃ、明日にはMWでも渡れるようになるはずだ」

「そこは祈るしかないね……」

「ああ。だが、ツキはこっちに回ってきてる」

 

 そう言って、オルガは右目を閉じる。昔から、考え事をするときの癖だ。

 

「次の作戦に参加する人員だけど──はっきり言って、犠牲は避けられないよ」

「……だとしても、打って出るしかねえ。MWは年長と年中で回すとして、問題は──」

 

 ちょうどそのとき、部屋のドアをノックする音がして。

 

「すみません。お夜食作ったので、よかったら」

 

 ゆっくりとドアが開いて、アトラが中に入ってきた。

 手に持ったトレイには、小さく切られたサンドイッチが乗せられている。

 

「悪いなアトラ。お前も、もう休んどけよ」

「いえ、夜遅いのは得意なんです」

「寝といた方がいいよ。でないと保たない」

 

 ビスケットと共にアトラを気遣いつつも、オルガはサンドイッチに手を伸ばす。

 食べやすいように配慮してか、均等に一口ほどの大きさに切られたサンドイッチ。指で摘んで口に入れれば、みずみずしい野菜の食感と程よい塩味が、疲弊しきった身体に僅かながら元気を取り戻させた。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて、私もそろそろ寝ますね。あっ、トレイはそのままで大丈夫です!」

「おう、ありがとな──それで、運転手についてだが……」

 

 オルガが話を再開すると、部屋を出ようとしていたアトラが、立ち止まって振り向いた。

 

「運転手、ですか?」

「ん? ああ、車の運転手をな」

 

 本来なら、ただの炊事係であるアトラに、これからの作戦について明け透けに話すのはよろしくない。しかし、それがさして気にならなくなる程度には、オルガも、向かいに座るビスケットも疲れが溜まっていたのだろう。

 

「蒔苗さんとクーデリアさんを乗せる車だよ。運転手を誰にするかで悩んでてね」

「クーデリアや蒔苗に運転させるわけにはいかねえし、あの秘書のおっさんはちょっと頼りねえしなあ。やっぱ年少の誰かにやらせるしかねえか……」

 

 ここはタカキ辺りに任せるのが良いか、とオルガは腕を組んで黙考する。

 暫し、無言の時間を経て、オルガが再び口を開こうとしたとき。

 

「……あの!」

 

 呼びかけられて、オルガはアトラに顔を向ける。

 アトラはオルガを真っ直ぐに見て──息を吸って、大きく声を張り上げた。

 

 

 

「運転手──私にやらせてもらえませんか!?」

 

 

 

 その言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。

 

 

 

「「────はあぁ!?」」

 

 

 

 オルガとビスケットの声が重なる。

 叫んだ拍子に、握り潰したサンドイッチから、輪切りの胡瓜がすっぽ抜けた。

 

「だっ、駄目に決まってるでしょ! 下手したら死ぬんだよ!?」

「大丈夫です! 運転は慣れてますから! それに私、こう見えてタカキ君よりも年上なんですよ!」

「いや、そういう問題じゃなくって! アトラはもう十分頑張ってる! これ以上危ない目に遭わせるわけにはいかないよ!」

 

 ビスケットが必死になって止める。鉄華団の一員とはいえ、アトラはあくまで炊事係なのだから当然だ。

 一応、火星では、子供でも技術さえあれば車の運転はできるから、アトラの言うことも全くの無理筋ではないのだが。

 

「……それでも、行きたいんです」

 

 アトラは俯いて、その小さな拳を固く握りしめる。

 

「みんな、必死で戦って、傷ついて、それでも前を向いて──クーデリアさんだって、本当は怖いはずなのに、逃げずに先に進もうとして……なのに、私だけ、待ってるだけなのは嫌なんです」

「で、でも……」

「だから、お願いします! 私に、やらせてください!」

 

 深く頭を下げるアトラ。

 困り顔でこちらを見るビスケットを一瞥して、オルガは右目を閉じる。

 

(言ってることはビスケットの方が正しい……が)

 

 ビスケットの狼狽ぶりとは対照的に、オルガの内心はむしろ落ち着いていた。人は自分より慌てている者を見ると冷静になれる、とはよく言ったものだ。

 オルガはおもむろに席を立つと、そのままアトラに近づき、正面から相対する。

 

「アトラ」

「はっ、ハイ!」

 

 声をかけると、アトラは弾かれたように顔を上げた。

 こうして並んでみると、長身のオルガに対して、改めてアトラの小柄さが際立つ。

 オルガは膝を屈めて、アトラと目線を合わせる。

 

「護衛はそう多くは付けられねえ。運転手やるってんなら、少ねえ守りで、敵陣のど真ん中に突っ込むことになるぞ」

「わかってます」

 

 真っ直ぐに見返してくる澄んだ瞳は、どことなくオルガを見つめる三日月(ミカ)のようで。

 

「……覚悟の、上だな?」

「──はい!」

 

 ゆっくりと、言葉を区切って問うオルガに、アトラが力強く頷く。

 その視線を、オルガは真正面から受け止め──立ち上がって、決断を下した。

 

「……わかった。運転手は任せる」

「ちょ、オルガ!?」

 

 咎めるビスケットの方を向いて、オルガは自身の考えを述べる。

 

「情だけで言ってるわけじゃねえ。普通の車を運転すんなら、俺らよりも、むしろアトラの方が適任だろ。なんせ、あの車に阿頼耶識は付いてねえからな」

「そ、それは、確かにそうかもしれないけど……!」

 

 なおも食い下がろうとするビスケットに対し、オルガは口の端を少し緩めて言った。

 

「それに、こうなっちまったアトラは梃子でも動かねえ──わかるだろ、ビスケット」

 

 アトラは体力こそ団員たちよりも劣るが、その心の強さは、ときに団員たちをも上回る。

 ドルトコロニーで、アトラは自らクーデリアの身代わりとなり、捕えられ殴打されても、決して口を割らなかった。

 それは、あのとき近くにいたビスケットこそ、その目でよく見ていたはずだと、言外に伝えて。

 

「………………」

 

 ビスケットも、小さい双子の妹たちを養う身だ。アトラを危険に晒すことには、色々と思うところがあるのだろう。

 かなり長い間、悩む様子を見せた末に。

 

「……確かに、そうかもね」

 

 オルガを見て、苦笑した。

 

「わかったよ。オルガの判断を信じる」

「あ……ありがとうございます!」

 

 再び頭を下げたアトラに頷いてから、席に戻ったオルガは落ちるように椅子に腰掛け、脱力して天井を仰ぎ見た。

 

「はあ……こりゃ絶対に失敗できないね」

 

 ビスケットの大きなため息に、オルガは心の底から同意した。

 

「全くだ。アトラに怪我でもさせたら、ミカに殺されても文句言えねえよ」

 

 最大の懸念事項はそこである。それこそドルトコロニーでの一件の際は、オルガが一目見てわかるほどに、静かに激怒していたのだから。

 無論、オルガとしても、アトラに指一本、破片の一欠片たりとも触れさせる気はないのだが。

 

「な、なんか、すみません……」

 

 気まずそうに、顔を引きつらせるアトラ。

 今更言うな、と言いたくなった気持ちを、オルガはぐっと抑え込んだ。

 




運転に必要なのは免許ではなく技術()。
火星にも一定の法はあると思われますが、地球に比べると色々緩いので、子供でも車を運転できるという設定。もちろん地球では一発アウトです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。