会敵より四日目。
天候、快晴。
「団長だ。MS隊、聞こえるか?」
駅舎の外、現在はMWの駐機場となっている広場にて、オルガは陣地の後方を固めるMS隊との通信を確かめる。
『うん、よく聞こえるよ』
MS隊を代表して応じた三日月の声に、オルガは少しだけ口の端を緩めた。
「よし──これから最後の攻撃に向けて命令を出す。お前たちも聞いててくれ」
オルガは通信を入れたまま、青空の下に並ぶ団員たちを眺め渡す。
度重なる困難を乗り越え、ここまで付いてきてくれた団員たちは、一様にオルガを見つめて、その言葉を待っている。
傍には、アトラやクーデリア、蒔苗、雪之丞、メリビットの姿もある。隣に立つビスケットが、オルガと目を合わせて頷く。
その光景に、ここまで辿り着いたことへの感慨深さ、そして、これから行く先への期待と不安を覚えながら、オルガはおもむろに口を開いた。
「みんな、聞いてくれ。これから俺たちは、最後の攻撃に出る。もう代表選まで時間がねえ。上手くいこうがいくまいが、次がラストチャンスだ」
最後、という単語を発したことで、団員たちの間の空気が一段と張り詰める。
彼らを前にして、オルガもまた、胸の内が重苦しくなるのを感じた。
これから自分は、鉄華団の団長として、団員たちに戦えと言わねばならないのだ。
「現状、動かせるMWは、俺とビスケットの指揮車を含めて十九台。年長組と年中組の動ける奴らを合わせて、ちょうど全員分だ。悪いが、お前たちには全員、前に出て戦ってもらう」
唾を飲み込む者。よし、と小さく呟く者。静かに拳を握りしめる者。
オルガの言葉に対する、団員たちの反応は様々だ。
「次に年少組についてだが──タカキ、ライド」
「「はい!」」
名指しされた二人が気をつけの姿勢で、威勢よく返事をする。
期待と緊張が入り混じった二つの視線を受け止め、オルガは一度目を伏せてから、その命令を下した。
「お前たちは年少組の指揮を取れ。そして、負傷した奴とメリビットさんを連れて離脱しろ。タカキが隊長、ライドが副隊長だ」
「…………えっ?」
「ちょっ、それって──!」
ライドが目を見開き、タカキが驚きの声を漏らす。
ざわつく年少組を敢えて無視し、オルガは声を張り上げた。
「残って戦う奴には、囮としてギャラルホルンを全力で引き付けてもらう! 正直、無茶な作戦だが、それが今の俺たちに取れる唯一の手だ。もし、この作戦に乗れねえんなら、年少組と一緒に退いてもらって構わねえ」
たとえ捨て身の全力攻撃を仕掛けたとしても、作戦成功の保証はない。最悪、進むことも退くこともできないまま、ギャラルホルンに擦り潰されるおそれもある。
ならばせめて、年少の団員たちだけでも、確実に生かして帰す。
そう、ビスケットと相談して決めた。
真面目で責任感が強いタカキと、勇敢で仲間思いなライド。この二人ならば、きっと年少組を上手くまとめられるだろう。たとえ、彼ら自身が納得しなかったとしても。
「何言ってんだ! ふざけんな団長!!」
「そうです! 俺たちも残って一緒に戦います!」
「駄目だ!!!」
案の定、猛抗議するライドとタカキを、オルガは一喝して黙らせる。
肩を跳ね上げ、口を噤む二人。オルガの気迫に押されてか、騒がしかった広場が静まり返る。
「ここを出たって、敵がいなくなるわけじゃねえ。お前らまで残っちまったら、負傷者やメリビットさんを守る奴がいなくなる。これは命令だ」
「でも!」
なおも食い下がろうとするライドに対し、オルガは諭すように語りかけた。
「それにな、火星に残してきた奴らだって帰りを待ってんだ。仮に俺たちがヘマしても、お前たちが生き残ってくれれば鉄華団は立て直せる」
そう言ってオルガは、穏やかな笑みを二人に向ける。
例えるなら、仕事に行く兄が、駄々をこねる弟を宥めるように。
「お前たちは足手纏いでも、臆病風に吹かれて逃げるわけでもねえ。俺たちが後腐れなく戦う、そのための保険なんだ──わかってくれ」
「…………はい」
俯きながらも、オルガの命令を受け入れるタカキ。目に涙を溜めたライドも、もう反発することはない。
共に戦いたい。そう思う彼らの気持ちは痛いほどわかる。
オルガは一度目を閉じ、再び表情を引き締めて、団員たちに檄を飛ばす。
「お前たちには、命って名前のチップを賭けてもらうことになる。はっきり言って分の悪い賭けだ。どうしたって、それなりの被害は避けられねえ──けどな! それでも、俺は敢えて言わせてもらう!」
腹の底から声を搾り出す。
それはオルガが団長になってから、ずっと言えなかった一つの言葉。
「死ぬな!!」
「絶対に、死ぬな! 折角ここまで来たんだ、何があっても死ぬんじゃねえ!」
死ぬな。言葉にするだけなら簡単だ。だが、それを実行するのが、どれほど難しいかをオルガは知っている。
それでもオルガは、敢えて綺麗事を口にする。
ビスケットと共に死にかけた、あの島での戦闘を経験したからこそ、オルガは決めたのだ。
己の思いを、願いを、伝えることを躊躇わない、と。
「この作戦が終わったら──火星に帰ったら、全員で乾杯だ! 大人も子供も、年長も年中も年少も関係ねえ! だからお前ら、何としてでも、這ってでも、それこそ、死んでも生きやがれ!!」
死地へ赴くことを命じながら、同じ口で生きろと言う。その矛盾は百も承知だ。
反発を買うかもしれない。非難されるかもしれない。
けれども、そんなオルガの不安とは裏腹に、団員たちの目はやる気に満ちていた。
「絶対に生きて帰るぞ! 良いなお前ら!!」
返答は、ただ一つ。
「「「おう!!!」」」
力強い返事の後、説明を引き継いだビスケットが、作戦の詳細を述べていく。
背後はこれまで通りMS隊に任せ、囮部隊が市内へと繋がる橋でギャラルホルンを釘付けにする。その隙に、蒔苗とクーデリアを乗せた車が、少数の護衛とともに橋を迂回して渡河。要人を議会に送り届けたら駅まで後退し、その後は攻撃を耐えながらアーブラウ側の反応を待つ、という内容であった。
幸いにして、河の水位が車で渡れる程度に浅くなっていることは確認済みだ。ひとまず、最初の賭けには勝ったと言えるだろう。
「要人を送り届ける間、俺やビスケットは指揮を取れねえ。各班は作戦開始までに段取りを打ち合わせておいてくれ。以上だ! 各位、持ち場につけ!」
オルガの締めの言葉を皮切りに、団員たちはめいめいに動き始める。
雪之丞が整備班に指示を飛ばす。ビスケットが情報端末を片手に、団員たちとやり取りをする。車の運転手を務めるアトラに、クーデリアは驚き顔だったが、やがて決意に溢れる、凛とした表情に変わった。
仲間と熱く言葉を交わす者もいれば、静かに拳を付き合わせる者もいる。中には泣きじゃくる年少の団員を慰める者も。
(みんな……すまねえ)
文字通り命を賭けて戦うことになる彼らに、心の中で頭を下げながら、オルガは一人佇むメリビットに声をかける。
「メリビットさん、負傷者と年少の奴らを頼む」
「……わかったわ。でも私は、貴方たちにも戦ってほしくないのよ」
「そんな顔しなくても、死ぬ気なんてねえよ」
メリビットはどんな理由であれ、争いそのものを好まない性格だ。オルガが話している間も、ずっと複雑な表情を浮かべていた。
今ならその胸の内も、少しわかる──かもしれない。
「そうね……なら大人として、これだけは言わせて頂戴」
そう前置きをして、メリビットは真剣な眼差しをオルガに向ける。
彼女の目に宿る力に、オルガは思わず気圧されそうになる。
「絶対に、生きて帰りなさい」
その一言に、オルガは一度、瞬きをして。
「──はい!」
小さく笑って、頷いた。
◆
「いいな、合図したらケツにぴったり付いてこい」
『わかりました!』
MWから上半身を乗り出したオルガの指示に、車を運転するアトラが通信機越しに答える。
梢の影から目を向けた先、市街地へと続く橋の周辺では、既に戦闘が開始されていた。
『怯むな! 前に出るぞ!』
『左翼弾幕薄い! もっとバカスカ撃ちやがれ!』
『俺が引きつける! 援護任せる!』
無線で怒号が飛び交う中、味方のMWが橋の両側から、対岸のギャラルホルンに砲火を浴びせる。
橋の上では何台かのMWが、廃材で組んだバリケードを増加装甲代わりにして、果敢にも敵との距離を詰めていく。
ここ数日の慎重な戦いとは打って変わった猛攻に、敵はきっと混乱しているだろう──少なくともオルガは、そう信じ、願う。
『行くぞ! 突っ込め突っ込め!』
『右側、火力集中!』
『もっと引きつけろ、団長が出れねえぞ!』
団長のため、未来のために戦う彼らに、死に狂うような悲壮さは無い。
そこに存在するのは、さながら獣じみた、生への執着。
けれども、立ちはだかる敵の圧倒的な戦力を前に、一人、また一人と、その命の灯火が消えてゆく。
『みんなで生きて帰るんだ! 絶対に、絶対に!!』
川岸の小さな林の影に隠れているオルガは、団員たちの声に答えることはできない。万が一にも通信を傍受されて、敵に気取られるのを避けるためだ。
積み上がってゆく犠牲に顔を歪めながら、絞り出すように呟く。
「頼む……少しでいい……少しの間だけでいいんだ……!」
そんなオルガの祈りが通じたか、あるいは仲間を見捨てられなくなってか、ギャラルホルンのMWが徐々に橋へと集まっていく。
一方、オルガの乗るMWの前方座席では、再び操縦手を務めることとなったビスケットが、焦りを滲ませた声で叫んだ。
『まずい……敵の火力が強すぎる! このままじゃ河を渡るまで保たないよ!』
火力差そのものは想定通りだが、予想以上に味方の損耗が早い。
悪化する戦況に、オルガは歯軋りする。
(どうする? 無理にでも突っ切るか?)
もしも、河を渡る間に敵がこちらに気づけば、対岸に辿り着く前に狙い撃ちにされるだろう。
だが、文字通り仲間が懸けた命を、ここで無駄にするわけにはいかない。
そうして迷っている間にも、戦況はさらに悪くなっていく。
MWの手すりを握る手に、自ずと力がこもる。
「──腹を括るぞ!」
オルガが覚悟を決めた、そのときであった。
『待たせたな!』
聞き馴染みのある声が聞こえたと同時に、新たに多数のMWが戦場になだれ込む。
ギャラルホルンの増援ではない。慣れ親しんだ形状の、阿頼耶識搭載型MW──友軍だ。
違う点といえば、塗装が黄色ではなく真新しい白であることと、両側面の主砲を通常の三十ミリマシンガンから、より高火力の六十ミリ砲に換装していることか。
『ヒーロー参上だ! 敵は俺たちに任せろ!』
それらを率いる、声の主といえば。
『その声、ユージンか!?』
『おうよ! 〈イサリビ〉でただ待ってんのも退屈でな! チャドとダンテも一緒だ!』
団員の一人が発した問いかけに、ユージンが答える。
ユージン・セブンスターク、チャド・チャダーン、ダンテ・モグロ。鉄華団の母艦〈イサリビ〉を任せるため、地球軌道上に残してきたメンバーだ。
大方、オルガたちの戦況を聞きつけて、居ても立ってもいられずに飛び出してきたのだろう。
『ブルワーズの奴らもいるぜ!』
『また居場所が無くなるのは困るんだよ!』
『給料も貰ってないしな!』
旅の途中で、宇宙海賊ブルワーズから助け出した少年たちも、援軍として駆けつけてくれたらしい。
援軍はギャラルホルンのMWに対し、側面から猛砲撃を浴びせる。前に出ようとしていた敵が動きを止め、榴弾の直撃を受けたギャラルホルンのMWが、爆炎を上げて沈黙する。
彼らの参戦によって、一時は総崩れも覚悟していた戦線は、今や拮抗状態にまで持ち直していた。
「恩に着るぜ、お前ら……!」
聞こえないとわかりつつも感謝を述べて、オルガは全ての感覚を敵部隊に集中させる。
この場に存在する、全ての目が橋へと向けられる、その瞬間を見極めて。
「──今だ、行くぞ!」
『南無三!』
ビスケットが吠え、駆動系が唸りを上げる。
先導するオルガのMW、中央のクーデリアと蒔苗を乗せた車、そして殿を務める緑のMWが、対岸を目指して疾走する。
◆
同時刻、後方の戦線にて。
『っしゃあ、行くぞ!』
『これで最後だからな!』
「ああ!」
野営中のギャラルホルンのMS部隊に向けて、シノの〈グレイズ改弐〉、昭弘の〈ガンダム・グシオンリベイク〉、そして三日月の〈バルバトス〉が突貫する。
雪上での戦闘後にさらなる強化を受けた〈バルバトス〉は、胸と肩に増加装甲を着込み、腰にはブースターが追加されていた。満足に補給が行えない状況を考慮し、多少の機動力低下と引き換えに、耐久性と継戦能力を上げた形だ。
『今ごろ気づいたって遅えんだよ! 離脱組が通る道ぐらいは作ってやらねえとなあ!』
この数日間は、繰り返し襲撃してくるギャラルホルンを都度追い払う、いわば守りの戦いが主だった。こうして鉄華団側から攻勢に出るのは、今回が初めてだ。
敵部隊のただ中へと飛び込んでいく〈バルバトス〉に、起動状態で警戒に当たっていた〈グレイズ〉が発砲。
だが、その程度の攻撃では脅威にもならない。増設された〈バルバトス〉の装甲が銃弾を弾き返し、反撃に振るわれたレンチメイスが〈グレイズ〉を殴り飛ばす。
『混乱してるうちに数を減らすよ!』
『了解!』
アジーとラフタ、それぞれが駆る〈漏影〉も戦列に加わる。
ギャラルホルンのMS部隊は、まさか自分たちが攻め込まれるとは思ってもいなかったのだろう。その慌てぶりが、ありありと見てとれた。
「ここで全部終わらせる──ッ!?」
一機目を倒した直後、センサーが急速接近する機影を探知し、コクピットに警報が鳴り響く。
振り向いた先、巨大な槍を正面に構えて、一直線に突っ込んでくる紫の機体──〈キマリス〉。
「あの機体……また
『
勢いそのままに槍が突き出される。
咄嗟にメイスで攻撃を受け流すも、突進の凄まじい衝撃を殺しきれずに、〈バルバトス〉が大きく吹き飛ばされる。
『この前はカルタが世話になったな。彼女の雪辱、果たさせてもらう!』
膝を付いた〈バルバトス〉に向けて、サブレッグを展開した〈キマリス〉が、槍に内蔵された機銃を連射する。
MSは実弾に対して高い防御力を発揮する『ナノラミネートアーマー』で守られているから、遠距離射撃が致命傷になることはない。
だが先程の槍の一撃で、〈バルバトス〉は仲間たちから大きく引き離されてしまった。
「あの槍──まともに受けたら死ぬな」
だが言葉とは裏腹に、三日月は既に〈キマリス〉の弱点を見抜いていた。
槍による攻撃の威力は、突進の速度に大きく左右される。従って、破壊力を十分に引き出すためには、それなりの助走が必要だ。
逆に言えば、助走がつけられない距離まで近づいてしまえば良い。
「だったら!」
装甲を頼みに弾幕を強引に突破して〈キマリス〉の懐へと飛び込む。
すかさずメイスを突き出すが、その攻撃は〈キマリス〉が左手に持つ盾に阻まれる──相手がホバリングしているせいで、衝撃がうまく伝わらない。
お返しとばかりに繰り出された槍に〈バルバトス〉が突き飛ばされ、再び距離を空けられる。
「面倒だな」
三日月は毒づきながら、素早く味方の状況を確認する。
他の敵は粗方片付けたようだが、数機の〈グレイズ〉が、市街地の方角へと去っていくのが見えた。
『あいつら──MW隊をやるつもりか!』
昭弘の〈グシオン〉が、その後を追いかけていく。
『昭弘!? あんた一人じゃ──』
ラフタの静止する声。
だがその言葉は、言い終わる途中で打ち切られた。
禍々しい影が、大地に落ちる。
戦場に、悪夢が舞い降りる。