咲き誇る鉄の華   作:ハトンビー

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あなたのために

 

 アーブラウ代表選の投票が行われる、数日前のこと。

 ヴィーンゴールヴの地下、一般職員には秘匿されている区画に存在する、とある格納庫をガエリオは訪れていた。

 

「アイン──起きているか?」

 

 ガエリオが見上げる先には、巨大な体躯をもつ、一機のMSが跪いている。

 その外観は〈グレイズ〉の系列であると一目でわかる造形ながら、装甲は黒く染められ、頭部のアンテナや張り出した肩などが、より刺々しい印象を見る者に与える。

 この暗く静かな格納庫に、ガエリオ以外の人影は無い。アイン、と呼ばれた黒いMSは身じろぎの一つもせず、ただ外部スピーカーから発せられる音声だけが、ガエリオの呼びかけに答える。

 

『はい。おはようございます、特務三佐』

 

 実直な性格であることが窺える、青年の声が格納庫の中に響く。

 彼の名は、アイン・ダルトンという。

 

「アイン、調子はどうだ」

『は、問題ありません。機体もバイタルも、異常なしです』

「そうか……それは何よりだ」

 

 アインとの問答に安らぎを覚えている自分に気づき、鉛のような罪悪感がガエリオに重くのしかかる。

 

 アインは火星出身のギャラルホルン士官であり、新進気鋭のMSパイロットでもあった。だが、火星における鉄華団との戦いで、直属の上官二名──とりわけ、クランク・ゼントという熟練の士官を深く尊敬していたという──を立て続けに喪い、仇討ちのためにガエリオに同行することを志願したという経緯がある。

 彼はガエリオの部下として、誠実に職務を全うし──地球低軌道上での戦闘で、ガエリオを庇って重傷を負った。

 即死を免れただけでも奇跡と言ってよいが、医者には身体の一部を機械化しなければ、延命は不可能だと告げられた。科学の叡智の結晶である、再生医療にも限界はあるのだ。

 しかし、熱い血の通った肉体に冷たい機械を組み込むなど、あってはならないことだ。それは人としての、命あるものとしての尊厳を冒涜する行為だ。

 それでも、彼の仇討ちの願いを叶えてやりたい、今度は自分が彼を助けてやりたいという思いから──幼馴染にして親友である、マクギリスの後押しもあって──ガエリオは、罪を犯すことを選んだ。

 

 現在、ガエリオの目の前にある機体は、阿頼耶識システムを禁じたはずのギャラルホルンが、阿頼耶識システムの研究のために作り上げた、まさしく禁忌のMSだ。

 そのコクピットにアインは乗って──否、()()()()()()いる。培養液に浸され、両腕と下半身を切り落とされ、腹と背中にケーブルを繋がれた姿で。

 

『……? どうかなさいましたか?』

「……いや、なんでもない。それより」

 

 研究員に見せられた説明図の記憶を振り払うように、ガエリオはかぶりを振った。

 上官としての役割を思い出し、無理にでも気持ちを切り替える。

 

「ずっと格納庫の中にいるのも飽きただろう。喜べアイン。鉄華団の追討に復帰するよう、俺たち二人に命令が下った」

 

 生命維持系統はともかく、関節などのアクチュエーターに動力は伝達されていないはずだが──そのときガエリオには、視線の先にある黒いMSが、僅かに身を打ち震わせたように思えた。

 

『ああ……まさか再び、奴らを倒す機会を与えてくださるとは! ありがとうございます、特務三佐!』

 

 彼と、本当の意味で顔を合わせて話していたときには、聞くことのなかった明るい声だ。

 喜びを露わにするアインを前に、ガエリオは自分が、どんな顔をするべきなのかわからなくなる。

 

「……礼には及ばん。俺も幼馴染をコテンパンにされた恨みがあるからな」

 

 アインに心中を悟られないよう、ガエリオはわざと軽い調子で言ってみせた。

 

『幼馴染……もしや、カルタ様の身に何か』

「心配するな。あいつ自身の怪我は大したことないそうだ。ただ、部下を大勢やられて、かなり参っているようだがな──話を戻すぞ。俺たちが行くのはアーブラウ、エドモントンの近郊だ」

 

 ガエリオは左手の携帯端末に目を落とす。

 端末の画面には、エドモントン周辺の戦況図が表示され、詳細な地形や彼我の戦力配置などが示されている。情報は目の前の黒いMSにも共有されており、アインもまた、ガエリオと同じ画面を見ていることだろう──阿頼耶識を通じて、脳に直接データを送られるという形ではあるが。

 

「報告によれば、鉄華団はクーデリア・藍那・バーンスタインと、アーブラウ元代表の蒔苗東護ノ介を伴い、エドモントン近郊の古い鉄道駅を占拠。MWで市内への侵入を試みているが、現地の守備隊の奮戦によって、水際で阻止している。我が方は鉄華団の背後からMSで攻撃を仕掛けているが、敵のMSに阻まれ、未だ鎮圧できていないのが現状だ」

 

 流石に鉄華団といえども、MSを市街地に突っ込ませるほど非常識ではないようだが、所詮はならず者だ。追い詰められれば何を仕出かすか、わかったものではない。

 

「アーブラウは代表選を三日後に控え、今は選挙戦の真っ最中だ。我々としては、なんとしても鉄華団の侵攻を阻止し、代表選をつつがなく終えられるようにしなければならない」

 

 ガエリオは淡々と述べていくが、その胸中は複雑だ。

 状況から見て、蒔苗の目的は代表選への出馬であり、そのために鉄華団を利用しているのだろう。一方、代表選の最有力候補であるアンリ・フリュウ議員は、ギャラルホルン地球本部司令──すなわち、マクギリスの父イズナリオ──と、政治的に繋がっているという噂が流れている。

 ともすればこれは、ギャラルホルンが自ら禁じている、経済圏への内政干渉に当たるのではないか──そのような疑念は、兵や職員たちの間にも広まりつつあると聞く。

 だが、そもそも暴力によって秩序を乱しているのは鉄華団の方だ。それに、傷ついたカルタや、散っていった部下たちの雪辱を果たすと、自らの心に誓ったではないか。

 

「俺たちの任務は、鉄華団のMS部隊を叩き、膠着状態を打破することだ。後ろの守りが覚束ずに前に出る馬鹿はいない──いや、奴らならやりかねんが、そのときは退路を絶って殲滅すればいいだけのこと。どちらにせよ、まさに袋のネズミというわけだ。作戦の詳細は追って伝えるが、ここまでで何か質問はあるか?」

『一点、よろしいでしょうか?』

 

 ガエリオが目で続きを促すと、アインはスピーカー越しに、一つの質問を投げかけた。

 

『蒔苗東護ノ介とクーデリア・藍那・バーンスタインは、殺してしまっても構わないのでしょうか?』

 

 どことなく冷たさを感じさせる声に、ガエリオは僅かに目を眇める。

 アインのことは真面目かつ誠実な男であると今でも思っているが──果たして生身だった頃の彼は、誰かを殺して良いか、などと平然と口にするような性格だっただろうか?

 

()()()()()生かして捕らえろ、というのが上からの命令だ。まあ、そこは歩兵部隊に任せておけばいい。しかし、その言い方だと、まるで殺したがっているように聞こえるな」

『いえ、そのようなことは……ただ……』

 

 黒いMSのスピーカーから、困惑した様子のアインの声が発せられる。

 

『この体になってから、少々、変なのです。なんだか、まるで心まで大きくなったようで……』

 

 MSとの高度な一体化による知覚の拡張は、被験者にある種の高揚や全能感といった感覚を与え、その結果として自制心の欠落や、興奮、陶酔などの影響をもたらすことがある──と、以前に目を通した論文には書かれていた。

 

「呑まれるなよ。うっかり市街地に踏み込みでもしたら、それこそ奴らの思う壺だ。俺たちの目標は、あくまでも鉄華団のMSだということを忘れるな」

『はっ、肝に銘じます』

 

 淀みない、アインの返答。

 いくらか不安は残るが──きっとアインならば大丈夫だろう。

 ガエリオは自分を納得させ、頷く。

 

「エドモントンへの移送に一日、現地での点検と調整に一日はかかる。戦闘に参加できるのは、代表選の直前になる見込みだ。ろくに訓練の暇もないが──やれるな?」

『はい! 必ずや、ご期待に応えてみせます!』

「頼んだぞ。それと、実戦投入にあたり、そのMSの正式名称が決定した」

 

 ガエリオはアインに向けて、黒いMSに与えられた名を告げる。

 型式番号、EB-AX2。

 

「〈グレイズ・アイン〉──それがお前の……機体の名だ」

 

 

 

 

 

 

『アジー! アジー、返事して!』

 

 無線越しに叫ぶ、ラフタの悲痛な声がシノの耳を打つ。

 視線の先には、一般的な〈グレイズ〉と比べて一・五倍ほど大きい、見慣れない黒いMS。

 少し離れたところでは、アジーの〈漏影〉が、頭部を叩き割られて両膝を突いている。傍には、応答が無いアジーを庇うようにして立つ、ラフタの〈漏影〉。

 ギャラルホルンの雑魚どもを蹴散らして、三日月の救援に向かおうとしたところで突如現れた、おそらくは新型の〈グレイズ〉と思しき機体。

 新手の参戦に、位置が離れていたシノは対応できなかったものの、近くにいたラフタとアジーが即座に応戦した。

 結果──二人の攻撃は一度も届くことなく、反対にアジーの〈漏影〉が撃墜された。

 シノは目の前の状況が、にわかには信じられなかった。アジーの〈漏影〉は機能停止しているが、コクピットに攻撃はギリギリ届いていない──と思いたい。

 

『何なのよ、コイツ!』

 

 ラフタの〈漏影〉がアサルトライフルを連射する。

 放たれた無数の弾丸を、黒いMSは足を止めることなく、まるで踊っているように躱し続ける。

 

『動きが読めない。気持ち悪い……!』

 

 ラフタの声が震えている。

 愛機である〈グレイズ改弐〉──シノは〈流星号〉と呼んでいる──を急行させながら、シノは確信した。

 阿頼耶識システムを使わなければ、あんな生き物みたいな動きはできない。つまり、あの黒いMSは、阿頼耶識システム搭載機だ。

 その反応速度は、鉄華団最強である三日月と同等──いや、もしかしたら、それ以上かもしれない。

 

『これ、三日月以上……!』

 

 同じ結論に至ったらしいラフタが、黒いMSとの距離を詰めようとする。

 だが、黒いMSはそれを読んでいたかのように、少し前にシノたちが撃破した〈グレイズ〉の残骸を〈漏影〉に向かって放り投げた。

 

「ラフタさん、危ねえ!」

 

 シノは少し離れたところで見ていたから、黒いMSの動きに一瞬早く気づくことができた。

 咄嗟の警告が間に合ったか、〈漏影〉は急停止して、残骸の直撃を免れる。

 

『何!?』

 

 だが、回避のためにブレーキをかけたせいで、〈漏影〉の足が止まってしまった。

 瞬きする間もなく、黒いMSは〈漏影〉に肉薄。

 突き出した長い左脚の先端がドリルのように回転し、〈漏影〉の胴体に叩き込まれた。

 

『あっ──ぐああああっ!!』

 

 絶叫を残して、ラフタとの通信が途絶する。

 悪い冗談みたいだった。

 訓練でも実戦でもあんなに強かった二人が、あの黒いMSに手も足も出ずにやられるなんて。

 

「野郎おおおーっ!!」

 

 シノは激情のままに〈流星号〉のスラスターを全開にし、黒いMSに向かって突進する。

 けれども、怒りに身を任せたせいで、注意力が鈍った。

 故に、気づくのが遅れた。

 黒いMSが左脚を引き抜き、右手に持った斧をシノに向かって投げつけたことに。

 

「があああっ!」

 

 〈グレイズ〉が携行するハンドアックスの倍ほどのサイズをもつ斧が〈流星号〉の右の肩口に食い込む。

 衝撃で仰け反る〈流星号〉をどうにか持ち堪えさせたシノが見たのは、こちらに右手を伸ばす黒いMS。

 赤い単眼と、目が合った。

 やべえ──と思ったときには、既に〈流星号〉の頭部を鷲掴みにされ。

 

 

 

 襲いかかる、凄まじい衝撃。

 その弾みで、辛うじて繋がっていた〈流星号〉の右腕が吹き飛び。

 シノの頭上で、コクピットの天井が爆ぜた。

 

 

 

『クランク二尉、やりましたよ! あなたの機体を取り戻しました!』

 

 どこかで聞いたような声がして。

 どこかで聞いた覚えのある名前が聞こえた。

 

『きっと見ていてくれますね、クランク二尉。俺は、あなたの意志を継ぐ。あなたの無念を晴らし、あなたの命令を……』

 

 ああ、そういや、そんな奴もいたなあ──と、シノは朦朧とする頭で思い起こす。

 

『MS隊、聞こえるか!?』

 

 割り込んでくる、別の声。

 これは、雪之丞(おやっさん)の声だ。

 返事をしなければ──と思ったが、口も、体も動かせない。

 

『オルガとクーデリアたちは市街地に入ったぞ! あと少しだ! 踏ん張ってくれ!』

 

 そうだ。あと少し。

 オルガのために、踏ん張らなければ。

 

『……! クーデリア・藍那・バーンスタイン!』

 

 コクピットが激しく揺れる。

 スラスターの音が、遠ざかっていく。

 

(ちくしょう……逃げ、ろ……)

 

 心で発した警告は、声になることはなく。

 倒れ伏した〈流星号〉の中で、シノは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

「アイン、どこへ行く!? そっちは市街地だぞ! よせアイン!」

 

 アインの乗った〈グレイズ・アイン〉が離れていくのに気づき、ガエリオは呼び戻そうと必死で叫ぶ。

 その間にも、メイスを振りかぶった〈バルバトス〉が、ガエリオの駆る〈キマリス〉に向かって突っ込んでくる。

 

「アイン、応答しろ! ──クソッ!」

 

 〈バルバトス〉のメイスを〈キマリス〉のランスで弾き返しながら、ガエリオは思わず吐き捨てる。

 悪い予感が当たってしまった。アインはあの機体に──いや、おそらくは彼自身の怒りや憎しみに呑み込まれ、肝に銘じると言ったガエリオの言葉さえも忘れてしまったのだ。

 敵もまた〈グレイズ・アイン〉の動きに気づいたようで、〈バルバトス〉が市街地の方を向き、後を追おうとする素振りを見せる。

 

「どこを見ている!」

 

 ガエリオは〈キマリス〉を突進させ、振り向いた〈バルバトス〉のメイスを弾き飛ばす。

 起きてしまったものは仕方がない。鉄華団の殲滅という目標さえ達成すれば、()()()()()()()は帳消しにできる。言いつけを守らなかったアインには、作戦が終わった後で、たっぷりと説教してやろう。

 そのためにも、まずは。

 

「お前は、ここで倒す!」

 

 後退しようとする〈バルバトス〉に向かって更に突進。胴体を狙ってランスを突き出す。

 身を捩って攻撃を躱しながら、負けじと空いた両手でランスを抱え込む〈バルバトス〉。二基のエイハブ・リアクターがもたらす並外れた出力によって、ランスの動きが封じられる。

 こうなると、一撃離脱を得意とする〈キマリス〉には分が悪い──が、即座にランスを手放し、シールドの裏に収められたサーベルを抜く。ランスは腰部のサブアームで保持されているから、手を離しても落とす心配は無い。たとえ突進を止められても、こうやって素早く次の手を打てるのだ。

 スラスターを噴射してさらに押し込みながら、〈バルバトス〉の首めがけてサーベルを振り下ろす。

 

「お前たちは、ここで終わりだ!」

『邪魔……するな!』

 

 接触通信で敵のパイロットの声が聞こえると同時に、〈バルバトス〉がランスを抱えていた手を離す。

 直後、〈バルバトス〉の左拳が〈キマリス〉の顔面に叩き込まれた。

 

「ぐううううっ!」

 

 お互いに正面からスラスターを噴かせていたことで、威力の上乗せされた拳が〈キマリス〉を仰向けに打ち倒す。

 ガエリオが〈キマリス〉を起こす間に、〈バルバトス〉は取り落としたメイスを引っ掴み、エドモントン市街に向けて去っていく。

 

「行かせるか!」

 

 ガエリオが追おうとしたそのとき、〈キマリス〉が新たなエイハブ・ウェーブの反応を検知した。

 

「新手だと!?」

 

 〈キマリス〉の首を動かして、反応があった方を見る。

 こちらに急速接近する機影。

 

 

 赤い装甲の、MS。

 

 

 

 

 

 

 エドモントンの街中、片側二車線の幹線道路を、オルガの率いる車列が走り抜ける。

 

「前方にバリケード!」

『了解!』

 

 道を塞ぐバリケードに対し、ビスケットの運転するMWは速度を落とさず突っ込み、バリケードを跳ね飛ばしてなおも疾走する。

 先頭を行く、オルガとビスケットが乗る黄色のMW。アトラが運転し、クーデリアと蒔苗、ついでに蒔苗の秘書を乗せた車。そして、殿を務める緑のMW。計三台からなる車列は、一路アーブラウの議事堂を目指して進み続ける。

 市内には避難指示が出されているらしく、路上に市民の姿はない。

 そして、今なお激戦が繰り広げられているであろう橋の周辺とは裏腹に、街中にギャラルホルンの兵士たちは、ほとんどいないようだった。

 

「やっぱり街の中は手薄だな」

『思った通りだ。敵は街の外側に集中してる──って、言ってる側から出てきたよ!』

「スピードを落とすな、ぶっ放せ!」

 

 車列の正面、行手を阻むギャラルホルンの車両を狙って、MWの機銃が火を噴く。

 バリケードを守るギャラルホルンの兵たちが飛び退くと同時に着弾。爆発炎上する車両にドリフトしながら体当たりし、車両を押し除けつつ方向転換する。

 警備が手薄とは言っても、流石に議事堂が近づくにつれて、敵の数は増えているようだ。

 オルガは時計を見る。何も起こっていなければ、そろそろアーブラウ議会が始まる時刻だ。

 流石に、焦りも滲む。

 

「まだ着かねえのか!?」

『あと十五キロだ! 次の信号を右に──』

 

 異変は唐突に訪れた。

 目指す先にある信号が、突如として全て消灯する。道の両側に立ち並ぶ電子広告の画面が、次々に黒く染まっていく。

 

「何だこりゃ!? 街の電気が──!」

『オルガ! LCSを除く全ての通信が切断! レーダーも消失! 六時方向に()()()()()()()()()()()()!』

「正気か!? 奴らこんな街中に──」

 

 オルガはたまらず後ろを振り向く。

 地面に落ちる、巨大な、黒い影。

 

「──MSだとお!?」

 

 

 

 オルガが驚愕したその刹那。

 激震とともに、猛烈な土煙が舞い上がった。

 

 

 

『そうだ……思い出しました』

 

 立ちこめる土煙の中、ふらつく頭に喝を入れて、オルガは状況を確認する。

 

「ビスケット、無事か?」

『どうにか……』

 

 交差点の路面が粉砕されて、瓦礫と化して周りに散らばっている。

 ビスケットが咄嗟に方向転換してくれたおかげで、出会い頭に踏み潰されることは免れた。振動と風圧で押し流されはしたが、幸い横転はせずに済んだようだ。

 

『申し訳ありません、クランク二尉』

 

 オルガは声のした方を見上げる。

 徐々に晴れてゆく土煙のど真ん中で、こちらに背を向けて立つ、巨大な黒いMS。

 

『俺は、あなたの命令に従い──クーデリア・藍那・バーンスタインを捕獲しなければならなかった!!』

 

 

 

「私がクーデリア・藍那・バーンスタインです!!!」

 

 

 

 オルガは己の耳を疑い、目の前の光景を二度見した。

 赤いドレスを纏った、麗しい金髪の乙女。

 すなわち話題に出されていた、正真正銘のご本人──クーデリア・藍那・バーンスタインが、黒いMSの真正面に立っていたからだ。

 

「あの馬鹿、何を!?」

 

 黒いMSがゆっくりと頭を動かして、クーデリアの方を見る。

 

『ああ、こんな所にいたのですね。CGSまでお迎えに上がったのですが、何故私たちから逃げたのですか?』

 

 黒いMSの外部スピーカーから発せられる声に、ただならぬ気配を感じた。

 これはまずい、と直感的に判断し──駆け寄ろうとしたところで、背中に接続された、阿頼耶識のケーブルの存在を思い出す。

 

『あのとき、素直に付いてきてくだされば、クランク二尉が死ぬこともなかった! そもそも、あなたが独立運動などと言い出さなければ──!」

 

 こういうときに限って、背中のケーブルが手っ取り早く外れてくれない。

 クランク、という名前には覚えがある。確か、火星で三日月(ミカ)に決闘を挑んできた、ギャラルホルンの兵士だったか。その口ぶりからして、黒いMSのパイロットとは、これまでにも何度か戦っていたのかもしれない。

 呪詛を吐き続ける黒いMSの向こうで、逆さまにひっくり返った車からアトラが這い出てくる。

 その反対側で、殿を務めていた緑のMWが砲塔を動かし──爆散した。

 黒いMSの左肩から機関砲が現れて、緑のMWを見もせずに撃ち抜いたのだ。

 

『ああ、そうか……あなたのせいでクランク二尉は……』

「私の行動のせいで、多くの犠牲が生まれました!」

 

 クーデリアが声を張り上げる。

 アトラが向こう側からクーデリアに駆け寄る。

 ようやくケーブルを外すことができたオルガもまた、クーデリアに向かって走り出す。

 

「しかし、だからこそ私はもう立ち止まれない!!」

 

 黒いMSが斧を振り上げる。

 その股下を潜り抜けて、なおも走る。

 アトラがクーデリアの前に回り込み、黒いMSから庇うように抱きついた。

 

『その思い上がり……私が正す!』

 

 

 

 スラスターの甲高い爆音。

 風で舞い上がる土埃の匂い。

 巨大な金属の塊同士が、真正面からぶつかり合う音。

 

 

 

 アトラに押し倒されたクーデリアと地面の間に、間一髪で身体を滑り込ませることができた。

 クーデリアの頭を受け止めた鳩尾と、地面に打ちつけた背中の痛みを堪えながら、オルガは不敵に笑う。

 

「そうだよな……お前がこんな所で終わらせてくれるはずがねえ」

 

 仰向けに見上げる視線の先。

 黒いMSの斧をメイスで受け止める、二本角の白いMS。

 何故ここにいるのかとか、他の奴はどうなったとか。

 そんな疑問は、この際、どうだっていい。

 

 

 

 アトラとクーデリアの声が、重なる。

 二つの声が、一つの名を呼ぶ。

 

 

 

「「三日月……!」」

 




グレイズ・アインのえげつなさ、いいですよね……。
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