咲き誇る鉄の華   作:ハトンビー

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議事堂へ

 

「何だ、貴様は?」

 

 突如として戦場に乱入してきたMSに対し、ガエリオは困惑の表情を浮かべる。

 平原の緑や、空の青との対比が際立つ、全身の赤い装甲。頭部から兎の耳を思わせるブレードアンテナを生やし、その造形はどことなく〈グレイズ〉の面影を感じさせる。余計な装備を削ぎ落としたシンプルな形状からして、おそらくは高機動戦闘に特化した機体。

 ガエリオ自身は、初めて遭遇する相手だが──確か、カルタの親衛隊が地球低軌道上で鉄華団と交戦した際、同じ特徴をもつ所属不明機の妨害を受けたという報告があったはずだ。

 目標を認識した〈キマリス〉のシステムが自動(オート)で分析を開始。内蔵されたデータベースを検索し、その結果をモニターに表示する。

 

「〈ヴァルキュリア・フレーム〉──〈グリムゲルデ〉?」

 

 ギャラルホルンの教本で目にしたことがある。

 〈ヴァルキュリア・フレーム〉は、厄祭戦末期に開発された、汎用型MSフレームの一種だ。製造数は、たったの九機。戦時中は〈ガンダム〉の活躍に埋もれてしまい注目されなかったものの、戦後にその優れた設計が評価され、現行の主力機〈グレイズ〉にまで至る、ギャラルホルン系MSの礎となった機体たち。

 そのうちの一機である〈グリムゲルデ〉は、戦後の混乱の中で行方知れずになったと聞いていたが──よもや三百年後の今になって、再び表舞台に姿を現すとは。

 ガエリオは〈キマリス〉の外部スピーカーと通信の両方を使って、行手を阻む〈グリムゲルデ〉に呼びかける。

 

「貴様、何者だ? 何故奴らの味方をする?」

 

 問いに対する答えは無く。

 〈グリムゲルデ〉は無言のまま、両腕に装備されたシールドから、黄金色のブレードを展開する。

 

「話す気は無い、か──いいだろう!」

 

 ガエリオは〈キマリス〉にランスを構えさせ、その軸線を真っ直ぐ〈グリムゲルデ〉に合わせる。

 目前の所属不明機(アンノウン)を、現時刻をもって敵機(エネミー)と断定。

 

「邪魔をするなら、まずはお前から倒す!」

 

 双剣の赤き戦乙女と、悪魔の名をもつ紫の騎士が激突する。

 

 

 

 

 

 

『また……お前か……! クランク二尉を手にかけた罪深き子供!』

 

 黒いMSの怨嗟の声が響き渡る。

 オルガたちを背に、振り下ろされた斧をメイスの柄で受け止めた〈バルバトス〉は、そのフレーム強度と関節の駆動力のみで、巨大な圧力を真っ向から支え続ける。

 

『なんてことだ。君の罪は止まらない。加速する……!』

 

 黒いMSがさらに腕の力を強め、〈バルバトス〉のフレームが軋みを上げる。

 位置を変えれば斧がオルガたちに当たるし、スラスターを使えばガスの噴射でオルガたちを吹き飛ばしてしまう。オルガたちがここにいる限り、〈バルバトス〉はその場から動くことができないのだ。

 三日月が全力で戦うために、一刻も早くここを離れなければならない。

 クーデリアのことをひとまずアトラに任せ、オルガはひっくり返った車に駆け寄った。

 

「おお、はよ出してくれ」

「わ、私もお願いします!」

 

 ドアを開ければ、蒔苗とその秘書が、天井と床が逆になった車の中で、シートに座ったまま逆さまになっている。

 わかってるよ、とオルガは返しながら、蒔苗が落っこちて頭をぶつけないよう、注意深くシートベルトを外していく。

 

『オルガ!』

 

 スピーカーから響く声。

 振り向けば、ビスケットの乗るMWが、車のすぐ近くまで寄ってきていた。

 

「ビスケット、手ェ貸してくれ! 蒔苗たちを車から出す!」

『わかった!』

「私たちも手伝います!」

「助かる! 秘書のおっさんを頼む!」

 

 アトラやクーデリアの助けも借りて、蒔苗と秘書を車から救出する。

 休む間も無く、オルガと秘書の二人がかりで、蒔苗をMWの後部座席に乗せる。クーデリアはビスケットの手を借りつつMWの屋根に上がり、身軽なアトラは自分だけの力で、素早くその隣によじ登った。

 秘書がMWの前方にしがみついたのを確認して、オルガは後ろの手すりを掴み、出っ張りに足を掛ける。

 

「全員乗ったな!? 出せビスケット!」

『了解! みんな、しっかり掴まって!』

 

 MWの車輪が唸り、再び目的地に向かって走り出す。

 頬に風を感じながら、オルガは〈バルバトス〉に向けて通信を入れた。

 

「ミカ、俺たちは議事堂に向かう。そっちは任せたぞ!」

 

 通話の向こうの三日月は、微かに笑ったようだった。

 

『ああ。任され──た!』

 

 〈バルバトス〉がスラスターを噴射して黒いMSを押し返し、空いた間合いを使って腹に蹴りを叩き込む。

 よろめいた黒いMSに、すぐさまメイスを振りかぶる〈バルバトス〉。

 黒いMSが持つ二本の斧と、〈バルバトス〉のメイスがかち合う。

 

(頼んだぞ、ミカ)

 

 遠ざかっていく〈バルバトス〉へと、心の中で祈りを託したところで、操縦席に座るビスケットから通信が入る。

 

『オルガ。さっきの黒いMSだけど、あの機動性は──』

「ああ見りゃわかる。あれは阿頼耶識だ」

 

 オルガが口にしたその単語に、クーデリアが目を見開いて反応した。

 

「阿頼耶識、ですか!? ギャラルホルンが阿頼耶識を……?」

「──成る程、そう云うことか!」

 

 何故か一人だけ納得のいった様子で、いきなり蒔苗が声を上げた。

 

「どういうことだよ、爺さん」

「ふむ、わからぬか?」

 

 蒔苗はオルガの疑問には答えず、代わりにクーデリアの方を見て言った。

 

「聡いお前さんならわかるだろう。あの機体が、阿頼耶識を使っておることの意味が」

 

 皆の視線が、クーデリアに集まる。

 蒔苗に話を振られたクーデリアは、意味ありげな面持ちで、考えを述べていく。

 

「……厄祭戦の再来を防ぐため、行き過ぎた機械化を悪としたのはギャラルホルンです。その自ら定めた理念を、真っ向から否定する存在を、ギャラルホルン自らが作り出した……」

「ええっと……それってつまり、自分が決めたルールを、自分で破っちゃった、ってことですか!?」

 

 怒ったような、困惑したような顔で叫ぶアトラに、左様、と蒔苗が答える。

 

「あのデカブツは、ギャラルホルンの腐敗と混乱の、いわば権化。その姿を目にした者は、恐れと嫌悪を抱くだろう」

 

 蒔苗は朗々と語る。

 まるで、今の状況そのものを、楽しんでいるかのように。

 

「その忌むべき怪物に立ち向かうは、はるばる火星より来たる『革命の乙女』と、それを守る英雄、鉄華団。そして、三百年の時を経て甦りし伝説の機動兵器、即ち〈ガンダム〉」

「ガンダム……」

 

 オルガは先程まで自分たちがいた方を振り返る。

 もう、〈バルバトス〉や黒いMSの姿は見えない。だが、途切れることのない衝突音や破砕音、時折響くスラスターの噴射音が、戦闘が継続していることを示している。

 

「まさしく劇的な演出よ。そして、この儂が代表に再選すれば、それをみすみす許したギャラルホルンの威信は地に堕ちる──いや成る程、成る程!」

 

 この妖怪のような老人の目には、一体どんな景色が見えているのだろうか。

 膝を打つ蒔苗を見ながら、オルガはふと思い出す。

 地球に降りる少し前に、あの胡散臭い、仮面の男が語ったことを。

 

 ──私は、ギャラルホルンを変革したいと考えている。

 ──君たちには外側から、その手伝いをしてもらいたい。

 

「この絵を描いたのが誰かは知らぬが──これは面白くなりそうだわい」

 

 

 

 

 

 

 辿り着いた場所は議事堂ではなく、そこから少し離れたところにある、小さなお屋敷だった。

 蒔苗さんが言うには、このお屋敷はアーブラウの代表が使う、別荘のような所らしい。議事堂にはもしもの時のために、歴代の代表だけが知る秘密の通路があって、その一つがここに繋がっているのだそうだ。

 お屋敷の書斎に入り、床の一部のように見える扉を開けると、地下へと続く階段が現れた。

 議事堂の周りは警備が厳重だから、正面から堂々と入ることはできない。ここから先は、この隠し通路を使い、地面の下を通って議事堂に行くのだ。

 

「お前さんら、ようここまで送り届けてくれた。これより先は、儂らだけで十分じゃ」

 

 お礼を言う蒔苗さんに、団長さんは引き締まった表情のままで聞き返した。

 

「念のため聞いとくが、出口を出たらギャラルホルンが待ってました、なんてオチはねえだろうな?」

「それについては心配無用。如何にギャラルホルンといえど、議事堂の中にまで立ち入ることはできん。衛視にはアレジらが事前に根回しをしておる……筈」

 

 はず、という最後の一言だけで、なんだかものすごく不安になる。

 それでも、ようやく、ここまでたどり着いたのだ。

 もう、前に進むしかない。

 

「アトラ。議事堂に着いたら、通信で僕たちに知らせてほしい。もしも敵に遭ったら、戦わずに逃げて隠れて、それから僕たちに連絡すること。いいね?」

 

 ビスケットに頷いて、私たちは地下へと降りて行く。団長さんとビスケットは、私たちや他の団員たちを手助けするために、ここに残るのだ。

 去り際、クーデリアさんが振り返って、残る二人に声をかけた。

 

「お二人とも、ここまで、本当にありがとうございました」

 

 クーデリアさんの感謝の言葉に、ビスケットは帽子を軽く取って会釈し、団長さんはクーデリアさんを応援するように微笑んだ。

 

「こっからがあんたの正念場だ。しっかりやれよ」

 

 

 

 ランタンの明かりを頼りに、私たちは暗い地下道を進んでいく。少し湿って、ひんやりとした空気が心地よい。

 ランタンを持った秘書さんを先頭に、蒔苗さん、クーデリアさん、最後に私という順番。もう時間がないから、走って議事堂に行きたいけれど、お年寄りの蒔苗さんに無理をさせるわけにもいかない。蒔苗さんのペースに合わせて、少しだけ早足で歩く。

 道の途中で、地下通路の壁の向こうから、微かに地響きのような音が聞こえた気がした。きっと、三日月の〈バルバトス〉と、あの黒い大きなMSの戦う音が、地下にまで届いているのだろう。

 

「ここは元々、厄祭戦期に作られた防空壕でな」

 

 議事堂への道を歩きながら、蒔苗さんが語り始めた。

 

「厄祭戦では、このエドモントンも戦場となり、議事堂もまた瓦礫と化した。戦後に議事堂を建て直す折に、要人用の避難経路として作り替えられたものが、今もこうして残っておるという訳だ」

「そこが再び戦場になるなんて、当時の人が見たら、どう思うでしょうね……」

 

 そう言って俯くクーデリアさん。

 その気持ちは、痛いほどわかる。

 戦わなくちゃいけないときはある。それは理解しているけれど──戦わなくて済むなら、その方が良い。

 私だって、三日月たちに、危ない目に遭ってほしくはないから。

 

「歴史とは、人が流した血の上に築かれるもの。故に、今に生きる者は、過去に流された血を忘れてはならん──と、儂の爺様が言っておったな」

 

 何度か曲がり角を曲がって、暗い地下通路を歩き続ける。

 やがて、降りてきたときと同じような階段が、私たちの前に現れた。

 

「着いたぞ。この先が議事堂だ」

 

 

 

 階段を登り、その先にある扉を開けると、物置のような部屋に繋がっていた。

 どうやらこの建物が、アーブラウの議事堂らしい。

 

「急ぐぞ。もう会議は始まっておる」

 

 蒔苗さんに急かされて、私たちは休憩もせずに議場を目指す。

 団長さんたちに軽く報告を入れつつ、部屋のドアを開けると、緑色の絨毯が敷かれた綺麗な廊下に出た。それでようやく、本当に議事堂に着いたのだという実感が湧いた。

 迷子になりそうな大きな建物の中を、蒔苗さんは迷いもせずに、どんどん先に進んでいく。

 議場に向かう途中で、警察官のような服を着た人とすれ違った。私は一瞬身構えたけれど、その人が特に何もしてこないのを見て、この人が蒔苗さんの言っていた『衛視』なのだとわかった。

 早足で廊下を進み、なんだか騒がしい声が聞こえてきた頃、私たちは大きくて立派な、木の扉の前に着いた。

 

 

 

「一体いつになったら始まるんだ!?」

 

 

 

 衛視さんが扉を開けた瞬間、怒鳴り声が私たちの耳に飛び込んできた。

 私たちの正面、広い議場の奥には、一段高くなった演壇と、さらにもう一段高いところにある議長席。議場の両側には、階段状になった議席が、向かい合ってずらりと並んでいる。

 議長席の前では、見覚えのある男の人が、上の人に向かって話しかけていた。

 エドモントンに来る途中、港で船から列車に乗り換える時に見かけた、蒔苗さんと仲の良いラスカー・アレジ議員だ。

 

「このような騒ぎでは、とても正常な議会を開くことなどできません! ここはやはり、投票を延期した方が良いのではないでしょうか?」

 

 どうやら私たちが着くまで、少しでも時間を稼ごうとしてくれていたらしい。

 そんなアレジ議員に対して、周りの議員たちが「見苦しいぞ!」「もう勝負はついているんだ!」などとヤジを浴びせる。さらに、そのヤジを飛ばした議員に、別の議員からヤジが飛ぶ。

 まるで子供のように言い争っている大人たち。その姿を見て思わず、うわあ、と苦笑いが漏れてしまった。

 呆れ顔の蒔苗さんと、困ったような表情のクーデリアさんが、言葉を交わす。

 

「相変わらず動物園のようだな」

「というか皆さん、私たちに気づいていませんね……」

「やれやれ、仕方がないのう。どれ」

 

 そう言うと、蒔苗さんは軽く咳払いをして、大きく息を吸った。

 

「騒がしいのう!!!」

 

 びっくりして飛び上がりそうになるぐらい、大きな声が響いた。

 蒔苗さんの声に、騒がしかった議場が静まり返り、みんなが一斉に私たちの方を見る。

 

「ここは、アーブラウ最高議会の場ではなかったのか?」

「馬鹿な!? どうやってここに!?」

 

 左前の議席に座る、少し歳をとった女の人が、驚いた様子で机を叩いて立ち上がった。

 私が小さい頃、雑貨屋の女将さんに拾われる前に働いていたお店の店主に、なんとなく雰囲気が似ているなという印象だった。あの人が対抗馬のアンリ・フリュウ議員です、と、秘書さんがこっそり教えてくれた。

 

「儂はここの元代表だぞ? ここの造りは貴様よりも、よく知っておる」

 

 蒔苗さんに切り返されたアンリ議員は、苦虫を噛み潰したような顔になりながら、ゆっくりと座り直した。

 みんなの注目を集めながら、私たちは議長席の近くまで移動する──私はクーデリアさんみたいにお洒落な格好じゃないから、そんなにジロジロと見ないでほしい。

 アレジ議員や、他にも蒔苗さんと仲が良いらしい何人かの議員が、私たちのところに駆け寄ってきた。

 

「蒔苗先生、お待ちしておりました! 是非とも所信表明を──」

「待ってくれ。その時間を貰えるなら、儂よりも話がしたい者がおるんだが」

 

 議員たちをやんわりと静止しながら、蒔苗さんはクーデリアさんの方を見る。

 

「えっ……わ、私ですか……!?」

「お前さんが溜め込んどるものを吐き出してこい」

「でも……」

 

 戸惑うクーデリアさん。突然すぎて、本当にみんなの前で話していいのか、迷っているのだろう。

 私は背中を押すために、クーデリアさんに声をかけた。

 

「大丈夫。クーデリアさんならできるよ。きっと」

 

 もし私だったら、絶対に無理だと思う──でも、クーデリアさんなら、きっと大丈夫。

 私の目を見て、クーデリアさんは口を真っ直ぐに引き結び、それから、迷いを振り払うように前を向いた。

 壇上に向かって、しっかりとした足取りで歩いていくクーデリアさんを、私は静かに後ろから見守る。

 クーデリアさんの長い髪が、すごく綺麗で、その堂々とした背中が、とても格好良かった。

 




心なしかスーパーお爺ちゃんと化してる気がする蒔苗氏。
一通り書き上げたところで「アトラってオルガやビスケットのこと何て呼んでたっけ……!?」と思い至り、急遽原作のアトラが出てくるシーンを見返しましたとさ。
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