咲き誇る鉄の華   作:ハトンビー

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黄昏

 

「アトラから連絡が来たよ! 無事に会議に間に合ったって!」

 

 ビスケットからの報告を受け、オルガはよし、と声を漏らす。

 思えば、ここに至るまで、果てしない道のりを歩んできた。多くの苦難があり、多くの犠牲を積み重ねた。

 鉄華団を立ち上げて、初めて引き受けた仕事。それが今、ようやく、実を結ぼうとしている。

 

「ビスケット。ドローンをありったけ飛ばして、みんなに連絡してくれ。二人は無事に送り届けた、俺たちの仕事は終わったってな」

「わかった。でもオルガはどうするの?」

 

 付き合いの長いビスケットのことだ。あるいは聞き返すまでもなく、オルガの意図に気づいているのかもしれない。

 日が西に傾き、赤く染まりつつある空。窓の外からはひっきりなしに、戦闘の音が聞こえてくる。

 

「ミカを一人にさせとくわけには、いかねえからな」

 

 

 

 

 

 

 黒いMSに腹部を蹴り飛ばされ、背中でブロック塀を崩しながら〈バルバトス〉が倒れ込む。

 

『これが完全なる阿頼耶識の姿。貴様のような半端なものではない。文字通り人とMSを一つに繋ぐ力!』

 

 両手に一振りずつ斧を持った黒いMSが、赤い単眼(モノアイ)でこちらを見下ろしながら叫ぶ。

 三日月は息を整えながら、〈バルバトス〉の状態をチェックする。

 機体各部に、軽度の損傷。推進剤、弾薬ともに残り二割を切った。

 

(攻撃が届かない……)

 

 黒いMSと戦闘を開始してから、隙あらばメイスを振り続けているが、こちらの攻撃はことごとく躱され、反対に相手の攻撃に対しては回避が追いつかない。

 今のところ〈バルバトス〉そのものは五体満足であるが、裏を返せば、致命的な損傷を避けるので精一杯の状況だ。

 火星からここに来るまで、色々な相手と戦ってきたが、ここまでしぶとく、厄介な敵は初めてだった。

 

『罪深き子供……クランク二尉はお前たちと戦うつもりなどなかった!』

 

 黒いMSのパイロットは、何故かさっきから延々と大声で喚き続けている。

 どうやら、火星にいたときに決闘で倒した、クランクとかいうギャラルホルンの兵士と、何か関係があるようだが。

 

『クランク二尉は、お前たちを救うつもりでいたというのに……その慈悲深き想いが、何故伝わらない!?』

 

 いい加減、やかましい声を聞かされるのも鬱陶しくなってきたので、三日月は通信で黒いMSに言い返す。

 

「あのおっさんは、自分で死にたがってたよ」

『──ッ! そんなはずはない!!』

 

 黒いMSが単眼(モノアイ)を光らせる。

 そんなはずも何も、クランクが自身の()()()を三日月に頼んできたのは事実だ。だから、彼の命に決着を付けるため、三日月が自ら拳銃の引き金を引いたのだが。

 

『そのような世迷い言を! やはり──』

 

 黒いMSが斧を振り上げると同時に〈バルバトス〉のスラスターを噴射。

 舞い上がる土煙を煙幕代わりにしながら機体を起こし、黒いMSに向かってメイスを投げつける。

 

『貴様は出来損ないの、鼠!』

 

 メイスは黒いMSの左手に受け止められ、そこに装備されていた射出式の杭を打ち込まれて、無惨にひしゃげる。

 だが、これは囮。そのときには〈バルバトス〉は既に、黒いMSの側面に回り込んでいた。

 〈バルバトス〉が右腕を伸ばす。

 いかにMSの装甲が射撃を通さないといっても、至近距離から弾を受ければ話は別だ。〈バルバトス〉の前腕に装備された機関砲の残弾を、黒いMSの胴体に零距離から全て叩き込む──これならば、あいつを殺し切れる。

 

『清廉なる正しき人道を理解しようとしない、野蛮な獣!』

 

 しかし、黒いMSはそれさえも見切っていたのか、〈バルバトス〉の右腕を掴んで射線を逸らす。

 機関砲を撃つ暇もなく、そのまま背負い投げの要領で投げ飛ばされる〈バルバトス〉。

 三日月は空中で〈バルバトス〉のスラスターを噴かし、体勢を立て直しながら着地する。

 

『クランク二尉は、そんなお前たちにさえ、救いを与えようとしていた! なのに!』

 

 追撃の回転する左足(ドリルキック)を紙一重で躱し、後ろに飛び退きながら残された武器を抜く。

 メイスを失ったときの予備として、右肩に装備していた太刀。敵を叩き潰すメイスと違って、斬ったり突いたりするための武器であるが──どうにも威力が不足しがちで、扱いづらい得物という印象だった。

 

『あろうことか、その救いに手をかけ、冷たい墓標の下に引き摺り込んだ!』

 

 振り下ろされた二本の斧を、〈バルバトス〉は太刀で受け止める。

 押し潰すような圧力に〈バルバトス〉を耐えさせながら、三日月は突破の糸口を探る。

 

(単純な速度じゃなく、反応速度──これが阿頼耶識の差ってわけか)

 

 三日月の背中が、僅かに熱くなる。

 〈バルバトス〉の阿頼耶識システムは、三日月に過度な負担が生じない、その限界までリミッターを外してある。それでも雪之丞曰く、うっかり他の団員が接続すれば、フィードバックされる情報量の多さに耐えられないレベルなのだが。

 安全性を無視して、接続の強度をさらに引き上げれば、あるいは──。

 

『もう貴様は救えない!』

 

 黒いMSがさらに力を強め、〈バルバトス〉の足元の路面が凹む。

 このままでは、太刀の細い刀身が、圧力に耐えきれずに折れてしまうかもしれない。

 

『その身にこびりついた罪の穢れは、決して救えはしない! 貴様も──あの女も、お前の仲間も!!』

 

 その一言に、三日月は両目を見開く。

 大切な仲間たちの、顔が、声が、脳裏をよぎる。

 オルガ。アトラ。クーデリア。そして、鉄華団の団員たち。

 自分の中で、何かが切れる音がした。

 

「罪? 救う? それを決めるのは、お前じゃないんだよ──おい〈バルバトス〉」

 

 三日月の意志に〈バルバトス〉が反応する。

 背中の阿頼耶識を通じて、頭の中に音の無い()が響く。

 

 

 

 ──コマンドの実行には、パイロットの承認が必要です。

 ──警告。本機能はパイロットに、重大かつ不可逆的な影響をもたらす可能性あり。

 ──続行しますか?

 

 

 

 三日月は思わず、ため息をつきたくなった。

 何ともお節介なMSだ。続行しますか、だって?

 

「いいから寄越せ。お前の全部」

 

 承認が必要ならくれてやる。重大だろうと不可逆だろうと構わない。

 この身体は、この命は──オルガのために、使うと決めたのだから。

 

『貴様の──貴様らの死をもって、罪を祓う!!』

 

 黒いMSが急に力を抜き、反動で〈バルバトス〉の重心が上がる。

 がら空きになった腹を膝で蹴り上げられ、〈バルバトス〉の機体が宙に浮いた。

 黒いMSが、一瞬のうちに背後に回り込み、右手に持った斧を振り上げる。

 

『死んで贖えええええッ!!!』

 

 

 

 ──安全警告、カット。

 ──阿頼耶識システム、制限開放。

 

 

 

 刃と刃が打ち合い、鋭い金属音がビルの合間に鳴り響く。

 

『……!?』

 

 黒いMSの右手を離れた斧が、宙を舞って地面に突き刺さる。

 〈バルバトス〉が姿勢制御用のスラスターを使って空中で機体を半回転させ、その勢いに任せて、斧を太刀で払い飛ばしたのだ。

 

『何だ、今の反応は……!?』

 

 硬直する黒いMSを、三日月は真っ直ぐに見据える。

 背中が疼く。右目が痛い。鼻からは血が出ているのがわかる。

 けれども、〈バルバトス〉のセンサーと繋がった三日月の感覚は、今までよりもずっとクリアに、戦場の空気を感じ取っていた。

 

「そうだ。もっと寄越せ──〈バルバトス〉!」

 

 三日月の声に呼応して、〈バルバトス〉が地を駆ける。

 スラスターの噴射と同時に路面を蹴って、一気に黒いMSとの距離を詰め、そのまま袈裟懸けに太刀を振り下ろす。

 残された左手の斧で〈バルバトス〉の太刀を受け止める黒いMS。

 太刀と斧との鍔迫り合いのさなか、黒いMSの右手首が高速で回転する。胴体に直撃すれば、装甲ごとコクピットを貫かれるであろう。

 

 だが、遅い。

 

 〈バルバトス〉が太刀から左手を離し、左前腕に装備された機関砲を、黒いMSの胴体に向けて発射。

 放たれた弾丸は、黒いMSが右手を突き出すよりも早く着弾。

 黒いMSがよろめいた隙に〈バルバトス〉は再び間合いを開け、回転する拳が空を切る。

 

『こいつ、急に動きが……!?』

 

 間髪入れずに再び突進する〈バルバトス〉。

 横薙ぎに振るわれた斧を僅かに身を屈めて躱し、即座に太刀を振るう。

 剣先から飛び散る火花。

 直撃は避けられたが、太刀の先端が黒いMSの胸部装甲を掠めた。

 反撃に振り下ろされた斧を最小限の動きで回避し、渾身の勢いをもって、太刀を左から右に振り抜く。

 

「……ッ!」

 

 しかし、横薙ぎに振るわれた刃は、黒いMSの右腕の装甲に阻まれた。

 

『……窮鼠猫を噛む』

 

 そのまま黒いMSの右腕で、太刀が振り払われる。

 咄嗟に〈バルバトス〉を飛び退かせながら、三日月は歯噛みする。

 やはり、足りない。

 太刀の威力では、黒いMSを破壊できない──いや、あるいは三日月の方が、武器の性能を引き出せていないのか。

 あと一手。あと一手、何かが──。

 

『追い詰められた鼠は、大きな猫にさえも噛みつく──クランク二尉、あなたの教えは正しかった。しかし!』

 

 距離を取った〈バルバトス〉を、黒いMSが追撃する。

 苦し紛れに振るった刃は呆気なく躱され、黒いMSの右手が突き出される。

 

『あなたの願いが、俺を守る限り!』

 

 回転する拳(ドリルパンチ)が〈バルバトス〉の頬を掠める。

 反射的に〈バルバトス〉の頭部を傾けて、どうにか攻撃をやり過ごしたのも束の間、重く突き上げるような衝撃が三日月を襲う。

 

『鼠の穢れた刃は、決して届くことはない!』

 

 胴体に強烈な蹴りを喰らい、耐え切れずに尻餅をつく〈バルバトス〉。

 蹴られた際の衝撃で、胸部の増加装甲が脱落。地面に転がった装甲が、描かれた鉄華団のシンボルもろとも、黒いMSに踏み潰される。

 

『鼠の悪足掻きも──』

 

 地面に倒れた〈バルバトス〉に、黒いMSが斧を振り上げる。

 

『これで終わりだあああああ!!』

 

 

 

 目に映る景色の全てが、スローモーションになっていく。

 引き伸ばされた時間の中で、三日月は()()を見る。

 

 

 

 見渡す限りの荒野の中、〈バルバトス〉が一機佇む。

 眼前に立ちはだかるのは、翼を持った機動兵器。まるで鳥のような姿をした、巨大な、機械仕掛けの怪物。

 異形の敵を、〈バルバトス〉は手に持った刀で、瞬く間に切り裂いていく。

 鋼鉄の装甲をものともせずに、流れるように、鮮やかに。

 

 その光景を三日月は、〈バルバトス〉のコクピットの中から見る。

 

 これは、〈バルバトス〉に記録された、名前も顔も知らない、誰かの記憶。

 操縦桿を握る三日月の手に、誰かの手が、重なる──。

 

 

 

 

 

「何やってんだミカアアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

 どこかから聞こえてきた声が、三日月を現実に引き戻す。

 目を見開いて〈バルバトス〉の肩部装甲、および両腕の機関砲をパージ。同時に各部のスラスターを噴射し、神懸かり的な制御によって、地面の上を滑るように移動する。

 先程まで自分がいた場所へ斧が振り下ろされる頃には、〈バルバトス〉は既に、黒いMSの背後に回り込んでいた。

 

『何っ!?』

 

 振り向こうとする黒いMSの左腕を目掛けて、〈バルバトス〉が大上段から太刀を振り下ろす。

 

 黒いMSの左腕が、手に斧を握ったまま、肘関節から切断された。

 

『ば……馬鹿な……』

 

 血飛沫のようにオイルを撒き散らしながら、黒いMSの左腕が転がり落ちる。

 メイスを使っていたときとはまた異なる、しかし確かな手応えを感じながら、三日月は少しだけ頬を緩めた。

 

「こいつの使い方、やっとわかった」

 

 考えてみれば、単純な理屈だ。ただ刃を振るだけでは、物は切れない。けれども、刃を物に当てながら()()()、ずっと少ない力で切ることができる。例えるなら、アトラが包丁で、肉を切り分けるときのように。

 しかし、頭で理解はできても、技術を体得するのは至難の業。

 その極意を〈バルバトス〉は、かつての主の記憶を追体験させることで、三日月に伝授したのだ。

 

『この……化け物があああ!』

 

 黒いMSの右腕が、手首を回転させながら突き出される。

 だが、右腕の先端が届くよりも早く、〈バルバトス〉は太刀で弧を描くように、その肘から先を斬り落とす。

 一度、使い方を理解すれば、後は思うがままだった。

 

「お前にだけは言われたくないよ」

『あ……ああ……』

 

 黒いMSの、赤い単眼(モノアイ)が揺れ動く。

 怯えるように、怖れるように。

 

『クランク二尉ぃ!』

 

 黒いMSの左肩を、展開された機関砲ごと切断する。

 

『ボードウィン特務三佐ぁ!』

 

 返す刀で、右肩を。

 

『私は、私の正しい──!』

 

 剣先を正眼に構え。

 

「うるさいなあ……オルガの声が、聞こえないだろ」

 

 胸の真中に、突き立てる。

 黒いMSはそれっきり、動くことも、声を発することも無かった。

 

 

 

 

 

 

 黄金色のブレードの先端が、〈キマリス〉の頭部を掠める。

 

「ぐうッ……いい加減に……!」

 

 左頬を引っ叩かれたような体勢から、ガエリオは〈キマリス〉にランスを突き出させる。

 

「堕ちろッ!」

 

 しかし、ランスの穂先は、飛び退いた〈グリムゲルデ〉を捉えることはなく、攻撃は虚しく空を切る。

 

「ええい、ちょこまかと……!」

 

 逃げ回る〈グリムゲルデ〉を、右手にランス、左手にサーベルを携えた〈キマリス〉が追いかける。

 赤く染まった空の下、エドモントン近郊の平原における〈キマリス〉と〈グリムゲルデ〉の戦闘は、未だ継続している。

 二刀流の〈グリムゲルデ〉に対して、少しでも機動性を確保するため、シールドは早々に投棄した。だが、素早い相手に大型のランスは取り回しが悪く、一方でサーベルはリーチが足りない。現状、〈キマリス〉は目の前の〈グリムゲルデ〉に対し、完全に決め手を欠いていた。

 他方で〈グリムゲルデ〉の側も、無理にとどめを刺そうとはせず、リスクを回避することに徹しているように思える。

 負けることはないが、勝てもしない。そんな戦いが、延々と続いていた。

 

「クソ、戦況は──アインはどうなった!?」

 

 ガエリオは歯軋りする。

 敵の目的が時間稼ぎであるなら、まんまと術中に嵌まってしまった格好になる。味方の状況も掴めておらず、何よりも、市街地に向かってしまったアインが心配でならない。

 逸る心を、戦士としての冷徹な理性で抑えつつも──ガエリオの胸中には、言語化できない別の疑念が芽生えつつあった。

 

(何なんだ? この違和感は)

 

 〈キマリス〉が突き出したランスを、〈グリムゲルデ〉は左腕のブレードでいなし、追撃に振り下ろしたサーベルもまた、右腕のブレードで弾かれる。

 しかし、ここまでは想定内。〈キマリス〉は〈グリムゲルデ〉の胴体を殴り飛ばそうと、ランスで強引に前方を薙ぎ払う。〈グリムゲルデ〉が左腕のブレードで、攻撃を仕掛けてくると踏んでの行動。

 だが、〈グリムゲルデ〉はガエリオの意図を見透かしていたかのように、バックステップで薙ぎ払いを回避する。

 

(読まれていたか──()()()()?)

 

 そこで初めてガエリオは、違和感の正体に思い至る。

 こちらの攻撃に対する、〈グリムゲルデ〉の的確な回避と防御──まるで、ガエリオの戦い方を、()()()()()()()()かのような動き。

 それは何も、敵の側だけに限られた話ではなく。

 

(そうだ……俺はこいつを知っている!)

 

 装備自体は軽量でありながら、その威力を最大限に引き出す、緻密な重心コントロール。機動性と手数の多さを活かした、攻防共に隙の無い挙動。

 そして、外目には慎重な立ち回りの奥に、時折垣間見える大胆さ。

 

(こいつは──)

 

 点と点が結ばれて、一つの像を形作り、頭の中のぼやけた輪郭が、少しずつ明瞭になっていく。

 思い当たる人物を、ガエリオは、知っている。

 

(こいつの戦い方は──!)

 

 

 

『作戦司令部より、全部隊に通達する。各位、速やかに戦闘を中止し、直ちに帰投せよ。繰り返す。速やかに戦闘を中止し、直ちに帰投せよ。これは、アーブラウ政府からの要請である──』

 

 

 

 唐突に鼓膜を震わせた通信が、ガエリオの思考を霧散させる。

 それと同時に〈キマリス〉のセンサーが何かを捉え、正面のモニターにポップアップウィンドウで映し出す。

 黄昏の空に灯る、緑色の光。

 停戦を意味する、ギャラルホルンの信号弾。

 

「…………そうか」

 

 棒立ちになった〈キマリス〉に、続く攻撃はやって来ない。

 〈グリムゲルデ〉は両腕のブレードをシールドに収めると、そのまま〈キマリス〉に背を向けて、平原の彼方へと去っていく。

 遠ざかる赤い機影を、〈キマリス〉のコクピットから眺めながら、ガエリオは一人、誰にも聞こえない声で呟いた。

 

「負けたんだな……俺たちは……」

 

 

 

 

 

 

 柔らかな夕日の光が、エドモントンの街並みを包み込む。

 黒いMSとの激戦を終え、道路に跪いた〈バルバトス〉。その胸部に登ったオルガは、ハッチが解放されたコクピットを見下ろす。

 視線の先、迫り上がったシートには、見るからに疲れ切った様子の三日月が座っていた。

 

「ミカお前……大丈夫か?」

「うん、平気」

 

 一体どんな無茶をしたのやら、右目と鼻の穴から血を流している三日月。本人は平気だと言ったが、誰がどう見ても大丈夫ではない。

 取り急ぎ通信で救援を呼んだ後、オルガは三日月に、ビスケットからの報告を伝えた。

 

「蒔苗は代表選に勝ったよ」

 

 朗報を聞いた三日月は、口元を綻ばせながら、脱力したように息を吐いた。

 

「……そっか。終わったんだね。俺たちの仕事」

「ああ。お前がいなけりゃ、ここまで来れなかった」

「俺は、俺にできることをやっただけ──オルガの声、聞こえたよ。そのおかげで、あいつに勝てた」

「そりゃあ良かった」

 

 二人の間に、心地よい沈黙が流れる。

 あれだけ鳴り響いていた砲声も爆発音も、今はもう、聞こえてこない。

 優しい風が頬を撫でたとき、三日月がおもむろに、口を開いた。

 

「ねえオルガ。ここが俺たちの、本当の居場所なの?」

 

 三日月の問いかけに、オルガは暫し、考え。

 それから笑みを浮かべて、答えた。

 

「ああ。ここも、その一つだ」

「そっか」

 

 二人の顔が、自然と西の空に向けられる。

 夕暮れの太陽に照らされて、林立するビルの群れ。昼から夜へと移り変わる、その境目のひととき。

 地球で見る日の光は、火星よりも眩しくて。けれども、空の色は、火星と同じで。

 茜色の空を眺めながら、三日月が声を漏らす。

 

「綺麗だね」

 

 綺麗な夕焼けを見られたなら、次の日はよく晴れるという。

 どこかで聞いた伝承に思いを馳せながら、オルガは静かに、夕日を眺めた。

 




バルバトスの『声』は、パソコンのメッセージのような雰囲気をイメージしています。
少し融通は利かないけれど、ちゃんと警告はしてくれるし、望むなら力を貸してくれる。そんな感じの解釈です。
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