ワタクシがメス堕ちなんてする訳ないですの!   作:ペンギン3

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第二話 呪いの装備は外せない

 ふふ、ふふふ。

 やってくれましたわね、旦那様っ。

 

 婚約破棄の宣言でワタクシの脳を破壊しようとするとは、中々大した度胸ではありませんのっ。

 

 お陰様で昨日は一晩、ワタクシ何か悪かったのかなと寝つけず、深夜のランニングに勤しむことになりましたわ!

 

 長時間のランニングによりワタクシの身体はバキバキになって、とってもハイな状態ですわ!!

 

 そういう訳で覚悟くださいましね、旦那様。

 あの程度でワタクシが引き下がるなんて、そんなホイップクリームより甘い考えを正して差し上げますわっ!

 

 ……第一、あんな捨て犬みたいな目をしてる人、ほっとけるわけないしさ。

 

 

 

「なんで居るの……?」

 

「おはようございますですわ、マルク様」

 

 あれから直ぐ、ワタクシは学生寮にある旦那様のお部屋前で仁王立ちをしていましたの。起きてくる旦那様に、おはようと言ってあげたくて。

 

 情熱の赴くままに戸を蹴破らなかった、そんなワタクシの清楚さに旦那様も目を奪われてしまったみたいで、眠そうな瞳で私をジトっと見つめていましたわ。

 

「……言ったよね、もういいって」

 

「ですので、好きで致しております」

 

「……さよなら」

 

 旦那様がそっと扉を閉めようとしたところを、足を突っ込んで阻止する。

 

 これぞラングセラン家が秘技、"ちょっとあんちゃん、話はまだ終わってへんで"ですわ!

 

「あっ、足、大丈夫……?」

 

 ワタクシの足を挟んだことに動揺して、旦那様は直ぐに扉から手を離す。そうして、ひどく申し訳なさそうな顔を浮かべる。

 

 サンドイッチくらい優しく挟んだのに、旦那様は心配性ですわね。

 

「マルク様、ラングセランの人間は1トンの質量で追突されないと傷つかないので、安心してくださいまし」

 

「化け物かな?」

 

「いいえ、筋肉ですわ」

 

 そのまま旦那様の部屋に入り、扉の鍵を閉める。

 

 ふふ、これでようやくお話ができそうですわね?

 

「な、なんで鍵、閉めたの?」

 

「マルク様と二人っきりになるためですわ」

 

「……なんで目、充血してるの?」

 

「マルク様を、ぶち転がすためではありませんわ」

 

 ワタクシの言葉を聞いて、旦那様は思わずといった感じに一歩、後退して。ワタクシも笑顔で、同じ歩幅で同じだけ旦那様に近づく。

 

 それを何回か繰り返して……気がつけば、旦那様は壁際まで追い詰めていましたの。

 

 少し強張ったお顔は、何かを察して我慢するような表情をしていますわ。

 

「ね、マルク様」

 

 怖がらせないように、ワタクシはとびっきりの笑顔を浮かべましたの。実家で、筋肉大守護天使の笑みと称えられた微笑みを。

 

「昨日は、どうしてあんなことを?」

 

 壁に手を突き、旦那様を覗き込みながら恫喝問い糺す。

 

 ……壁ドンなんて、人生で初めてやっちゃった。貴族令嬢的には、少し端ないかもしれないね。

 

「ワタクシ、昨日のことが訳ワカメすぎて。だから一晩中走り続けてしまって、最後の辺りなんかずっとランナーズハイを起こしてダブルピースしながら走っていたのでしてよ?」

 

「えぇ……」

 

 先程まで気丈だった旦那様のお顔が、初めて別の色に染まりました。何この人怖いと、小学生みたいなショタ顔に浮かんでおりますの。

 

 怖くないですわよー?

 

 視線を逸らそうとする旦那様のお顔を、ワタクシの両手で固定してジーッと見つめると、深い溜息を吐いた後に話し始めてくださいました。

 

 

 

「元々、この婚約に君の家へのメリットなんて、一つもないんだ」

 

「そうなのですの?」

 

「……僕は相続権も能力も持たない、単なる厄介者だよ」

 

 

 旦那様は、無表情になっていた。

 

 

 さっきまで浮かんでいた困惑の表情すら無く、旦那様は淡々として。つまらなさそうに、仕方なく語り始めた。

 

「僕は生まれつき病弱でね、幼少期はそれが特に酷かった。貴族の教育どころか、日常生活を送るのさえままならなかった」

 

 旦那様の体躯は、小学生並みに小さい。

 それも、恐らくは成長出来るほど健康じゃなかったからだ。

 

「当然、そんな奴に家督を継がせることなんて出来ない。けど、母上は僕を産んで直ぐに亡くなっている……母上の血、だったんだろうね」

 

 一瞬、胸に寂しさがよぎった。

 僕は今世で、家族に恵まれている。

 

 ……けど、そうじゃないパターンも、知ってもいるから。

 

「自然と、父上は後妻を娶った。僕に代わる、新しい跡継ぎを用意するためにね」

 

 先ほど、母のことを話していた時には微かに感じた旦那様の感情。

 

 それが、父の話に移ったら、吹き消すように無くなった。今の旦那様は、全くの他人のことを話しているみたいだ。

 

「結果、ドラン公爵家は子宝に恵まれた。男子も当然産まれて、僕は完全に用無しになったんだ」

 

 ここまで話して、旦那さまは息を吐いた。一気に話をして疲れたのか、それとも気疲れが段々と積み上がってしまったのか。

 

「……後妻の方と、上手くいってないのですね」

 

 色々と聞きたいことはあったけど、今は一個だけ。

 

 この人が、家族の中で孤立してしまったのかと、それだけを尋ねた。

 

 旦那様は、ちょっと目を見開いて。

 

「……分かるの?」

 

「少しだけ、ですが」

 

 少しの微笑みを添えて、旦那様を見つめる。

 やっぱり、この人……ううん、この子には優しくしたいなって思ったから。

 

 そんな私に、旦那さまは眉をひそめて、困ったと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 

「ここまで聞いたら、僕と婚約するメリットが無いどころか、火種を内側に抱え込む行為に他ならないって分かるよね?」

 

 確かに、話してくれた内容を纏めると、そういうことになる。

 

 旦那様は病弱で、貴族の教育もあまり受けられず、後継者でもないから嫁取りじゃなくて婿入りをすることになった。

 

 家族との関係は良くなく、結婚したからといってドラン公爵に配慮を貰えるわけでもない。むしろ、公爵夫人が旦那様を敵視しているから、長期的に見ると公爵家と溝が出来てしまう可能性だってある。

 

 全部が全部、旦那様の言う通りだ。

 政略結婚であるのなら、間違いなく取りやめた方が良い婚約に違いない。

 

 

「ふふふ、うふふふふ」

 

 けど、それは普通の貴族の家ではだ。

 僕……ううん、ワタクシですわ、ワタクシ。

 

 ワタクシにとっては、その様なことは些細なことですの!

 

「なんで急に笑い始めたの……」

 

 ベイクドモチョモチョが二足歩行しているのを見てしまった様な、そんな引いた顔を旦那様はしております。

 

「旦那様、よく聞いてくださいまし」

 

 でも、ベイクドモチョモチョの本当の正体は御座候だということを、旦那様はまだ気が付いておられないのです。

 

 だから、それを伝えねばなりません。

 

 ──つまりは、ラングセラン家が普通の家じゃないということを。

 

「ワタクシの家は、大体筋肉で構成されています」

 

「……は?」

 

 旦那様は、今日の中で一番戸惑った顔を浮かべれおられました。

 

 分かります、自己紹介で筋肉なんて口にしてくる人は、大体がジムか全国タンパク質筋肉同盟かラングセラン家の回し者ですものね。

 

 私はラングセラン家の者ですから、このまま話を続けますわ。

 

「頭まで、筋肉で構成されていますの」

 

「……バカだから、婚約条件の有利不利なんて理解できないって、そういうことを言いたいの?」

 

「そこまで自虐しておりませんし、言い過ぎですわ!!」

 

 圧倒的暴言を前に抗議すると、露骨に怠そうなお顔をされてしまいます。ですが、最後までどうかお話をお聞きくださいまし。

 

 ──ワタクシ達にも、チキンとメリットは存在しているという話をしているのですから。

 

「お聞きくださいまし、マルク様。ラングセラン家の家に来ると、大体がバカになると言う話があります」

 

「……イヤな醜聞だね」

 

「いえ、それは事実ですわ」

 

「は?」

 

 そう、ラングセラン家に来ると、どんな狡猾な人でも大体が脳筋になってしまうのです。

 

 そのせいで、かつては陰謀に耽溺していた人の流刑地として、ラングセラン領送りになった人が居たとか居なかったとか。

 

「みんな、ラングセランに来るとクソバカになるのですわ」

 

 あの可憐で優しいお母様も、昔は手弱女みたいだったのに、今では大体のことを魔力強化したグーパンで片付けてしまうようになっておられます、お労しや。

 

 そしてワタクシも、気が付いたら脳筋になってしまっていました。恐ろしい事実ですわね?

 

 それが、ラングセランなのです。

 

「クソバカになる事実を認識されているせいで、誰も家に来てくれませんの」

 

「待って、既に頭が痛い」

 

「お加減がよろしくないのですね、お休みなされますか?」

 

「そうだけどそうじゃないっ」

 

 軽く息を荒らげた旦那さまは、こちらを思いっきり睨みつけてられました。

 今までで、一番情熱的な視線ですわね。

 

 ……気遣いの裏側が、ちょっと見えてきたかな。

 

「つまりは、君の家は入籍するとクソバカになるという噂のせいで誰も相手をしてくれないって、そう言いたいのかっ!」

 

「そうとしか言っておりませんの」

 

「そんな頭の悪い現実が本当にある訳無いだろっ。嘘つき!」

 

 今までの冷静な振る舞いから一転、旦那さまから子供っぽさが滲み出てきました。取り繕っていたものが、少しずつ剥がれ落ちてきているのですわね。

 

「そんなこと言われても、筋肉は筋肉ですの」

 

「意味分かんないこと言ったって、誤魔化されないよ!」

 

 子供の身長、変声期前の声のままだから、やっぱり年下の子を相手にしている気分になってしまいますわ。感情を出し始めてくれているから、更にそう思えてしまうのです、可愛いですわね?

 

「ですので、マルク様に相手をされなくなると困りますの。ワタクシ、このままですと神様の伴侶として一生を過ごすことになりますわ。それも、歳を追う毎に処女膜も鋼鉄ほどに鍛えられたアイアンメイデンに」

 

「しょ、処女膜とか、急に君は何を言ってるんだっ」

 

「ワタクシ処女ですわ」

 

「そんな自己申告いらないっ」

 

 はぁはぁと息を荒らげながら、旦那さまはワタクシの言葉一つ一つに反応してくださいます。面倒くさい、鬱陶しいと、会話を打ち切ろうとはしなくて。

 

 それを、ちょっと嬉しく思いますの。

 

「それに……」

 

 けど、一度言葉はそこで途切れて。

 旦那様は、ワタクシをジッと、ジトッと見つめました。

 

 目と目が合うって、物語だと恋に落ちる展開ですわね?

 

 でも、そんな事実に気が付いたのか、旦那さまから視線を外して。

 

 そうして、頬を僅かに赤らめながら、旦那さまはソッポへ向かって言葉を発しましたのですわ。

 

「さっきの話が本当だったとして……。き、君は、その……見た目が良いから、相手には困らないと、思う……」

 

 ……それってさ、つまりは。

 

「ワタクシのこと、可愛いって思ってくださっているのですか?」

 

「ち、違う、客観的な事実を言ってるだけでっ」

 

「客観的な旦那様視点では、ワタクシって可愛く見えているのですね?」

 

「揚げ足取りっ」

 

「いいえ、筋肉論破ですの」

 

 およそ筋肉は万能ですわ。

 

 ……それにしても、ですの。

 

「マルク様、こちらを向いてくださいまし」

 

「嫌だよっ」

 

 ツンとしたまま、旦那様はこっちを向いてくれなくなりました。反応が楽しくて、ちょっとからかいすぎてしまいましたわね。

 

 からかい上手のカトリーヌにはなれなさそうですわ、ワタクシ。

 

「とにかく、そういうことだから」

 

「……可愛いワタクシをお嫁さんにできて、幸せということですの?」

 

「可愛い君なら相手はきっと見つかるはずだから、もう僕に構わないでって言ってるんだっ!」

 

 旦那様は真っ赤な顔で、ワタクシが可愛いと認めてくださりました。そんな旦那様も可愛いと思ってしまいますの。

 

 ……もしかすると、これが父性?

 

 なるほど、世のお父さんたちは、こんな護ってあげたいって気持ちを抱いてるんだね。お父様が、僕に関わり続けてくれた理由も理解できたよ!

 

「マルク様、呪いの装備は一度装着すると、一生外れないモノなのですわ?」

 

「なんなんだよ、君はっ!!」

 

 思いっきり叫んだ旦那様は、フラフラになっておられましたの。多分、また酸欠になってしまっているのですわね。

 

「失礼しますわね、マルク様」

 

「な、何をって、うわっ!?」

 

 旦那様をお姫様抱っこし、そのままベッドへと運びました。旦那様は、やっぱり羽毛布団みたいに軽かったですの。

 

「きゅ、急に何するんだよ!」

 

「お疲れですわね」

 

「余計なお世話!」

 

 旦那様をお姫様みたいにベッドに降ろすと、直ぐにシーツを被って隠れてしまいました。

 

 顔を見せたくない、見ないでという意思表示ですわね。

 

 僕も昔、良くやっていたから分かる。

 

 自分の内側に入ってこられると、咄嗟にガードしてしまう。

 信用したくない、これ以上こないでという拒絶。

 

 ……本当に、昔の僕そっくり。

 

「マルク様、本日のところはこれくらいにしておきます」

 

「……もう来ないで」

 

「また明日、ですわ」

 

 結局のところ、人間不信だから関わりが生まれることを嫌がってるんだ。

 

 人が信用できないし、したくない。

 これまでの人生で、応えてもらったことなんて一度もないのかもしれない。

 

 家族と上手くいっていないと聞いただけだけど、旦那様の気配で理解できたから。

 

「……お節介」

 

「褒められましたわね」

 

「鬱陶しいの同義語だよっ!」

 

 けど、こうしてコミュニケーションが取れている。

 完全に心を閉ざしているわけではない。

 

 だったら、と思ったのだ。

 

 昔の僕も、同じ状態の時に家族に支えてもらった。

 心を閉ざそうとしても、何度だって触れ合ってくれた。

 

 お陰で、この世の全部に失望なんてしきれなかった。

 立派なお嬢様になって、恩返ししようと思えた。

 

 ──だから、今度は僕が手を差し伸べたかったんだ。

 

「ワタクシ、筋肉痛の如くしつこいですので、お覚悟くださいましね──旦那様」

 

「……さいあく、だよ」

 

 僕の願望で、そう聞こえたのかもしれない。

 けど、ボソリと呟かれたその言葉は、ちょっとだけ柔らかかった気がした。

 

 

 ……僕が魔法学院に入学したのは、旦那さまに会うためだったんだよ?

 

 最初は、婚約者に素っ気ない、意地悪な旦那さまなんじゃって思ってた。

 

 けど、実際に会った今はそうじゃない。

 旦那さまともっとお話ししたいと思ってる。

 もっと旦那さまのこと、知りたいって感じてる。

 

 だからこれからも、よろしくね?

 

 

 

 

 

「ふわぁ、おっといけませんわ。ラングセランの令嬢が欠伸なんてすれば、ビーム吐くと勘違いされてしまいますの」

 

 そのまま、旦那様の部屋を出ようとしたところで、ふと猛烈な睡魔に襲われました。

 

 きっと、寝ずのランニングをした負担が、ここに来て決壊したのですわね。あと、旦那様とお話できて、心の荷が下りたというのもありそうですの。

 

 ……マズイですわ、膀胱を鍛えるためにオシッコを我慢し、炎症を起こしてしまった時くらい我慢できませんわっ!

 

「ちょっと失礼しますわね、旦那様」

 

「勝手にお嫁さんになるな、って何でベッドに入ってくるの!?」

 

「おやすみなさいですわぁ」

 

「ちょっと、なんでここで寝るの!?」

 

「すぴー」

 

「もう寝てる!?」

 

 緊急避難として、旦那様のベッドをお借りしましたの。

 旦那様はシーツから這い出て、ワタクシを揺さぶってきますが、今のワタクシの睡魔は無敵なので微塵も効きませんわ。

 

「何なんだよ、ほんとに……」

 

 完全に意識が途絶える前に、戸惑った声が聞こえてきました。けど、ベッドの上から追い出そうなんてこと、旦那様はしなくて。

 

 ふふ、同衾の既成事実、いただきですわぁ。

 ……ありがとう、おやすみなさい旦那様。

 

 すぴー、ですわぁ。

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