大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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未だ自覚のない想いを抱いて

 ビルニュス近郊。蠢き犇めくモンスターの群れを、少し離れた地点から眺めつつ能力者解放戦線メンバー、火野源一はサンドイッチを頬張った。

 腹が減っていた──つい先程まで、本当にギリギリまでダンジョンに潜り、手ずからモンスターを地上へと誘き寄せていたのだ。他ならぬ自身の生命を囮として。

 

「ぐるるるるる、ぐるる!」

「ぴぎぎゃぎゃーっ! ぴぎーっ!!」

「ぐわぉぁぉぉぁぁぁぉぉぉっ!!」

「かまびすしいったらねぇな、毎度ながら……飯時に聞くにゃ堪えねえオーケストラだぜ」

 

 クレセントウルフ、オーガニックキツツキ、ソウルフルスライム。その他、100匹近く。

 命懸けで地上に解き放った化物の群れがけたたましい鳴き声をあげ、この世の生あるものすべてへの殺意を振りまいている様子に火野は口元を歪めながら食を進めた。

 

 率直に耳障りだが、それでも聞いていると不思議と戦意が増してくる気がした。おそらくはモンスター達の存在そのものが、この後に控える至福の時間を想起させるからだろう。

 この数ヶ月間、何度も訪れた至福の時だ。スタンピードを引き起こせば必ずやって来る、必ず刃を交えることとなるあの小娘、エリス・モリガナ。

 あの女とまた、今日も殺し合えるのだ。

 

「あぁ、あぁ、あぁ……!! くひひひひ、モリガナ、モリガナッ、エリス・モリガナァ……!!」

 

 不気味な笑みを浮かべる。歯を剥き出しにしてサンドイッチに噛みつけば、想像するのは宿敵の柔肌だ。

 このバルト三国にて何度も相対した。何回かは戦ったし、一回は初対面の時同様に大怪我を負わされたこともある。向こうがどう思っているかはともかく、火野からすればエリスはすでにすっかり顔馴染みの、強い絆で結ばれた間柄のようにも思えていた。

 

 だからだろうか。彼女の顔、身体、声を思い返すたび、男の胸には不可解なまでに心地よい感触が渦巻いて止まない。

 エリス・モリガナの苦悶と絶望の顔が見たい。エリス・モリガナの身体をずたずたに引き裂きたい。エリス・モリガナの心も体も魂までも辱めたい。エリス・モリガナの悲鳴と恐怖の声を聞きたいし、その果てにエリス・モリガナが死ぬところが見たい。

 ────そしてその死に際に、最期に彼女の眼が映し出すものが、この火野源一の姿であったなら最高だ。

 

「モリガナァ、はぁぁぁモリガナ……最高の敵だぜお前はァァァ……なんでか知らねえがお前を見ていると、想っていると俺ァそれだけで、それだけで……!! うぅ、ううう! せ、背筋がゾクゾクしてきちまうぅ……っ!!」

 

 サンドイッチをエリスに見立てて、何度も何度も歯を立てる。のみならず舐め回し、しゃぶりつくし、吸い付くし、口づけさえ行う。

 見るに堪えない光景だ。彼は世間一般に見ても野性味のある端正な顔立ちと言える美丈夫だが、それでもその姿はあまりに邪悪で、粘着質で、そして変態性に満ち溢れたものだ。

 

 一言で言うならばそう、獣欲。

 火野源一という男の胸中には、本人さえ言語化できないエリスに対してのケダモノの欲が渦巻いていた。

 そんな彼に近づく一人の男。ローブ姿で顔のよく見えない輩が、サンドイッチを凌辱する火野に話しかける。

 

「…………火野源一。食事、食事……? の、最中に済まんな」

「アァ……? 俺とモリガナの邪魔をするなよイルベスタ・カーヴァーン。てめえから先にぶっ殺しそうになるだろうがよ」

「邪魔などしないが、言っておくがそれはサンドイッチでありエリス・モリガナではない。そして、お前の性癖に対して俺はかける言葉はない」

 

 男──能力者解放戦線メンバーにして首魁オーヴァ・ビヨンドの腹心たるイルベスタ・カーヴァーンは冷徹に告げつつも困惑した視線を火野へと向ける。

 この数ヶ月、一人ソフィア・チェーホワの足止めのためにスタンピードを引き起こした火野に彼が支援に回っていた。直接戦闘に出るわけではないものの、エリスと戦い撤退する火野の逃走を的確にアシストし、モンスターを囮にするなどの策でもってサポートしてきたのである。

 

 この頃になるとイルベスタも、火野がどれだけ偏執的かつ変態的な欲望からソフィア達の足止めを買って出ているかなど当然理解している。

 個人的にイルベスタとしては、この男に対して端的に嫌悪感があるが……それをもって組織のために動くというのならば、目を瞑らないわけにもいかない。

 

 ゆえに。火野がどのような奇行に及んだとてイルベスタは一顧だにせず、ただ淡々と用件のみを伝えるのであった。

 

「火野源一……指令だ。今回の戦いが済んだ後、いよいよ船をもってノルウェーへと我々は向かう。WSOが我々の本拠地に気づいた、もはや猶予はない」

「へぇ? ようやっと動くか。モリガナと戯れ合うのは楽しかったが、裏腹に本気で殺せねえのはフラストレーション溜まったぜ。決戦か?」

「ああ。お前の遊びもここまでだ。これよりはいよいよ決死の覚悟による、我らの理想を実現するための戦いである。決して裏切るなよ」

「モリガナに手ぇ出さなけりゃなんでも良いぜ。出したら即殺だがなあ」

 

 肩を揺らして嗤う。迫る決戦……そこでこそモリガナと雌雄を決する時だろうと、冷静に酷薄に判断しながらだ。

 ことここに至り、もはや火野にとり能力者解放戦線などどうでもいいことだ。モリガナとの至福の殺し合いさえ邪魔しないなら、後のことはなんなりすれば良いのだ。

 そんな程度のものでしかない。

 

 モンスターの鳴き声が響く。蠢く魔物の群れに、もう少しすればまたぞろソフィア・チェーホワパーティが来るだろう。当然そのなかにはエリス・モリガナがいる。

 この地における、きっと最後の邂逅だ。精々愉しまなければと、火野はサンドイッチをようやく食べ尽くし、興奮に震えながら戦闘態勢へと移行するのだった。

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