大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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悪意の言葉

「なっ……にを、お前!?」

「粋がったクソアマが、モリガナより上みたいなツラァすんなや腹の立つ。自分でも分かってんだろ内心よう、自分じゃモリガナに何一つ敵うところはねぇって、なあァッ!!」

 

 言葉巧みに罵詈雑言を放てば、それが見事に隠し持っているコンプレックスを突かれることとなってしまいシモーネが動揺に呻いた。

 火野源一という男の、これが何より厄介な性質だった……人間の心理、その奥底に宿るコンプレックスや闇を見抜くことに長けたある種の観察眼。

 そしてそこを絶妙に刺激し、結果として意のままに動かしてしまう手練手管である。

 

 そんな彼からしてみれば、ここに至るまでの複数回にわたりエリスと戦うなかで自然と、彼女を取り巻く人間模様を見抜くことなど造作もなかった。

 内心にて、いよいよ面白いことになってきたとほくそ笑む。

 

 

(モリガナの師匠めいたチェーホワ、年上の教師みてぇな妹尾にウェイン……兄姉にあたるはベリンガムとそこのバカ女、エミール。どいつもこいつもよくもまあ、良い子ちゃん揃いなこって。だがよう、こんなかでエミールだけはちと性質が違うんだなァこれがァ)

 

 

 ──エリスに向けるその視線に、必ずと言っていいほどに薄暗い嫉妬が含まれていた。

 その言葉に、必ずと言っていいほどに仄かな皮肉と悪意が込められていた。

 

 そしてそれらを誰よりも、敵側たる火野が理解していた。それはシモーネ自身にとっても不幸なことだったろう。

 まさに今、その出処であるコンプレックスを突かれる羽目に陥っているのだから。

 火野は醜悪な笑みを浮かべ、シモーネに畳み掛けた。

 

「しかし分かるぜ、その気持ちよう……年下の田舎娘が、自分よりはるかに強くてしかも周囲からも慕われてんだもんなァ。挙句の果てにはこの美貌と精神性と来た! おめー自分でもわかってんだろ? テメェの何もかも、どれ一つ取ってもモリガナにはとても敵わねえってよぉ!!」

「こ……この、こいつッ!! 何を出鱈目を、そんなわけがっ、私はッ!?」

「落ち着けシモーネ! 興奮してんじゃねえよこんなやつの言葉で、下がってろッ!」

「火野源一ッ!! 禍々しい悪意で、シモーネさんを惑わせるな!!」

 

 放つ言葉に込められた悪意の矛先。シモーネはまさにそれが分断工作に近いものだと理解し……それでもなお、本音のところを言い当てられた気がして顔を憤怒と周知に染めて叫んだ。

 そこにすかさず割って入るのがレベッカとエリスだ。仲間であり愛弟子、あるいは姉のように彼女を慕う二人が、火野の精神攻撃をむざむざと捨て置くはずもない。

 

 レベッカは剣を、エリスはエネルギーブレードを振るう。それらを器用に左右それぞれ手にした剣で受け止め、火野は汗を流しながら顔を引き攣らせた。

 さすがにこのレベルの探査者二人を一度に相手するのは手に余る。シモーネは言葉でやり込めたことで対処もしやすいが、レベッカにしろエリスにしろこの手の攻撃は通用しないだろう。

 

 ゆえに。火野は残された一手を打つことにした。

 近場ではモンスターを相手に残るヴァール、妹尾、トマスが奮戦しておりやはり状況はエリスに有利だ。

 

 勝てはすまい。だが、やりたいことはやるだけやってそれでも逃げ延びるくらいはできよう。

 悪意のままに火野は後退する。シモーネへの暴言に激怒して追い縋るエリスとレベッカの攻撃を凌ぐなかで傷もいくらか負いながらも、彼はそれでも凄絶な愉悦に酔って叫んだ。

 

「何しろウェインにしろモリガナにしろ、心構えってやつができあがってるからなァ……!! わかるかエミール! テメェだけなんだよこんな程度の揺さぶりに引っかかってるド素人はァ!!」

「いい加減にしなさいッ!! シモーネさんへの侮辱は赦しません、《念動力》ッ!!」

「イカれた殺人鬼が、うちの弟子に何してくれてんだッ!!」

「ひひひひゃはははははっ!! ──イルベスタ・カーヴァーンッ!!」

 

 哄笑、嘲り、そして仲間を呼ぶ声。

 刹那に発せられたそれら言葉を、数秒ラグの後すぐに認識し、レベッカとエリスは半ば反射的に防御態勢に入った。

 レベッカは手にした剣で迎撃の構えを取り、エリスもまた攻撃用に《念動力》で操っているナイフ3本を自身の周囲に展開させた。

 無論、二人とも後退してシモーネを護り庇う形になりながらだ。

 

 ──結果から言えば、その行動は大正解だった。

 つい先程まで火野を追っていたその地点に、突如として地下から巨大なモンスターが現れたのだから!

 

「────ぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちっ!!」

「んのわぁっ!? なんじゃこいつぁ、さ、蠍!? このへんで暴れてるって話のモンスターはこいつか!?」

「そ、それに、その上に乗るのは人間!?」

「あれは、自然公園の時の……!!」

「壮健のようだな、エリス・モリガナ。それにレベッカ・ウェイン」

 

 それは、一言で言うならば毒々しい色合いをした3mの巨大な蠍だ。極めて硬質な皮膚を持ち、尾は鋭い切っ先をエリス達に向け、先端からは緑色の液体を滴らせている。見るからに毒だ。

 そして、その頭上に大胆にも立ちこちらを睥睨する男を、エリスは知っていた。

 

 数ヶ月前、エストニア北部の自然公園にてレベッカとともに相対した相手。能力者解放戦線メンバーの一人……!

 

「改めて名乗ろう。能力者解放戦線、副リーダーたるイルベスタ・カーヴァーンだ。すまんがここで火野はやらせん、貴様らの相手はこのモンスター、苛性ソーダ・スコーピオンが代わりを務めよう。ただ務めよう!」

「苛性ソーダ・スコーピオン……!?」

 

 その名はイルベスタ。イルベスタ・カーヴァーン。

 同組織首魁たるオーヴァ・ビヨンドの腹心とも言える副リーダーが、ついに名乗りを上げつつもエリス達の眼前に姿を表したのだった。

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