大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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見ることのないだろう、未来のために

 リトアニアにおけるスタンピードから数日後。エリス達パーティは港湾都市クライペダへと辿り着き、一路スウェーデンへと至る船を手配して乗り込もうとしていた。

 この数カ月の間でエストニア、ラトビア、リトアニアのいわゆるバルト三国内におけるスタンピードは完全に撃滅された──意図的にそれを引き起こしていた火野源一をイルベスタともども撃退し外国へ退散させたのだ。

 

 先んじてエリスの故郷、フィンランドにおいてもスタンピードの報せはすでになく、これで北ヨーロッパの半分は平和を取り戻したことになる。

 残るは未だスタンピードの頻発するスウェーデンとノルウェー。とりわけノルウェー北部ノールノルゲは能力者解放戦線の本拠地がある地域と目され、他ならぬイルベスタからも首魁オーヴァ・ビヨンドが待ち受ける決戦の地として待つ旨の発言をも一同は聞き及んでいる。

 

 決戦は近い。来る最後の戦いを、嫌でもエリスは予感しないではいられない。

 港の待合室にて、仲間達が穏やかに過ごすなか一人、じっと己の掌を見る。胸中にて広がるのは不安と緊張──それ以上の使命感が綯い交ぜとなった、一つの覚悟だ。

 

 

(もう、時間がない……《念動力》を、エネルギーブレードを使う度に私のなかの生命が削れていくのを強く感じる。きっと、故郷に帰っても私は、もう)

 

 

 静かに、己の死期を見極める。外見的にはなんら異変のないエリスだが、彼女にだけは自覚があった。もはや永く生きていられるほど、自分の体のなかにある何かのエネルギーは残っていない、と。

 きっと、それを指して人は"生命力"と呼ぶのだろう。スキル《念動力》を、極めて異端な方法で使い続けた結果としてのこれは、当然の消耗だった。

 

 気づいた時にはすでに手遅れだった。泣き叫び、喚いてももうどうしようもない自覚がエリスにはある。

 ならばと、彼女はあえて前だけを見ることに決めた。残る時間が少ないならば己にできることを、できる限りを尽くすのみ。

 

 すなわち能力者解放戦線の打倒。火野源一を倒し、イルベスタ・カーヴァーンを乗り越えて首魁オーヴァ・ビヨンドを捕縛する。

 そしてその後、すみやかにラウラを義妹としてモリガナ家に迎え、彼女を故郷フィンランドの田舎村に連れ帰る。連れ帰って、少女に新しい平穏と平和な人生、生活を贈る。

 

 そこまでやって、初めて安らかに死んでいける──エリスはもう、自分のことなどなんでも構わなかった。

 すり減っていく生命を無闇に永らえさせることに執着するのではなく、残り僅かな時間だからこそ後に続く何かをしてみせる、と。

 そう、完全に覚悟していたのだ。

 

(…………この先に何があろうと、なかろうと。それでも、できる限りを尽くして。世のこと、すべてうまく行かない。だからこそ、私は)

「エリスちゃん? どうしたの、先程から静かだけれど」

「お姉様? 大丈夫? シモーネにいじめられたりした?」

「ソフィアさん……ラウラ。いえ、少し眠くて」

 

 内心にて腹を決めるエリスの静けさに、今は表に出ているソフィアとラウラが声をかけた。信頼と親愛に満ちた、友人と妹分の声。

 意識を内面から浮上させて、エリスは穏やかに優しく微笑んだ。見回せば、大切な仲間達もまたこちらを見ている。

 

 ソフィア、ヴァール。レベッカ、シモーネ。妹尾、トマス。そしてラウラ。次に向かう先のスウェーデンではシェン・ラウエンなる新たな探査者とも合流する。

 この人達と出会えて良かった。この人達とともに戦えて良かった。心の底からそう思えるエリスは、だからこそこうも考えるのだ。

 

 この人達の期待に応えたい。もう永くない生命、それでもこの人達のため、そして人々の平和と安寧のために使い尽くせるならば……それはとても素晴らしいことだ、と。

 きっと、《聖女》などという過分な名前の称号にも少しはふさわしい自分になれるだろう。そんな、ちょっとした茶目っ気めいたことさえ脳裏に過る。

 

「人聞き悪いよラウラ!? アンタいい加減、ちょっとは私を敬いなさいっての!」

「あいたっ!? うわーんエリスお姉様、シモーネがボクを虐めるよーっ!!」

「大人気ねえぞシモーネェ! 手ぇ出した時点でテメェが悪い!」

「相変わらずのやり取りだねえ」

「賑やかで飽きませんが、緊張感にゃあ欠けますなあ」

 

 尊敬すべき仲間達が、思い思いに過ごしている風景。きっと死ぬまで思い浮かべる、そんな光景。

 優しく慈愛の面持ちでラウラを抱きとめ、その頭を撫でながらもエリスは……ソフィアを見た。あるいはその裏にいるだろう、ヴァールをさえも。

 

 あの人と出会えて良かった。あの時、あの最初のスタンピードの時にきっと自分は死んでいたのだ、本来。

 それがヴァールに助けられて、手を差し伸べられて少しばかり猶予をもらえた。世のため人のために戦い抜くだけの時間を、授けてもらえたのだ。

 

 

(後悔はありません。未練ももちろん。この心、この魂、この力……すべて余さずソフィアさんとヴァールさんが夢見る世界の未来のために使います)

 

 

 ────たとえその世界に、エリス自身はもういなくても。

 

 

 遠く、汽笛の音が聞こえる。スウェーデンへ向かう船がやって来た。

 海を越えたかの地では、新たな仲間と最後の戦いが待ち受ける。

 

 その果てに待つものがなんであれ、必ず最期までやり遂げてみせるとエリス・モリガナは決意を漲らせていた。

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