大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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ラジオが告げるスタンピード

 ソフィアとシモーネが車内にて話し込む間。一方でトマスが運転する車内ではエリスと妹尾が絶句していた。

 暇つぶしにでもと聞いていたラジオから、まさに今間近にまで迫るストックホルムの現状が緊急速報として流れてきたのだ。

 

『速報です! 現在ストックホルム市街に大量のモンスターが侵入! スタンピードが発生しました! 市民のみなさまは直ちに最寄りの全探組施設かWSO関連施設に避難してください!!』

「────え?」

「これは……!」

「お、おいおい冗談きついぜ!」

「むにゃむにゃ……ううん、お姉様ぁ〜……」

 

 スタンピードの発生。平時のニュース放送にはありえないほどに切羽詰った、パニックに近い声音でラジオのアナウンサーが叫ぶのは避難勧告だ。

 その時点でエリス達にももう、ことが手遅れに近いことが分かってしまった──先手を打たれたのだ、能力者解放戦線に!

 

 すぐさまトマスはアクセルを全開にした。道行く車を猛烈な勢いで抜き去るほどの圧倒的加速。

 もはや一刻の猶予もないのだ。前を行くシモーネ達の車さえ突き抜けて、彼はストックホルムに向かおうとしていた。

 

「ここまで来て間に合わないなんぞジョークじゃ済まん! 飛ばしますぜ教授、エリスちゃんラウラちゃんもしっかり掴まっとけよ!!」

「任す! しかしソフィアさん達はラジオを聞いていないようだ、ストックホルムの速報に気づいていないか!」

「なら、追い抜きざまに──《念動力》!!」

 

 それを受けて妹尾もエリスも臨戦態勢へと移行する。ここからならば全速力で向かっても30分ほどでストックホルムに辿り着くはずだ、モンスターの気配もじきに察知できるだろう。

 気になるのが前方を走るソフィア達だ。ニュースを聞いていたならば、ストックホルムのスタンピードに気づいていたならばすでに自分達同様にアクセルを踏み込んでいてもおかしくないのがまるで変わりないあたり、ラジオをつけていないのだろう。

 

 ならば、とエリスは己がスキルを発動した。最近覚え、拙いながらも少しずつものにしようとしている《念動力》の本来の効果……物質を自在に動かす力だ。

 その効果でトマスがシモーネを追い抜く間際、エリスは彼女らの車に干渉した。内部はソフィア側のドア、窓を開けるための手動ハンドルを遠隔で回し、彼女達にこちらの声が聞こえるように仕向けたのだ。

 

 突然のことに驚きつつも、開いた窓からエリスを見るソフィア。その隣の運転席ではシモーネが驚いている。何かしら話し込んででもいたのだろうか。

 一切構わずにエリスは叫んだ。すでに間に合っていないものを、これ以上まごついているつもりはない。端的に、簡潔に現状を伝える!

 

「ラジオつけて! ストックホルムにスタンピード発生!! 先に行きます!!」

「っ!! 追随します、シモーネちゃんアクセル踏んで!! トマスくんの車、追いかけてっ!!」

「え……ええっ!? え、えーと、は、はい!?」

「頼むわ、ヴァール!!」

 

 いつにない様子のエリスに、スキルまで使用して窓を開けてみせたのも彼女だろうと訝しげに見るソフィアだが……彼女の叫びにも似た連絡に、即座にシモーネへと指示を投げた。

 同時にラジオを付ける。やはり流れる緊急速報。本当に今、向かおうとしているストックホルムが襲撃されているのだ。

 

 なんてこと、と嘆く余裕も待たず、ソフィアは目をぎゅっと閉じた。今はそのようなことしかできない自分ではなく、すぐに対応できる力を持つヴァールこそが求められている時だ。

 瞳を閉じる、その瞬間にはもう二人は切り替わっていた。ソフィアからヴァールへ、WSO統括理事の表から、裏へ。

 

「────ここは? 車内、察するにストックホルムに向かっている頃か? 一体何のつもりでこのタイミングに。エミール?」

 

 感情豊かで穏やかな眼差しが、無表情無感情の冷徹な視線へ。温かな微笑みなど一切ない、凍てつく凍土の戦士の表情へと変わる。

 ソフィアの別人格ヴァールが覚醒したのだ。同時にすぐさま周囲を見回して現状を把握し、隣のシモーネに確認する。

 

 曲がりなりにも自分を"見てくれている"感のあるソフィアと違い、本当にエリスを優先しているように見えるヴァールには苦手意識のあるシモーネにとっては、突如隣に苦手な存在が現れた形になる。

 それもあって盛大に顔を引き攣らせつつ、どうにか彼女に答えるのだった。

 

「ヒェッ統括理事……ヴァールさん! あの、ええとなんかストックホルムでスタンピードだそうでして! 先手を取られた形になりまして〜」

「……分かった! それでエリスがソフィアに伝えてくれたのだな。すでに彼女達は先に行ったか、ならばシモーネ! レベッカも起きろ!! 敵だ!!」

「は、はいぃっ!!」

「ん、ぐぉっ!? んが、あ? ……なんすか! 敵襲っ!?」

 

 しどろもどろにでもどうにか状況を説明すれば、ヴァールはすぐさまソフィアと同様の指示を出し、かつ後部座席で寝たままのレベッカをも叩き起こした。

 彼女の巨躯が震え、車体全体をも揺らす。あきらかな寝ぼけ眼のまま、けれど師からの呼びかけに文字通り飛び起きかけたレベッカを確認して、ヴァールもシモーネもうなずく。

 

 次の瞬間、彼女らの車も先行したトマス達を追って速度を加速させていく。

 ストックホルムでのモンスターによる襲撃に横槍を入れ、人々の生活を護り能力者解放戦線のメンバーを倒すため……

 彼ら彼女らは今こそ、スウェーデンにおける戦いの場へと走ったのだ。

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