大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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イルベスタの逃走経路

 疾走する鎖を、イルベスタはたしかに見ている。未来予知は数秒先を正しく読み込んでいるはずだった。

 ……だのに、避けた先にないはずの鎖の追撃がある。"確定させたはずの"数秒先をも上回る未来を、目の前の化物は実現させているというのだ。

 

「あっ、あり得ん! あるはずがない、こんなことがッ!」

「知らないようだから教えてやる。世のなか、存外あり得ないようなことが起き得るものだ。ワタシからすればオーヴァ・ビヨンドの因果演算能力も、その範疇だったのだからなおのことな」

「それにしたとて未来だぞッ! 見えた未来は確定しているはずだ、なぜにそこに割り込めるッ!!」

「答えたはずだ、因果演算ならば負けようはずもないと……! ましてや本来の演算者たるオーヴァどころか、それを間借りしているだけにすぎん紛い物に劣る道理などあるものか!!」

「ぐ──ぅ、おおおあぁっ!?」

 

 避ける、回避する、その度に完全に躱したはずのその地点に先んじて鎖が振るわれている。完全に上回られている、読んだ未来のさらにその先を、演算されている!

 これには堪らずイルベスタは恐慌に叫び、必死になって身を捩らせた。能力者としての身体能力を駆使してどうにかクリーンヒットを避けているが、それでも掠り傷は無数に増えている。

 

 このままではジリ貧だ、今の自分では勝ち目がない。いや、この場に限らず自分でも、あるいは閣下でさえも──

 絶望が、イルベスタの胸中に宿る。ソフィア・チェーホワは当然只者でなく、不老不死の化物にして現状最強の能力者であることは重々承知していたが、そうした危機感をも容易く上回ってくるのは予想外だった。

 

 あろうことか未来予知を演算してくるなど、そしてその上で圧倒してくるなど想像の埒外。

 あってはならないことだ。たとえ負けるにしても、ここで負けるなど絶対に赦されないことだ!

 

「に……逃げねば、ただ逃げねばッ! い、今はまだ敗れるわけにはいかない、私は閣下とともに生きて死ぬのだッ! ただともに生きてともに死ぬのだッ!!」

「妄執の類いか? 貴様と言い火野源一と言い、能力者解放戦線はどうなっている……安心しろ、すぐ貴様の下にオーヴァも送り届けてやる。揃って法廷で裁きを受け、残る余生を償いと贖いにあてろ」

「ソフィア・チェーホワッ!!」

「……悪いが、人の命ばかりはどうもできん。自ら脳を弄くり回した貴様は元よりオーヴァももはや限界だろう。因果演算を占いに活かして生計を立てていたならば、すでに稼働限界など超えているだろうからな」

「だからこそ逃げるのだ、私はァァァッ!! ──《念動力》ッ、オーヴァー・ザ・フューチャー"ビューティフル・ワールド"ォォォ!!」

 

 冷静に冷徹に、ただ淡々と逃げ場を削っていくヴァールに叫び、イルベスタは再度の力を振るった。自らの《念動力》で改造した脳の波長をオーヴァのソレに無理やり合わせ、彼女の持つ予知能力を拝借したのだ。

 そして見る、己の数秒先の未来。逃げようと足掻くいくつもの可能性を圧倒的な情報量とともに脳髄へと叩き込み、そのなかから最善の未来を推測し掴み取る。

 

 脳が焼ける。自らを構成する大事なものがグズグズに焼き切れるような、痛みがないからこそ致命的にも思える不快極まる感覚。

 それをも呑み込んでイルベスタは起死回生の一手を見出した。半ば運任せ、ゆえにチェーホワをもってしても読み切れないだろうその一手を。

 

 キーマンはこの場にいない、けれどもうじきやってくるモノども!

 戦線をこちらにずらしつつ戦うリッチと、それを追い詰める憎き難敵ども。および──エリス、ラウエンとの戦いにて負傷しつつも逃げ延びてこの地を通り過ぎるはずの、火野源一!

 

「────火野源一ィッ!! リッチをチェーホワへと差し向けろォッ!!」

「……何!? 火野源一だと、なぜそこにいる!? エリスはどうした!?」

「聞こえているか火野源一ィッ!! できるはずだ、やれェェェッ!!」

「な────んだぁ!? イルベスタの野郎か、んな遠くから!?」

 

 完全に偶然だった。敗走する火野がイルベスタのいる地点などを考慮に入れていたはずもない。

 まったく予期せずに彼は、今まさにこの場所を横切ろうとしていた。それを読み取ったからこその決死の叫び、指示。いまだ遠くにいる火野の、困惑に満ちた声が微かにヴァールの耳にも聞こえた。

 

 未だ遠くにいるだろうがステータスを得たことで強化された聴力と、何より殺人鬼としての勘、逃げ勘の良さにすべてを賭けた、イルベスタの最後の逃走経路。

 火野源一。ちょうどリッチとレベッカ達の戦いを横切るところに届いたその声は、彼にイルベスタの意図を正しく読み取らせた。

 

 瞬間、気を取られたヴァールが振り向いた先に閃光が走る。

 遥か遠くに見えるモンスターの軍勢、そして戦う探査者達……そこを縫うように駆け抜けた火野が、モンスターの背後へと炸裂弾を見舞ったのである。

 

「ぐげ────!? げぎが、ぎぎぎぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!?」

「────これで貸し借りなしだぜカーヴァーンッ!! おらリッチども、こっち来いやァッ!!」

「炸裂弾!? なぜに、いや、ターゲットを己に差し向けたのか! ……き、貴様らまさか! まさかこんなやり方でダンジョンからモンスターを!?」

「そうだ! あれこそはモンスターをおびき寄せるだけの効果を持つ、スタンピードを引き起こさせた炸裂弾だ!!」

「馬鹿な真似を、なんという愚かな……!」

 

 愕然と、閃光を見る。今に至るまでずっと疑問だった、ダンジョンからモンスターを引きずり出したその手法。それがまさかのタイミングで明らかになった。

 炸裂弾。能力者解放戦線のメンバーは自らダンジョンに潜り、内部に蠢くモンスターにそれを当ててターゲットを己に向かわせてはそのままダンジョンの外、現世社会へと誘き出していたのだ。

 

 そしてそのターゲット変更効果は、この場においても有効で。

 ──モンスターの群れが、戦う探査者達よりも火野源一を向くのが見えた。そしてそのままこちらに駆けてくる殺人鬼。

 差し向けてくるつもりだ! 戦慄とともに、ヴァールはイルベスタを見た!

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