大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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愛とともに、果てへ

「イルベスタ・カーヴァーン!! 貴様は!」

「チェーホワ、さあどうする!? このまま私を叩くか、背後から迫りくるモンスターの群れに応えず! ただ私を叩くかッ!?」

 

 土壇場の一手。逃亡中の火野に炸裂弾を使わせて、スタンピードの矛先を自らと相対するヴァールに差し向けることに成功したイルベスタは、恐怖と緊張を隠しもせずそれでも強気に叫んだ。

 恐るべき強さの統括理事。あろうことかオーヴァ・ビヨンドの予知能力さえ凌駕する正真正銘の化物相手に心から感服さえしながらも、それでもこの場面では己の命拾いを確信している。

 

 二者択一だからだ……イルベスタを優先して己を危険に晒し、モンスターどもにさらなる町の蹂躙を許すか。スタンピードを優先し、イルベスタとついでに火野の逃走を許すか。

 そしてここに至るまでのやり取りで、イルベスタにも目の前の女の性質はある程度予測できていた。冷淡冷徹に見えても酷薄ではない。優先すべきものを決して見誤ることのない、憎たらしいが正義の人であることを!

 

「予知するまでもなく分かるぞ、チェーホワ! 貴様は私を追いきれない! 少なくともこの場において、己ばかりか市民の生活を蔑ろにする選択を持ち合わせていないだろう!!」

「くっ……! ワタシどころか、ストックホルムの人々をも質とするのか……!! もう諦めろ、残り僅かな命で何を抗う!?」

「やるべきことがまだ、あるからだ……! 貴様らをノールノルゲにて迎え撃つために! 貴様を、閣下のところまで連れて行くためにッ!!」

「なんだと!?」

 

 思わぬ言葉。ヴァール自身、この場はイルベスタよりもスタンピードを優先せざるを得ないと判断しながらのやりとりのなかで浮かび上がってきた、敵方の目的。

 ヴァール、否、ソフィア・チェーホワとオーヴァ・ビヨンドを対面させる。それがイルベスタの目的でもあるというのだ。

 

 能力者解放戦線の真の目的の一つなのか、はたまたイルベスタ個人の思惑なのか。そこは判別がつかないが──

 リッチ率いるモンスターの軍勢が近づいてきている。舌打ちを一つして、ヴァールはイルベスタへと鋭く叫んだ。

 

「……なんのつもりか知らんが覚悟していることだ! この局面が終わればいよいよ貴様らに後はなく、残るはノールノルゲでの最終決戦となるだろう! それか逃亡でもするか、オーヴァ・ビヨンドと! 残る余生を逃げ隠れでもするか!?」

「侮るなチェーホワ、余生など私とて閣下とて今さら惜しむものではないッ! 使命を果たすのだ、ただ果たすのだ! 閣下の使命こそ我が使命! 閣下の命数尽き果てるまで、私はただ貴様らと相対し続けるッ! その果てに至るために、今は逃げるぞ!!」

「なんの使命だ、テロリストのやることが!!」

 

 吐き捨てる。ヴァールからしてみれば使命などと高潔ぶってみせても所詮、能力者解放戦線はテロ組織でありオーヴァ・ビヨンドはその首魁、イルベスタ・カーヴァーンは補佐役にすぎない。

 そのような連中の掲げるものなど、認めるわけにいかない……しかし今は、優先順位においてイルベスタを見逃さなくてはならない。

 

 身を翻してモンスターを迎え撃つ。敵の意識が自分から逸れたことを受けたイルベスタは、身体中に力を込めて後方へと跳躍した。火野同様に屋根伝いに逃げ、ノルウェーへと戻るつもりなのだ。

 おそらくは、あらゆる意味でほんの僅かな時間稼ぎ。それでも値千金だとする彼は、去り際にヴァールへと叫ぶ。

 

「今はさらば、たださらばだソフィア・チェーホワッ!! 我々はノールノルゲにて待つぞ、最後の決戦に向けて待つぞッ!! ──我らがオーヴァ・ビヨンドが、他でもないお前を待っているぞッ!!」

「首を洗って待っていろ……! 因果を見通し悪事を成すは、すなわち因果律の悪用! 貴様らは触れてはならない領域をすでに侵しているのだ、粛清から逃れられると思うなッ!!」

「ならば来い、粛清に来い……!! 余命わずかなこの身の覚悟、生半可で済むものと思うなチェーホワッ!!」

 

 視線を合わせず、互いに啖呵を切ってそれぞれの最優先事項へ。イルベスタは逃走し、ヴァールは《鎖法》の鎖をモンスターへと振るう。

 今回は痛み分けだ。ただし状況はやはり、限りなく能力者解放戦線に不利……詰み間近の状態と言える。

 

 それでいい。それこそがオーヴァの望むもの。すべては夢見の望みのままに。

 小さく嘯いてイルベスタは蒼穹の空の下、屋根から屋根へと駆け抜ける。スタンピード発生から数時間、すでに時刻は昼手前だ。

 

「これで……良いのですね、閣下。あなたが見たというヴィジョン、犯してしまったという大罪。その償いと贖いを、ソフィア・チェーホワに託す。それこそがあなた様の、人生最後の願いだというのであれば」

 

 ────それこそが己の願いでもありましょう。

 最後の一言だけは内心にてつぶやく。複雑な胸中、愛した女性が死に向かい、しかもそのなかでせめてもの贖いをすべくわざわざ罪に手を染めた。本末転倒な事象。

 

 なんのために、誰のために。その一切をイルベスタは知らない。それでも。

 それでも彼はただ成すのだ。オーヴァのためにすべてを。彼の信じる愛、そして忠誠のままに。たとえ後世において唾棄すべき犯罪者として扱われようとも。

 

 すべては愛するオーヴァ・ビヨンドのために。

 イルベスタ・カーヴァーンは、自らもまた余命幾ばくもないのを承知の上で、最期まで彼女とともに生きる覚悟でいた。

 その果ては、もうすぐだ。

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