ストックホルムの昼下がりに、静寂が下りる──
住民達がみな避難し、そしてその原因であったスタンピードをも一掃すれば。後に残るのは静謐なまでの沈黙ばかりなのだと、リッチにとどめを刺してエネルギーブレードを収めたエリスはそんなことを考えていた。
強い、脱力感に人知れず耐えながらだ。
加速度的に、エリス自身の予想さえ超えて限界が近づいていた。もはや自分でも分かるほどに、生命の灯火が消えかけているのを感じる。
「…………私は、私の、なすべきことを。そのために、まだ」
静かに、口のなかだけでつぶやく。忍び寄る根源的な死への恐怖を、悲壮なまでの使命感と責任感で呑み込んで受け入れて。
エリスは故郷の家族を想いながらも、その一切を捨てて死地へ赴く覚悟を固めていた。
そんな彼女の様子など当然知る由もない、ヴァールと仲間達が喜び勇んで近づいてくる。
かけがえのない、素晴らしい仲間達だ。死にゆく自分が最後の最後に、こうした人達とともに過ごせるだろうことはきっと、死んでも死んだ後でも誇りに思える財産だ。
穏やかな微笑みを浮かべて、エリスは彼女達へと向き直った。
「お疲れ様でした、みなさん。なんとか、やれましたね」
「ああ、エリス。みんなも見事だった。素晴らしい連携のなかで我々はストックホルムを守り抜けたのだ。これは間違いなく誇るべきことだ」
「おう、怪我はねえかいエリスちゃん! あのド変態カス野郎になんぞ、変なことやられてないだろうね!?」
「は、はい。相変わらず異様な言動でしたけれど、ラウエンさんが助力してくださったおかげでどうにか切り抜けられました。ただ、逃げられてしまったのは……ごめんなさい、私の実力不足です」
大きな戦いの後ゆえか、常は無表情のヴァールもいくぶん、疲れを隠せない様子でいる。それでもレベッカともどもねぎらいの言葉をかけてくる彼女達に、エリスもまた応える。
火野源一との戦いもこれで何度目となったか。その度に大きな傷こそ負わせているが、敵もさすがのもので毎回すんでのところで逃げおおせてしまう。
特に今回はラウエンという、強力な味方さえいてなお逃走されたのだ。
こればかりは自身の力不足を嘆くしかない。話を向けられたラウエンが、しかし力強く首を横に振ってそれを否定した。
「いや……モリガナさんは見事な腕前だ。俺とて初対面にして初の共闘だが、大いに頼らせてもらった。それでもあの結果に終わったのは、やはり例の火野なる男の邪悪さと執念によるものだろうさ」
「あーの変態、とんでもねえからなあいろいろ……まあ、と言ってもいよいよ決戦ともなりゃあ向こうも今度こそ逃げずにやるつもりでしょうけども。ねえ、教授」
「だろうね。なんでも、ノールノルゲのなかでもフィンマルク県のヴァードーという町の近くらしいけれど」
「はい。たしかに火野は、そこにオーヴァ・ビヨンドの館があると。そして決着を待つ、と言っていました」
今回、三つに分かれて戦線を構築していたパーティだが、とりわけ火野を相手取っていたエリスとラウエンは値千金の情報を入手できたと言っていい。
元よりノルウェー北部、ノールノルゲと呼ばれる地域に敵本拠地はあるとされていたが……さらにピンポイントに、フィンマルクのヴァードーにこそ根城があると他ならぬ火野が断言したのだ。
当然その情報は今、この場においてパーティメンバー全員に共有されている。
北欧最東端。北欧全土を巻き込んだ第二次モンスターハザードにおける最終地点は、その極点の一つとも言える土地にて行われることがここに知らしめられたのである。
迫る決戦の予感に、シモーネが微かに震えつつ声を発した。
「ついに……能力者解放戦線との戦いにも、終止符が打たれるんですね。敵がその、まだどのくらいいるのかは分かりませんけど」
「ここに至るまでの半年間で、敵構成員は大方捕まえられていると言える。すでに組織は半壊状態、ならびに今回のこの戦いをもって連中が本拠地に逃げ帰ったと言うならば、件のヴァードー付近以外の北欧は概ね解放戦線の魔の手から取り戻せたと言えるだろう」
「つまり、事実上残りは火野源一、イルベスタ・カーヴァーン。そしてオーヴァ・ビヨンドの三人……そして彼らがまた誘き出してくると予想されるモンスターが、いくらか」
「敵も最後のつもりで来るなら、それこそ死に物狂いで来るだろう。心してかからねばな……北欧全土のWSOエージェント、ならびに探査者の有志を募りノルウェーに集結させる。逃げようにも逃げられないほどの包囲網のなか、やつらを打倒するぞ」
残る敵勢力の規模を確認するエリスに、ヴァールは今後の指針をも含めて応える。そう、もはや敵は多くない。
ゆえに彼女はここで総動員をかけ、念入りに能力者解放戦線を追い詰める心積もりでいる。火野源一ももちろんそうだが、それ以上にイルベスタとオーヴァの二人だけは、確実に倒し捕まえられるようにするのだ。
WSO統括理事としてだけでない……■■■■としての使命でもある。
未来予知、と連中が称するところの因果演算の悪用は、とっくに"彼女達の領域"に手をかける大罪、粛清案件だからだ。
(本来の粛清担当が出向くまでもない。ワタシが責任を持って貴様らを終わらせてやるオーヴァ・ビヨンド、イルベスタ・カーヴァーン。貴様らの力、それそのものはヒトの持ち得る可能性であり言祝がれるべきものだが……それを用いて"我々"に仇なすならば、それを放置してやれないのがこの世界の現状なのだ)
内心にてつぶやく。そこに宿るは冷徹な意志──粛清するという決意。
それをも内包させてヴァールは、WSOと仲間達とともに決戦の地へと向かうのだった。