平和を取り戻したストックホルムに、避難していた人々が戻って来る。
いくらかモンスターに壊された町並みだが、致命的なまでの被害はもたらされていないことへの歓喜と安堵を叫びながら。
大勢がもう、駄目だと覚悟していた……ストックホルムは終わりだと。大いなる破壊がもたらされてしまい、そこから再起を図るのに長い、ひたすらに長い時をかけていかねばならないだろう、と。
そんな諦めさえ、避難所にて身を寄せ合う彼ら彼女らを包んでいたのだ。
それが、終わってみれば損害はあるものの軽微。まさに海か雪崩かと言わんばかりのモンスターの群れが怒涛に訪れたにも関わらず、町は多少復興すべきところはあれど、覚悟しなければならないほどのものでもなかった。
奇跡だ。まさしく。各人それぞれの家に帰るなか、涙を流して感謝の言葉を口にしていた。
他でもないソフィア・チェーホワとその仲間達のパーティに向けて、である。
「ありがとう……! ありがとうございますWSO、ソフィア・チェーホワ! あなた方のおかげで私達の暮らしが、町が……!!」
「レベッカ・ウェインさんも、シェン・ラウエンさんもありがとうございます! お仲間のみなさんも、なんとお礼を言っていいやら!」
「奇跡だ! 神は、この世に永遠の探査者少女をもたらしてくださったっ!!」
「WSOに栄光あれ! 我らがスウェーデンに繁栄あれっ!!」
WSO施設へと向かうソフィア一行に、人々から惜しみない称賛の声が投げかけられる。今や彼女らはスウェーデンの英雄、ひいては北欧全土における英雄達としての立ち位置を揺るぎないものとしている。
そうした声を受けて、ヴァールから人格を交代したソフィアは穏やかな笑みとともに手を振り応え、レベッカやラウエンは彼女に続いて悠然と、しかし誇らしげな面持ちで背筋を伸ばし歩く。
威風堂々たる三人。しかしてさらにその後ろに続く面々は、さすがにそこまで泰然自若ともしていられない。
精々が妹尾くらいだろう、特に動じていないのは……他のエリスやシモーネ、トマスなどはすっかり動じており、照れるやら浮かれるやら反応に困るやらしていたのである。
「あ、あはは、は……な、なんだか場違いです、正直。こんなふうに出迎えられるなんて、さすがにその」
「ふふ、ふふふーん! 何ビビってるのさエリス、私らはこの町を守りきったんだよ? このくらいの待遇はもちろんあって然るべきじゃん! トマスなら分かるよね、これこそ次の世代の筆頭格な私達にふさわしい扱いだって!」
「見事なまでに調子乗ってるなぁ、シモーネよう……さすがにそこまで面の皮は厚くできとらんぜ俺ぁ」
「ふーん? 何さ、こんなところだと急にむっつりしちゃって!」
生まれて初めてこうした声援を受けるエリスは、それゆえに照れながらも嬉しさを隠せていない。反面、露骨なまでに鼻高々で自らを誇示するシモーネと、まさしく対照的と言えるだろう。
そんな二人を見つつ、やはりシモーネの姿にため息を禁じ得ないのがトマスだった。もはや哀れなまでにコンプレックスを抱えている様子に、どうにも憐憫を禁じ得ないのだ。
レベッカの弟子として、あるいはソフィアの孫弟子としての自負が強すぎる。そのくせ本質的には卑屈で自己肯定感など皆無なのだから、その時点で歪でしかない。
それでも、エリスがいなければまだ平静を保てていたのかもしれないが……現実はご覧のとおりだ。今やパーティの中核とまで言えてしまう実力とカリスマを放つ聖女の姿に、シモーネは確実に精神のバランスを崩しつつあった。
(エリスちゃんやヴァールさん、レベッカさんはまあ気づけないくらいにゃ上手く誤魔化せてるが……俺、教授、そしてソフィアさんは気付いてるんだぜシモーネ。そして心配もしてるってこと、お前さんは知る由もないだろうがな)
内心で呆れとともに嘆く。トマスはもちろん妹尾、ソフィアもシモーネの内心のコンプレックスには気づいている節が見受けられており、それゆえに能力者解放戦線との決着を急いでいるのも彼は見抜いていた。
誰も、シモーネを蔑ろにするつもりはないというのに。彼女は独り相撲で自分を損ね続けて、エリスを憎み始めているからだ。
ゆえに、これが続いて大変なトラブルに発展するより先に、事件を解決させてエリスを故郷へと帰そうというのがこの三人の意志だ。
エリスは言うまでもなく素晴らしい探査者だが、同時にシモーネとて将来有望なのだ。そんな二人が一方的なコンプレックスによるものであっても揉めるくらいならば、残る決戦を早急に済ませてしまいたいのが三人の総意だった。
(正味、火野に揶揄われてもおかしくないくらいの甘ったれだとは思うがな……シモーネよう。敵視するには、エリスちゃんってのは荷が勝ちすぎたな。あの天才にゃ勝てんぜ、なかなか)
本音のところ、シモーネへの隔意はあるが同時に同情もある。おそらく妹尾やソフィアも同様だろう。
相手が悪すぎた。間違いなくこれからの時代を担える大器であろうエリスを、意識してしまってはこうなってもおかしくないと理解くらいは示せるのだから。
けれど。それでもそのコンプレックスはどこまでも身勝手なものでしかない。
大切な仲間だが、これではシモーネに肩入れするわけにもいかず……トマスはふうと、軽く息を吐きながらも声援の飛び交うストックホルムを仲間達とともに練り歩くのだった。