ノルウェーを目指しつつ、半月ほどの静養を経てからの最終決戦へ向かう方針を固めたソフィア・チェーホワ一行。
ひとまずストックホルム内の高級ホテルに宿泊し──ホテル側の厚意によるものだ。町を救った英雄達をぜひ、もてなしたいとのことだった──、数日ほど体力回復に努めることにしたのである。
そのホテルの一室にてエリスは、自身の妹分であるラウラとともに穏やかなひとときを過ごしていた。
スタンピード中、トマスに避難所まで連れられてそのまま退避していた少女。しかしてその最中にも、自分にできることを模索していたのだと言う。
「モンスターがたっくさんいて、すっごく怖かったけど……お姉様達が頑張ってるって思って、ボクも何かしたくて。それで避難してる時にも、職員さんのお手伝いしてたんだー」
「立派よ、ラウラ。自分にできることを精一杯できるあなたを、私は一人の人間として尊敬するわ」
「えへ、えへへへ! で、でもエリスお姉様こそやっぱりすごいや! 聞いたよ、火野って悪い人をまたやっつけて、リッチだってズババーって倒したって! トマスさんと妹尾教授とレベッカさんがさっき、お酒を飲みながら褒めてました!」
「か、過分なお言葉ねえ……嬉しいけど恐縮が勝るかしら」
ラウラの誠心を褒めつつ、しかし自身に向けられた先達からの言葉には薄っすらと頬を染めて嬉しげに恥じ入るエリス。
褒められることは、どれほど重ねても嬉しいものだが反面照れくさく、また畏れ多いことにも感じる。それが尊敬するパーティメンバーの面々からのものであればなおのことだ。
今はストックホルムの夕暮れ時、真っ赤な空がホテルの窓から見える頃合い。ラウラも言うとおり、すでに何人かの仲間は盛大に宴を催している。
レベッカ、妹尾、トマス……たしかシモーネとラウエンもそこにいるはずだ。つまりここにいるエリスとラウラ、そして今もWSO施設にて業務を行っているソフィア、あるいはヴァールを除けば全員がもう飲み始めていることになる。
「そろそろ私達も行こうかしら、晩御飯。ソフィアさんやヴァールさんが戻って来られるまで、待っているのも一つだけれど。あ、ラウラはもちろん自由にしてちょうだいね? 私に付き合う必要はないから」
「ううん、ボクはお姉様が行くなら行くよ。ボク一人で行っても、レベッカさんとか妹尾教授とかにアレコレ絡まれるだけだし。トマスさんなんか、女の人の話ばかりするし!」
「…………まあ、それぞれお酒が入ると、いろいろクセが強くなるものね……」
忌憚ない仲間達の酒癖に対しての指摘。妹分の言葉は失礼さを含むものでもあったが、エリスにも思い当たる節があるものなので反応しづらいのが正直なところだ。
レベッカは言わずとしれた大酒飲みで、しかも絡み酒の気がある厄介者。妹尾も酒が入ると話が長くなりがちで、トマスに至っては過去に惚れていた女性複数人との思い出話をひたすら繰り返すだけの男になる始末だ。
この半年でそうした様を、そしてソフィアなりヴァールがそうした醜態を散々に叱りつけるのを見てきたエリスからすれば、一概に否定できるものでないと思ってしまうのである。
さらに唇を尖らせて、ラウラの愚痴は続く。パーティ内で彼女が最も苦手とする女性、シモーネに対しての非難だ。
「シモーネなんてさ、本当にありえないよあの人。それとなくお姉様の悪口とか言ってさ、話をずーっと人の悪口と、自分を褒めてもらうほうに行かせようとしてるんだもん! ……お姉様、本当に気づいてないの?」
「えっ? ……シモーネさんからは、むしろありがたいご指摘と言うかご指導いただいているのよ、ラウラ。言われて当然のことを言われているだけだし、誰だって褒められたいに決まってるじゃない。そんなに悪い解釈をしなくても良いんじゃないかしらって思うけど」
「……ボク、お姉様のそういうところはヴァールさんと本当に似てるなって思うなあ。本当に師弟って感じだよ」
どこまでもまっすぐ穏やかな瞳で語る姉貴分に、ラウラは憧れと同時にそこはかとない呆れの感情さえ乗せて視線を向けた。
分かっていたことだけれど、あまりに人が良い……それこそシモーネさえも批判的ながら認めるほどのその善良な素朴さに、どうしてもヤキモキしないでいられない。
そもそも、シモーネの本音にこの期に及んで気づいていないのだからその時点ですさまじい。これについては師にあたるヴァールもまったく気付いてないようなので、変なところで師弟相似たりといったところか。
ラウラ、妹尾やトマスなどは彼女の腹のうちなどすっかり見抜いており、その上でそれぞれ嫌悪、静観そして忠告とそれぞれのスタンスで彼女に接しているのに。ヴァールとエリスの二人は常にシモーネのことを本気で信頼できる仲間として扱っているのだ。
(シモーネ的には、そこも面白くないんだろうなあ……相手にされてないって感じで。たぶん、お姉様もヴァールさんも仲間だから良いところしか見てないだけだと思うのに、シモーネは逆に悪いところにも目を向けてほしいのかも、なのかな。わけ分かんないけど、アイツ、そういうところは可哀想なのかも)
エリスを嫌うという点で、ラウラもシモーネのことは嫌いだが……しかしだからこそ、シモーネの内心に理解を示せてもいる。幼くとも人を見る目はたしかなのだ、この少女は。
憎たらしいエリスに、歯牙にもかけられていない。だから拗れてしまうのだけれど、当のエリスはあくまでシモーネを尊敬する先輩として見ている。ヴァールも似たようなスタンスだ。
それが、相手にもされていないように感じて余計に腹立たしいのだろう。彼女のエリスへの言動、穏やかな裏に仕込まれた毒は、裏を返せばもっと自分を意識してほしいという想いの表れなのかもしれない。
そう考えると、ラウラとしてはシモーネに少しだけ、ほんの少しだけだが憐れみを覚えなくもないのだった。