大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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シェンとソフィアの約束

 ヴァールからしてみれば、懐かしい顔ぶれやその縁者に囲まれての宴席だった。

 WSO統括理事としての事務処理を恙無く行ったのち、空腹感を覚えたので仲間が集まっているというバーに訪れた彼女を、レベッカ、妹尾、そしてラウエンが即座に捕まえて自分達の席に呼び寄せたのだ。

 

 彼女としては上役と飲み食いするのも水を差すだけだろうという思いもあり、そそくさといくらかの挨拶だけした後、腹だけ満たして帰れば良いと思っていたのでこれは想定外の事態だ。

 見ればエリスやラウラも近くの席で思い思いに食事を楽しんでおり、あちらの席も良さそうだなというのが本音のところだが……せっかく呼ばれたからには、何かしら話したいことがあるのだろうと、相変わらずの無表情のままヴァールはその席に着いたのである。

 

「どうした、顔を出すなり唐突に。昼間はご苦労だったな、諸君」

「いやいやヴァールさんこそお疲れ様ですへぇっへっへっへ! ソフィアさんは今回はお休みですかい?」

「ああ、代わろうかとおもったのだがな。即座に切り替わられた上、今日の功労者なのだから目いっぱい食べてエネルギーを補充しろと言われてしまった。まあ、彼女は肉を食えないので食べられるものも限られてくるからな」

「相変わらずですね、あの方も。同じ身体に二つの人格、しかして趣味嗜好はそれぞれ異なりますか」

 

 弟子と言える二人と語らいつつ、適当につまめるものを注文する。彼女は酒は呑まない……呑めば判断力が鈍るという理由からソフィアともども、アルコールの類とは距離を置いている。

 代わりにオレンジジュースを注文して、それらを待ちながら仲間達との語らいに興じる。

 

 何をおいてもまず話題にあがったのは、ラウエンとカーンにまつわる話だった。

 大ダンジョン時代が始まってまだ5年程度の頃合いに、たまたま出会ったソフィアとカーン。二人はそこで約束を交わし、それぞれWSO統括理事とシェン一族の長となった。

 

 そこにいかなる秘密が隠されているのか……約束とはなんなのか。

 古い付き合いながらそのあたりをまったく知らないレベッカと妹尾が、興味津々のラウエンを挟む形で座り対面のヴァールへと問いかけた。

 

「聞いたんすけどねヴァールさん。ラウエンくんやカーンさんとこのシェン一族ってのとヴァールさんが結んだっつう約束ってやつ。それってなんなんですかい、一体」

「単なる好奇心本位で恐縮ですが、何しろ我々としても旧知の仲であるあなたとカーンさんの間にあるものですから。どうにも気にかかったのですよ、お気に障られたならば申しわけないです」

「ふむ? ……気にはすまいがラウエン。君はかの約束については、カーンなら何か?」

「あ、いえ。話す直前にヴァールさんがお見えになられましたので。話すべきでないと仰るならば、今後とも秘匿しておりますが」

「いや、別段隠す話でもないが。とはいえ聞く必要もなければ話す必要があるものでもないな」

 

 誠実を絵に描いたような実直なまなざしで、件の約束について判断を仰ぐラウエン。ヴァールはそうした若き探査者のスタンスに好感を抱きつつも、少しばかり考えた。

 レベッカや妹尾、あるいはエリスなりラウラなりトマスなりシモーネなりがそれを知ったとて、何がどうなるわけでもない類の話だ、こればかりは。

 

 となればつまるところ話すべきであるかどうか、というよりは話したいかどうかだ。必然性や必要性がない以上、結局のところはヴァールのその時の気分で決まるような話でしかない。

 ならば、と。ヴァールは触り程度に言っておくがと前置きした上で、カーンとの昔日に交わした約束についてを打ち明けることにした。

 そうしても良いと、思える夜だったのだ。

 

「内容は至ってシンプルなものだ。シェン一族がいつの日か、己の血族のなかから"完成されしシェン"を輩出し、ワタシの元に送り届ける」

「"完成されしシェン"……だって?」

「うむ。そしてその暁にはワタシが持つ"とあるスキル"を渡し、それをもって"とあるモンスター"を倒す──という。それだけの契約、約束ごとでしかない」

「……とあるスキル、渡す? とあるモンスター? それは一体」

「"断獄"という。ワタシから言えるのはそれだけだ……カーンにもそこまでしか伝えてはいない」

 

 顔を見合わせる妹尾とレベッカ。明かされたソフィアとシェンの約束の、そのあまりの曖昧さに目を丸くせざるを得ない。

 何もかもが不明瞭だ。そもそも完成されしシェンとは誰なのか、どういった人物を指すのか。そしてとあるスキルを渡すとは何か、とあるモンスター・断獄なるソレはどういったモンスターなのか。

 疑念は尽きない。

 

 しかして当のシェンたるラウエンは、その言葉の一つ一つに一々力強くうなずき、己の使命を再確認したかのように顔を引き締めている。

 その様子に、どことなく満足気な様子さえ見せて、ヴァールは肩をすくめて続けた。

 

「シェン一族の最高到達点。それがどの地点なのかは一族が決めることだが、少なくともワタシ以上の強さを持つ者でなくば務まらないのは断言しておこう。ラウエン、この事件が終わった後に里に戻った際には、それは念押ししておいてくれ。間違ってもワタシ程度に敗れるような、そんな程度の低い地点を完成だなどと言ってくれるな、とな」

「は、はい」

「いやハードル高えですよソレぇ!?」

「ヴァールさんで程度が低いとは、いやはや……よほどなのですね、その断獄とやらは」

 

 ラウエン、ひいてはシェン一族すべてに突きつけられるハードルの高さ。1957年時点において紛れもなく最強の探査者だろうヴァールでさえ、程度が低いと断じれるほどの高みに至るシェンを輩出しろというのだ。

 これにはさしものラウエンも顔を引き攣らせつつ応じるも、レベッカと妹尾はツッコまざるをえない。

 

 そんな探査者など、今後1000年かけたとて現れるかどうかだ──

 率直にそんな感想を抱いたのであった。

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