大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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静かなる拳闘─妹尾万三郎─

「死ねやコラ、末成り瓢箪がぁっ!!」

「やれやれ。大人しく投降してくれれば話が早く済むものを」

 

 激昂とともに棍棒で鋭く顔面を突かんとするメイリィに、差し向けられた妹尾万三郎は軽く息を吐いた。

 彼はこうした、無駄な抵抗が嫌いだった……足掻けば足掻くだけ時間と労力の無駄というもの。であればさっさと投降するに越したことはないのに、というのがこの場における彼の持論だ。

 

 憎悪に叫ぶ女と、呆れに息を吐く男。レベッカの目から見るとひどく呑気で、かつ危険な光景である。

 何をぼーっとしているのかと、彼女は妹尾を叱りつけた。

 

「ため息ついてる場合じゃねえだろ万三郎! ちいっ、危ねえっ!!」

「危なくないよ、レベッカくん。《拳闘術》、スネークジャブ」

「!? んがあっ!?」

 

 咄嗟に剣をもって応対せんとしたレベッカに冷静に返しつつ、妹尾は反撃行動に出た。

 握り拳を構え──左拳をそのまま放つ。牽制やコンビネーションのための威力の低いパンチ、すなわちジャブだ。

 

 妹尾も能力者、当然のことスキルを使いつつのこれはれっきとした技である。

 しかもレベルの恩恵もあり、常人の何倍もの膂力としなやかさをもって振るわれる拳のしなりはまさしく鞭そのもの。

 

 柔らかくうねり、鋭く噛みつく蛇のようなパンチが、メイリィの身体を数発叩く。

 特に左頬をも打たれて思わず仰け反った巨躯ではあったものの……怯んでなるものかと、むしろ勢いづいて妹尾へと突進してくる!

 

「ペチペチペチペチ、痒いのよぉぉぉっ!!」

「だったらこれは? 《拳闘術》、ストレートスティンガー」

「んなっ……んぼあっ!?」

「ありゃー見事なワン・ツー」

 

 無理矢理にスネークジャブを突破しようとした、メイリィに差し向けられるのは閃光のような右拳。

 便宜上、技名を付けているが結局のところストレート。先のジャブで牽制しつつも距離を測り、タイミングを見計らっての本命の一撃を放つ──まさに蠍の一刺し。

 

 結果としてレベッカが思わず感心するほどの、お手本めいたワン・ツーがメイリィの顔面にクリーンヒットしていた。

 敵の涎や汗が付着した右拳を、ハンカチで丁寧に拭き取りながら妹尾は嘯く。

 

「女性に手をあげるというのは紳士としては避けたいのですがね……これもより大勢の女性を護るためと堪忍していただければ幸いです。何しろあなたは女性である以前に能力者であり、しかも大量殺人鬼ですので。悪しからず」

「誰に釈明してんだよ……戦いに男女なんざ関係ねえだろ。大体やっこさん、まだまだピンピンしてるしよ」

「がっ……ぐ、あ、あぁっ、また、やりやがったわねぇぇぇっ!!」

 

 取り立てて紳士を標榜しているわけではないものの、敵とは言え女性の顔面を狙い撃ったことに対して多少の罪悪感を抱く妹尾。

 しかしてそんな彼に対してレベッカは鼻を鳴らし、呆れたふうに応えた。

 

 非能力者であればいざ知らず、能力者の間にあっては男も女もないのが大ダンジョン時代だ。

 ステータスというスーパーパワーは容易く性差による身体能力の格差を埋めており、むしろ能力者という枠内ではレベルの高低差、保持スキルの数なり質なりのほうが新たな格差として扱われかねない風潮がこの10年ほどには形成されていた。

 

 そのような能力者社会にどっぷり浸かったレベッカからしてみれば、今しがたの妹尾の攻撃など生温いものでしかなかったようだ。

 顎で指す先にはハオ・メイリィ。激怒に叫び立ち上がるものの、見るからにダメージは薄い。その顔面に微かな打撲の痕跡を残すのみであり、ほとんど無傷と言って良い様子だった。

 

「ほら。威力低いんだよお前さんのパンチは。せめてガントレットでも着けとけや」

「そんなモノつけたら、いよいよ私は人殺しだよ。今のワン・ツーだってそれなりに加減したんだよ、しすぎたせいでほぼノーダメージのようだけど」

「私ゃ私でやりすぎだろうが、お前もお前で人間相手の戦いをやらなさすぎだよ、万三郎。こんな因果な役職してんだ、書類相手にすんのは結構だがいい加減やる気出せっての」

「ううむ……耳が痛い」

 

 忌憚ないレベッカからの指摘に苦笑いを禁じ得ず、妹尾は頭を掻いた。

 そも、学者でありモンスターの生態について研究しているのが妹尾万三郎という男だ。その都合、どうしてもモンスター相手には戦う必要があるから戦闘経験を積んでいるだけであって、必要もないのにバトルを行う趣味などは彼にはない。

 

 ましてや人間相手など。

 それも目の前のメイリィのような、人を殺すことに特化した連続殺人鬼の相手など! ……元より自分の領分にあらず、手に負える相手でないというのが彼の本音だ。

 

 しかし状況と立場がそれを許さない。

 ソフィアに薫陶を受け、能力者同盟の幹部でもある彼としては、人為的にスタンピードを引き起こし社会秩序を乱そうという犯罪者相手にはカーンやレベッカ同様、怒りを禁じ得ないのだから。

 

「まったく世知辛い……こうなれば二人がかりでもどうにか、さっさと終わらせるべきなのだろうね。レベッカくん」

「ったく、判断が遅えんだ。ほら、行くぜ……ゴミ掃除だ」

「ゴミはアンタらよッ!! 殺してやる、嬲り殺しにしてやるゥッ!!」

 

 戦いたくはない。けれど戦わざるをえない。であれば、早々に戦いを終わらせるしかない。

 そうした理屈の下、妹尾はレベッカと並び立ち構えた。いきり立つメイリィに、今度は二人がかりで倒しにかかるのだ。

 

 能力者同盟幹部、妹尾万三郎とレベッカ・ウェイン。対するは委員会構成員ハオ・メイリィ。

 三者の戦いはここから数時間にわたり繰り広げられ……その末にメイリィは倒れ、捕縛されるのであった。

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