最後の戦いを前にした、束の間の休息。
それはWSO側だけでなく、能力者解放戦線側にも同様に訪れていた。
ノルウェー北部ノールノルゲ最東端、フィンマルクのヴァードーにある洋館。
──そこに、解放戦線の残りメンバーが集い、一時の安らぎに憩うていたのだ。
「ついに……ここまで来たわね、イルベスタ」
「はい、閣下」
館の主専用の書斎にて、能力者解放戦線首魁オーヴァ・ビヨンドは腹心のイルベスタ・カーヴァーンと二人で語らっていた。
互いに心安らぐ相手との、平穏のひととき。北欧全土にスタンピードを差し向けるという恐るべきテロ行為に手を染めた者達の、不安を孕んだ安寧の空気が流れる。
この半年で、たった半年で能力者解放戦線はもはや壊滅寸前だった。各地で起こしたスタンピードはWSO側の戦力ならびに各国全探組所属の探査者達の連携により、多少の成果をあげつつも結局はすべて鎮圧された。
一時は北欧全土に伸びた侵攻ももはや、ノルウェーを残すばかり。しかも構成員は軒並み捕らえられており、もはやオーヴァとイルベスタ、そして火野源一を残すばかりとなってしまった。
往時は志をともにした仲間達で賑わったこの館も、気づけば閑散とした有様だ。
しかしてこれこそが自分達のしでかしたことに対する、報いの一欠片なのだろうとオーヴァには思えていた。身勝手極まる理由で北欧を危機に晒したことの罪深さを、彼女は誰よりも理解していたがゆえに。
それでも止まれぬ理由がある。オーヴァはイルベスタに、最後の確認をした。
「……我々に残された戦力は、釣り上げてノルウェー内に解き放ったモンスターがいくらかと私達のみ。そうですねイルベスタ」
「はい。後は火野が最後に向け、いくらかこの近辺でダンジョンを見繕ってモンスターを釣り上げています。とはいえ連中が来るまでに用意できるのは、できて300匹かそこらでしょう」
「十分です。それだけあれば、どうにか私の最終目的は叶うはず……まさにこの場所、このソファにて私と"彼女"が向かい合うヴィジョンを、実現に至らせられる」
「閣下と、ソフィア・チェーホワ……すべてはあなた様とやつが向き合うため。それこそがこのモンスターハザードの本懐。私だけが知る、能力者解放戦線の最奥の秘儀」
瞠目して、イルベスタは緊張と歓喜、そしてどうしようもない切なさを自覚してつぶやいた。
オーヴァの、ひいては能力者解放戦線の真なる目的──それこそがこれから果たされる。すべて、オーヴァがソフィア・チェーホワとこの屋敷にて対面するために。
そのためだけのスタンピード。そのためだけのモンスターハザードだったのだ。
なぜ、ソフィアとの語り合いを望むのか。そればかりはイルベスタにも分からない。すべてはオーヴァの胸のなかだ。
聞いたとて打ち明けてはくれないだろう。彼女はいつも一人で抱え一人で苦しみ、一人で嘆きそして一人で泣いている。
愛した女性のそんな姿を見るのが耐え難く、ゆえにイルベスタは彼女に寄り添ったのだ。
スキルで己の脳をも改造し、余命尽きようともオーヴァの力にならんことを。そうして願わくば、もはや先のない彼女と同じ時、同じ場所で死ねることを。
そう、信じての半ば心中を図ったのである。
そんなイルベスタの在り方を、オーヴァは痛切に思いつつ、しかし例えようもなく嬉しく思った。
一人寂しく死んでいくことこそが、"視てしまった"己への最大の罰なのだとさえ思っている。けれど、それにさえ付き合ってくれよう者がいてくれるのは、たしかに救いなのだ。
ましてやそれが心通わせた、愛する人であればなおのこと。
後悔はない。ただ、罪悪感と贖罪への意識のみがある。
もうすぐ、自分はすべてのやるべきことを果たして死ぬだろう。そんな時にイルベスタが一緒にいてくれるから、何も怖くないのだ。
祈るように手を組み、つぶやく。
「ソフィア・チェーホワ。待っています、あなたをどうか来てください。そして聞いてください、私が視てしまったモノ、犯してしまった罪を」
「閣下……」
「そして果たすべき贖いと、未来への遺産を。誰よりも最前線で、誰よりも傷つきながら戦う貴女へ──私はどうしても、つなげなければならない想いがあるのです」
ソフィアへの強い想い。尊敬、畏怖、恐怖、感謝、憐憫、そして何より、使命感。
すべてが綯い交ぜになった声色は、聞いているイルベスタの胸をも打つ響きがある。正真正銘、命を賭したこの行いを、チェーホワは果たして聞き届けてくれるだろうか?
いいや、聞き届かせる。ここまで来て、オーヴァの想いが一つも叶わないなどあってはならない。
ゆえに最後の戦いなのだ。チェーホワの取り巻きを取り除き、彼女を閣下の元まで誘う。
そのためならば自分や火野がどうなろうと構わない。元より余命短い身と殺人鬼のクズだ、さっさと消えたほうが世のためですらあるだろう。
すべてはオーヴァの願いのために。
祈る愛する人を前に、イルベスタもまた強い決意と覚悟を抱いていた。