大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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決戦を前に

「い、行きますっ!! ──やああっ!!」

「うむ、意気や良し……どんどん打ち込んできてくれ、ラウラさんッ!!」

 

 少女の渾身の蹴りが男めがけて放たれた。それを容易く受け止め、さらにそれが幾度となく繰り返される。

 ストックホルムでのスタンピードから数日後の昼間。町近郊の草原にてラウラ・ホルンは、シェン・ラウエンの薫陶を授かるべく修行に明け暮れていた。

 

 これは以前から行われている、パーティメンバー総出でのラウラ育成の一環だ。

 探査者としては半年前のエリス未満、まさに素人に毛の生えた程度でしかない彼女を一人前にすべく、空いた時間を使っては誰かしらが彼女に己の持つ技を伝授しているのである。

 

 そして、そうした話を聞いたラウエンも当然とばかりにその教育に参加した。星界拳とまではいかないものの、己の培った技法、特に蹴りや体術にまつわる業を少しばかり教えているのだ。

 そこにはラウエンの、熱血的とも言える情の深さがあった……モンスターによって家族を殺されたラウラの境遇にひどく心を痛め、エリスの家族たるモリガナ家に引き取られる予定の彼女に今度こそ、大切な人を守るための力を持ってもらおうと奮起したのだ。

 

「でぇい! やあっ!! いやぁぁぁぁっ!!」

「よしっ! 良いぞッ!! ──脇が開いている、閉じろッ! 蹴りの姿勢の理想形を常に意識するんだっ!!」

「は、はいっ!!」

「ラウラ、頑張って!」

「うんっ! 見ててお姉様!!」

 

 情深きがゆえか指導にも熱が籠もるラウエンの、叱咤激励が飛ぶ。

 家族が死ぬまでは戦闘への志など持っていなかったラウラにはこれらの訓練は、精神的な苦痛をも伴うものだが……仲間達の真心、自分を想う気持ちが痛いほどに伝わってくるため無碍になどは決してしない。

 

 ましてや最高の姉貴分であるエリスがエールを送ってくれているのだ。

 これに応えないではモリガナ家に引き取られるべき人間ではない、エリスの妹分を名乗るべき探査者ではないと、彼女は半ば信仰するかのようにそう強く思い込んでいた。

 

「かく言うエリスッ!! アンタ人のことを心配できる立場でもないでしょうが! 《槍術》、バーボンダブルロック!!」

「分かっています、シモーネさん! だからそれはいただきますっ!!」

「っ、んなあっ!?」

 

 ────そんなラウラに声援を送るエリスもまた、今は修行の途中だ。

 相手はすっかり馴染みのシモーネ・エミール、訓練用の木の槍を自在に振り回し、薙ぎ払いと突きの動作をスムーズに放つ技を放ってきた。

 

 修行当初ならば成す術なく喰らい、倒れ込んでいただろう強撃。しかし訓練を重ね、さらに多くの実戦を経て戦闘の才能を開花させたエリスにはもはや通じることはない。

 虎の子の《念動力》さえ使うことなく、動体視力と身体能力でもってしっかりと見て最小限の動きで避ける。同時にセンスに任せた踏み込みは天性のタイミングで、回避とともにカウンターを放つにふさわしい距離、すなわちシモーネの懐にまで潜り込んだのだ。

 

 シモーネからすれば中距離から技を打ち込んだ瞬間に、なぜか目の前、至近距離にエリスが肉薄している形になる。

 思わず絶句する彼女の鳩尾に、エリスは短い呼気とともに拳を突き立てた。軽く、添えるように……けれど受けた側からすれば、これが実戦ならば大打撃だろうと確信できるような、そんな力加減で。

 

「妹尾教授直伝の、超近接打法。取りました、ありがとうございますシモーネさん」

「っ!! ……あ、りがとう、ございました」

 

 格闘戦、とりわけ拳打のエキスパートである妹尾から教わった、超接近戦用の一撃必殺打法。それを受けては負けを認めざるを得ず、シモーネは悔しげに呻いた。

 ここに来て、決定的なまでに彼我の実力差が浮き彫りになってきた。リトアニアでの修行中にはなんだかんだと7割方、シモーネが勝ち越していたのだが今ではもう、むしろ彼女が8割方競り負けるようになってしまった。

 

 どうやらストックホルムでのスタンピードのさなか、エリスはまた一つ壁を越え成長したらしい。それこそオーヴァ・ビヨンドではないにせよ未来を予知するかのようにこちらの攻撃を読み、先んじて動くようになったのだ。

 本人曰く、なんとなく予感がするとのことだが……冗談ではないと内心で叫びつつ、シモーネは引き下がらざるを得なかった。

 2人の様子を遠くから見て、見学していたヴァールや妹尾、レベッカにトマスが話し合う。

 

「うむ……エリスの成長が素晴らしいな。もはやエミールの手にも負えないとなると、間違いなく現在の大ダンジョン時代社会にあってはトップクラスの実力を誇ると言って良いだろう」

「シモーネのやつも大概、この旅で成長してるんですけどね。ありゃーさすがに相手が悪いですよ、エリスちゃんはいわゆる天才の部類でしょうしね」

「まるで前後左右に目玉がついているような、それでいて未来を読んでいるかのような動きをする……うーむ。若い世代の台頭は感じているものの、あそこまで突き抜けられるとなんだか、感心より先に畏怖が来るな」

「まったくっすよ、教授。さすがに予想外の成長ぶりだわ、あれは」

 

 口々にやはり、エリスの大成を認める口振り。もはやシモーネどころかその師匠たるレベッカとさえ比肩し得るほどの実力を持つようになった若き天才への、惜しみない称賛だ。

 同時に、ヴァールはこれで確信する。迫る能力者解放戦線との最後の戦い、そこにはやはりエリスの存在が必要不可欠だろう、と。

 

 半年前、フィンランドの片田舎で見出した美しい少女。それが今ではヴァールにとって、ソフィアにも匹敵するほどに強く深く信頼できる存在となった。

 であれば、最終決戦にあってもその力をぜひとも借りたい。あの日助けたあの少女に、今度は自分が助けてもらいたい。

 そう、素直に思えるのだ。

 

「エリス・モリガナ……彼女とはこの戦いが終わってからも、時折交流するくらいには付き合っていきたいものだな」

 

 そうしてその果て、すべてが終わったあとにも……それこそ友人のように付き合っていければ、それはきっと嬉しいことだ。

 無表情ながら柔らかな眼差しでエリスを見る。ヴァールは、年若い最新の友への絆を確固たるものとしていた。

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