一行を乗せたバスは問題なく走り続け、一昼夜ののちにノルウェーへと入国した。そのままノールノルゲへ進入する直前の、町で補給も兼ねて一泊することにしたのだ。
能力者解放戦線との最終決戦に向けての旅路であるが、その道中は穏やかかつ和気藹々としたものだ。何も現地到着前から緊迫していても仕方がないと、すでに歴戦と言っていい面々はみなわかっていたのだ。
それゆえに宿泊施設に到着し、それぞれ割り振られた部屋に腰を落ち着けた後も各々が好きに行動している。
レベッカはシモーネやトマスを伴い酒場へ繰り出し、妹尾はラウエン、ラウラを相手にモンスター学についての講義を自部屋にて行っている。
一般教養まで含めた部分まで教育を受けているラウラに加えて、モンスターの生態に対して学術的なアプローチを試みている妹尾に興味を抱いたラウエンも参加した形になる。
「ラウエンさん、すごいですね……あんなにも強い上に、向上心も信じられないくらい高くて」
「うむ、そこは彼の師匠たるカーンにも通じるところだな。シェン一族の気質かは分からんが、少なくともあの師弟はあらゆる方向での自己鍛錬に余念がないらしい」
そして、残るエリスとヴァールもまた、宿泊地にある公園にて二人、ベンチに座って穏やかなひとときを過ごしていた。
ヴァールからの誘いだった……最後の戦いを前にして、エリスと少しばかり腹を割って話したいということだった。
その誘いにエリスも当然、二つ返事でうなずいた。
誰一人として知ることのない秘密だが、もはやエリスに残された時間は少ない。下手をすれば最終決戦の間にも力尽きてしまいそうな予感さえ抱えているのだ、そうなれば誰かと最期の会話ができるのは今、このタイミングをおいてもはや他はない。
その上で、最期にともに過ごすのであれば。家族やラウラを除いて考えた時にはやはりヴァールと、というのが偽らざるエリスの本音だ。
第二次モンスターハザードにおいて、エリスが誰より助けられ、支えられ、そして力になりたいと思った恩人。きっと道半ばで力尽きてしまう自分が、それでもこの人の期待だけは裏切れないと強く願う人。
それこそがヴァールなのだ──たとえ真実を話すことはなくとも、せめて真心を込めてこれまでの感謝を伝えることができれば。
死にゆく身として、それ以上の手仕舞いはないだろう。そう感じての今、この公園での二人きりだった。
「ヴァールさん……なんだかんだとこの半年、ずいぶんお世話になってしまいましたね。何から何まで、本当に」
「うん? ……いいや、エリス。それはワタシのセリフだよ。君をこんな時期まで、こんなところにまで付き合わせてしまうことになるのは想定外だった。すまないな、結局北欧を一周させるようなことになってしまって」
「私自身が望んだことです。どうかお気になさらないでください。ありがとうございます、こんな私を頼ってくださって」
お互いに、感謝と謝辞を述べ合う。エリスはもちろんヴァールもまた、目の前の少女に対して思うところは多くあった。
無論、そのすべてが良い意味でだ。エリス・モリガナという少女に、ヴァールは心の底からの感謝を抱いていた。
たまたま助け、知り合い、そして可能性を見出した少女。ともすれば勝手な期待ばかりしていたというのに、泣き言一つ言わずついてきてくれたその精神性、使命感。
あるいはかつて、ヴァールがともにあった者達と同じ……いや、それ以上ですらあるかも知れない輝き。その在り方に、その心根に、この半年間助けられない時はなかった。
この戦いが終わればエリスは故郷に帰る。その後はきっと穏やかに、探査者として着実にキャリアを積みながらも人生を過ごすのだろう。
そのあたりをふと気にして聞いてみると、エリスは淡く微笑み、うなずいた。
「……ええ。きっと、そうなるでしょう。ラウラとともに故郷に帰って、家族と暮らし。時に探査者として生き、そのなかでいつか愛する人を得て、結ばれて。そうして日々を、少しずつ年を取りながら生きていくのだと思います。そうであってくれれば、どんなに良いかと思います」
「うむ……君ならきっとそんなふうに生きられる。そうしていつの日かきっと、次なる時代、次の世代に託す側になるのだ。そのために今、戦わねばならないが」
「任せてください。きっと最期まで戦い抜いてみせます。ヴァールさん、あなたに会えて良かった」
未来への展望を語り、笑いかける。そんなエリスの夢見る日常は、どれだけ尊く素晴らしいものだろうか。ヴァールは無表情にも微かに目を細め、たしかに微笑んだ。
こんな時代だからこそ、そんなふうに生きる人間は多ければ多いほど良いように思える。探査者としてモンスターと戦うことをこの世界の多くの人々へと宿命付けてしまった罪深い身ではあるが、それでもエリス含めた"彼ら全員"の幸せを願って止まない。
ゆえに、まずはこの戦いにしっかりと終止符を打つ。能力者解放戦線を壊滅させ、モンスターハザードを終わらせて……エリスのような娘が、思うように生きていけるような環境を、可能な限り整える。
そう決意しつつ、ヴァールは彼女に握手を求めて手を差し出した。弟子でも部下でもない、たしかに対等な一人の友人として、エリスと絆を結ぶために。
「ワタシもだよ、エリス。ソフィアともども、君に会えたことはこの大ダンジョン時代にあってすばらしく幸運なことだ」
その言葉に、照れたようにエリスは握手に応じる。
固くつながれた手。結んだ絆は、たしかに今この時には永遠のものだった。