──そして、つかの間の安らぎとともにバスは目的地へと到達した。
残る最後の北欧、ノルウェー国は北部地域ノールノルゲ、フィンマルク県のヴァードーへとエリス達は辿り着いたのだ。
夏であっても冷涼な土地だ。
中世頃に建てられた砦が観光資源であり、他にも漁業などでも成立しているこの地の経済は、人々の数こそ都市部に比べてそう多くはないが、それゆえに住民達は穏やかで静かな暮らしを送ることができているのだろう。
そんなヴァードーの港町だが、今は外部からの客人が多くやってきていた。言わずもがなWSOのエージェントやノルウェー内の探査者、および北欧全土から集った有志の探査者達である。
彼らはWSO統括理事ソフィア・チェーホワの号令によってノルウェー全土に包囲網を敷き、それを徐々に狭める形でこのヴァードーへと集結していた。能力者解放戦線が国内に解き放ったモンスター達、スタンピードを虱潰しに潰しながらも敵本拠地付近のこの地まで到達していたのである。
すなわちそれの意味するところは、能力者解放戦線の勢力はもはや、このヴァードーの近くにあるという洋館とその周辺をうろつくモンスターの群ればかりとなっていることを意味する。
半年以上にも亘る戦いの末に。一時は北欧全土を揺るがした大規模テロリズムの果てに。今、とうとう第二次モンスターハザードは最終局面へと移行しつつあったのだ。
「──敵本拠地と思われる、件の洋館周辺は24時間常に監視されている。洋館内に動きはないが、その近辺には確認できただけで318体のモンスターが昼も夜もなく蠢いている。時折このヴァードーにまで近づく個体もいるにはいたが、そちらはこの町に常駐している探査者によって倒されているな」
ヴァードー内、町民達の集会所を間借りして探査者達が集っている。その全員と向き合う形でヴァールが面と向き合い、その最前列には無論彼女の仲間であるパーティメンバー、すなわちエリス達が並んでいる。
さらに背後には総勢200人ほどの探査者がところ狭しと並んでいる。さらに今、ここにいないもののもう100人ほどが周辺を巡回しているのが現状だ。
そんななか、決戦の場となるだろう解放戦線の本拠地周辺の様子について得た情報を語るヴァール。
確認できるだけでも300体以上ものモンスターが、残る敵メンバーが籠城していると思しき館の周囲をうろついている……そんな、極めて危険な状況に陥っているこの地域に、誰もが強い危機感を抱いていた。
レベッカと妹尾が、険しい顔でつぶやく。
「300体超え……なんて数揃えやがるんだ、アイツら。追い詰められた末の最後の抵抗にしたって、滅茶苦茶なことしやがる」
「自分達も逃げ場を失っているも同然だろうによくやる。ダンジョンから誘き出しこそすれ、手懐けられてなどいないだろうから確実に自分達も危険の只中のはずだというのに」
「もうヤケクソって感じですね……」
シモーネでさえ呆れる外ない数と配置。決して味方ではないモンスターを、制御不能を承知でそれだけの数解き放ったということは能力者解放戦線の意図などもう一つしかない。
背水の陣。退路を断ってでも探査者達を迎え撃ち、最終決戦に臨む構えなのだろう。まさしく決死の覚悟を感じて、ラウエンなどは武人の血が騒ぐのか獰猛な笑みを浮かべている。
反面、それを話すヴァールは無表情のままに内心、想定以上のモンスターの数に懸念を抱かざるを得ないでいる。
あまりに多すぎる……先日のストックホルムでの大侵攻にも匹敵し、あるいは第一次モンスターハザードにおけるあらゆる戦いをも凌ぐ敵の数と言えるほどに。
(まずいな……トマスの策の優先度が高まったのは仕方ないにしても、これでは本当に戦力の大半をモンスターに割くしかなくなる。ワタシはともかく……やれるのか? エリスとラウエンで、イルベスタなり火野なりを相手に)
結果的にトマスの策、すなわちモンスターの討伐のほうにベテランのレベッカ、妹尾、シモーネにトマスを回して洋館内でメンバーを相手取るのに対人戦に長けたヴァール、エリス、ラウエンを行かせるというソレが嵌った形になる。
それ自体は良い。想定以上のモンスターの数ならばなおのことそちらに戦力を割かねばならないのだし、万一にも一体でも逃がしてしまえば最寄り町のヴァードーが壊滅しかねないことにもなる。
後顧の憂いを断つ意味では、彼の考えこそが今回正しいのだと示された形ではある。
しかし翻って考えれば、モンスターの数が多ければ多いほど手間取る形になることも予想される。
そうなれば洋館に攻め入る三人はオーヴァ、イルベスタ、火野源一を相手取る形になるのだが、モンスターを倒してから来るはずの援軍の到着が遅れる可能性が出てきた。
エリスやラウエンの実力を今さら、疑うわけでは無いが……敵も油断ならない者達だ。二人ないし三人がかりで来た時、ヴァールはともかく二人に対応しきれるだろうか?
せめてレベッカか妹尾のどちらかは、こちらのチームに加えるべきではないのか? たとえモンスターへの対応がそれで多少手間を食うにしても、バランス的にはそれが。
悩み迷うヴァール。無表情のなかで、一瞬だけエリスとラウエンを見る。見て、微かに目を見開く。
──最前列の二人が決意の眼差しで、こちらを見てうなずいたのだ。力強く、任せろと。
「…………!!」
「任せてください、ヴァールさん。イルベスタ・カーヴァーンも火野源一も、あるいはオーヴァ・ビヨンドも……必ず抑えます。私とラウエンさん、そしてあなたと三人で」
「我らのフォローのため、本来外に成すべきことがある者達を割り当てるなどあってはならないこと。であればエリスさんもすでに理解している、ここが我々二人の命の張りどころだと……どうかご照覧あれ。星界拳のシェン・ラウエンは、必ずや任務を果たしてみせます」
「エリス、ラウエン……」
見誤っていた。二人の覚悟を、志の強さを。
状況は当然エリスもラウエンも理解していて、それゆえに不退転の決意で作戦に臨む心構えなのだ。たとえここで死ぬとしても一歩も退かない、だから能力者解放戦線メンバーは自分達に任せろと、そう言ってくれているのだ。
その姿にヴァールもまた、腹を括った。
最後のスタンピード、最後の戦い。ならば優先すべきはやはり、モンスターから平和を取り戻すこと。能力者解放戦線首魁達の捕縛は最低限の人数に留め、まずはおびただしいモンスターの群れを片付けることに可能な限りの力を注ぐべきだと。
軽く、頭を下げる。自分捨ててでも成すべきを成そうとする若者達への敬意と感謝の謝意だ。
そしてそれをもってヴァールは、この場にいる全員に、計画通りの人員で作戦を決行することを告げたのだった。