"邪悪なる思念"──その意味するところはエリスにもラウエンにも、イルベスタにも火野にも分からない。
だがヴァールにはたしかに理解できている言葉のようだった。オーヴァからの言伝を聞いた途端、明らかに顔色を変えたのだから。
「…………そういう、ことか。見えたぞ今、ハッキリと。貴様らの首魁たるオーヴァ・ビヨンドがなぜこんな馬鹿げた騒動を巻き起こしたのか、それがハッキリとな」
「!? 本当ですか、ヴァールさん!」
「邪悪なる思念とは一体、何のことなのですかッ!?」
「すまないがそれを教えることはできない。ワタシにとってソレこそが秘中の秘……信頼する君達相手であっても、何があっても仔細を話すわけにはいかないモノなのだから。今のこの世においてその全貌を知るのは、いや名前を知るのでさえワタシだけでなければならないものだからだ」
「……それほどまでか。ようやく話が見えてきた、閣下はどうやら、本当に見てはならぬモノを見てしまったのだな。そして、そのモノについて詳しいがゆえにチェーホワを」
冷や汗さえ一筋、垂らしてヴァールが呻く。
見たこともない彼女の形相の必死さに、詳しいところなど知る由もないながらも事態が極めて重大かつ、深刻なことを悟るエリス、ラウエン。
同時にイルベスタもまた、その反応をもってついに得心した。
愛するオーヴァ・ビヨンドがなぜここまで極端なテロに走ってでもチェーホワとの面会を求めたのか。なぜ自身の命を、ただでさえもはやいくばくもないソレをさらに縮めてまで行動を起こしたのか。
それがとうとう朧気ながら理解できたのだ……邪悪なる思念。ソレそのものがなんなのかは分からないが、とにかくそう呼称されるナニモノかを偶然、未来予知にて見てしまったことこそが今回の事件の決定的な原因だったのだ、と。
天を仰ぎ、目を閉じ祈ること数秒。厳かな表情でイルベスタは、ヴァールに向き直り静かに告げた。
「であればチェーホワ、お前にも理解できるはずだ。閣下の御覚悟が、どれほどの苦悩と苦痛、絶望と悲嘆のなかでただ貴様を求めたのかが……!!」
「オーヴァ・ビヨンド……そうか。すべてはワタシを、この地に誘い向かい合うためだけのモンスターハザードだったのか。なんという無謀な、そして愚かな真似を」
「言うなッ!! 生命を賭してすべてを費やしてことを起こした閣下にそのような物言いは無礼極まろうッ!!」
「愚かだ。それとこれとは関係ないのだからな……個人的事情で北欧全土の平和と秩序を乱した。人々を危険と恐怖に晒した。貴様が何をほざこうが、オーヴァ・ビヨンドはそれだけの輩でしかない」
「…………チェーホワァァァッ!!」
オーヴァへの痛烈な批判。たとえいかなる事情があれど、それをもって成したことが人々を脅かしたのであればそこに同情の余地など一切ないとするヴァールの言葉に、イルベスタは怒りのあまり絶叫した。
──瞬間、ラウエンがイルベスタへと飛びかかる! 同時に火野源一もまたエリスに襲いかかり、彼女もまた即応してエネルギーブレードにて迎撃する!
「イルベスタ・カーヴァーンッ!! 事実を突かれて怒るとは未熟ッ!!」
「何を、貴様ッチェーホワッ!! どけいシェンッ! やつは、やつはやはりこの場にて始末してくれるッ!! 閣下を愚弄したこの女だけは、生かしておくわけにいくかァッ!!」
「いつまでくだらねえことダラダラ吐かしてんだァッ!! 良いからモリガナとヤラせろやァァァッ!!」
「っ、火野源一! あなたとも今日ここで決着です!!」
咄嗟の動きで三者分かれる戦場。イルベスタとラウエンが交戦し、エリスと火野が鍔迫り合う。ヴァールはその状況のなか、冷静に事態を把握して息を吐いた。
ここに来て、すべてが見えた。オーヴァ・ビヨンドの動機も、今回のモンスターハザードの真実も。そして自身がどうすべきかも。
ゆえに、二つのぶつかり合いの合間を悠然と歩き館の奥へと進む。イルベスタが最初に言ったとおりだ、最奥の書斎にいるというオーヴァに会いに行くのだ。
その上でその過ちを糺す……事情を理解したとてもはや、オーヴァは越えてはならない一線を越えてしまっているがゆえに。
そしておそらくは彼女もまた、断罪をこそ待ち望んでいるがゆえに。
「エリス! ラウエン! ……後は任せる。ワタシはオーヴァ・ビヨンドとすべての決着をつけてこよう」
「ヴァールさん……! 任せてくださいっ! この男は、火野源一は私が!」
「イルベスタ・カーヴァーンはこの星界拳士シェン・ラウエンがッ! それぞれ責任をもって決着をつけましょうッ!! ──御武運をッ!」
「感謝する、二人とも」
成り行きとはいえいきなりの離脱。各幹部を各人一人ずつで相手取る形になったにも関わらず、間髪入れず何も言わず送り出してくれる若人達。
ヴァールはそこにたしかな信頼と敬意、そして感謝を抱いて一人、奥へと向かっていく。
決着の時。オーヴァ・ビヨンドの真実を暴く瞬間は、もうすぐそこまで迫っていた。