大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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素晴らしい世界へ

 予知可能範囲3秒──その間ならばイルベスタはある種、無敵に近い力を持つ。

 通常の探査者がそのような業を行使してくる輩と対峙するのならば、取れる手は限られてくるとヴァールはパーティメンバー全員に知らしめていた。

 

 

『3秒先までならばやつは基本的にすべてを見通し先んじてくる。いかなる行動も技も、3秒以内に繰り出したものについては間違いなくカウンターを……それも致命的なものを受けると思って良い』

『だ……だったらどうするんです!? 無敵すぎでしょう、そんなの!』

『簡単なことだ。3秒間の動きを先読みされていると想定した上で、相手がカウンター狙いで動いてくることを前提に動けばいい。3秒こそやつの唯一無二、換言すればそれさえ凌げば先にあるのは、イルベスタ・カーヴァーンごときには見通すことのできない無限の可能性なのだから』

 

 

 その言葉の意味を、ラウエンは今や頭でなく心で実感し理解していた。予知され確定された未来のその先、誰も見通していない、観測者不在の未知なる無限に至る。

 それだけでイルベスタの未来予知は対処できるのだ──そもそもの話として存在する"未来を視る"能力の決定的な弱点を、ラウエンは勢いある蹴りとともに叫んだ。

 

「未来! わずか3秒とはいえ先を予知する貴様の力はなるほど脅威だ!! しかし!! そこに関わる"心"までは読めまいッ!!」

「ぬぐぁっ!? うぐ! ぐぐぐ──!? 馬鹿な、び、"ビューティフル・ワールド"ォォッ!?」

「星界龍撃拳!! しぇりゃりゃりゃりゃりゃりゃああああッ────しゃおおおおおおっうううう!!」

「ぐぎゃあああっ!? が、ぐが、また、先の先を!」

 

 混乱と戸惑い、怒り、何より恐怖とともに再度発動されるイルベスタの《念動力》オーヴァー・ザ・フューチャー"ビューティフル・ワールド"。

 それはまたしても正しく発動し、3秒先までのラウエンの動きを完全にイルベスタへと示す。星界龍撃拳。叫びとともに天高くへと繰り出される蹴り上げが6発。

 

 読み切って後、現実になる実際の蹴りを避ける、避ける、避ける──避けきってまた、側面へと回りナイフ代わりの矢の切っ先を振るう。狙いはやはり、一撃必殺の首筋。

 しかしてイルベスタはその矢を振るおうとして、またしても痛打を食らうこととなった。器用にも蹴り上げ体勢から軸足の角度を入れ替えたラウエンの、踵落としが脳天に振り下ろされたのだ。

 

 3秒以内に放たれた6発の、さらにその先にあったもう一撃。それは未来予知の範疇にないものだった。

 ゆえに読めない。読みようがない。いや、何よりそれ以前の話だ。これまで未来予知の仔細を見抜いてくる敵など、ましてやその上で何度も戦うような相手がいなかったがためにイルベスタ自身もまるで気づけなかった、その弱点。

 ラウエンの言う、心!

 

「が、ふ────っ!! そ、そうか。こ、この、力では」

「そうだ、カーヴァーンッ!! 貴様には読めまい、我が3秒間の先にある追加連撃を!! 3秒を越えた後に俺がどう動くのか、読んだ未来を踏まえた貴様のカウンターに対処しているのかどうかも分かるまい!!」

「く、う……ッ! これまで、この力で、常に初見殺しに徹してきたのが、仇と、なっ、たのか……!!」

 

 イルベスタは痛恨の思いで己の失態と、もはや勝ち目がないことを悟った。未来予知の思わぬ弱点、常に3秒以内に確実な勝利をもぎ取ってきた男の、根本的な底を露呈したのだ。

 すなわち"3秒先を凌がれてしまえば、逆にイルベスタこそが窮地に陥る"という致命的な弱点──常に未来を予知して安全と安心に包まれたなかから一方的な殺戮者を気取ってきた彼には、未知なる可能性に身を置くことがすっかり念頭から消え果てていたのだ。

 

 絶対無敵に近い力の、裏腹にある脆さ。そしてそうなれば予知頼りでまともな戦闘経験などほとんど積んでこなかったイルベスタなど、ラウエンはじめ歴戦の探査者達の敵にすらなりえないのは当然のこと。

 それはイルベスタ自身ですら理解せざるを得なかった。現に今、未来予知の力を使い果たしているこの時。一方的に彼は星界拳に打ち負けているのだから。

 

「星界八卦脚! 星界龍舞武闘脚ッ!! 星界天星五神脚ゥゥゥッ!!」

「がわはっ!? ぐげ、ぎゃあ、っぐぎぎががあああっ!?」

「愚かなりイルベスタ!! 未来予知に頼り切り、卑劣に依存し続けた貴様など我が星界拳の敵ではないのだ!!」

「がぁぁっ!! き、貴、様……シェン・ラウエンッ!!」

 

 全身に、モンスターであっても即死級の威力を秘めた技の数々を浴びる。これまで積み重ねた罪を、脅かした人々の痛みを今、まとめて贖わされているかのような断罪の乱舞乱撃。

 これにはイルベスタも堪らず一度ならず何度なりとも意識を飛ばしていた──しかしその度にすぐ、持ち前の精神力で気を取り直す。

 脳裏に浮かぶ最愛の彼女を想えば、この程度の痛み苦しみなど何するものかと、そんな覚悟が何度でも彼を起こすのだ。

 

 終われない。ここで終わるにしても、こんな形では終われない。

 このまま、最愛のオーヴァを虚仮にされたままで……! せめて目の前の若造を、オーヴァから授かった奇跡を否定するこの輩だけは、ここで、なんとしても!!

 

「ね……《念動力》」

「ッ!? 貴様、イルベスタッ!」

「わ、我が生命……オーヴァ・ビヨンドの御業に捧ぐ。こ、これより先のすべてをもって……この五体、凄絶なる死を遂げよう。ただ、そうしよう」

「何をする気が知らんがさせるものか! 星界拳奥義ッ!!」

 

 たたらを踏んでなお、血塗れになってなお闘志を秘めた瞳で呻く、その意気にラウエンは数歩離れて最後の技を構えた。

 イルベスタがこれ以上何をしようとすべて蹴り砕く。これより見せるは始祖シェン・カーンが極めし星界拳奥義!

 

 対するイルベスタもまた、己のすべてを引き出して未来を視る。3秒などと言わずもっと長く、もっと深く。

 脳髄が崩れる。神経細胞が壊死していく。五体から血が噴き出し、もはや視界も聴覚も五感すべてが死に絶える。

 それでも。 

 

「──星界盤古拳ッ!! しぇぇぇぇぇりゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

「さようならオーヴァ。いつかまた、どこかで──ただ、また会えることを祈る。ビヨンド・ザ・フューチャー"ワンダフル・ワールド"」

 

 それでも。彼は愛するたった一人のために今、すべてを使い果たしてさらなる未来を見た。

 ヒトに赦された範囲をはるかに超えた……オーヴァ本人の未来予知にさえ匹敵する、完全なる未来予知の発動である。

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