──決着は一瞬だった。それこそ一秒にも満たないほんの一瞬こそが、すべての明暗をハッキリと分けた。
ラウエンが放った奥義・星界盤古拳。カーンより受け継いだまっすぐな飛び蹴りは、会心のタイミングと速さと強さでたしかにイルベスタの腹を強かに打った。
殺すまではいかないが、間違いなく後遺症は遺すであろうほどの威力。探査者として、武術家としていたずらに人を傷つけることはラウエンも普段ならば良しとしなかったが、この男の持つ未来予知能力はあまりにも凶悪すぎた。
それ以外に取れる選択肢など、実のところないほどに彼も必死だ。
紛れもなく決着にふさわしい技。それがイルベスタにたしかに炸裂した────はずだったのだ。
なのに。
今、傷を負って地に伏せているのはラウエンのほうだった。腹に矢を深々と突き刺され、吹き飛ばされていた。
「が────ぐ、うぉ、っく!? ば、かな。何が、いったい、何を、やつは」
「ラウエンさんっ!?」
「余所の男に見惚れてんじゃねぇよ、モリガナァァァッ!!」
館内の離れたところで火野と交戦していたエリスも、思わず気を取られる結末。未来予知の対処法を知った今、万一にもラウエンがやられるとは思っていなかった。
それがまさか、最後の最後で大変なことが起きてしまった。嘲笑と狂気で斬り掛かってくる火野をなおも迎撃しつつも、エリスはラウエンに気を取られざるを得ない。
一方でラウエンは、しかし混乱を一瞬で鎮めてすぐさま自らに応急処置を施した。矢が内臓を傷つける位置にないことを悟り、ならばと引き抜いてハンカチで強く押さえたのだ。
探査者ゆえの頑丈な肉体なのが良かった……重傷ではあるが、少なくとも命に関わる傷ではない。そこまで瞬時に考えて、イルベスタを見る。
こうなれば追撃がくるはずだと覚悟していたのが、一向に来ない。今迫られればあるいは今度こそ命に関わるダメージを受けかねないというのにだ。
なぜなのか。実のところラウエンにもそれはすでに理解できていた。どう攻撃してきたのか理解できないタイミングでのイルベスタのカウンターだが、突き刺された矢の力加減から、敵の状態を直感で悟っていたのだ。
小さく、呼びかける。
「イ……イルベスタ・カーヴァーン。き、貴様」
「────────」
「…………そう、か。すべてを使い果たしたという、ことか。その結果として貴様は、この戦いにおける未来を見きった、のだな」
立ったままの姿に呼びかけても、もはや返事はなかった。イルベスタ・カーヴァーンはすでに死んでいた。
血塗れになって、外見のみならず身体の内部までをもスキルの反動で崩壊させて。
その上で未来を……3秒をはるかに超えて予知し、星界盤古拳に対応した。そしてラウエンに最後の、まさしく一矢を報いて見せてそのままこの世から去ったのだ。
確定した未来を、踏破しきったのである。
「見事だ……イルベスタ。オーヴァのために、すべてを使い果たして死んでいった漢よ。敵ながら俺は、お前に心からの敬意を抱く」
「────────」
「いつか、俺も……お前のように、死んでいけたら良いと思う。大切なものを想い、そのためにすべてを使い果たして消えていけたら。そう、想うよ。お前のことは決して忘れない。まこと天晴なり、愛に生きた漢よ……!」
返事はない。すでに骸たるイルベスタに、それでもラウエンは心からの称賛を送る。卑劣なテロリストであり許し難い邪悪なれど、その想いと最期は間違いなく尊敬すべきと感じたのだ。
身体に痺れを感じる。どうやらイルベスタは武器たる矢に、神経毒でも塗っていたらしい。これも致命的なものではなかろうが、少なくとももう戦うことは避けたほうがいいと判断する。
遠く、館内でなおも戦うエリスと火野を見る。援護できない我が身の不明、未熟を心底悔やみつつも……それでもどこか清々しい心地さえ抱き、彼はエリスへと叫んだ。
「エリスさんッ!! すまない、やられた! イルベスタはすでに死んだが、俺もダメージと毒を受けた!! もはや戦えない!!」
「くっ! 火野源一……!? ラウエンさん!? ご無事ですか!?」
「俺のことは大丈夫だが、すまないが離脱する!! ──力になれないことを許してくれ、俺はあまりに未熟だ!!」
「何をそんな……! あなたは最善を尽くしてくださいました! 後のことは任せてください、良いから早く離脱して手当てを!!」
震える手と体、声でエリスに呼びかければ、彼女はすぐさま力強く帰投するよう告げた。
ラウエンは最善を尽くした。その末に毒さえ受けたのならば、もはや戦線を離脱して治療を受けるべきなのだ。
後のことは──火野源一との決着は自分自身で付ける! その意気で叫び、エネルギーブレードを駆使して斬りかかるエリス。
そんな彼女に、ハンカチで止血した痛みなど気にせず深々と頭を下げるラウエンは、最後に一言残して離脱した。
「本当にすまない! ……短いながらもともに戦えたことを光栄に思う、エリス・モリガナ! どうか、どうか御武運をッ!!」
「私もです! ……遠い東洋から北欧を護るために駆けつけてくださった人。シェン・ラウエンさん、あなたに心からの敬意と感謝を!」
一瞬の交錯。視線と言葉。それだけで二人にはもう十分だった。短い間ながらもともに戦場をともにした友人同士の、心の触れ合い。
────そうしてラウエンは去り、エリスは改めて目の前の殺人鬼と向き直る。
火野源一。
エリスにとって絶対に赦せない者を、ここで倒し切るのだ。