大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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すべてを賭して、未来に託して

 決着が付いた。そう言えるだけの一撃だった。

 エリスのエネルギーブレードは火野の肩口を完全に貫き、そこから身体全体にまで電撃めいた衝撃をも流し込んでいる。

 《念動力》の異端極まる使い方……エリスはついに、その極地にまで到達していた。

 

「あ……あ、がぐ……も、モリ、ガナ」

「火野源一。あなたを逮捕します」

「く、う……なん、だよ。なんだよう。お、俺につ、つきあってもくれねえのか、よう……こ、こんなに、お前を。俺、はぁ」

「重ねて言います、知りません。あなたの想いは迷惑です。私に、これ以上身勝手を押し付けてつきまとわないでください」

 

 断言。火野の想いを、完全に切って捨てるエリス。

 当然の拒絶だろう。ここに至るまでのいかなる瞬間にあっても、エリスは火野に迷惑をかけられ続けていたのだから。

 隣人を殺し、平和をおびやかし、あまつさえ自身を付け狙ってきた敵でしかない輩。そんな男の想いなど、何一つ応じてやる必要など彼女にはないのだ。

 

 それが嫌でも伝わる声色に、火野は理解し、そして心底から残念そうに吐息を漏らした。薄れていく意識。

 伝わらなかった。掴めなかった……自分でもよく理解できないほどのこの熱情がなんなのか、結局分からないまま、自分の戦いが終わろうとしている。

 ああ、それでも、それはなんて。

 

「なんて……楽しかったんだ。ああ、楽しかったぜ、モリガナ」

「…………」

「いつ、か……また、どこかで…………会おうぜ……いな、か、むすめ」

 

 それだけをつぶやいて。心底から愉しそうに笑って。そうして火野源一は意識を閉ざした。消化不良だとしても、それでも楽しかったと、そう言い残して倒れたのだ。

 エネルギーブレードを引き抜くエリス。地に伏せ倒れる火野に、最低限の止血だけ施す。元より致命傷は避けている、これならば後に踏み込んでくる仲間達やWSOのエージェント達がきっと、問題なく捕縛してくれるだろう。

 

 身体全体に広がる脱力感。すでに彼女は限界を迎えている。もう、心臓まで止まってしまいかねないほどに息も絶え絶えだ。

 気を抜けばそのまま死んでしまいそうな自身を、それでも歯を食いしばって耐え抜く。まだ終われない。まだ、まだ最後まで走り抜けていない。

 

「く……ゔ、ヴァール、さん……! ヴァールさん、の……ところへ、行かない、と……!」

 

 そうだ。せめて最後にはヴァールの元で。最期に一つでも役に立って、恩返ししてからでないと。

 そうしなければ死んでも死にきれない。力なく倒れそうな五体を無理矢理に引き摺って、それでも館の奥、ヴァールが先に向かって行った地点へと進む。

 

 しかし。

 無情にもその行く手を、あろうことか──いるはずのないモンスターの群れが、阻んだのである。

 

「グルァァァァアアアアッ!!」

「ゴゴガガガガガァァァァッ!!」

「グルルルルルルルッ!! グルルルルァッ!!」

「っ……、館内、にも、放っていたの……モン、スター……!?」

 

 もう、愕然とするだけの気持ちの余裕すらない。吠え猛るモンスター達を霞んだ視界に収め、静かに事態を把握する。オーヴァ・ビヨンドだろうか。

 なぜかヴァールとの対面を求めていた能力者解放戦線の首魁たる女の差し金かもしれない。何人たりとも立ち入らせぬために、元より罠として壁としてこの群れを仕込んでいたのだとしても不思議ではない。

 《気配感知》など、する余裕すら既になかった。エリスの命はもう、尽きているも同然なのだから。

 

 外に比べて数は少ない。それでも30体はいる。今のエリスではまともに太刀打ちなどできるはずのない数だ。

 引き下がることももはや不可能だ。そこまでの体力はない。必然的に彼女はもう、進むことも退くこともできなくなっていた。

 

「っ、《念動力》」

「ぐぅぅあああああぁぁぁぁっ!!」

「────さ、最期まで。最期、まで、戦う」

 

 それでも。それでも、エリスはナイフを構えた。エネルギーブレードを無理矢理、もはや絞り出す余地すらないのに無理矢理放つ。さらに遠のく意識。もう、まともに五感も機能しない。

 それでも。

 

「ヴァールさん。ソフィアさん。レベッカさん、シモーネさん。妹尾教授、トマスさん。ラウエンさん──ラウラ」

 

 この半年の旅で知り合った、仲間の名を呼び想う。

 

「お父さん、お母さん。アイナ、アーロ……ふるさと。みんな、みなさん」

 

 帰るべき、帰りたかった、帰れなかった故郷の家族を想う。

 

「今まで、ありがとうございました。みなさんのおかげで、エリスはここまでやって来れました。どうか、お元気で。どうか、どうか」

 

 そして別れを告げる。感謝とともに、惜別とともに、静かに。

 迫りくるモンスターを前に、エリスは、己に許されたすべての希望なるものを手放した。

 後に残るもの、それは託すべき者への祈りのみ。

 

「そして、ヴァールさん……後のことはお願いします。私は、最期まで、最期まで、探査者として、あなたの教え子としてこの使命をまっとうします……!!」

 

 震えさえなくなった手で、ナイフをゆっくりと構える。猛然と襲いかかるモンスターを前に、限界さえ超えて最期まで戦う覚悟を決める。

 自分の命を賭して、使命を果たすのだ。

 

 ────そうして聖女は、ナイフを振るった。

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