──エリス、ラウエンに後を託して先に進んだヴァールは、そして館の最奥の部屋、書斎らしい場所へとたどり着いた。
他にもいくつも通路と部屋はあったが、迷いなく彼女はそこに行くことができていた。その部屋の前、閉ざされた扉からでも伝わってくる異様な気配が、たしかに感じられたからだ
「オーヴァ・ビヨンド……やはり一廉の者ではあるか。この気配は、魂の力を引き出しての圧力にほかならない」
独り言ちる。扉越しに伝わってくる威圧感は、ヴァールとしても心当たりがあった。スキルによるものではなく、この世界の人類が本来持つ可能性のあるスーパーパワーの発露。
すなわち誰しもが持つ魂の、力を一部なりとてオーヴァは自由に引き出すことができているのだ。予知能力を駆使する時点でこのくらいの芸当はできるだろうと予測していたため、ヴァールに驚きはない。
いや、むしろヴァールのほうも秘めたる力の一部を解放し、ドアに手をかけた。魂の力は誰にでもあり、引き出し方さえ心得ているならばその深度の差はあれど誰もが使えるもの。
であれば、■■■■たるヴァールにもそれは当然使える類の力でしかない。それもオーヴァ以上に強く、深いところまで圧力を放ちながら扉を開く。
おびただしい本と本棚に囲まれた机、そしてソファ。その最奥に静かに腰掛ける、美しくも青褪めた面持ちの女。
くすんだ白髪の、ローブ姿の若い女だ。しかしてその面構えはいかにも不健康そのもので、痩せこけた輪郭がハッキリと見える。
即座にヴァールはスキルを発動した。《鎖法》。
発現する鎖を手に巻き付けたままその女へと向け、そうして言い放つ。
「WSO統括理事、ソフィア・チェーホワだ。貴様がオーヴァ・ビヨンドだな……無駄な抵抗は止めて直ちに投降しろ。貴様を逮捕する」
「────ようやく、お会いできましたねソフィア・チェーホワ。私が見てしまった未来の絶望に、この世でたった一人、立ち向かう善なる人。抵抗はしません、できません。そもそも非能力者であり、何よりもう私には余力もあまり残っていませんゆえ」
投降勧告を行うヴァールに構わず、女──能力者解放戦線首魁、オーヴァ・ビヨンドは青く痩けた顔でそれでも美しく微笑んだ。敵意のない、あまりに友好的な笑み。
それさえヴァールには想定できていた。もはや彼女にも、オーヴァが何を思って何を理由に今回のモンスターハザードを引き起こしたのかを理解していたのだ。
だからこそ赦せない。見てはならないものを見ただけならばまだしも、それを理由に今回の事態を引き起こしたこの女を。
ヴァールはまったくの無表情のまま、鎖を巻いた腕を彼女へと向けつつなおも告げた。
「"邪悪なる思念"。貴様はたしかにその存在を知っているのだな────その予知能力で見てしまったのか、ヤツを」
「はい。浅はかで愚かな私は、そうです、一瞬とは言え見てしまいました。偶然でした、そんなつもりはありませんでした。それでも不意に発動してしまったいつも通りの能力が、いつもならざるヴィジョンを映してしまったのです──すべてを喰らわんと邪悪に笑うモノを。そう、世界を滅ぼす邪悪なる思念を」
静かに瞳を閉じて、沈痛な面持ちでつぶやく。そこにたしかな悔恨と罪悪感を見て取り、ヴァールは堪えきれずにため息を一つこぼす。
分かっている。こればかりはオーヴァを責めても仕方ない。未来予知などで"そんなモノ"まで見てしまうなど、本来ならばあり得ないことだ。
であれば考えられることはたった一つ。オーヴァ自身にさえ予測できなかっただろう、未来予知のオーバードライブ。
天を仰ぎ、嘆くようにつぶやく。ヴァール自身、どこかやるせない心地を禁じ得なかった。
「予知……未来予知。いや因果演算。この世の因果を読み解き未来に起き得る事象をヴィジョンとして視認するその力は、あくまで人の身の範疇のものしか映し出せないはず。しかし、貴様に起きた事態は」
「暴走。そう言っても良いのかもしれません。後にも先にもあの時だけです……理解できないほどの遠い未来を映し出したことなんて」
「能力の使いすぎだな。貴様は、その力を用いた占いで身を立てるあまり自滅してしまったのだ。得た力を生きるために使っているなかでそのようなことが起きたのは、正直に言うが同情に値する」
「…………!?」
超能力の暴走。誰にも、オーヴァ自身にすら予想できなかった未来予知の過剰発動。それこそがオーヴァに起きたすべてのはじまり、否、終わりだった。
見たこともない、いつのことなのかも分からないほどの未来のヴィジョン。そこで彼女は見たのだ──"邪悪なる思念"を。
そして後に引けなくなった。見た未来を確定させる予知能力でソレを見てしまったのだから、オーヴァはもはやどうにもならなくなった。
さすがに、それはヴァールから見ても同情に値するものだ。普通の占い師として多少利己的に超能力を用いて生きていただけで、よもや絶望の未来を引き寄せてしまうなど想定もしていなかったはずなのだから。
ゆえに幾分か、同情的な言葉を告げる。
青褪めたオーヴァの顔に驚きが浮かんだ。同時にその瞳が、微かに涙に濡れる。震える声で、彼女は囁くように言った。
「そのような……ことは。まさかそんなふうに、言っていただけるなんて。取り返しのつかない未来を、確定させてしまった私に、そんな……」
「だがなオーヴァ・ビヨンド。それとこれとは話が別だ。貴様がアレを見たことで何を思ったかは大体想像がつく、しかし……それでやったことが北欧全土にモンスターを解き放つテロリズムだったことは、あらゆる面から考えて断じて許容できん」
ピシャリと断言する。オーヴァ・ビヨンドの経緯は理解した、同情する余地もあることは認めよう。
だがその先で何をしたかと言えば結局、大勢の人の日常を脅かし平和を乱したテロリズムでしかない。
それがヴァールには看過できないことだ。
そこにどれだけの理由や大義があろうと、そんなものは踏みにじられた者達からすれば知ったことではないのだから。
何一つとしてそこに正当性などない……完膚なきまでに断じるヴァールに、オーヴァの顔に動揺が走った。