大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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身勝手な贖罪

「オーヴァ・ビヨンド。貴様がなぜこうした蛮行に及んだのかは大体の予想がつく──贖罪のつもりなのだろう、邪悪なる思念を垣間見てしまったことへの。予知した以上、そのヴィジョンはどうあれ確実に訪れるからな」

「…………!」

「大方、こう考えたのだろう? "いつになるか分からないが、自分が予知した以上邪悪なる思念は確実に訪れる。だからそれまでにせめて、事態に対抗する力が育つ一因とならねばならない"などと。我々を成長させるための、越えるべき壁となろうとしたのだな」

「それは……なぜ。そこまで、的確に」

 

 いともあっさりと、自身の目的とそこに至る思考プロセスを言い当てられてオーヴァは目を見開いた。

 ソフィアほどの者ならば、何をしてきてもおかしくないと覚悟していた……しかしそれでもここまで完全に見抜かれると思っていなかったこともあり、思わず目を丸くしてなぜかを問う。

 

 対するヴァールの表情は無表情だが冷たい陰を宿すばかりだ。的中させたオーヴァの理屈に、彼女は何一つたりとて値打ちをつけていないがゆえに。

 そうだ、無意味であり無価値だ。オーヴァが今回引き起こした騒動のすべてが、本質的には自己満足に他ならない。

 冷たい声音で、ヴァールは愚かな女を断罪した。

 

「意図せず背負った罪の、贖いを果たすような輩の思考回路など高が知れているからだ。罪悪感のあまり極端な自己犠牲精神を発動して、周囲の影響など顧みずに身勝手に掲げた大義に殉ずる」

「身勝手。そうですね。それは理解しています。ですが、それでも私は」

「いい加減にしろ……! 未来予知ごときですべてを見知った気になっただけの輩が傲慢なことを吐かすな! 貴様が見たヴィジョンなど、ワタシにとって……いいや"我々"にとってすべて想定の範囲内だ!」

「…………っ!」

 

 未来を、そこに潜む邪悪を見てしまったオーヴァの罪悪感。その代償として選んだモンスターハザードの真意こそは……いつの未来になるか分からない"その時"に備え、少しでも時代を、それを担う探査者達の実力を向上させることだ。

 だからこそあえてテロリズムに手を染めたのだ。モンスターを世界に解き放てば、否応なく探査者達は一致団結してこれに対応せざるを得ない。そうすれば嫌でも彼らの実力は高まり、邪悪なる思念に打ち勝てる確率が上がる。

 

 すべては未来への希望のために。そう信じてオーヴァはイルベスタを伴い能力者解放戦線を興した。

 WSOからの能力者の解放など所詮建前。最初からすべては探査者達のため、ひいてはこの世でたった一人、邪悪なる思念と孤独な戦いを繰り広げているソフィア・チェーホワの助力となるために。

 そう、そのためだけにオーヴァはすべてを費やしたのだ。

 

 だが、そんなものはソフィアとヴァールからしてみれば大きなお世話も良いところだ。そもそもオーヴァは何一つ"真実"について知らないというのに。

 未来を一部知った程度のことで何やら勝手に思い煩い、あえて罪を背負う悲しき聖者とばかりに蜂起し、順調に進行させようとしていた大ダンジョン時代の邪魔立てをしたのだから。

 いい加減うんざりして、ヴァールは己の抱える事情の一端をついに詳らかにした。

 

「ヤツに対抗できるプランはすでに我々が編み出している! そしてそのための土台として今日、ここまで大ダンジョン時代社会を築いてきたのがこのワタシ達だッ!! それをよくも、聞き齧った程度の小賢しさで割って入ってくれる!!」

「な────ソフィア・チェーホワ、あなたは!?」

「はっきり言ってやろう、貴様らは我々の邪魔をしただけだ! 貴様の見た未来、それをどうにかするために大ダンジョン時代そのものがあるのだ!! 偶然にもヤツに触れてしまったことは不幸だ、同情に値しよう! だがそれを理由に我々を阻んだのならば、ふざけるのも大概にしろオーヴァ・ビヨンドッ!!」

「私は、私達は……ですがそれでも、あなたの力に少しでも!」

「要らん! こんな騒動で手にできる力など、今回のことで失われた命達が持っていた可能性の前には塵芥でしかないッ!!」

 

 オーヴァを、イルベスタを、火野をニルギルドを、能力者解放戦線すべてを完全に否定し尽くす弾劾。

 あまりの身勝手な主張に耐えかねたヴァールによる痛烈な批判がオーヴァを襲う。良かれと思ってやったこと、せめてもの償いと思って起こした一連の事件。

 それらは否定されるのが当然のことと覚悟していたが、まさか何一つの価値さえ見出されないとも思っていなかったのだ。

 

 そして同時に、最後の一言はオーヴァを強かに打ちのめした。

 言われて初めて気づく、その事実──彼らを活かすために彼らを殺した。力を得させる代わりに、命を奪った。可能性を高めるために、可能性を剥奪した。

 その矛盾に、今、ようやく気づかされたのだ。

 

「そ、ソフィア……わ、わた、私は」

「…………哀れだが、それ以上に愚かだ。あまりにも。オーヴァ・ビヨンド、お前は邪悪なる思念に怯えるあまり、自分の心を護ろうとしてテロリズムを贖罪と称したに過ぎん」

「あ…………!」

「本当に贖罪とするならば……本当にヤツをどうにかしたいのであれば。こんな手段に手を染めることはしない。そうだ、償いとは、贖いとは……いつだってそんな安易で楽な手段である、はずもないのだから」

 

 どこか、自分に言い聞かせるようにも聞こえるヴァールの言葉。だからこそその響きは説得力を伴い、オーヴァを確実に否定する。

 能力者解放戦線首魁オーヴァ・ビヨンド。邪悪なる思念を未来に見てしまったがゆえに狂い、贖罪のためにテロリズムに手を染めた輩。

 

 その正体は──結局のところ、ただ怯え惑うばかりに極端な手段に走っただけの、弱い人間でしかないのだった。

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