大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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終戦。しかし……

 洋館内ばかりか外にまで聞こえるほどの絶叫、悲鳴。それを聞いたヴァールはすぐさま拘束したオーヴァをも抱えながら書斎を出た。

 来た道を戻る。モンスターの気配は今はもう一つとてないが、つい先ほどまではエリスなりラウエンなりと交戦していたように思える。

 

 戦闘中に負傷したのか。声からしてエリスのようだが、尋常のものではなかった。何か異常事態が起きたのは明らかだろう。

 そもそもなぜ館内にモンスターがいるのか。駆けながらも短くオーヴァへと問いかける。

 

「洋館内にまでモンスターを配置していたのか!? ワタシに当てなかったのは、後続を分断するつもりだったかオーヴァ!」

「こ、心当たりはありません……あるとすればモンスター釣り上げを担っていた、火野による独断での策でしょう……あの殺人鬼は、彼だけは私達にも制御しきれていませんでした」

「そんな輩を引き入れるな! 制御不能な殺人鬼まで取り込んでおいて何が贖罪だ、まったく……!!」

 

 ヴァールとの対面によって心を折られ、憔悴しきったオーヴァがそれでも問いかけに力なく答える。おそらくは火野源一の独断によるモンスタートラップ。

 思わずして怒鳴りつける。何から何まで極端だ、考えることもやることも、引き入れた輩でさえも……うんざりしながらそれでもエリスを案じるがままに、彼女は通路を駆けていった。

 

 そして、その先にいたものは。

 半狂乱になって騒ぐ、エリス・モリガナの姿だった。

 

「うああああっ!! あああああっ、うううううううっ!! いや、いやああああああっ!!」

「エリスッ!? どうした、何があった!!」

「ああ、あああ────ヴァール、ヴァールさん。わた、私、わたしは…………っ!!」

 

 見たことのないパニック。エリスは完全に恐慌状態に陥り錯乱していた。

 いよいよただならぬことだと、今ばかりはオーヴァをも投げ捨てて駆け寄り少女の身体を抱きしめるヴァール。

 

 しかしエリスは、そんな彼女を至近距離から見上げ……煌めく星のような輝く瞳から大粒の涙をいくつも零しながら、ついに気を失ってしまった。

 まるで現実を拒否するかのように、逃避するかのような気絶。あまりの反応に、さしものヴァールも呆然とせざるを得ない。

 

「え、エリス……なんだ、どういうんだ。何があったのだ、お前に」

「────ヴァールさん!! エリスは無事ですか!?」

「お姉様っ!! エリスお姉様ーっ!!」

 

 愕然と、腕のなかに収まるエリスの名を呼ぶ。当然呼びかけがない、まるで死んだかのように冷たく、しかしたしかな心臓の鼓動をも感じる。

 一体何があったのだ? そればかりが頭のなかを渦巻く。一応外傷など確認しても、まるで別条のない健康体だ。

 

 メンタル面でのものなのか? いずれにせよエリスから直接聞かなければ分からないが、こうまでのことになった彼女からどう聞き出せばいい?

 目まぐるしく考えあぐねる。そんなヴァールの元に、別働隊のメンバーであるトマスとシモーネ、そしてラウラが駆けつけた。洋館内から叫びが聞こえ、堪らずやって来たのだ。

 ラウラが倒れているエリスに駆け寄る。

 

「お姉様!? お姉様、大丈夫なの!?」

「落ち着け……ラウラ。ひとまず命に別条はなさそうだが、ひどく錯乱していた上に気絶してしまった。何か、あったようだがワタシにも分からない。こちらも叫びを聞いて今しがたやって来たのだ」

「錯乱? エリスが!?」

「ただごとじゃねえな……一体何が。道中、火野源一とイルベスタ・カーヴァーンが倒れているのは見かけて捕縛しましたが。ああ、ラウエンは負傷した上で館の前で待機してました。こちらも命は無事ですが、毒を受けて行動不能だと」

「そうか……どうやら火野が仕掛けたモンスタートラップを相手取っていたようだが、エリス……」

 

 エリスに声をかけるラウラを止め、トマスからの簡単な現状報告を受ける。ラウエンが離脱しており、火野とイルベスタが倒れている以上いよいよエリスに何が起きたのかを知る者はエリス当人以外にいないことになる。

 眠る少女の顔を見る。ひどく青白く、明らかになんらかのショックを受けている様子だ。

 

 モンスターに何らかの精神干渉を受けたのだろうか。どうあれ負傷者は他にもいる、急いで全員回収せねばならない。

 ヴァールはエリスを横抱きして立ち上がった。次いで鎖で拘束したままよオーヴァを見、仲間達に指示を投げる。

 

「とにかく退却するぞ。エミール、拘束しているオーヴァ・ビヨンドを運んでくれ。トマスは道中で捕縛したというイルベスタと火野を頼む。ラウラはラウエンの手当てを頼みたい」

「オーヴァ・ビヨンド……! 分かりました、統括理事!」

「イルベスタの野郎はどうも死んでるくさいんで、火野のほうを連行します。現状保存ってやつですね」

「ら、ラウエンさんについては任せてください! お、お姉様のこと、どうかよろしくお願いします!」

「それこそ任せろ。エリスに何があったとしても、必ず力になってみせる」

 

 どのような形であれ、能力者解放戦線は壊滅してスタンピードも完全に終結した。第二次モンスターハザードはここに解決したのだ。

 であれば、まずは落ち着ける場所に退避して事後処理に入る。同時に負傷者の手当だ……特にやはり、エリスが気になる。

 

 自分が見出した少女の錯乱。それが何に由来するものであったとて、必ず助け出してみせる。それが自身の義務であり責務だと、ヴァールは強く意識していた。

 

 しかし、その想いが叶う日が来ることは、およそ3年あるいはそれ以上先のこととなる。

 ────この日の夜、エリスは人知れず消息を絶ったのだ。誰にも行き先を告げぬまま、たった一人で姿を消したのである。

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