そして、エリスは目を覚ました。ヴァードーの深夜、宿の一室だ。
身を起こす。気を失う前にはすっかり錯乱していたのがまるで嘘だったかのように、その、心境は穏やかにかつ、落ち着いていた。
落ち着いて、絶望しきっていた。
(…………行かないと。私にはもう、この世のどこにも居場所はない)
穏やかな失意のなかで、ただそれだけを考える。自らに起きた異変、決してあるはずがないと思っていた悪夢の奇跡を受け入れたがゆえに。
エリスはもう、この世のどこにも居場所はないと確信していた。帰る場所も、また。
────モンスターとの戦いの最中。その異変は起きた。
限界を超えた《念動力》の使用。エネルギーブレード、未来予知、セルフマリオネット、物質干渉に至るまでありとあらゆる手段を、自らのすべてを使い果たしてもなお使い続けた末に、それは起きた。
もう、精も根も尽き果てていたはずだった彼女の身体に突如、不思議なほどの、無尽蔵にも思える力が溢れて止まらなくなったのだ。
それまでの死の予感など吹き飛ばして余りあるエネルギー。自分にも何が起きたのか理解できないながらも、エリスは直感的に自身の運命が生を拾ったことを悟って最初は歓喜した。
いくら使っても消耗することのない《念動力》で縦横無尽に暴れながら、諦めきっていた希望が、未来が彼女の脳裏に光り輝いて浮かんでいた。
すなわちラウラとともに故郷に帰り、家族とともに過ごし、時にはヴァールやソフィア達、かけがえのない仲間と触れ合い、探査者としても友人としても交流し──
そのなかで正しく歳を取り、やがて愛する人を得、家族となって子をなし、そうしてモリガナの血を、未来をつないでいく。
そんな夢をも、思い描きながらモンスターを倒しきったのだ。
『あなたはスキルを獲得しました』
────そのすべてを塗りつぶす、声が脳裏に聞こえた。
名前 エリス・モリガナ レベル195
称号 聖女
スキル
名称 念動力
名称 気配感知
名称 環境適応
名称 不老
称号 聖女
効果 任意の相手にこの称号を継承させる。継承後、元の保持者の称号が《元聖女》になる
スキル
名称 不老
効果 このスキルを獲得した時点から以後、肉体的な加齢が停止する
すべてが終わった果てに得てしまったもの。スキル《不老》。
それは人の夢、理想、希望の一つと言えるだろう。歳を取らないスキル。エリスは、ソフィアやヴァール同様に二度と歳を取らない身体になってしまった。
その意味するところを即座に察して、ゆえにエリスは狂乱したのである。当たり前の日々を、正しく老いていくはずの人生を……完膚なきまでに喪失したのだから。
誰が知ろうか、それはスキルを使いすぎたがゆえの現象。加えて元より《念動力》を、異常な使い方をしていたエリスゆえの悲劇。
スキルを使う度、彼女のなかから失われていったもの。その正体はエリス自身の生命力だった。すさまじい威力を秘めた力を駆使する毎に、彼女は自らの命をそのまま消費していたのだ。自らも気づけないうちに。
そして本来ならば使い切ったところで終わるはずだった。枯渇した命はあとはもう死ぬしかない、そのはずだった。
しかし……そこで本来、この世界にあって起きてはいけない事象が起きてしまった。生命力が潰えてもなお、《念動力》を無理矢理使い続けたことでエリスの魂は過負荷の先、いわばマイナスオーバーフローを起こしたのである。
最下限値を振り切って、エリスの魂は有り得べからざる挙動を起こした。本来つながるはずのない力と接合してしまった。
その結果が《不老》だ。スキルを齎すモノ達が、即座に対応してなおここまでしか抑えきれなかったほどに強大なるエネルギー……それが今、エリスに起きたすべてだった。
(何が起きたのか分からない……ただ一つ分かるのは、私はもう、人間ではなくなってしまったという実感だけ。ソフィアさんやヴァールさんとも決定的に異なる、不自然な命に成り果てた確信だけ)
そうした理屈など当然、知る由もないエリスは一人、絶望に暮れる。もはや涙すら流すことはない、死んだ心でただ、現実を受け入れるばかりだ。
ふと、自らが寝るベッドの傍らにてラウラが寝ていることに気づく。普段ならばすぐに分かるはずのことさえ遅れて理解するほどに、エリスの精神は憔悴している。
愛らしいその顔を、優しく撫でる。それでも絶望に満ちた無表情のまま、彼女は天を見上げた。
(消えないと……いけない。こんな、歳を取らなくなった化物がいつまでも人の世にいてはいけない。消えなきゃ。消えなきゃ……ラウラの前からも、家族の前からも、故郷からも。もう、私に帰る場所なんてない)
これなら死んだほうがマシだったとさえ、エリスは思う。今の自分は同じく不老存在たるソフィアやヴァールと比較してさえ、あまりに異質なのだという感覚がある。
それこそが彼女の絶望の源なのだ。ソフィア、ヴァールと比較してなお異質ならば、そんな不自然な命である自分はもう誰とも関わるべきではない。そう考えるがゆえに。
再度、ラウラの頭を撫でて、エリスは彼女が起きないようにそっと身を起こしてベッドから離れた。行かなくては。どこか遠い、誰もいない彼方へ。
ああ。けれどせめてその前に。最後に、残せるものをありったけ遺していこう。愛する妹分へ、自分というエリス・モリガナがたしかにこの世にいた、証を。
「称号────《聖女》の効果をここに。エリス・モリガナからラウラ・ホルンへ。私から贈れる最初で最後の、プレゼント……」
他者へと贈呈することのできる、極めて特異な効果を持つ称号、《聖女》。それを発動し、エリスはラウラにそっと触れた。
彼女の身体から光の玉が生まれ、そしてラウラの身体へと入り込んでいく。《聖女》の効果は正しく発動し、エリスからラウラへと受け継がれたのだ。
穏やかに、悲しげに微笑んでエリスは最後に一言つぶやく。
そうしてから一言、書き置きを仲間達へと遺して────彼女は何処とも知れぬ夜闇の果てへ、宿の窓から静かに飛び出していく。
エリス・モリガナの、永遠にも似た旅路が始まった。