大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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ラウラ、新たな故郷へ

 突然の狂乱のなか、気を失ったところを保護したエリスが行方をくらましたことにパーティメンバーが気づいたのは翌朝のこと。

 寄り添って寝ていたラウラが泣き叫んでソフィアの元に書き置きを持ってきて初めて知った事実だった。

 

 "私のことは死んだものと思ってください。今まで本当にありがとうございました。ラウラのことは、私の故郷に送ってあげてもらえますようお願いします。エリス・モリガナ"と。

 そのような書き置きを目にし、仲間の誰もが驚愕し悲嘆した。

 

 あまつさえラウラにも、元々エリスの称号だったはずの《聖女》が受け継がれていることからも、彼女が単なる突発的衝動のものでなく、本気で心底から自分達にとこしえの別れを告げてきたのだと嫌でも理解させられたのだ。

 一体何が、エリスの身に起きてしまったのか──それさえ含め、当然ソフィアとヴァールはWSO統括理事としての権力を駆使し、捜索を開始した。

 

 たとえ何年かけてでも必ず見つけ出す。見つけ出して、エリスを助け出す。そう心に決めている。仲間達も同様だ。

 だが同時に、彼女らにはそれぞれ彼女らの仕事、本分があるのも事実だ。第二次モンスターハザードが終わった今、各々が各々の本来の日常に帰るべきなのだから。

 

 ゆえに今、ヴァールはラウラを伴いフィンランドへと訪れていた。エリスの故郷、片田舎の村に住むモリガナ家へと、彼女を連れて行っていたのだ。

 エリスの帰還を心待ちにしていた家族に対して、どうしても気後れと申しわけなさを感じながら……彼女はそれでも誠心誠意を込めて、これまでの事情と今後の方針を説明していた。

 

「御息女に何があったのか。そしてなぜ姿を消したのか。それさえ未だ掴めていません。ですがたとえ何年かけてでも世界中を捜索し、必ずやエリスさんを保護します。そこはお約束します」

「どうして、エリス……いったいどこへ、そんな」

「……重ねて謝罪いたします、申しわけありませんでしたモリガナさん。ワタシが彼女を連れ出さなければ、このようなことには。言いわけのしようもありません、すべての責任は、このワタシにあります」

「チェーホワさん……」

 

 頭を深く下げるソフィア──ヴァールに、エリスの父は複雑な表情を浮かべた。覗く怒り、憎しみ、哀しみ。結果的に愛する娘を奪い去った目の前の女への、正当なる感情の発露だ。

 だが同時に、事情を聞くにそれだけではない敬意と感謝もまた、たしかに彼や彼の妻、すなわちエリスの母の胸にはある。

 

 なおも頭を下げ、謝罪を続けるヴァールに二人はにわかに涙さえ浮かべながらもしかし優しく、微笑みを浮かべて語りかけた。

 WSO統括理事たる彼女にとってもまた、今回の旅路が辛く苦しい戦いだったろうことを踏まえての慈悲ある声色だ。

 

「どうか、頭を上げてください。エリスが行方不明になったこと、本音を言えば許せないものもありますが……けれどあなたには、それでも感謝をこそお伝えしたい」

「感、謝……?」

「あの子はあの子の意思で、あなたの力になりたいと旅に出たんです。そのなかできっと、あの子の世界は大きく広がり、人としてとても成長できたのでしょう。だとすれば、それはあなたのおかげなんです。娘を、エリスを大切にしていただいてきたことは、あなたやラウラちゃんの様子からも痛いほどに伝わってきますから」

「だからこそ、ありがとうございます。エリスを連れて、果てしない世界を教えてくださって。あの子を強くしてくださって。その上であの子が行方をくらませたことに心を痛め、捜索してくださることも嬉しく思います」

「…………必ず、必ずやエリスさんを探し出します。たとえ何年かけてでも、どれだけ遠い場所にいたとしても」

 

 モリガナ夫妻の言葉に、ヴァールは心底からの想いで言葉を放つ。たしかにエリスは自らの意思で手を取り戦いに加わったが、そうさせたのは間違いなく自身が勧誘したからでもある。

 深く、重い責任と義務がある。改めてそれを感じ取り、彼女は本来の使命とは別にエリスを見つけ出すことを己に誓っていた。

 

 その横では、モリガナ家に引き取られることとなったラウラが、エリスの弟妹であるアイナ、アーロ兄妹とおっかなびっくりに触れ合っている。

 ラウラもエリスが行方不明なことに動揺し、気が気でないのが実情だったが……それ以上に愛する姉が帰ってこなかったことに打ちひしがれる新しい弟妹達を前にして、気を持ち直していたのだ。

 

「お姉ちゃん……エリス姉ちゃん、いない、の?」

「どこ……エリス姉ちゃん、どこっ」

「アイナちゃん、アーロくん……大丈夫。きっと大丈夫だよ。今、ちょっとお姉様は長い旅に出てるだけで、きっとすぐに帰ってきてくれるから。ソフィアさん達が、探し出してくれるから。だから……それまでボク、ううん私がお姉様の代わりくらいにはなるよ。きっと、お姉様みたいに立派な聖女様になってみせるから……!」

 

 エリスとの旅を経て、ラウラにも変化の時が来たのだろう。自分より幼い子達が嘆き悲しむのを前に、母性にも似た責任感、使命感にも似た愛情が目覚めたのかもしれない。

 いずれにせよ少女は、今度は自分がこの子達にとってのエリスになる番だと感じていたのだ。少年めいた口調も少しずつ改め、今はいないエリスに代わり、立派に姉貴分を務めよう。そう自然と考えるようになったのだ。

 

 すべてはエリスから譲られた、《聖女》の称号が心の支えだった。

 まるで泡沫の夢のように消えたエリスが、今やたった一つ遺してくれたもの。眠っている間とは言えそれを引き継いだからには、自分はもう、これまでのようにただ甘えて庇われているだけの存在ではいけないのだ。

 

 エリスのように。清く、強く、美しく優しい、素晴らしい聖女になる。

 あるいはこれこそがラウラの始まりなのだろう。エリスの背中を追いかけて、彼女の後継たるに相応しい探査者になろうという新たな目的が、少女を大きく成長させていた。

 

 かくして旅の果て、ラウラ・ホルンはモリガナ家の養子となった。苗字こそそのままだが、この後ラウラは20歳になるまでの数年間をモリガナ家にて過ごすこととなる。

 そこから先、彼女は自ら持つ称号を土台とした新興宗教・ダンジョン聖教を興し、自らもエリス捜索のために動き出すことになるのだが────

 

 それまでの日々は、彼女にとって間違いなく安寧に満ちた平和な生活なのだった。

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