1960年、5月上旬。
日本においてはゴールデンウィークも明け、人々が会社に学校にと各々の日常をまた、いつも通りに過ごし始めている時期。
気候的にもいくらか温かい初夏。特に京都は盆地なこともありことのほか暑いものだと、何度かこの地を訪れた経験のあるソフィア・チェーホワは新緑香る暖かな風を受けつつも眩い太陽を見あげた。
金色に輝くロングヘアを、ウェーブがかって靡かせる少女。ゴシックロリィタ調の黒いドレスを纏う姿はまるで美しい西洋人形さながらで、殊に日本においては海外からの来訪者を物珍しがる傾向もあることから、ここに至るまで行き交う人々の目を奪っていたりもする。
まして、彼女こそはこの大ダンジョン時代にあって燦然と君臨する超越的な権威者……WSO統括理事その人なのだ。この国においても普及し始めたテレビで、その姿を見知っている人々にとっては余計に注目せざるを得ない存在なのだろう。
「とはいえ、表立って話しかけたりしてくる人がまるでいないのは、何というべきかさすがの国民性かしらね将太くん。奥ゆかしいというか、おとなしいというか……ああ、語弊があるかしらこの物言いは。この国の人達の、美徳だと私は捉えているけれど」
「ありがたい話ですよ、ソフィアさん。まあ、単に人見知りで権威に弱いだけな気もしますけれどね」
そんな彼女が今いるのは日本の友人の家、机を挟んで向かい合っているのはその家主だ。
御堂将太という探査者で、若くして一大財を成し、京都の中心部に屋敷を建てて住まう若旦那でもある。
年の頃30歳頃だが、童顔気味なのもあって成人したてにさえ見える。
とはいえ探査者としては10年以上も前線でモンスターを相手取っているベテランであり、またとある事情からソフィアも折に触れて懇意にしているという、日本探査者界隈における特異点のような存在だ。
立派な庭園を臨む居間。純日本的な座敷にテーブルと座布団が置かれたその部屋に向かい合って座るソフィアと将太。
そこに将太の妻、光江が盆を持ってやって来た。茶と茶菓子を、そっと上品な所作でソフィアの前に差し出したのだ。
「お茶請けもどうぞ。そろそろ暑くなってきましたから、涼しげな感じで水ようかんなど」
「あらあら、ありがとうございます光江さん。すっかり将太くんとは鴛鴦夫婦って感じね、うふふ!」
からかうようなソフィアの言葉に、光江も将太も照れながら目を合わせて微笑みあう。結婚してもう5年以上は経つのにいつまでも若々しく、初々しい恋人達の姿だ。
それを肴に水ようかんを黒文字で小さく切り分け、突き刺して口に含む。甘いけれどくどさのない、どこか瑞々しさのある食感。それこそ上品と言えるだろう、和菓子特有の味わい。
そこに茶を合わせれば、甘みの広がる口内に調和を図るかのように軽い苦みが広がる。仄かな、羊羹とは別口の茶特有の甘みもだ。
それぞれが持つ繊細な味が織りなすハーモニー。これをもって日本の味とするべきか。何度か日本を訪れてはこうした甘味を味わい、その度に独特な文化を築いてきたこの国に思いを馳せないではいられないソフィアである。
居間から覗く庭園まで含め、ひとときの"和"を堪能するソフィア。将太と光江も、もう10年来にもなる知人にして世界を牽引する大人物を持て成すにあたり、失礼のないように気を遣いながらもリラックスして楽しんでいる。
と、茶を飲んだ将太がふと気にしたようにソフィアへと尋ねた。
「……中部地方で頻発している、スタンピードについての来日ですか?」
「! うふふ、さすがね将太くん。その直感の冴えだけは、私も敵わないわね」
「いえいえ、失礼しました。ただなんとなく、このタイミングでソフィアさんがお越しになるというからにはと思っただけですよ」
みごとに今回、来日した目的を言い当てられてソフィアは苦笑いした──背筋に軽く、冷たいものをも走らせて。
この御堂将太という探査者は、実力もさることながら特筆すべき異能を備えていた。直感、すなわち勘の良さが尋常でないのだ。
これについてはソフィア自身、彼女の裏人格ヴァールから多少の説明をメモ書き越しで受けていた。
超能力の一種であり、直近で言えば三年前に第二次モンスターハザードを引き起こした能力者解放戦線の首魁、オーヴァ・ビヨンドが持っていた予知能力と同カテゴリの力であると。
幸いにして将太の意思による能動的な行使はできていないため、ソフィアにしろヴァールにしろ特段の配慮はしていないが……
他にも彼だけが持つ"とあるスキル"の件もあり、友好的な関係こそ持っておきたいものの不用意に近づいておくべき関係でもない。適切な距離感を常に意識しておくべき対象として、彼女は見なしていたのだった。
そんな将太の直感の良さに、舌を巻きつつソフィアは肩をすくめた。
今回の来日はまさに言われたとおりで、今現在日本は中部地方にて不自然に頻発しているスタンピード事件に関して、統括理事直々に現地調査を行う目的での旅行なのであった。
「今のところ、中部地方より広範囲に拡大しそうな気配はないのだけれど……三度目のモンスターハザードの可能性も否めないの。だからこそ私が来ました。妹尾くんとも現地で合流し、迅速な対応を行うつもりです」
「妹尾万三郎先生ですね。他ならぬあなたの三弟子の一人として、またモンスター学の権威としても名高い。そんな方がご一緒ならば不安はありませんが、一応お尋ねします。私も何かお手伝いできることはありますか?」
「ありがとう、でも心配いらないわ将太くん。ここへは道中ということもあり訪ねさせてもらっただけで、助力や協力を仰ぐために来たわけでもないもの。あなた方はいつもどおりの暮らしをしていてほしいわ」
せっかくの申し出だがと、丁寧に断るソフィア。今回の御堂家への来訪は本当にただ道中に寄れそうだったから立ち寄っただけ、旧交を温めるだけのことだ。
この後は真っすぐに中部地方へと向かい妹尾と合流して事態の解決に取り組むことになる。その前の少しばかりの余暇というわけだ。
そう言って微笑む彼女に、将太も光江も納得してうなずいた。