大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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長野県へ

 日本は中部地方一帯においてスタンピード頻発傾向にあり──ソフィア・チェーホワがその報せを耳にしたのは、1960年に入り春を目前に控えた頃のことだった。

 スイスはジュネーヴ、WSO本部での定例会議にて上ってきた話に、誰よりも早く敏感に反応したのだ。

 

 

『第二次モンスターハザードから間もない今です、模倣犯的な人為スタンピードが引き起こされている可能性は十分にあり得ます……急ぎ調査を。現地には私も直接出向き、地元の全探組と連携を取りつつ事態の解決にあたります』

 

 

 世界一の権力者といっていい立場のソフィアだが、ことモンスター絡みの異常事態に際しては特にフットワークが軽い。

 宣言してから後、すぐさま日本に向けて出立する準備を整え──そのわずか2ヶ月後には、こうして京都から中部地方は長野県へと向かうべく移動していたのである。

 

 御堂邸を訪れた後、ソフィアは予定していたとおりにWSO京都支部を訪れ、そこから長野県長野市の全探組施設を目指して出発した。

 到着後にはかつての仲間である妹尾万三郎と合流し、以後は現地探査者とも連携して動いていく予定だ。

 

 統括理事相手ということもあり用意されたリムジンに乗り込み、彼女は一刻も早い到着を待ちつつも車内にて頭を働かせていた。

 

「第二次からわずか3年で……おそらくは人為的なものでしょう。悲しいわね、第三次モンスターハザードかもしれないだなんて」

 

 目を伏せ、つぶやきながら想うのは3年前の戦い、第二次モンスターハザードでの記憶だ。

 オーヴァ・ビヨンド率いる能力者解放戦線による、北欧全土で同時多発した人為スタンピード。それに対抗すべくソフィアは裏人格ヴァールを最前線に投入、呼応して集った仲間達とともに北欧を巡りこれを打倒、解決に導いたのだ。

 

 今でも思い出せる、かけがえのない仲間達。

 レベッカ・ウェイン、シモーネ・エミール、妹尾万三郎、トマス・ベリンガム。それにラウラ・ ホルンとシェン・ラウエン。

 そして何より……エリス・モリガナ。

 

 《聖女》の称号のみを妹分に託して姿を消した、未だ消息不明の英雄を想い、ソフィアは深く息を吐いた。

 憂いにつぶやく。

 

「結局エリスちゃんの行方は未だ知れず。一昨年にヴァールが偶然遭遇した時に、捕まえていられれば良かったのだけれど……無理もないわね。不老存在になっているかもしれないだなんて、ヴァールが動揺するのも当然だわ」

 

 己の相棒、唯一無二のヴァールの心を案じる。実のところ彼女は2年前、第二次の翌年にたまたまだがエリスと一度だけ接触していた。仕事でスウェーデンを訪れていた際、身を潜めていた彼女と出くわしたのである。

 そこで保護できていれば良かったのだろう。しかし、ヴァールはエリスとのやり取りから、彼女の身に何が起きたのかを察して動揺してしまいそれが叶わなかった。

 

 直後に人格交代した際、遺されたメモ書きから情報共有したソフィアには、ヴァールの動揺の理由が嫌でも理解できた。

 ──エリスが不老存在、ないし不老不死に陥っている可能性がある。それを気にして、彼女は身を隠して一人孤独な放浪を続けていると考えられる。

 そう、断定に近い推測が記されていたのだから。

 

「私でさえ、自身の不老に時折思うことはあるのに。何が原因が分かりかねるけれど"そう"なってしまったなら、世界と距離を置きたくなるのも分かるわね。歳を取らないのは、人類の夢だけれど……夢だからこそ、現実であってはならない類でもあるものね」

 

 他ならぬソフィアとヴァール自身も不老だ、ゆえにエリスが身を隠した理由とて分かる。不老など、夢見るに留めておくべきなのだと実感として理解するがゆえに。

 エリスを保護した暁には、家族のことも考えるように説教のひとつもするべきと思ってはいるが。不老となったことへの憂慮ばかりは、否定しようがない。

 

 捜索は続けている。いつか必ずまた、遭遇する時はあるだろう……ヴァールはその時、どう動くだろうか。そして自分もまた、どう動けるだろうか。

 降って湧いた難題に、2年経つ今でもまだ答えを見出せずにいることにため息を禁じ得ないまま、ソフィアは軽く首を振った。

 今は、目の前のスタンピードに対処するべきだ。

 

「妹尾くんとはもうじき合流できるから良いとして……他の面々は難しいわね、できてラウエンくんくらい。レベッカちゃんは引退しているし、シモーネちゃんは独立していて日本には遠いし、トマスくんも然り。ラウラちゃんはそもそも巻き込むべきではないから、妹尾くんとラウエンくんくらいかしらね」

 

 第二次の時に頼れた仲間達も、今では散り散りとなって各々の道を歩んでいる。そのなかで現実的な距離や連絡手段も含め、どうにか助力してもらえるのは2人が関の山だろう。

 すなわちモンスター学の権威にしてソフィアの三弟子が一人、妹尾万三郎。そして同じく三弟子が一人たるシェン・カーンの血族たるシェン・ラウエン。

 

 妹尾にもラウエンにも一応、声はかけている。妹尾はもちろんこのあと合流できるが、ラウエンは中国の山奥から来る都合、今しばらく時間はかかるだろう。

 それでも、気心が知れている仲間がいてくれるのはありがたいことだ。きっとヴァールも少しは楽になるだろうと、会うことも叶わない相棒を想う。

 

 ソフィアを乗せたリムジンは、滋賀県を越えて岐阜県へと至っている。長野県までもそう時間はかからないだろう。

 それまで暫しの間もソフィアは様々に考え、統括理事として己の成すべきことに思いを馳せていた。

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