京都から長野県長野市まで、概ね半日ほどをかけてリムジンは走った。
未だ発展途上の国ゆえにインフラ整備も半ばと言ったところだが、この頃の日本は道路整備に特に力を入れ始めた矢先ということもあってかあちらこちらで工事が行われている。
ソフィアなりに事前に日本の状況を調べたところ、数年後には首都東京にてオリンピックが行われることもあり経済的には急激な成長を遂げようとしている段階らしい。
つまりは高度経済成長期の入口が今のこの1960年なのだ……まだまだ未整備の道が連なる風景も、もう10年もすればしっかり舗装された、交通に適した道路が完成していくのだろう。
そんな道を走り抜けて、ソフィアはいよいよ長野市にある全探組本部へと辿り着いた。
県庁のすぐ近くに建てられている大きな施設で、能力者大戦中に能力者を軍事利用すべく建設した研究施設を改造して用いているのだと言う。
正門前にてリムジンは停まり、車から降りる。少なくない数の探査者達が行き交う出入り口からすぐに恰幅の良いスーツ姿の中年男性がスタッフを伴いやって来て、ソフィアへの応対にあたった。
「おおお! ようこそおいでくださいましたチェーホワ統括理事! 我々全探組長野県支部一同、あなた様の御到着を心より待ち望んでおりました! 初めまして、長野支部は支部長の宮田と申します、よろしくお願いいたします!」
「ご丁寧な対応、恐れ入ります宮田支部長。御存知のとおりかと思いますがWSO統括理事ソフィア・チェーホワです。うふふ、本来であればこちらも幾人なりスタッフを連れているべきでしょうが、ことは危急につき身軽な単独行動で参りました。WSOのエージェント部隊は遅れること数日してから来る予定ですので、そのあたりも含めてこれより話し合いましょう」
「はい! よろしくお願いします!!」
実直で誠実な態度ながら、声の大きさが特に個性的なその男、支部長の宮田。周りのスタッフ達もにこやかに笑ってソフィアを歓迎しながらも、少しばかり彼から距離を取っている。うるさいのだろう。
とはいえそんな様子からも、この支部の雰囲気や人間関係がそう悪いものではないことを読み取ってソフィアは微笑んだ。スタンピードに対応すべき時に、人間関係の諍いで足を引っ張るようなことは避けたいので助かる話だ。
宮田の案内を受け、全探組施設内へ入る。現地探査者達もそれなりにいて、いきなり現れた世界的有名人たるソフィアを遠巻きに眺めては好奇の目を寄せている。
どこに行こうとこうしたことにはなるため、すっかり慣れたものだ……気にせずロビーを抜け、職員だけのエリアを抜け、さらにその奥にある会議室へと通される。
広めの部屋の真ん中に椅子と長机がいくらか整然と並べられている光景。そしてその前方、講壇に立つスーツ姿の男が一人。
見知った顔だ、予定していた時刻と場所だ。ソフィアはたおやかに微笑み、弟子であり仲間でもある彼の名を呼んだ。
「妹尾くん。お久しぶりです、ご無沙汰していましたね」
「どうもお久しぶりです、ソフィアさん……直接会うのは3年ぶりですか。ヴァールさんもですが、お変わりありませんか?」
「ええ、お気遣いありがとう。私もヴァールもこのとおり健康そのものですよ、うふふ!」
彼──妹尾万三郎は、ソフィアに応えるように穏やか笑みを浮かべた。
第一次モンスターハザードの頃には20代半ばと若手だった彼も、あれから15年経った今ではもう、41歳だ。未だ探査者として時折ダンジョン探査を行なっているのか肉体に衰えはそう見られないものの、やはり顔つきや身体つき、雰囲気には年輪がいくつも刻まれている。
それがどこか、寂しい気持ちを禁じ得ない。ソフィアは目を細めた。
先年には妹尾の同期、ソフィアにとっても縁深いシェン・カーンも大病によって没している。同じく弟子のレベッカ・ウェインも第二次モンスターハザード以後、引退してWSOの事務員としてセカンドキャリアを歩んでいる真っ最中だ。
15年あれば三者三様、すべてが変わるのだ。それを、改めて思い知らされる心地である。
「もう、すっかり立派な教授先生といった感じね……ごめんなさいね。また、こんなことに呼び出してしまって。ラウエンくんにもだけど、申しわけないわ」
「何を水臭い! むしろ呼んでもらわないとそちらのほうが嫌ですよ。何しろ日本でのモンスターハザードならば、北欧でのレベッカくんでないにしろ地元を護るべく動きたいのが人情というもの。それにラウエンくんも、他ならぬソフィアさんから頼まれたなら喜んで来てくれると思いますよ」
「ありがとう、本当に……ヴァールもきっと感謝してくれるわ。ああ、今変わるわね。ここからはあの子のほうが適した話になるでしょう」
妹尾と、ここにはまだいないラウエンへの謝辞を述べつつソフィアは懐からメモとペンを取り出して簡潔に、手短に文を認めた。これより切り替わる裏人格、ヴァールへの説明のためのメモ書きだ。
そうしてから静かに目を閉じる────瞬間、切り替わる表情、雰囲気。姿形は何一つ変わらねど、微笑み絶やさぬ麗しい才媛から、冷淡な無表情を能面のように張り付けた氷の美少女へ、変身する。
妹尾にも三年ぶりとなる人格交代だ。
ヴァール。そう呼ばれるソフィアと表裏一体の裏人格が、彼女とバトンタッチして表層に出たのである。