「なぜ、我々から学ぼうというのだ? 君にはその、一応先輩らしい先輩はいるように見受けられるのだが。いや、殴り合ってはいたもののだが……」
ヴァールや妹尾に対していきなり同行させてくれ、戦いぶりを見て学ばせてくれと言ってその場に座り込んだ早瀬光太郎少年に対して、率直な疑問が飛んできた。
すなわち一応、本当に仮にでも先輩と言えるだろう探査者は今も近くにいるだろうに、なぜそちらから学びを得ようと思っていないのか、という疑問だ。
とはいえ内心、ヴァールとしてはそれもそれでどうなのかという思いはある。
今しがたのスタンピードでの戦いぶりや彼らのやりとりを見るに、どうもこの地方の探査者のなかに教育とか、あるいは師弟関係などとかは希薄なように思えるのだ。
老若男女問わず我先にとモンスターに襲いかかり、邪魔をしようものならそれこそキャリアの浅い後輩であろうと怒鳴り殴りつける。
当人同士の納得や相互理解があったとて、それでは学ぶべくもないし教えるべくもないように彼女は考えていた。妹尾も同様の思いから、続けて光太郎へと問い質す。
「そもそも君、師匠とかはいないのかい? 探査者として1年近くやって来て、今の戦い方もなかなか堂に入ったものだったのだから、誰かしら師事している人はいるんじゃないのかい」
「いえ、いません! 全部見様見真似と槍技については勢いです! 何しろ先輩後輩と言っても獲物を取り合う間柄ですし、師匠ったって自分の技術をライバルにわざわざ教えるような手合いはいないでしょう? うははははは、このあたりの探査者みんな、我流殺法ですよ!」
「おいおい聞いたか今の、師匠だってよ。お前いるかそんなの、師匠だ弟子だって」
「いるわけないじゃない。人になんか教えたり教わったりするくらいなら、その暇使ってモンスターに殴りかかるわよ」
「……どういうんだ、こいつら……」
「まあ、こういうんですよ、このあたりの探査者は……」
あまりに雑としか言いようのない有様。風土柄としてもものには限度があるだろうと、ヴァールも妹尾も今度こそ呆れ果ててしまった。
通常、探査者の間にも徒弟制度は一般的なものでデビューしたての新人は大抵、師匠を持って教えを請う。そういうふうにWSOも推奨しているのだし、そもそも命懸けの仕事なのだから自然とそうなった向きもあるのだ。
しかしことこの日本国、中部地方においてはあまりに毛色が違っていた。現地探査者達はとにかくモンスターを自らの手で打ち倒すことを最優先としており、その勢いのあまりに徒弟制度も教育も何もかも後回しにして、遮二無二ダンジョン探査を優先しているというのだ。
ゆえに光太郎のような新人にできることと言えば、先輩のやり方を見て盗むことのみ。我流の手法や戦法を編み出して独自のスタイルを身に着けていくこと。
それこそが中部流だともいえた。
「それはそれで一つのやり方とは思うんですけどね……僕はやっぱり、より効率よく強くなって探査者として上を目指してみたい! よそじゃ師弟関係とかは割と普通なんでしょう? だったら良い機会だ、世界を知る人にこそものを教わりたいなと思ったんですよ」
「新人ゆえか、比較的まともな思考回路をしているようだな……ふむ。どう思う、妹尾」
「んん……まあ、学びたいと思う気持ちを無碍にするのは私の立場上、やりたくはないことではありますね。見るにこの早瀬くん、意気込みについては本物のように見えますし」
「もっちろん! 目指すは中部地方No.1、どころか日本一の探査者ですよ! 京都府の御堂さんとか良いですよね、先輩にもやたらライバル視してる人がいますし、ああなれたら最高だなあ!! 美人の嫁さんとかもいてね、いやーうはははははっ!!」
豪快に笑う光太郎。そんな彼からは向上心や野心、つまりは高みを目指したいという志が見える。
妹尾の言葉も受けてヴァールは顎に手をやり考えた。中部地方の探査者事情が思いの外、悪い……連携も協力も念頭にない気風だというなら、WSOや全探組と足並み揃えての行動さえ拒否してくる可能性はある。
となると、まず何よりも現地探査者達のそうしたスタンス、思想から変えていく必要がある。周囲との協調性や後進への意識など、骨の髄とまではいかずとも最低限度は教え込まねば事件の捜査も解決も遠い話だ。
それを考えた時、目の前のこの、向上心あふれる早瀬少年は事態を打開するきっかけになりえるかもしれない。
彼を鍛え上げ、連携や協力を教え込み、この地の探査者達にその実力と有用性を示す。そうすることで彼らにも意識改善を促すための、呼び水にできる可能性がある。
半ば光太郎を利用する形になるが、彼とてあからさまにこちらを利用するつもりなのだ。取引としては悪くないだろう。
「……成功すれば将来的な探査者達の教育手法、育成方針などにも大きな影響をもたらすか。良いだろう早瀬光太郎、ひとまず君をワタシ預かりで鍛え上げても良い」
「っ! 本当ですかチェーホワさん!!」
「ああ。だが覚悟してくれ、この地に起きている連続スタンピード事件の捜査と並行して行うことになるため、それなりに長期間、行動をともにしてもらうことになる。御家族とよく相談してから決めてほしい」
「それなら心配いりません、僕に親はいませんから! なんか15年前の能力者大戦の時の孤児らしくて、孤児院育ちで今は探査者として独立して暮らしてますから風天同然です!! うははは!!」
「…………そうか。それなら分かった、よろしく頼む」
サラリと、なんでもないことのように壮絶な半生を語る光太郎。ヴァールはそうした明るさにもどこか面食らうものを覚えながらも、それならばと首を縦に振った。
エリスとはまるで違うタイプだが、これも縁か……そんなことさえ内心でつぶやいて。彼女はかつて3年前にもそうしたように、後進に手を差し伸べることにしたのであった。