思いがけずして現地探査者の少年、早瀬光太郎を加えての行動を取ることとなったWSO統括理事ソフィア・チェーホワとモンスター学教授、妹尾万三郎。
ひとまずスタンピードも片付けたということで全探組長野支部施設は会議室に戻り、支部長の宮田と今後の方針について改めて話し合うことになった。
「そちらの早瀬光太郎くんを育て、実力を向上させることを通じて地域一帯の探査者達の思想にも影響を及ぼすと……? つまりその、統括理事が手ずから早瀬くんを鍛え上げると? 弟子になさるのですか!?」
「いや、弟子というかそれ以前だな。探査者として本来施されるべき導入教育を施す形になる。話を聞くにこの地の体制では、それさえおぼついていないようだからな」
「弟子になれたらありがたい話なんですけどね! さすがにそこまでは高望みな気もしますし、とにかくなんでも良いから学ばせてもらえるんなら御の字ってことでひとつ!!」
手荷物の身の丈ほどの槍を壁に立てかけながら笑う光太郎の、天真爛漫というか朗らかな言葉に驚きを隠せない宮田。
どこにでもいるような探査者の少年が、こともあろうに天下のWSO統括理事に直談判して教えを請い、しかも受け入れられたというのだ。
よもや弟子とでもいうのなら、長野からチェーホワ四人目の弟子が生まれたということで箔付けにもなる──内心で計算高さをも見せる支部長だが、どうにも話を聞けばそれ以前の教育から始めるらしい。
どこか非難めいた視線を向けられ、途端に肝を冷やす。ヴァールは当地の探査者達を管理する全探組のトップたる彼に、隠すことなく不満を口にした。
「なぜ、この地はこんなことになっている? WSO作成の探査者教育マニュアルは全世界各国各地に行き渡っているはずだ。それを全探組が用いて新規探査者への教育を施すからこそ、探査者界隈はどこであれ一定の秩序と実力を保てているのだ。宮田支部長、君一人に言ったとて仕方ないかもしれないが事情を知っているなら教えてもらいたいものだな」
「ぅ……それは、そのう。それがこの地方流と申しますか、いえもちろんマニュアルが大切なのは存じているのですが……顔役の関係もありまして、あのう」
「顔役? ……まさか本部長クラスまでもがこれを良しとしているのですか?」
しどろもどろになりながらも弁明する宮田に、今度は妹尾が噛みついた。
宮田とて支部長、長野一帯を統括するそれなりの役職だ。そんな彼をして顔役などと言わしめるとは、すなわちそれ以上のクラス──中部地方全体を統括する本部長だとかのレベルにまで話が及んでいるのかもしれない。
これは大ごとになるのではないか? ヴァールと顔を見合わせる。宮田は汗にまみれているし、光太郎は何も分からぬままとにかく高みを目指すチャンスを得たことに満面の笑みを浮かべている。
どうしたものか。微妙な空気が沈黙とともに降りたそんな折、ノックとともに会議室の扉が開かれた。何者かが入ってきたのだ。
「失礼する。宮田支部長、ここは儂が預かろう」
「あ……ご、権藤さん! お、お越しになられていたのですか!?」
「うむ。かのチェーホワ統括理事が来られていると聞いてな。おそらくこのようなことになっておろうと思うて、老体に鞭打ってやってきたわい」
「……誰だ? 妹尾、見覚えは?」
「あれは……」
その乱入者……背の低い、杖をついて歩く和服姿の老人男性を見て、宮田はホッと安堵を露骨にした。ヴァールも妹尾に確認すれば、彼は怪訝な表情を浮かべて老爺を見る。
90歳ほどの、皺にまみれた男だ。穏やかな表情を浮かべているようだが、それさえ判別しづらいほどに皺が刻まれた顔つき。
それでいて歩く姿も声も眼差しも明朗なのだから、若い光太郎などの目にはそれがどこか、アンバランスなものにも映っている。
そんな彼は、ヴァールに対して深々と頭を下げた。突然の乱入をまず謝罪しにかかったのだ。穏やかで丁寧な仕草、しかしどこか老獪さの漂う風情だった。
「突然の横入りをどうかお許しくださいチェーホワ統括理事。今しがたの話、儂にこそ原因がありますれば説明責任を果たさせていただきたく思い、馳せ参じました」
「ということは支部長曰くの"顔役"があなたですか。御存知のようですがWSO統括理事ソフィア・チェーホワです。どうぞよろしくお願いします」
「このような無礼者にもそのような御挨拶、感謝と敬意に堪えませぬ。改めまして申し遅れました、儂は権藤、権藤平之助。微力ながら中部地方一帯の全探組に資金援助しております、まあちょっとした投資家ですかのう」
「…………権藤平之助。権藤財閥の会長じゃないですか。日本における軍事産業、および探査素材関連産業を牛耳る大財閥の総元締めですよ統括理事」
対外的なやり取りということもあり、あくまでソフィアとして名乗り挨拶するヴァール。そして老爺、権藤平之助の名を聞いた妹尾が軽くだが説明してくるのを耳にし、なるほどとうなずく。
権藤財閥──日本においていくつかある財閥の一つで、とりわけ軍事産業関係ならびに、モンスターが倒れた時にたまにドロップする何かしらのアイテム、通称"素材"に関する産業において国内最大規模の勢力を誇る組織だ。
そのトップ、会長たる男の名はたしかに権藤平之助といったはずだ。探査者界隈に関連する情報を常に仕入れているヴァールゆえ、言われればすぐに思い至った。
日本国内における大財閥の会長、それが中部地方全域の全探組に資金援助をしている。だから彼がここで言う顔役ということなのだと、同時に理解したのである。