早瀬光太郎を探査者として育成し、それを呼び水に中部地方全域の探査者達の意識改善、向上へとつなげる──
スタンピードの捜査と並行してそれを行うという方針を示し、ヴァールは妹尾、光太郎を連れて全探組施設を出た。今日のところはひとまず解散し、明日以降に本格的な行動を開始するのだ。
「しかしそうなった以上、先駆けて知らねばならないことがある。ワタシとソフィアの体質についてだ」
「えーっと、ワタシとソフィア? もしかしてついさっき権藤さんが来てから急に猫を被ったのとなんか関係してたりします? あと妹尾教授はヴァールさんとかって呼んでますし、あなたのこと」
「おや、意外に目敏く耳聡いね。光太郎くん、どうやら地頭は悪くないようで何よりだよ」
「うははははは、学も教養もありゃしませんがね!! 一応中学には在籍してるものの、気持ちとしては探査者一本でやってるもんで!」
「それはそれで問題だな……学校にはなるべく通うように。知識をつけることもまた、修行のひとつだ」
移動がてらの確認。今後、光太郎とそれなりの期間を共に過ごすとなればどうあれヴァールとソフィアの関係について教えておかねば混乱は必須だ。
幸いにして妹尾の言うように光太郎自身も多少違和感を覚えていたようなのだが、続けざまに明らかに学業を疎かにしている様子まで呵々大笑して言われたのだから、ヴァールとしては呆れつつもこれは学業もそれ相応に積ませねばならないと意識をまた一つ、改めるしかない。
さりとて咳払いを一つ。ヴァールと妹尾が滞在する予定の長野駅前のホテルに、そう遠くない距離の空き地前にて立ち止まり。
彼女は光太郎に、己の体質について教え始めた。
「改めて名乗ろう、WSO統括理事ソフィア・チェーホワだ……しかして今、君の目の前で話しているワタシはソフィアにしてソフィアではない。身体は同じだが人格は違うのだ。いわゆる二重人格だと思ってくれて良い」
「二重、人格? 一つの身体に、二つの心……」
「そうだ、ワタシのことはヴァールと呼んでくれ。そして今から代わろう、本来のソフィア・チェーホワ──ワタシが裏なら彼女こそ表。本当のWSO統括理事に、な」
そう言って軽く目を閉じるヴァール。何が始まるのかと目を丸くする光太郎だが、次の瞬間には大きく見開き驚くこととなる。
見るからに雰囲気が、空気が、顔つきが変わったからだ──まるで別人、いやまさしく別人のそれに。
無表情から一転しての、たおやかな微笑み。
まるで冷たい氷のようだったのが、温かな陽光を思わせる表情へと変化したのだ。
「え……!? え、えええ!?」
「────あら、あら? ええと、どちら様かしら。妹尾教授、説明願えますか?」
「ええもちろん。まず現在は1960年5月──」
さしもの豪胆な光太郎もこれには驚愕するしかなく、まじまじと彼女を見つめるしかない。
二重人格。一つの体に二つの心。それの意味するところは正直、実感として理解などしていなかったのを否応なく理解させられた心境だ。
別人なのだ、まさしく。先ほどまでのヴァールと呼ばれていた彼女と、今目の前にいる彼女とは。
妹尾がかくかくしかじかと現状をかいつまんで説明する。一通りを把握した彼女は、なるほどとうなずき光太郎へと向き直った。
「そういうことでしたら私も名乗りましょう。初めまして早瀬光太郎くん、WSO統括理事ソフィア・チェーホワ──表裏一体の、一応表側を担当しているほうの人格です。彼女のことはヴァールと呼び、私のことをソフィア・チェーホワとして扱ってください」
「ぁ、う……は、早瀬、光太郎です。よ、よろしくお願いします、ソフィアさん……」
「あ、ちなみにこの二重人格については基本内密に頼みますよ? もう暗黙の了解みたいになっちゃってますけどね、うふふふ」
「すっかり面食らっているねえ、無理もない。ああ、それと遅ればせながら私は妹尾万三郎。こちらのソフィアさんの弟子で、日本国内でモンスター学の教授職にも就いている探査者だ。よろしく頼むよ」
「は、はい……お、お願いします」
矢継ぎ早の衝撃。世間に疎い光太郎だが、先ほどのスタンピード以降のやり取りからWSO統括理事というのが相当な人物であるのは理解している。
そのような世界的人物が、よもやこれほどの秘密を抱えているとは! ましてそれを、光太郎のようなしがない新人探査者に教えてくるとは!
妹尾の名乗りにも困惑のあまりほどほどの対応しかできない。15歳の少年には、これらの情報の波はあまりに衝撃的だった。
それでもそんな光太郎を、気遣うようにソフィアは微笑み妹尾も軽く肩を叩いてくる。ヴァールの言うように今後、この少年を鍛えていってそれ次第でこの地の探査者達の方向性にも大きな影響が及ぼされるのだ。
ならばできる限りのメンタルケアは十全にしていかなければならない──そう即座に判断したがゆえの、大人らしい気遣いだった。