大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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老獪なる悪意

 時を同じくして────

 長野市の全探組施設を出、部下の運転する高級車に乗って家に向かう老人がいた。先ほどまでソフィアや妹尾、光太郎と話し合っていた権藤財閥会長、権藤平之助である。

 

「……予想以上の得体の知れなさであったな、ソフィア・チェーホワ。まず間違いなく人間でないように思うが、さりとてその正体がなんなのかなど想像もできなんだわ」

 

 独り言ちる。先ほどまで晒していた好々爺の笑みはそこになく、怜悧で狡猾な眼差し、鋭い眼光ばかりがその瞳には宿っている。

 奇しくも全探組を訪れた今回、気にしていたWSO統括理事との会談まで行うことはできたが……予想以上の威圧感、人を率いる者としての格の違い。

 

 そして何より人ならざるモノとでもいうべき違和感を覚えて、彼はかつてなく危機感を抱いていたのだ。

 想定以上の厄介さだと正直に認め、さらにつぶやく。

 

「この地の探査者達の気質の矯正、まずはそこに注力させることには成功したが……スタンピードの捜査をも並行して行うとなれば、多少進行を遅らせた程度のことに過ぎんだろう。それまでにどれだけ、こちらの態勢を整えられるか……」

 

 深刻な表情。実際、高齢ゆえの老獪さでどうにか頭を巡らせているだけで状況は相当に老人にとって不利だった。

 動きが早すぎる。スタンピードが起き始めてから未だ数か月しか経っていないというのに、わざわざスイスはジュネーヴから自らやって来てその辣腕を振るうというのだ。ご丁寧に自慢の弟子やエージェントまで引き連れて、である。

 

 さすがにもう半年ほど、時期がずれ込むものと想定して動いていたのが間違いだった。

 余人の前ではどうにか余裕を取り繕えているが、一人になれば嘆きたくなるほどにソフィア・チェーホワは忌々しくも迅速なのだ。

 

「……まあ、この地の探査者どもの阿呆さ加減は一筋縄ではいかん。何もせずとももはや制御不能なほどに狂気的なのだ、あの猿どもは。さしものチェーホワとて相当に手こずるはずだろう。いかなWSO統括理事とてしょせん余所者、あの早瀬某だかいう小僧をいくら旗頭としたとて、それが何ほどのものか。早々武虎は超えられまいて」

 

 唯一の救いとばかりにほくそ笑む。咄嗟の機転でソフィアの動きを、中部地方特有の無理無茶無謀な猪突猛進さが蔓延る気風の改善に費やさせるようにはしたが……平之助には確信があった。上手くいくわけがないと。

 何しろそう仕向けた張本人である彼やその息子、英雄権藤武虎ですら呆れるほどに誰の話も聞かず誰もがやりたい放題なのだ。

 

 モンスターを相手取る使命感だけは最低限持っているから人様の役に立っているだけで、方向性としては反社構成員やチンピラと大差ない。そう断言できるほどに、この近辺の探査者達の質は劣悪だ。

 それをいかなチェーホワとて、一朝一夕で改善させるなどできるものか。ましてやどこの馬の骨とも知れぬ子供を呼び水にしようなどとは笑止千万だと、平之助は愉快げに肩を揺らした。

 

「であればこの隙に儂らは最終準備に取り掛かる……! チェーホワの目と手が愚にもつかん蛮族どもに向いている間に、儂らは儂らの"至宝"を駆使して戦力を蓄えるのだ! アレがある限りモンスターなど思いのままよ、カカカカ……それに戦力もすでに揃えておる、機と地と天の利をさえ揃えればWSO何するものぞ!!」

 

 気炎を吐く。ソフィアや光太郎の前で見せていた穏やかで温厚な面構えなど偽りの姿。一皮剥いた先にあるその表情はどこまでも野心と欲望に塗れた醜い怪人のものだ。

 

 権藤平之助──権藤財閥の頂点たる彼は、同時にある目的をもってこの地にスタンピードを頻発させていた。

 その果てにさらなる一大事、まさしくこの日本をも混乱の渦に巻き込む大騒動を引き起こすべく、まさに今、財閥の総力を挙げて水面下にて悪意の計画を準備中なのだ。

 

 そしてその規模はもはや、財閥だけに留まらない。

 日本国内外の反社会的組織、団体にさえ結びついて一大勢力を形成しようとしていたのである。

 

「儂らの決戦は近い……! それまで精々無駄な努力を積み重ねるがいいチェーホワ。その無様な姿を間近で見つつ、我々は着実にすべてをひっくり返す盤面を整えてみせようぞ! カカカカ、カカカカカカカカッ!!」

 

 ソフィアはしばらくの間、光太郎の育成をはじめ現地探査者達の面倒を見るのにかかりきりになるだろう。となれば多少痛い腹を探られたとて、その間にも準備を急げばどうにか挙兵できるはずだ。

 そこから先はそれこそこちらの思うままだ。ひとたび混乱が起きればこの国はどこまでも乱れ惑うはずだ。能力者大戦の折にも思い知った極端から極端へ触れる性質をも織り込んで、老爺はすべての糸を弾いている。

 

 今はとにかく密やかに、静かに水面下にて準備を整える。誰にも悟られず、気付かれず。そのためならばいくらでも羊の皮を被り、好々爺然としてソフィア・チェーホワの相手をもしてみせよう。

 年齢不詳の"永遠の探査者少女"とて、ここに至るまで老獪さを磨き抜いてきたこの身は負けぬ。我は権藤平之助、一代にて財閥を興し身を立てたる日本経済界の風雲児なり!

 

 ……半ば自らの誇り、半生をも賭けた戦いに臨む心地で、権藤平之助は高笑いをあげていた。

 未だ表に表れることのない悪意は、そうして中部地方ばかりか日本全土をも、闇に誘おうと画策していくのだった。

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